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*** 135 麦取引拡散 ***

 


「ホスゲン辺境伯閣下、発言よろしいでしょうか」


「アホダス男爵か、発言を許す。

 というよりも、この軍議の場では全員わたしに発言の許可を求める必要は無い。

 自由に発言を許す」


「はっ、ありがとうございます。

 この砦には現在5000もの精兵が駐屯しております。

 かの街には門番がたったの4人しかいないとのこと。

 一息にもみ潰すのは容易なのではないでしょうか。

 さすれば2万振りもの鉄剣や鉄槍、大量の遠征病や貴族病の特効薬、加えて麦5万石もが我らの戦利品となり申す。

 先鋒は是非我がアホダス男爵軍にお任せくださいませ」


 半数近い者たちが大きく頷いていた。



「アホダスよ、仮にそなたが領地に鉄鉱石鉱山を発見し、また鉄の精錬法も手に入れたとしよう。

 そなたは如何する」


「は?

 ま、まずは鉄剣を造り辺境伯閣下に献上させて頂くかと……」


「その後は」


「鉄剣鉄槍を大量に生産し、我が領の兵たちに配備いたします」


「配備が終わり、予備も用意した後は」


「は、はぁ。

 辺境伯閣下のご許可を頂戴して、御麾下の貴族家の方々にも売らせていただくかと……」


「それでもさらに鉄武具が生産出来たなら如何する」


「そ、そうですな。

 王家にも献上し、侯爵領などにも売ることになろうかと。

 ま、まあ献上と麦や銅粒の下賜という体裁になるでしょうが」


「その際には、仮想敵である第3王子派の貴族家に売る分は当然数を抑えるだろうの」


「もちろんです。

 せっかく引き離した彼我の戦力差を縮めぬよう数を絞って高く売ることになるでしょう。

 生産が追い付かないなどといくらでも理由はつけられますからな。

 もちろんそれで得た麦や銅粒で新たに兵を擁し、戦力差をますます拡大させるでしょう」


「ということはだ、彼の商業街で2万本の鉄剣や鉄槍が売られているということは、彼の国は少なくとも50万の兵に鉄剣鉄槍を配備し、さらに50万本の予備も保有し終わっているとは思わんか?」


「「「 !!! 」」」


「同じことは麦にも言える。

 この春先にぎっしり実った麦の畑を持ち、5万石もの麦を売りに出しているからには、いや街4つで20万石か。

 ということは、彼の国の麦備蓄は全体で500万石あるやもしれぬということなのだぞ」


「「「 !!!!!! 」」」


「そして麦の備蓄とはそのまま擁することが出来る兵の数を意味するのだ。

 その兵力が我が国の総軍を遥かに上回って100万だとすればなんとする」


「「「 !!!!!!!!! 」」」


「お前はそのような大軍を擁しているやもしれぬ国に、僅か5000の兵で戦を仕掛けようと言うのか。

 そのようなことをすれば、この辺境伯爵家と配下の貴族家9家は3日もせぬうちに滅ぼされるぞ。

 先陣を切ってすぐに死ぬお前はいいが、わたしには麾下の貴族家も含めて守る義務があるのだ」


「「「 ……………… 」」」



「で、ですがイペリット殿のご報告では街内に兵の姿はなかったと……」


「かの壁と街の様子はこの砦の物見櫓からでも見えるのだぞ。

 この地に一夜にしてあれほどまでの壁と街を造れる秘法を持つ国が、兵を隠せぬとでも思うのか?」


「「「 !!!!! 」」」


「数百キロ離れた地から、一瞬にして10万の軍勢を運ぶ秘法があるやもしれぬ。

 また、商業街の地下に兵10万が隠れる駐屯地があるやもしれぬ」


「「「 !!!!!!!! 」」」



(うーん、こいつけっこう鋭いな。

 でもまあ、まさかその支配地域の村80から農奴2万5000人を全員ぶっこ抜かれたとは思っていないだろうな、ははは)




「閣下、やはりありったけの銅粒を搔き集めて麦を贖い、それを我が領の商人共に売りつけて銅粒を5倍にした上でまた麦を買い……

 それを繰り返すことで銅粒を溜めて鉄剣鉄槍を揃えて行くのが良いのでは」


「我ら武人に商人共と同じ真似をせよというのか!」


「そのようなことは平民落ちした元貴族家縁者にさせればよいのだ。

 今は体裁に拘っている場合ではないのだぞ」


「は……」


「あの、第一王子殿下には知らせないのですか?」


「そうするとどうなると思うか」


「さらなる大量の銅粒を貸してくださるか、いざというときのために援軍を遣わして下さるのでは……」


「それはまともな判断力を持った王族の場合だ」


「…………」


「傲慢極まりなく強欲が服を着て歩いているかのような第1王子殿下、臆病さのあまり部屋から一歩も出られない第2王子殿下、自分に追従する者以外は憎悪して滅ぼそうとする第3王子殿下、指揮能力も武威も無いくせにやたらと好戦的で蛮族にやられてあっさり死んでしまった第4王子殿下。

 まったくこの国には碌な王子がおらんの。

 その悪しき部分を全て併せ持つのが今上陛下でもあるが」


「「「 ……………… 」」」



「あの強欲な第1王子殿下であれば、間違いなく自分の兵もカネも一切出さず、我らのみにタケル国への突撃を命じられるだろう」


「で、ですがそれで我らに万が一のことがあれば、殿下に付く貴族家が減って、第2王子殿下や第3王子殿下との後継者争いが不利になるのでは」


「その際は、滅んだ我らの地に元王族だった上級平民を貴族に任じて配すればよい」


「「「 !!! 」」」


「そうなればその元上級平民たちは完全に殿下子飼いの貴族となり、殿下の権勢はますます上がるだろう。

 また、もしも我らがタケル国の財を奪うことに成功したとしよう。

 その場合は財の大半を献上させて自軍の装備を拡充させるだろう。

 そうなれば次期国王の座が一気に近づくからな。

 その献上の際には見返りの下賜も行わず、自分が国王になれば我らを陞爵させるとの空手形も切るだろう」


「「「 ………… 」」」


「要は、強欲な殿下にとっては、我らが滅ぶかもしれないなどということはどうでもいいことなのだ。

 どちらに転んでも自分が有利になるからな。

 このことはよく覚えておけ」



「で、ではやはりまず我らだけで麦取引を繰り返し、少しずつでも鉄製武器を溜めていきましょうか」


「それが現状最も妥当な方策だろうがな。

 だが大きな懸念もあるのだ」


「と仰られますと……」


「我らだけでそうした蓄財を細々と続けているうちに、北王国なり南王国なりが国ぐるみで同様の取引を行い、大量の鉄製武器を得た上で攻め込んで来たらなんとする」


「「「 !!!!!! 」」」


「我らが50の鉄製武器を精兵に配して迎え打っても、向こうは1000の鉄製武器で襲い掛かってくるかもしれん。

 そうなれば我らはひとたまりもあるまい」


「「「 ……………… 」」」


「ま、まさか我らはもう詰んでいると仰られるのですか!」


「いや、まだ詰んだと決まったわけではない。

 北南西の3カ国でも国を挙げて動くのは容易ではないだろうからな。

 この上は麦と銅粒の取引を繰り返しながら、他国の動静を出来るだけ聞き出そう」


「「「 ははっ! 」」」



 いや、もうあんた方の領地の農奴は全員が逃散してるからね。

 既に完全に詰んでるよ。

 でも大丈夫、あと10日もしないうちに国中の農奴が逃散するから、あんた方だけが罰せられるようなことは無いから。

 いざとなれば終身刑に服することで飢え死にだけはしないし。


 そう、言ってみれば、農奴から搾取することで成立していた軍事国家は、軍事力で滅ぶのではなく、農奴がいなくなることで滅ぶのさ……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 貴族家9家はホスゲン辺境伯の指揮の下、早速銅粒を搔き集めてタケル王国に持ち込んで麦に換えた。

 その麦を各領地の商会に持ち込んで銅粒に換えると、再びタケル王国に持ち込んで麦に換えていったのである。


 まもなく各領地の商会から泣きが入った。

 彼らの蔵はもはや麦で一杯であり、これ以上の麦の買取りは出来ないというのである。

 商会の長たちは平民とはいえ元は貴族家に属していた者たちであり、その訴えを無碍には出来なかった。



 ホスゲン辺境伯はさらなる財を溜めて鉄製武器を購入するため、その支配地域の商会に麦の買取り価格引き下げを許した。

 今まで1斗当たり銅粒490粒だったものを、480粒にまでの引き下げを認めたのである。


 それでも仕入れ価格は100粒であり大儲けは変わらない上に、回数を熟すことで1回当りの取引量が増えて利益は雪だるま式に大きくなっていたからであった。



 こうして商会たちは銅480粒で仕入れた麦を隣の伯爵領の商会に持ち込み、490粒で売ることが出来るようになった。

 通常このような越境取引は先方領主家の承認が必要だったが、何と言っても安い上に真っ白で美しく、また香りのよい麦が手に入るのである。

 隣領商会の嘆願と家宰への僅かな賄賂で取引は許可された。


(この国の貴族たちは、そもそも財とは戦って奪うものであり、商会からの冥加金で財を成すなどということは卑しい行為として忌避する傾向にある)


 この時期の農奴たちは畑の世話に忙しく、街道沿いに盗賊として出没することもない。

 タケル国が大きな荷車を安価で売り出し、また街道を平らに整備してくれたために、この越境取引も瞬く間に拡大して行った。


 さらにホスゲン辺境伯が麦の買取り価格を銅470粒、460粒と次第に下げていくことを認めたことにより、こうした取引は更に隣の領、そしてまた隣の領へと拡大していったのである。

 既にホスゲン伯麾下の貴族家には、合計50振りの鉄製武具が蓄えられていた。



 だが、こうした動きは次第に他の貴族家の知るところとなっていったのである。





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