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*** 133 1反当たり20石の麦 ***

 


「お待たせしました。

 ミックスピザLサイズ4分の1を4人前と、グラスビール4つとナゲット12個です」


「ありがとう」


「それではごゆっくりどうぞ」



「これが『ぴざ』でこれが『びーる』か。

 それにしてもこのような美しいコップに入った飲物とは……

 これはガラスか?」


「そうだ」


(ガラスの器とは……

 なんとも贅沢な話だの)


「それじゃあ冷めないうちに食べようか。

 まず毒味役は俺が食べるピザと飲むビールのグラスを指さしてくれ。

 その後毒味役はそれぞれ選んで、最後に残ったものを子爵が食べればいいだろう」


(はは、また従士が俺のこと睨みつけてるよ)



「俺の分はこのビールとこのピザだな。

 それじゃあまず俺から食べようか」


(あー、暦年齢ではまだ未成年だけど、生活年齢は40歳過ぎたからビールぐらいはいいだろうけど、やっぱりこの苦さはあんまり好きになれないな。

 でも俺だけ果物ジュースとか飲むとこいつら疑うだろうし)



 ビールを一口飲んだ毒味役たちが硬直した。

 後ろに立っている従士や兵たちも硬直している。

 中には軍笛を取り出している者もいた。


「う、旨い……」


 皆が一斉に体の力を抜いている。


 タケルがピザを食べると毒味役も口にしたが、目がまん丸になっていた。


 それを見た子爵もビールとピザに手を伸ばしている。


「旨い……」


(それにしても、この『びーる』とやらは何故に冷えているのだ。

 これではまるで冬の日の水のようだの……)


 毒味役たちもはふはふ言いながら夢中でピザを喰ってビールで流し込んでおり、後ろに立っている兵たちの腹が鳴った。



「さあ、これも喰ってみようか」


「なんだこれは」


「これはナゲットと言って鳥の肉を油で揚げたものだな。

 そちらの塩を振っても、その赤いソースをつけて食べても旨いぞ」


「肉まであるのか……」


 タケルは毒味役が指定したナゲットを自分の皿に取り、塩とソースを交互につけて食べ始めた。

 子爵たちもそれに続く。

 毒味役たちは空になったビールのグラスを恨めしげに見ていた。

 後ろに控えていた兵たちはもっと恨めし気な顔をしていたが。



 4人が全て食べ終えると子爵が周囲のテーブルを見渡している。

 そこでは若い男女が楽しそうに談笑しながら食事をしていた。


「のう、周囲の者たちも皆おなじようなものを食べておるようだが……

 これらの食物は如何ほどするものなのだ?」


「1人前で銅貨8枚だ。

 銅粒だと80個だな」


「「「 !!!! 」」」


 兵たちがまた硬直している。


「商家の従業員がよくそのような高価なものを喰えるな」


「あいつらの日給は銅貨300枚から400枚だからな。

 銅粒にすれば3000個から4000個だ」


「「「 !!!!!!! 」」」


「それなら昼飯に銅粒80個ぐらいは払えるだろ。

 今は仕事中だからビールも飲んでないんで銅粒60個ぐらいだろうし。

 まあ連中も夜になったらこの屋台街でビールも飲んでるけどな」


「そうか……

 それにしてもあのように若い者たちがそれほどまでの俸給を得ておるのか……

 日給銅粒3000個といえば、この国では1日の俸給で麦が3石も買えるのだな」


「「「 ………… 」」」


 東王国では従士の俸給でも年10石であり、新米の領兵ならば2石だった。

 つまりこの国の民の所得は領兵たちの優に数百倍なのである。



「まあそれだけこの国が豊かだっていうことだな」


「「「 ……………… 」」」



「まだ少しは腹に入るだろ。

 次はさっき言ったパンで作ったサンドイッチを食べてみよう」


(『さんどいっち』?)



「おーい、ポテサラサンドとフルーツサンドを4つずつくれるか」


「あ、タケルさん、ありがとうございます。

 銅貨16枚になります」


(銅粒160個か……)



「こ、これは……

 なぜこのようにパンが柔らかいのだ……」


(はは、お約束の反応だな)


「それはパン生地を捏ねるときにコツがあるんだ。

 酵母というものを入れてしばらく時間をおくと柔らかくなるんだよ」


「それにこのパンの間に挟まっておるもの……

 これは芋か?」


「それはジャガイモという芋だ。

 秋に植えて春に収穫出来るから優秀な作物だぞ」


(確かに優秀だ。

 そんなものがあれば誰も餓えずに済むだろう……)


「だが芋だけではないような……」


「ジャガイモに加えて卵や酢が入っている」


「そうか……

 ん? こちらに挟んであるのは果物か!」


「そうだ。

 去年の秋に収穫してあったものを保存していたものだな」


「そこまで長く保存出来るとは……

 それも機密事項か」


「悪いがそうだ」


「それにこの白くて甘いソースはなんだ?」


「それはクリームと言ってな。

 牛の乳をよく混ぜて砂糖を加えたものだ」


「砂糖まで……」



「それじゃあこれから畑を見に行こうか。

 あの向こうにある壁を越えれば麦畑だ」


「うむ、兵2人はここに残れ」


「「 はっ 」」




「こ、これは……

 今は春先だというのに本当に麦が実っておる……

 それもぎっしりと隙間なく……」


(はは、従士の奴が呆然としとるわ。

 まあ古代の農業って、耕してもいない土の上に単に種を撒くだけだから、10粒撒いたうち芽が出るのは2粒ぐらいなんだよな。

 ちゃんと小穴を掘って種を埋めてやれば発芽率はほぼ100%だから、それだけで収穫が5倍になるのに……)


「これが冬小麦だ。

 隙間が無いように見えるが、よく見れば規則正しく並んでいて、間には人が歩けるほどの隙間もあるだろう」


「確かに麦の列が規則正しく並んでおる……」


「その列の方向は南を向いているんだ。

 そうすると日の光が多く当たって麦の成長が良くなるんだよ」


「そのような秘法を口にしてよいのか」


「秘法はたくさんあるからな。

 今のはその中のひとつだ」


「そうか……

 それにしてもこの場所にはつい最近まで何も無かったはずだ。

 にもかかわらずこうして麦が実った畑まである。

 これはどうしたことだ?」


「もちろん街と一緒に畑も持って来ただけだ」


「畑を持って来ただと……

 それも秘法か」


「もちろんそうだ」


「そうか……」


(これほどまでに広大な畑すら持ってこられるということは、万人の兵を連れて来ることも容易かろうの……)



「ところでどうだい、これで春小麦と冬小麦合わせて1年間で1反当たり20石の麦が採れると納得してくれたかな」


「うむ、これならば可能だろうな……」


「俺が思うにさ。

 国力、国の力ってまずは農業力だと思うんだ。

 東王国ぐらいの広さがあったら5000万反ぐらいの畑は作れるだろう」


「だが水はどうするのだ。

 畑は大量の水を必要とするのだぞ。

 井戸から汲み上げるのならば、これほどまでの麦には行き渡るまい。

 故に川の近くにしか畑は作れんだろう」


「水路を造って川から水を引いて来ればいい。

 要は人の手で川を作ればいいんだ」


「なに」


「それから『噴水』ってわかるか」


「うむ」


(南王国の王城内にあると言われるものだな。

 奴隷に水を高台まで運ばせて、そこから細い水路で水を引いて高く吹き上げらせるものだそうだが)


「この畑にはその噴水が無数にあるんでな。

 元の高台の栓を開ければあちこちで水が出て来るから、麦に水を遣ることが出来るんだ」


「なんだと……」


「5000万反の畑で1反当たり年20石の麦が採れたら10億石だろ。

 そうすれば余裕を見て5億の民が生きていけるよな」


「『おく』とはなんだ」


「あんたらの国の民は200万だよな」


「そうだ」


(そのようなことまで知っておるのか……)


「その50倍が1億だ」


「そうか……」


「5億の民のうち5分(=5%)を兵にすれば2500万人の軍が持てるわけだ。

 2500万の軍がいる国なんて、攻める気も起きなくなるぞ」


「戯言を言うな!

 軍の強さは兵の精強さにあるっ!」


「その兵だって喰うものが無ければ戦えないだろ。

 それに普通の兵なら敵4人に囲まれたらまず勝てないよな」


「うっ」


「だから軍の強さはまず数なんだよ。

 そうしてその数を揃えるには農業力が必要なんだ」


「だが5億の民がいれば兵は1億は揃えられるのではないか」


「兵という職は、そのままでは何も生み出さない。

 だから兵を集めて国を守るにしても、まずその兵を喰わせるだけの農業力が要るんだ。

 そして、実は余裕をもって兵力を持てるのは国の人口の5分までなんだよ。

 それ以上の兵を持つと兵を喰わせることが出来なくなって、他国に侵攻して略奪する必要が出て来てしまうんだ。

 そんな国ばっかりになると、侵攻と防衛にさらに兵が必要になってしまうだろ。

 おかげでいくら麦を作っても追いつかなくなるわけだな。

 そして、秘法があったとしても1反の畑で作れる麦は年20石が限界なんだよ。

 ちょっと天候が悪いだけですぐに減ってしまうし。

 だから兵の数を人口の5分までにして、防衛に徹した国にすれば実に充実した国が造れるんだ」


「ざ、戯言だ……」


「ウチの国だけを良く言うわけじゃないけどさ。

 この国には貴族がいないし、国王陛下も他の国に侵攻して支配したいとか属国にしたいとかこれっぽっちも思って無いしな」


「だ、だがここにこのような分国を造ったではないか!」


「ここには誰も住んでなかっただろ?

 だから俺たちは誰とも戦ってないしどの国も属国にしてないぞ」


「あぅ!」


「それにこの分国は商売のために造った国だし、この麦畑だって売るための麦を作る場所だし。

 だからもしどの国もウチの国と取引しないようだったら、ここは引き払って俺たちは母国に帰るしな。

 でも他国が俺たちと大量の取引をして麦や鉄製の武具を揃えたら、あんたら困るんじゃないか?」


「「「 !!! 」」」


「それにさ、あんたらの国は貴族がいっぱいいるだろ。

 でもってそいつらは欲が深いから、ずっと貴族のままでいたいとか、もっと領土が欲しいとか、もっと上の階級を目指したいとかばかり考えているんだ。

 おかげで農業が蔑ろにされてるから、もうこれ以上兵も増やせないし領土も広げられなくなっているんだよ。

 ここ10年、東王国の領土も属国も広がってないだろ。

 200万人しか民のいない国で40万もの兵を養うのは限界を超えてるからなんだ。

 ここらで国の在り方を考え直してみたらどうだ?」


「ぐぅぅぅ……」


「それじゃあ次は倉庫に案内しようか」





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