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*** 127 平民落ち ***

 


 子爵家当主の軍師は当主長男を冷ややかな目で見つめた。


「まずは辺境伯閣下の下に行き、従士の引き受けを15人にして貰えるよう頭を床につけてお願いして来てください。

 次に同輩の子爵家に赴いて3人ずつ引き受けて貰えるよう、やはり頭を床につけてお願いして来てください」


「よ、よし!

 お、お前が行ってこい!」


「お断りします」


「な、なんだと……」


「あなたさまが為した不始末ですので、あなたさまが解決してください」


「キサマ当家の軍師であろう!

 俺の命令が聞けぬと申すか!」


「ビビリアーノ嫡男殿は勘違いを為されておられる。

 わたくしはご当主さまの軍師であって、嫡男殿の軍師ではないのですよ」


「き、キサマ次期当主たる俺の命令が聞けぬと言うのか!

 て、手打ちに致すぞ」



 軍師の纏う雰囲気が一気に変わった。


「おぅクソガキ」


「な……」


「お前ぇ、若ぇころ12人の蛮族の長とその部下たち100人を切り殺し、武神と呼ばれた俺を切ろうってのか。

 嫡男であることに胡坐をかいて、一度も戦場に出たこともねぇ根性無しのお前ぇが。

 いいだろう、命までは取らねぇでおいてやるが、腕の1本や2本は覚悟してかかって来い」


 その眼光、その圧力を前に、ビビリアーノはチビリアーノになってしまっていた。


「だ、だだだ、誰かある!

 狼藉者だぁっ!

 出合え出合えぇっ!」


 すぐに部屋に3人の護衛兵が雪崩れ込んで来た。


「こ、こいつを叩っ殺せっ!

 命令不服従だっ!」


「はっ、このチンカス野郎が!

 手前ぇが怖くて動けねぇもんだから兵に命じるかよ!

 しかもズボンの前まで濡らしやがって!」


「な、なにをしているっ!

 早くこの無礼者を切れっ!」


 護衛兵たちが直立不動になった。


「出来かねます」


「な、なんだと……」


「あなたさまは確かにご当主さまのご長男にあらせられます。

 ですが、こちらのデラクルス軍師殿もご当主さまの弟君であらせられ、当主継承順位は砦にて防衛に当たっておられるリリシーノご次男殿に続いて第3位になられます」


「王国法により、貴族家に属し、継承順位を持つ方を切るにはご当主さま直接のご命令が必要になります」


「な、なんだと、お、俺は次期当主だろうがっ!」


「いえ、まだ次期ご当主さまは決定されていません」



「なあチンカスご長男さまよ、お前ぇ当主が次期当主を指名しておらず、また卒中や大怪我などで口も利けない状態になった際には、どうやって次期当主を決めるか知らねぇだろ」


「そ、それは当然長男であるこの俺が……」


「かぁーっ!

 やっぱりお前ぇは阿呆すぎて法も知らねぇか。

 仕方ねぇから俺が教えてやるからよく聞け!

『王国法第32条第1項、当主が後継者を決めぬうちに死亡もしくは人事不詳になった場合には、分家団が出来得る限り当主の意向を汲んだ上で次期当主を指名し、寄り親貴族の了承をもって次期当主を決定する』とあるんだよ」


「な、なんだと……」


「それでな、その分家団の筆頭がこの俺だ。

 しかも分家連中は全員俺の興した属国で面倒を見てるしな。

 ついでに俺ぁ、国に帰ぇれば属国とはいえ国王陛下なんだぞ」


「!!!」


「その俺がなんでこんな貧乏子爵領で軍師とかやってるかといえばだ。

 若ぇころここを飛び出して属国を造りてぇって言った俺に、兄上が気持ちよく大量の武器と兵を貸してくれたからだ。

 その兄上から、長男はどうしようもねぇボンクラだし次男はまだ幼いから、軍師になってくれって頼まれたら断れねぇよな。

 ついでに俺ぁ辺境伯閣下にも正式に認められたこの領の領主代行でもあるんだぜ。

 つまり今の俺の地位はお前ぇより上なんだよ」


「!!!!!」


「その俺を手打ちにしようとしたんだ。

 次期当主はおろかお前ぇは平民落ちだ。

 奴隷にされないだけありがたく思え。

 もしも本当に切りつけて来ていたら、上位者を弑しようとした罪で縛り首だったんだがな。

 はは、臆病者が臆病なせいで命拾いしたか」


「あうっ」


「まあ兄上も俺に内々に次期当主は立派に育ったリリシーノ殿だと仰っていたしよ。

 もちろん辺境伯閣下にもそう伝えておられたし。

 つまりだ、俺がいねぇ間に閣下がお前ぇを呼びつけて従士の受け入れを打診したのは、お前ぇに対する最後の試験だったんだよ。

 それを見栄張って30人も雇うたぁお前ぇは真正の莫迦だぁな。

 これで次男のリリシーノ殿を領主にするのも閣下はご納得下さるだろうよ」


「あうぅぅぅ―――っ!」



「さてと、残念だが兄上ももう長くは無ぇだろう。

 最近では口に入れてやった喰いもんも呑み込めなくなってるからな。

 俺ぁデラクルス王国に帰ぇって国王に戻るわ」


「えっ……」


「護衛兵たちよ」


「「「 はっ! 」」」


「俺の命に従ってよく法を学んでいたな。

 約束通り俺の国で従士にしてやる」


「「「 ありがとうございますっ! 」」」


「な、なにっ……」


「ただまあ俺もすぐに国王の座を長男に譲って軍師になるからよ。

 このクソバカ長男とまるで違って、ウチの長男は出来がいいからな」


「な、ななな……」


「それでお前たち、元国王の軍師の従士で構わんか」


「「「 もちろんであります! 」」」


「扶持麦は今の3倍にしてやる。

 なぁに、俺の国にはこの貧乏子爵領と違ってこつこつ貯めた麦が3000石もあるから安心しろ」


「そ、それだけの麦があれば、わ、我が子爵領も……」


「かーっ!

 とことん莫迦野郎だわお前ぇ。

 俺を無礼打ちにしようとしたお前ぇに恵んでやるわけねぇだろうが!」


「あうっ!」


「お前ぇの弟が子爵位を継いでからアタマ下げに来たら考えてやらんでもねぇがな。

 まあ辺境伯閣下が新子爵への祝儀として従士の半数は引き受けて下さるだろう。

 お前ぇは安心して平民やってろ」


「あうぅぅぅ―――っ!」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




【東王国西端にあるイペリット辺境子爵家にて】


「ははは、聞いたか!

 あのズボランの莫迦息子が、こともあろうにあの『武神デラクルス』を無礼打ちにしようとして平民に落とされたそうだぞ!」


「それはそれは……

 いくら当主長男とはいえ、デラクルス殿は辺境伯閣下もご承認された当主代行、それを跡継ぎにも決まっていない当主子息が無礼打ちにしようとするとは。

 平民落ちも当然でしょうな。

 もしも実際に切りかかっていれば、今頃ビビリアーノ殿の首は胴と切り離されていたでしょうが」


「これで次期辺境子爵はあの砦にいつも詰めている次男か」


「デラクルス殿は従士数名を連れて属国に戻られるとか」


「だがズボラン家には決して手を出すなよ。

 ホスゲン辺境伯閣下がお怒りになられるだけでなく、場合によってはあのデラクルス王国が攻めて来るぞ。

 あの国は東王国の属国とはいえ、12もの蛮族を滅ぼして造った国だけあって、兵数も装備もホスゲン辺境伯閣下の軍勢に匹敵しているからの」


「はっ」


「現子爵殿が死ねば、葬儀と新子爵の叙任式にはわしが出席しよう。

 その際には辺境伯閣下より配下の者を5人ほど従士として引き取るよう要請されるかもしらんな」


「はっ、それでは寄子の男爵家2家にも1名ずつ引き取らせましょう。

 3名でしたら予算的にも問題ございません」



 そのとき子爵の執務室の外で声がした。


「子爵閣下、第1砦から早馬が報告に来ております」


「通せ」



「執務中誠に失礼いたします。

 第1砦司令官のシアンさまより子爵閣下にご報告がございます」


「申せ」


「はっ、第一砦西方5キロ地点に長大な壁が出現いたしました。

 高さは3メートルほどしかありませんが、左右は目の届く限り地平線まで続いております」


「それほどの城壁が建造されていたのに完成するまで気がつかなかったというのか!

 哨戒部隊は何をしておった!」


「昨日までは確かに何もございませんでした。

 今朝になって突然長大な壁が出現したのであります。

 その壁の中央部分には粗末な門もあり、門番が2名ほど立っておりました」


「面妖な……

 それでシアンは如何しておる」


「まずは子爵閣下への報告をと申されまして、砦の兵は2手に分かれて壁の周囲を哨戒しております」


「わかった。

 お前はこのまま辺境伯閣下へのご報告に向かえ。

 わしは第一砦に向かう。

 誰ぞある! 馬ひけぇっ!」


「はっ!」



 因みにこの国この時代の貴族や従士は馬車には乗らない。

 馬車に乗るのは馬に乗れないほどの重傷を負ったときか、物言わぬ骸となったときだけであり、縁起が悪いとされていたからである。





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