*** 126 紋章旗 ***
「さてみんな救済対象地の状況は頭に入ったかな」
(はは、ほとんど全員が顔面蒼白になってるよ。
まあ平和な銀河世界に生まれて育って来た連中だから仕方ないけど。
2割ほどは現地支配層の横暴に怒りを覚えたようだけど、残りはみんな怯えてるか。
この中で何人が現地派遣部隊に志願してくれることやら。
まあ最悪、俺とオークたちとAIたちでなんとかなるだろう。
救済部門員たちも後方業務ぐらいはしてくれるだろうし)
「マリアーヌ、俺が農業奴隷を解放することに何か問題はあるか?」
『ありません。
いかなる名目であろうとも、奴隷は銀河法典でも神界法でも禁じられています。
居住の自由と職業選択の自由は最も重要な基本法の一部ですので』
「ということは、俺が勝手に奴隷を集めて飯を喰わせてやっても構わんということだな」
『現地支配層は激怒するでしょうが、タケルさまには何の問題もありません』
「この4カ国の緩衝地帯になっている中央平原はどのぐらいの広さがあるんだ?」
『おおよそ500キロ四方ですので、25万平方キロほどです』
「居住可能地は?」
『山地が少ないので居住可能面積は90%あります』
(それなら居住可能地面積は日本の居住可能地の倍以上はあるか……)
「それではその地に新たな国を造ろうか。
そこに農奴たちを収容して農業を行わせよう」
『その地には河川がやや少ないので水は井戸に頼ることになるかと思われますが』
「周囲の水源地から地下水路を造って灌漑水路を引けるようにしておいてくれ。
国を囲む高さ3メートルほどの城壁も頼む。
東西南北には小さな城門と、4カ国の辺境伯領都の近くまで道路もだ。
舗装は不要で土を固めただけでいいからな」
『城壁はたった3メートルでよろしいのですか?
その30倍でも建造可能ですが』
「あんまり大きな城壁だと周囲の国や貴族が攻めて来てくれないからな。
その代わりに城壁を越えた者はすぐに転移で牢に入れられるようにしておいてくれ。
東西南北の各城門内側には商業街を造ろうか。
まあ、周辺各貴族に攻め込ませるためのエサだな」
『なるほど、畏まりました』
「あ、そういうエサになるような商業街を置くのって、囮捜査に該当しちゃうのかな」
『問題ありません」
「そうなのか?」
『銀河各恒星系の法にも銀河法典にも囮捜査を禁止する条文はありません。
地球にそのような法があるのは、住民E階梯が極めて低いために、囮に釣られて容易に犯罪者になってしまう者が多いという理由が考えられます』
「なるほど、銀河宇宙ではそもそも住民E階梯が高いせいで犯罪犯罪性向を持つ者がほとんどいないからか」
『仰る通りです。
また、銀河の法から見れば地球の法は刑罰が軽すぎますね。
これも犯罪行為が普遍的だからと考えられます。
特に日本の刑罰は軽いですが、これは捜査能力が不十分なため冤罪を恐れる気持ちが強すぎるからだと思われます。
また、刑罰とは更生を促すためのものという主張も多いですが、再犯者の数からみて甚だ疑問です』
「なるほどな。
それじゃあ現地犯罪者の処罰基準は銀河の法に準拠したものでいいな」
『はい』
「当座の牢は重層次元の時間停止空間にしようか。
その後ゆっくり詳細鑑定で量刑判断をすればいいだろう』
『畏まりました』
「量刑確定後の牢は3次元空間に置いてすべて独房で1500万人分を用意しておいてくれ。
緩衝地帯の壁内には300人程度収容可能な村と10ヘクタールの畑、居住棟と学校施設もだ。
最初の村の数は5万にしよう」
「あにょタケルさま、それでは村の数が少にゃくて、牢の数が多すぎませんか?」
「いや、なにしろ相手はヒト族だからな。
これでも牢の数は足りなくなるかもしれん」
「そ、そうにゃんですね……」
「マリアーヌ、最初は東王国から始めようと思うが、準備にどれぐらいかかる?」
『最初の準備とその後の建設のために3日ほど頂戴出来ますでしょうか』
「たった3日でいいのか、さすがだな」
『ありがとうございます』
「それじゃあ俺たちはもう少しこの大陸を観察しながら、派遣要員の選抜をしていようか。
あと少し用意したいものもあるから、マリアーヌは相談に乗ってくれ」
『はい』
「タケルさま、その国の国名はどうされますか」
「あー、考えてなかったわ。
ニャサブロー帝国にでもするか?」
「お、おおお、お許しくださいにゃ―――っ!」
「あにょ、やはり『タケル王国』でよろしいのでは」
その場の全員が大きく頷いている。
「まあ分かりやすいからそれでいいか……」
「国王の紋章はどうしましょうか」
「そんなもんも要るんか?」
「古代の城にゃどには必ず紋章が旗に描かれていますので」
「紋章かぁ、どうするかなぁ」
「それではボクたちが考えてもよろしいでしょうか」
「まあ任せるわ」
翌日。
なんだこの紋章……
黒地に白い大きな丸と小さな丸が4つ……
それも大きな丸はちょっと歪んでて、小さな丸はなんか楕円形だし。
その後ろには丸を包み込むような銀色の翼が描いてあるし……
『わははははーっ!
なんだタケル、わかんねぇのか?
この丸いのはセルジュとミサリアの『肉球』だろうが』
「!!!!!」
『でもって黒地と白地はあいつらの毛皮の色だろ。
その後ろにある銀の翼はお前の翼だろうによ』
ニャイチローたちとオーキーが満面の笑顔でこくこくと頷いている。
「…………」
『タケルや』
「あ、エリザさま」
『今たまたまマリアーヌ経由でそなたたちの映像を見ていたのだがの。
セルジュとミサリアが、その紋章を見て歓声を上げながら壁や天井を走り回っておるぞ。
ちょっと嬉ションもしたために壁がところどころ濡れておる」
「………………」
『もしもその紋章を却下などしてみよ。
2人とも涙目のまま半年は口を利いてくれんぞ。
もちろん妾もジョセも大いに気に入っておる。
これはもはや決定だの♪』
「………………………」
翌朝、タケルが救済部門総司令部に出勤すると、司令部の屋上に20メートル×30メートルの巨大な紋章旗が翻っていた。
「………………………」
どうやら猫人族を中心とする有志一同が徹夜で作ってくれたらしい。
風の魔道具まで使っているらしく、その紋章旗は見事に翻っていた……
尚、この紋章旗はもちろん銀河連盟報道部が銀河中に配信した。
そのために、紋章旗だけでなく、紋章Tシャツ、紋章バッグ、紋章付き筆箱、紋章入りノートなどを中心に、全銀河宇宙で肉球紋章グッズが合計20京個ほど売れていったとのことである。
救済部門には、またAIのアバター1000万体に匹敵するデザイン利用料が振り込まれて来たそうだ。
「…………………………………」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【東王国の西端にあるズボラン辺境子爵家にて】
「ビビリアーノご嫡男殿、何故に従士を30人も召し抱えられたのですか」
「寄親であるホスゲン辺境伯閣下が代替わりされたことはお前も知っておろう。
その新辺境伯閣下が寄子である我ら子爵家の当主3人を集められて、平民落ちした辺境伯家の縁者たちを従士として召し抱えるよう要請されたのだ」
「新辺境伯閣下のお身内で平民落ちする者は確かに30人おられたはずですが、他の子爵家の方々は1人も召し抱えられなかったのですか」
「もちろんだ。
俺が全員召し抱えると言ったときには、あ奴ら悔しそうに顔を歪めておったぞ、ははは」
「はぁ、つまらない見栄を張られたものですな……」
「な、なんだと!」
「よろしいですか、30人の平民落ちが出た場合、通常は半数の15人は辺境伯閣下が従士として召し抱えられるのですよ。
そして残りの15名は5人ずつ寄子である我ら子爵家が引き受けるのです。
その後は我らも寄子の男爵家2家に1人ずつ引き取ってもらうのですがね」
「なに……」
「それを30人全員引き受けられるとは……
これは3月前にご当主さまが卒中で倒れられ、わたくしが麦上納のために名代兼護衛として王都に行っていた隙を狙われましたか……」
「な、なんだと……」
「他の子爵方が顔を歪められていたのは、悔しかったからではなくあなたさまの愚かな見栄を見て笑いを堪えておられたのでしょうね」
「!!!」
「ところで従士の扶持麦は年10石と決められておりますが、300石もの扶持麦をどのようにしてご用意されるのですかな」
「この子爵領には農奴に下賜する分を除いても1000石もの石高があるのだぞ!
それぐらいなんとでもなろう!」
「その1000石の内300石を国王陛下に上納し、残りの700石の中から従士や領兵に600石の扶持麦を下賜していることはご存じないのですか。
この子爵家は残りの100石で暮らしていたのですぞ」
「そ、そんなもの、当家の蔵には大量の麦があるだろう!」
「蔵にある麦の量はご存じですか」
「な、なんだと……」
「そのような大事なことも知りませんか。
隣国が攻め込んで来た際に備えて備蓄が義務付けられている300石に加えて、貯えが200石ございます」
「な、ならばその麦を扶持麦にすればよかろう!」
「わたくしは備蓄が義務付けられている麦と申し上げました。
これは2年に1度王城の役人が監査に来て調べますが、足りなかった場合にはこの子爵家は処罰されます。
良くて男爵家に降爵、悪くて平民落ちでしょうね」
「!!!」
「仮に役人に賄賂を渡して目こぼしして貰ったとしても、500石しかございません。
あなたさまご一家の生活費を年50石に切りつめても余裕は50石です。
2年弱で扶持麦は足りなくなりますね。
もちろんあなたさまご一家は服も酒も肉も買えなくなります」
「な、なに!
子爵家嫡男たる俺が貴族服も買えず、酒も飲まず肉も喰うなと申すか!」
「扶持麦を払えないともなれば、元辺境伯さまお身内の従士たちはすぐにも閣下にご報告なさるでしょうから、新辺境伯閣下は激怒されることでしょう。
そうなれば降爵かお手打ちにされますな」
「だ、だったら農奴共に下賜している麦を取り上げろ!」
「それは王国法で禁じられています。
露見すれば、王家は喜んでこの領を王家直轄地とすることでしょう。
王族にも国王交代の際に上級平民に落とされる方々が大勢おられますからな」
「な、ならば農奴たちに命じて新たな畑を開墾させろ!」
「新畑の開墾はたいへんな労力を必要としますので、肝心な今の畑の収穫量が減ります。
これは領地経営の常識ですが、そんなこともご存じないとは……」
「と、砦の兵士に開墾させればよかろうっ!」
「あのですね、この領地は緩衝地帯に接する最前線なのですよ。
それ故に通常収穫の5割を国王陛下に上納すべきところを3割に減免して頂いているのです。
その兵を使って畑の開墾などをやらせれば、あなたさまは反逆罪で縛り首ですな」
「な、ならばどうすればよいというのだ!」




