*** 124 惑星デラ ***
「例えばあのドドイツ帝国が核戦争を企てていた惑星テランだけどさ。
国政や軍の上層部連中のE階梯ってマイナス50からマイナス20の範囲に分布してたんだけど、末端兵士や一般民衆のE階梯って平均1.5あったんだ。
だからドドイツ帝国全体では平均1.45ぐらいだったんだよ。
つまり極悪非道なのは上層部だけであって、一般人はそこまで酷くなかったんだ。
E階梯が低くないと出世出来ないのか、出世するとE階梯が下がるのかはわからんけど。
たぶん両方が相乗効果を発揮してたんだろうけどな」
((( ………… )))
「だけど大量破壊兵器の開発には至ってない世界、言い換えれば後進文明世界って、王侯貴族なんかのE階梯はさらに低いけど、一般民衆もかなり酷いんだ。
だから惑星全体の平均E階梯がマイナスになってる世界ばっかりなんだよ。
例えばある程度人口が増えて来た中世世界の一般農民なんか、冬の農閑期には出稼ぎ感覚で盗賊やってたりするしな。
さすがに同じ領主の領地内だと多少の抑止力は働いてたけど、領主の違う村は平気で襲撃して略奪してたし。
ヘタすりゃ領兵の仕事だって他領地での略奪だったし。
つまりさ、古代社会では王侯貴族に裸踊りさせて収監しても、却って治安が悪化しちゃうんだ。
それこそ一般人が全員盗賊みたいになって。
だから相当に時間をかけて段階的に処置していかなきゃならないだろうな」
「あにょ、その違いは何に起因しているんでしょうか」
「それは間違いなく教育の有無だろうな」
「教育…… ですか……」
「産業革命を迎えた社会では、良質で均質な工場労働者が大量に必要になったんだよ。
だからどの国も産業革命と学校制度、義務教育制度の発生がほとんど同じ時期なんだ。
そして、この初等教育機関ではまず読み書き計算が重視されたんだ。
字も読めない書けもしない労働者だと生産性が低いからな。
ついでに碌でもない両親や祖父母から引き離して、多少はまともな教育をする時間も作れたんだろう。
そして、その教育の中には常に『汝殺すなかれ』『汝盗むなかれ』が含まれていたんだ。
ついでに『法を犯すな』っていうのも。
もちろん治安がいい方が為政者に都合がいいからだけど。
その割に日本では小学校から高校までの教育課程に『法律』っていうものが入っていないのが不思議でならないけどさ。
法を犯すなって言っておいて、その法の内容を教えないとか教育者って阿呆だよな」
((( ………… )))
「ところが中世世界なんかでは工場なんかどこにもなくって、ただひたすらに農業やって税を搾取されて、農閑期には武装強盗に勤しんでる世界だったもんだから、『教育』の必要なんかどこにも無かったんだ。
人口密度も低かったから教育の効率も悪かったし。
だから農民の子たちにとっては手本になるのは親や祖父母しかいなかったんだよ。
そいつらが盗賊してたら、当然子供たちも成長すれば農民兼盗賊になっていくんだ。
それが当たり前の社会だったからな」
「そ、そこまで酷い社会だったんですにゃね……」
「そんな社会で王侯貴族を収監して武器を押収しても、今度はすぐに棍棒を持った農民が周辺を荒らし廻るだろう。
半年や1年かけて農作物を作るより、作った奴から奪う方が楽だと思うだろうからな。
まあその半数は返り討ちにあって死ぬか捕らえられて奴隷にされるんだろうけど。
だから人口も増えないし、農業生産性なんかも全く上がらないんだ。
そんな世界をどうやって救えばいいと思う」
「すみません、まったく想像がつかにゃいですにゃ……」
「まあ俺も中世暴虐世界を体験してるわけじゃないから、そこまで方針は固められないけどさ。
だから本当に試行錯誤していくしかないと思うんだ。
こんな試み、銀河宇宙でも100億年近く誰もやってないから資料も無いし。
ただ、幸いにも奴らの文明度は低過ぎて、すぐにも絶滅に瀕するような戦乱は起きないだろうから、時間的猶予だけはたっぷりあるからな。
最初は1つの世界の救済に10年かけるつもりで行動して、それで効果的な手法を模索していこう。
そうしてノウハウを蓄積してから手を広げていけばいいだろう。
ニャイチロー」
「はいですにゃ!」
「救済部門の天使たちや天使見習いのうち、戦闘派遣任務を希望する者は何人ぐらいいるかな」
「当初は躊躇う者も多かったにょですが、ボクがケンネルで戦った姿を見て希望者が殺到しました。
現在5000名ほどが派遣戦闘職を希望しています」
「そのうちレベル200以上に達している者は何人いる?」
「1500人ほどです。
レベル250以上は約500人です」
「そんなに増えたか。
これも鍛錬教官のニャイチローとニャジローの功績だな」
「「 あ、ありがとうございますにゃ 」」
「それでは最初はレベル250以上になった者たちを俺が連れて行こう。
最初から戦闘任務を課すことはないが、俺やオークたちの戦いぶりを見ることも重要な経験になるだろう。
残りの者たちには映像で見せてやりつつ、引き続き鍛錬を頼む」
「「 はいですにゃ! 」」
「マリアーヌ、そうした世界に祠部隊は最大何人まで派遣出来るか」
『5000万人まででしたら問題ありません』
「凄いな。
それでは出動待機をさせておいてくれ。
食料を中心に物資の用意もな」
『はい』
「18歳から25歳ぐらいに見えるヒト族のアバターは用意出来るか」
『最近アバター製造恒星系が神域内に工場を完成させましたので可能です』
「成人男性や成人女性型も含めて10万体ほど注文しておいてくれ。
現地で保護したヒト族の世話をさせたいと思う。
救済が順調に行けば最終的には10億体は必要になるかもしらんから、製造元にはそのつもりでいるようにと言っておいてくれ」
『はい』
「それから、AIやアバターってヒューマノイドに危害を加えられないようにリミッターがかかってるんだろ」
『はい、銀河連盟法典でも神界法でも禁止されていますので』
「俺が許可貰って来るから、『自衛や他のヒューマノイドを守るため』っていう条件で、お前がリミッターを外せるようにしておいてくれ。
敵にはその都度『セミ・ゴッドキュア』をかけておけば問題ないだろ。
このリストにある資材の用意も頼む」
『畏まりました』
「ニャサブロー、トリアージ部の救済優先リストにあるヒト族未開世界のうち、ナノマシンの配備が終わってる世界はどのぐらいになった?」
「現在優先度SからAまでの世界は現地言語の解析も含めて全て終了しています。
Bランク以下は進捗率70%ほどですにゃ」
「引き続き配備を続けておいてくれ」
「はい」
「それじゃあいよいよヒト族の未開暴虐世界をシメに行こうか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【銀河系第784象限、F03547恒星系第5惑星、識別名デラにて】
(種族:ヒト族 科学技術文明度1.3 社会成熟度マイナス8.3
住民平均E階梯マイナス24.3 紛争、飢餓危機、農奴制)
『タケルさま、これより志願した救済部門職員たちに映像情報によるブリーフィングを行いますが、ご覧になられますか』
「そうだな、俺も見させてもらおうか」
惑星デラ:
惑星直径1万2600キロメートル、重力加速度9.6m/S^2
陸圏面積1億4000万平方キロメートル。
赤道付近に最も大きな大陸があり、その東西にそれよりもやや小さな大陸が存在する。
ただし、現地住民はいまだ航海技術を持たないため、これら他の大陸の存在は知らない。
救済部門では便宜上これら大陸を中央大陸、東大陸、西大陸と命名する。
東大陸の面積は約2000万平方キロ。
山岳地帯が多いために居住可能地は約700万平方キロ。
人口は推定約300万人。
その大半は中部から南部にかけての海岸部と河川沿いに住み、狩猟・漁労と採集の生活を行っている。
人口密度が極めて低いために未だ農業の必要性は無く、ほとんど行われていない。
多くは一族が集まった緩やかな集落を形成しているが、多夫多妻制の同族婚を繰り返しているために遺伝的に極めて脆弱で体格も小さい。
成人男性の平均身長は145センチほど。
(そうか、日本でも平安時代ぐらいまでは庶民は村内での多夫多妻制だったっていうしな。
秋の収穫祭りで乱交して生まれた子供は村の子として育てるっていう。
原始社会ではそうなりがちなんだな。
まあ一夫一婦制だと親父が死んだら家族は即路頭に迷うからそうなったんだろうけど……)
山の民と海の民の交易は距離があるために困難だが、数年に一度行われている模様。
山の民からの輸出品は、黒曜石、釣り針製作用の動物の角や骨、干し肉など。
海の民からの輸出品は塩が中心。
この交易の際には稀に争いが発生するが、そのときに遠征側が勝利した場合には若い女性を連れ帰ることもあった模様。
その子孫は遺伝子プールを広げられたために体格も良く、運動能力も優れていたために、それ以来海と山の民の間で緩やかな交配が進んでいる形跡が見られる。
(これも現代地球と状況は似ているか。
異民族交配児の各種能力は優れていることが多いし。
ムシャラフ恒星系やミランダ恒星系なんか、その数千万年の歴史の中で交配が進みまくって、もう民族的特徴なんかほとんど残ってないらしいから体格も知力も運動能力も優れているんだろうな。
しかも俺なんかムシャラフとミランダの混血だから、運動能力や知力もさらに恩恵を受けているんだろう。
あ、セルジュとミサリアなんか異民族交配どころか異種族交配児だよな。
ということはあいつらの知力も運動能力も凄いのかもしらん。
ま、まあ壁や天井を走ってるような奴らだからな。
ときどき壁に張り付いたまま寝ちゃって空中を漂ってるけど……)




