*** 123 20億人の空中裸踊り ***
「ヒト族危機度SSS世界の救済は順調そうだな」
『はい』
「それでは準備が終わり次第SS世界、S世界と救済範囲を広げて行こうか」
『あの、タケルさま、実は今地球も危機度SSにランク付けされるようになっていまして。
2年前までは危機度Aランクだったのですが……』
「あー、ロロシア共和帝国のウクララライナ侵攻のせいか」
『それで如何致しましょうか。
何か特別なご指示はございますか?』
「いや、他の危機世界と同じ扱いにしてくれ」
『畏まりました』
その日……
ロロシア共和帝国のグレムリン宮殿周辺では、プーチンチン大統領閣下とロロシア共産党首脳、軍指導部の全員が空中裸踊りを始めた。
もちろん、ロロシアの保有する核兵器内の核分裂物質も起爆用TNT爆薬もミサイル推進剤も砂に置き換えられている。
次に、ロロシア軍とウクララライナ軍の全ての爆薬、炸薬、弾薬、ミサイル推進剤も砂に代わり、各軍司令部をパニック状態にさせた。
もちろん軍用車両の燃料も攻撃ドローンの燃料も水とすり替えられている。
ウクララライナ国内に侵攻していたロロシア兵は、全ての兵器や携帯火器が使用不能となった上にマッパにされて、泣きながらロロシアに歩いて逃げ帰っているそうだ。
これを追撃して棍棒で殴り殺そうとしたウクララライナ兵も、同じメに遭っている。
もちろん、ロロシア、ウクララライナ共に海軍の艦艇は全ての武器が発射不能にされた上で、スクリューと錨と燃料を失って黒海をぷかぷかと漂っていた。
この措置は次第に全世界に広がって行った。
まずは、中華人民共和帝国の国家主席と共産党幹部らが集団で空中裸踊りを始めたのである。
それも50人が揃って踊っていたので奇怪さは倍増だったそうだ。
その異様な風景は、次第に朝鮮民主主義人民王国、インドド軍総司令部、ニャンマー軍事政権幹部、イライラン指導部、シリシリア王族、アフアフガニスタンのタンバリン幹部などに広がっていった。
更には中東の武装組織、ソママリアの海賊集団、アフアフリカの部族抗争指導層も空中裸踊りを始めており、当然のことながら彼らの後継者争いを始めた者たちも同じ運命を辿っている。
もちろん彼らの兵器は全て使用不能になり、海軍艦艇も洋上を漂い始めていた。
これらの情勢が広がるにつれて、世界中の武器製造業者は大喜びした。
なにしろこれからは、世界の大半の武器の入れ替え需要が発生するのである。
だが……
彼らはすぐに蒼ざめることになる。
なにしろいくらミサイルや砲弾を作っても、その内部の爆薬や推進薬がすぐに砂に入れ替わってしまうのだ。
これは小銃弾や機関砲弾でも同じだった。
ということは、いくら大砲や銃を作っても、何の役にも立たないということなのである。
軍用機も、ドローンを含めて作れることは作れるのだが、実際に飛行させようとして燃料を注入しても、すぐに水に代わってしまうのである。
民間の旅客機を改造して軍用機にしても結果は同じだった。
さらに今度は南沙諸島、西沙諸島、尖閣諸島、日本海の竹島や太平洋の沖の鳥島などが海に沈み始め、深度2000メートルまで沈降したところで停止した。
現地の軍事基地要員や実効支配のために住み着いていた者たちの前にはゴムボートが現れて助けられている。
(ただしエンジンは無くすべて手漕ぎ)
次に始まったのは一般市民の空中裸踊りだった。
軍にも属さず、政治指導者でも無かった者たちが突然マッパになって踊り始めたのだ。
だが、よくよく調べてみれば、これらの人々は全員が反社会的勢力かその下部組織に属していたのである。
中には完全に市井の生活に溶け込んでいた幹部もいたのだが、彼らも容赦なくマッパにされていった。
特に中華帝国では実に1億人が裸で踊っているそうだが、彼らの内なぜ自分がこのようなメに遭っているのか理解出来た者は1割に満たなかったそうだ。
どうやら反社会的組織のメンバーには、自分たちが犯罪を犯しているという意識が全くなかったらしい。
単に政治指導部に命じられるままや、他人と同じことをしているという意識しかなかったようだ。
中華帝国の全てのメディアはこの現象はアメリカや欧州の陰謀であるとして毎日糾弾していたが、指導部が領空領海侵犯やミサイル発射実験などで威嚇行為を行おうとすると、航空機や艦船はもちろん動かず、その搭乗員や指導部メンバーもまた首都で空中裸踊りを始めていたのである。
次には、世界中の麻薬が(医療機関で麻酔に使用されるものを除いて)すべて白い砂に変えられてしまった。
おかげで驚くほどたくさんの中毒者が禁断症状を起こして暴れ始めたが、彼らもすぐに宙に浮かべられている。
その中には、警察官、教員、学生、上級官僚なども多数いたようだ。
日本の或る大企業では、会長以下役員の半数以上が裸踊りを始めているらしい。
また、日本では国会を初め、全国の県議会、市区町村議会の議員たちが何故か毎日100人単位で空中裸踊りを始めてしまうために、国やすべての自治体で毎週補欠選挙が行われるようになった。
おかげで選挙管理委員会メンバーが過労死の危険に晒されつつある一方で、選挙補助のアルバイトだけで生活出来る者も増え始めている。
ただ、平均投票率は5%以下になっているそうだ。
また、『この変異はもちろん神の御業である。わたしはその神の使徒であるのでわたしにお布施を払えば神に伝えて裸踊りを免除して貰える』と言い始めた者もいた。
特にアメメリカと日本に多かったようだ。
だが、これらの者は、例えその布教活動がネット上であったとしても、直ちにその場で空中裸踊りを始めさせられたのである。
彼らの多くは室内にいたために、床には排泄物が溜まってエラいことになっているらしい。
もちろん誰がいくら引っ張っても降ろすことは不可能だった。
さらには、強盗、傷害、脅迫、窃盗、痴漢を行おうとした者たちも裸踊りに加わるようになった。
電車内では大勢のおっさんたちが裸で踊っている。
このおっさんたち(ごく一部にはおばはんもいた)は、先頭車両に順次送られていったために、若い女性たちは安心して他の車両に乗れるようになったものの、次第に裸踊りおっさんに占拠された車両も増え始め、中には半分以上の車両に裸おっさんたちが詰め込まれている電車もあるそうだ。
もちろん特殊詐欺メンバーも一斉に踊り始めていた。
万引きをした児童まで数時間の裸踊りをさせられたのである。
その児童の近くでスマホを構えている通行人を、『撮るな撮るなぁーっ!』と叫びながら金属バットで殴り倒していた母親もいたが、この母親もすぐに息子と並んで踊り始めていた。
息子は数時間で解放されたが、母親が帰って来たのは1年後だったそうだ。
スマホで撮影していた者も、それをSNSなどに流そうとした途端に空中裸踊りに加わっている。
おかげで路上はハトの糞害ならぬヒトの糞害でエラいことになっているらしい……
こうして地球では合計20億人もの人々が空中裸踊りを経験することになったのだが、もちろん皆10日ほどでどこへともなく消えて行ったのである。
その後順次大地に戻されていたが、どうやらこの消失期間は罪の重さに応じて決められているようだった。
なぜならロロシア帝国や中華人民共和帝国やテロリストグループの指導者層などは一切戻って来なかったからである。
また、消失していた者たちに聞き取り調査をしてみても、全員が『小さな窓とベッドとトイレしか無い狭い部屋にずっと入れられていた』『水も食べ物も与えられなかったために口渇感と飢餓感が酷かった』としか答えなかった。
だが不思議なことに、水すらも与えられていなかったにも拘わらず、衰弱死するどころか全員が健康だったのである。
中には投薬も無かったのに持病の進行が止まっていた者や、超肥満体が普通の肥満体になっていた者すらいたのだ。
ただ、スマホが使えなかったために、禁断症状を起こして精神錯乱状態になっていた者は多かったらしい。
こうして、強制的に紛争と犯罪を停止させられた地球では、『ひょっとしたら、本当に神はおわすかもしれない』と畏れ始めた者も多かった。
にこにこしていたのはタケルの両親と武者市のムシャラフ人たちだけだったとのことである。
果たして、こうした強制措置で紛争と犯罪を撲滅された世界に幸福は訪れるのだろうか。
それとも戦争や犯罪を犯してまで他者にマウントを取りたがる類人猿由来の衝動は、まったく変わらないのだろうか。
その答えがわかるのは1000年後、1万年後、いや10万年後かもしれない……
幸いなことに、救済部門のトリアージ部によれば、20万年後に地球を消滅させる超新星爆発予想天体は、来年早々にも排除されるとのことである……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
救済部門幹部会にて。
「大量破壊兵器保有世界の停戦・救済行動は順調だな」
『はい』
「全部で約500兆人を収監したけど、まあ予想の範囲内だろ」
「「「 ………… 」」」
「これで残るは最も難しい石器時代初期から近世までの世界か」
「あにょ、タケルさま、どうして大量破壊兵器の無い世界の方が保有する世界よりも救済が難しいにょですか?」
「確かに危機の度合いとしては大量破壊兵器保有世界の方が遥かに大きいけどな。
なにしろ万が一の際には絶滅に近い被害を被るんだから。
でも兵器を全て押収して支配層や反社会的勢力を収監すれば、後はそんなに混乱は無かっただろう。
農業生産だってすぐに回復したし」
「は、はい」
「だけど石器時代から産業革命程度までの世界はそう簡単にはいかないんだ。
たとえ支配層全員を収監して武器も全て押収しても、混乱はほとんど収まらないだろう」
「?」
「そうだな、それはE階梯の分布を見てみればわかりやすいかもしれないな」
「は、はい……」




