*** 122 強制的平和 ***
「艦長! 浮上はしましたが本艦の速度上がりません!
というより速度ゼロです!」
「なんだと! 機関長、機関の現状を報告せよ!」
「機関正常、スクリュー軸も全速で回転しています。
ですが……
スクリュー軸の回転が速すぎます。
まるでスクリューが取れてしまったかのように……」
「な、なんだと……
ミサイル点火失敗の上、航行不能にまでなったというのか……」
もちろんスクリューは今重層次元をぷかぷかと漂っている。
「し、仕方あるまい……
機密文書を全て処分の上、本国に救難信号を打て……」
「はっ……」
この原潜の艦長にはもちろん知る由も無かったが、ドドイツ帝国の戦闘艦は攻撃型潜水艦も含めてすべてが武装とスクリューと錨を失ってぷかぷかと漂っていたのである。
その後彼らは漂流しているうちに第三国のラジオ放送を受信した。
そうして本国が核兵器で壊滅しておらず、総統閣下が失踪したこと、全ての兵器が使用不能になり強制停戦状態になっていたことを知って安堵したのである……
ドドイツ帝国東部ポポーランド国境沿いに布陣する25個師団の内のある師団司令部にて。
ブリッツ・クリーク開始1時間前。
「東部方面軍司令部との連絡はまだつかんのか」
「はっ、師団長閣下。
総司令部にも打電しましたが、やはり返答ありません」
「他の師団は」
「我が師団と同様、どちらの司令部とも連絡が取れないそうです」
「そうか……」
「あの、閣下……
あと1時間で作戦行動開始時刻になりますが、如何致しましょうか……」
「命令書は既に受領しておる。
作戦開始時刻をもって、ポポーランドの首都ヨイシャワに向けて進軍する」
「はっ!」
そして0000時。
「第728師団、進軍開始!」
「第728師団、進軍開始します!」
ぷすんぷすん……
「どうした! なぜ進発しないのだ!」
「戦闘指揮車のエンジンがかかりません!
すべての戦車のエンジンも同様です!」
「な、なんだと!
大至急原因を調査せよ!」
「はっ!」
「あの…… 師団長殿、すべての軍用車両の燃料タンクに、燃料ではなく水が入っている模様です……」
「だ、誰がそのような破壊工作をしたというのだ!
ポポーランドの特殊部隊か!
「いえ、この厳重に警備されている師団駐屯地に侵入は不可能です。
それに師団の戦闘車両800両全ての燃料を水とすり替えるなど……」
「し、至急水を捨てて燃料輸送車から燃料を補給せよ!」
「そ、それが燃料輸送車の燃料も水に代わっていまして……」
「軍団司令部の燃料補給所に燃料輸送車の派遣を要請せよ!」
「む、無線が繋がりません……」
「ほ、他の師団は!」
「他の師団とも無線が繋がらなくなりました。
それにどの師団の戦闘車両も動いていない模様です。
エンジン音が全くしません」
「作戦支援の空軍部隊は!」
「航空機はいっさい飛んでいません。
この分ではやはり燃料が水に変えられて……」
「軍団司令部に伝令を出せ!」
「あの、軍用車両がすべて動きませんので、徒歩で行くとなると3日はかかるかと……」
「!!!
し、仕方あるまい。
せめて攻撃を開始したという実績を残すために、戦車砲を最大射程にしてポポーランド軍陣地に打ち込め。
自走砲もだ」
「はっ!」
ガチン、ガチン、ガチン、ガチン……
「ほ、砲弾が全て不発になっています……」
「い、いったい何が起きているというのだ……」
「あ、あの……
戦車兵に小銃と手榴弾を持たせて、歩兵と共に進軍させましょうか……」
「ま、待て!
塹壕の中で小銃を試射しろ!
手榴弾もだ!」
「はっ!」
カチカチカチカチ……
ぼとん……
「し、小銃弾が全弾不発です……
手榴弾も……」
「わかった……
日の出と共に後方に移動する」
「撤退ですか……」
「バカモノ!
移動もしくは転進と言え!」
「…………」
だが、彼らの苦難はこれだけでは終わらなかったのである……
翌朝。
「し、師団長閣下、た、たたた、大変ですぅっ!」
「どうした、これ以上大変なことなどあるまい……」
「し、師団の食料が全て消え失せましたぁっ!」
「な、ななな、なんだとぉ―――っ!」
そしてそのとき、さらに第728師団の将兵全員の軍服と靴が消え失せたのであった……
数少ない女性兵士だけには非常に粗末な貫頭衣が支給されている。
マッパ&裸足にされた兵士たちは、足の裏を血塗れにし、目の端に涙を滲ませながら『転進』していった。
ポポーランド国境付近の住民は全て強制的に避難させられていたため、途中の村で助けを求めることも出来ない。
家屋も固く施錠されている上に食料も全て持ち去られていたために、食料徴発という名の略奪も出来なかったのである。
唯一救いだったのは、畑の脇には藁が積んであり、兵は皆藁束を足に巻いて歩けるようになったことだった……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『タケルさま、現在ヒト族暴虐SSSランク惑星220万に派遣中の娘たちのほとんどから要請が来ました。
紛争当事国の国家元首を『裸踊り&昇天』刑にしましたところ、後継者の座を巡って大規模な内戦が勃発しようとしています。
また、兵器を没収したことが知られるにつれ、周辺各国が平和維持軍の建前で進駐して来ているそうです』
「あー、やっぱりそうなるか。
わかった、プランBへ全面移行する。
各惑星派遣AIは、自分の判断で現地住民に『おしおき』を与えることを許可する。
責任はすべて俺が持つので好きにやるように伝えてくれ」
『畏まりました』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
再び惑星テランのドドイツ帝国にて。
天に昇って消えたブットラー総統の行方不明状態が続くにつれ、侯爵宣伝大臣ゲゲッベルス、同じく侯爵副総統ヒヒムラー、侯爵元帥ゲゲーリングなどが、それぞれの軍閥を率いて次期総統の座を争う内戦状態に入ろうとしていた。
だが或る日、彼らもまた総統閣下と同様に裸踊りを続けた後に昇天して行ったのである。
もちろん彼らに与する軍幹部らも一緒に昇天して行った。
こうして最上層部が消え、マッパで放り出されていた兵士が故郷に帰り始めるにつれて、ドドイツ帝国内は平穏を取り戻していった。
国内各地では祠部隊による食料支援も始まっている。
だが……
ドドイツの国内情勢が明らかになるにつれ、彼の国には実質的な戦力も軍を率いる指導者もいないことが明らかになり、連合国を初めとする周辺国が頭に乗り始めたのである。
まずはドドイツ帝国の侵略に怯えていたポポーランドが、当然の権利だと主張してドドイツ帝国内に侵攻して来た。
もちろんロロシア帝国の軍もである。
また、西側各国も、ドドイツを分割支配するために平和維持軍という名の侵略軍を送り込んで来ていた。
特にアメメリカのルルーズベルトとロロシア帝国のノウターリンは、その年の初めにククリミア半島のヤルタタで行われた秘密会談の合意に基づき、ドドイツ帝国の首都ベベルリンを東西に分割して支配するべく進駐軍を送り込んで来たのである。
だが……
これら実質的な侵略軍の代表である外交官とその護衛と称する侵略軍は、ドドイツ国境を越えて1時間ほどするとマッパになって宙に浮き、ドドイツ国民があっけに取られて見ている前でやはり裸踊りを踊り始めたのである。
ロロシア帝国の首都モモスクワではノウターリンも、アメメリカではルルーズベルトも、その幕僚たちと共に空中裸踊りを始めていた。
さらに、ニッポポンでは太平洋戦争開始を決議した御前会議メンバー全員と首相を初めとする閣僚が裸踊りの末に消え、特別高等警察と憲兵隊の全員も空中裸踊りを始めた。
『この非国民めが!』と因縁をつけ、毎日町内を練り歩いては誰彼構わず殴りつけていたジジイたちは全国で空中裸踊りを始め、その数は実に280万人に達したとのことである。
(これは太平洋戦争で予想されていたニッポポンの合計死者数に相当していた)
イタタリアではムッツリーニとファシスタ党の幹部が、チャチャイナでは蒋介岩と毛沢南とその取り巻きが、昼鮮半島北部では銀日成とその幇間たちが空中裸踊りの末に消えた。
もちろん各国の核兵器の中身は砂と入れ替えられ、軍艦のスクリューと錨と燃料タンクの中身も全て消え、戦車などの燃料も消え、砲弾や小銃弾の炸薬も全て砂に代わっていったのである。
その後治安維持に当たる警察部隊の拳銃弾すら不発になったために、世界各地で治安が悪化し始めたが、殺人、強盗、恐喝、傷害などの犯罪行為を行おうとする者もまた、突然空中裸踊りを始めたのであった。
さらに、アジジアやアフアフリカの列強植民地でも、本国から派遣されて来ていた総督や軍幹部が空中裸踊りを始め、駐屯していた軍人たちもマッパにされて逃げ惑った。
もちろん武器弾薬は使えず軍用機は飛べず、本国に救援を要請しようとしても無線機は動かず、軍艦は全て漂流中である。
(座礁しても燃料が無いために海洋汚染の心配は無い。
まあ邪魔だろうが、その軍艦に攻撃されるよりはマシだろう)
こうして惑星テランでは惑星全域が武装解除され、実に3億人が宙に消えて行ったのである。
各派遣AIが管理する神界裁判所では、その収容者に禁固半年から終身刑までの刑が言い渡されていた。
大半の者たちは数年で大地に帰されていく予定だったが、累犯者はまたすぐに裸で踊り始めることだろう。
因みに、実行祠部隊AIたち220万はアバターとの遠隔接続はいつでも可能であり、好きな時に好きな場所で好きなだけ休暇を楽しめるため、ヒト族紛争世界への駐留は少なくとも1万年になるそうだ……
1万年後の惑星テランがどうなっているのか、タケルも楽しみにしている。
一方で事前準備AI部隊2000万はそれぞれ次のターゲット世界に転移して行っている、
こうしてヒト族大量破壊兵器保有220万の危機度SSS世界は、神界救済部門の事前準備AI部隊と実行祠部隊とによって強制的に平和を齎されたのであった。
まあ大規模核戦争によって絶滅するよりは遥かにマシだろう……




