*** 121 ブリッツ・クリーク ***
ドドイツ帝国最高幹部らは、総統閣下が上空で踊り始められるとすぐに緊急会議を始めた。
「今夜0時から予定されている電撃作戦は如何するか……」
「総司令官たるブットラー閣下があのありさまではのう……」
「いや、永続作戦命令書には既に閣下のサインを頂戴して各軍団司令部には命令を伝達済みである。
この機会を逃すべきではない!」
「その通りだ!」
この場の幹部たちは、劣等民族の国を征服したあとには、それぞれの地を領地として与えられる予定であったために、まだ好戦的だった。
もちろん自分たちは強固に防衛された大深度地下司令部に籠る予定であるために危険はない。
「それでは各軍司令部には作戦は予定通り実行せよと伝達しろ!」
「はっ!」
しばらくして……
「た、たいへんです!」
「どうした」
「総司令部から各軍司令部へ命令を伝達する大型無線機が動きません!」
「バックアップは!」
「それも動きません!
すべての無線機も電話回線も沈黙しています!」
「修理は出来んのか!」
「無線機内部の主要部品がごっそりと無くなっているために、すぐには不可能です!」
もちろんAIたちの仕業である。
無線機や有線通信機の主要部品は今ごろ重層次元を漂っていることだろう。
「な、なんということだ……」
「いや大丈夫だろう。
永続命令書は既に配ってあり、今日の最終命令は確認に過ぎんのだ。
忠実なる我が軍の将兵たちは必ずや命令書通りに作戦を開始するはずであり、その間に通信機の交換をすればよい」
その頃、ドドイツ帝国宇宙軍の軌道核兵器コントロールセンターでは。
「司令官閣下、2300になりましたが、総司令部より永続命令の確認通信が入っていません」
「なに」
「0000よりの作戦開始は如何致しましょうか……」
「永続命令書は既に受領しておる。
命令書に沿って0000時にISBMを発射せよ。
なにしろ連合国への先制攻撃の栄光は、この宇宙軍が担っておるのだからの!」
「はっ!」
そして0000時に至ると、ドドイツ帝国とその周辺では大混乱が広がり始めていたのである。
ドドイツ帝国宇宙軍総司令部にて。
「軌道核兵器ダモクレス、手順に従って1番から64番まで発射せよ」
「はっ! 軌道核兵器ダモクレス1番から64番まで発射!」
しーん……
「どうした、なぜ発射確認ランプが点かんのだ」
「し、少々お待ちください。
ただいまミサイル発射装置を確認中です……
各衛星のコンピューターから回答、『ミサイルがありません』」
「な、ななな、なんだとおっ!
そ、それでは65番から128番までの軌道ミサイルを発射せよ!」
しーん……
「やはりミサイル発射出来ません!
衛星コンピューターからの返答、『ミサイルがありません』ですっ!」
「衛星内部点検カメラの映像を出せ!」
その映像には、衛星の格納庫にみっちりと詰まった笑顔の総統閣下の銅像が映っていたのである……
「な、なんということだ……」
だが、衛星のうちの1つにはミサイル格納庫内に8歳ぐらいの少女がいて、笑顔でカメラに向かって手を振っていたのだ。
「あ、あの衛星内部は与圧されていません!
な、なぜあのような少女が生存出来ているんだ……」
その少女はすぐに消えていった。
「消えた……」
「お、俺たちは夢でも見ているのか……」
「し、司令官閣下、ど、どうしましょうか……」
「総司令部との無線交信は途絶したままか」
「有線通信や電話も試していますが、依然交信不能です」
「そ、そうか。
わ、わしは直接総司令部に行って報告して来る。
ミサイルが銅像とすり替わっていた原因は引き続き調査しておけ」
(逃げたな)(逃げたな)(逃げたな)(逃げたな)(逃げたな)……
だが、司令官専用車両が動かなかったために、閣下は自転車でどこへともなく逃げて行かれたそうだ……
<公海中深度200メートルのドドイツ帝国弾道ミサイル潜水艦内にて>
「第1潜水艦隊司令部からの極超長波帯通信は入ったか」
「ノーサー!
依然として通信有りません!」
「それでは静粛措置を保ったまま深度50メートルまで上昇し、航空機から発信される超長波無線を受信せよ」
「はっ、静粛措置を保ったまま深度50メートルまで上昇し、航空機から発信されるVLFを受信します!」
(註:弾道核ミサイル潜水艦は、報復戦力として開発運用されている。
つまり敵の先制核攻撃で総統府、軍総司令部などが壊滅した場合の報復用核ミサイルを用意しておくことで核戦争抑止力となっているのである。
そのため、平常時で1月に1回、戦時では3日に1回海中でも受信可能な極超長波帯による定期通信連絡を受けており、この通信が無かった場合には、念のため水面近くまで浮上して超長波による通信の受信を試みる。
もちろん極めて隠蔽性を重視する弾道ミサイル潜水艦にとっては、この浮上行為は危険であり、非常時しか許されていない。
それでも受信不能な場合、それは総司令部もしくは潜水艦隊司令部が敵の先制核攻撃によって壊滅していることを意味する。
このために、定期確認連絡受信不能の場合には、自動的に敵国の首都に向けて報復核ミサイルを発射することになっていた。
因みに極超長波帯通信の発信側アンテナは、長さ40キロメートル以上もの巨大な施設であり、超長波も飛行中の専用航空機から延ばされた8キロほどのアンテナ線になる)
「艦長、VLFも感ありません!」
発令所にいた兵の中で一際豪華な軍服を着た男が発言した。
「ということは、連合軍が卑怯にも宣戦布告前に我が国を核攻撃したのか……」
「残念ながらその通りのようですな政治士官殿」
この政治士官とは、作戦行動中の軍艦内にあって絶大な権限を持った艦長から独立し、唯一総統府の命令のみに従う特別職である。
要は艦長の監視役であって、古代の軍隊に於ける軍監に相当する。
総統閣下が貴族以外の将兵を信用していない証拠のような存在であった。
「ならば我々も義務を果たさねばなるまい。
まさか異議はあるまいな艦長」
「むろんありませんとも。
祖国を先制攻撃した者共に復讐を!」
「それでは極秘指令書の入った金庫を開けるとするか。
もう一名は副長でよかろう」
艦長、副長、政治士官は認識票と共に肌身離さず持っているよう命じられている鍵を取り出し、それぞれが2メートル以上離れた鍵穴に差し込んだ。
尚、敵の攻撃を受けたなどの万が一の時のために、この鍵は航海長と機関長も所持している。
「それでは同時に回すぞ、3、2、1、ゼロ!」
3人が同時に鍵を回すと金庫の扉が開いた。
「ミサイル士官はこの命令書に書かれた目標座標と、予め基地でミサイルにインプットされた座標を比較せよ」
「アイアイサー!」
「艦長、座標に変更有りません!
24発の多弾頭ミサイルの目標はすべて敵国首都と主要都市となっております」
「よし、発射シーケンス開始せよ。
前部発射筒より6発ずつ発射する。
航海長は本艦をミサイル発射可能深度に上昇させろ」
「「 アイアイサー! 」」
「艦長、本艦はミサイル発射可能深度に到達しました!
海面正常! 波浪極小! 天候晴れ!」
「発射シーケンス終了! いつでも撃てます!」
「通常電波帯での暗号通信は受信出来たか」
「ノーサー! 司令部よりの通信、依然ありません!」
「ミサイル発射筒、扉開け!」
「発射筒、扉開きます!」
「1番から6番まで連続発射!」
「1番から6番まで連続発射します!」
バシュン! バシュン! バシュン! バシュン! バシュン! バシュン!
圧縮空気によりミサイルが海面を突き破って上空に射出される音が響いて来た。
その後空中で推進薬に点火され、敵国目掛けて飛んでいくはずである。
このシーケンスはミサイルの噴射炎で発射筒が損傷し、艦が浸水するのを防ぐためのものだった。
だが……
ごとん、ごとん、ごとん、ごとん、ごとん、ごとん……
「な、何だ今の衝撃は!」
「ミサイル点火失敗!
ミサイルはそのまま落下して本艦に衝突した模様!
発射筒扉損傷! 扉閉まりません!」
もちろん推進薬が全て砂と入れ替えられているためである……
「ええい! 7番から12番発射!」
バシュン! バシュン! バシュン! バシュン! バシュン! バシュン!
ごとん、ごとん、ごとん、ごとん、ごとん、ごとん……
「ミサイル点火失敗!」
「13番から24番も発射せよっ!」
「全て点火失敗しましたぁっ!」
「急速浮上! 全速前進!
この海域から全力で離脱せよっ!」
「アイアイサー!」
「艦長、この艦はミサイル原潜だぞ。
なぜ浮上して全速で離脱するのだ。
そんなことをすれば敵に発見されるぞ」
「あのミサイルにはまだ推進薬と核爆弾起爆用の爆薬が残っています。
弾頭分離用の炸薬も信管も。
それが今深海に沈みつつあるのですよ。
万が一それが水圧で起爆すれば、それは爆雷と同じです」
「!!!」
「まさかとは思いますが、それが核弾頭を誘爆させれば本艦は塵も残りません」
「!!!!!」
「しかも発射筒の水密扉が損壊していますので、深度30メートル以上には潜れない上に本艦は僅かな衝撃でも浸水を始めるでしょう。
遺憾ながら、浮上して早急にこの場を離脱するしかないのです」
「そ、そうか……
それにしてもミサイルが全て点火出来なかったとは……」
「それは我々の責任ではなく、本部のミサイル担当部門の責任でしょう。
祖国の敵を取れなかったことは断腸の思いですが、生きていればまた戦うことも出来ます」
「そうだな……
それでは浮上航行したまえ」




