*** 120 宙に浮く総統閣下 ***
『銀河220万の大量破壊兵器保有ヒト族世界に派遣中のAI部隊へ。
こちらは救済部門司令部、マリアーヌです。
タケルさまより作戦行動開始指示が出されました。
繰り返します、タケルさまより作戦行動開始指示が出されました。
各自計画通りに作戦を開始してください』
【ヒト族惑星テランにて。
科学技術レベル3.2、社会文明度1.7。
大量破壊兵器在り。
要救済度SSS】
『いよいよ実戦だわ。
それじゃあ作戦計画書に従って……
まずは侵略国の軌道核兵器の排除ね。
排除開始』
その瞬間、敵国上空静止衛星軌道に配備された核兵器衛星6基に搭載されている72発の核ミサイルが、全て3.5200次元の武器投棄専用次元に転移させられた。
次の瞬間には惑星周回軌道を廻る核兵器衛星250基3000発の弾頭も同じ運命を辿っている。
(註:静止衛星軌道は、地球の場合高度3万6000キロもの軌道(地球直径の3倍弱)となるために、衛星打ち上げやペイロード確保にかなりの予算がかかる。
このため地上高度100キロから500キロを巡る周回衛星を多数投入する方が遥かにコストが低くなるのである)
『確認、核兵器衛星兵器排除率100%。
次は戦略原潜搭載の多弾頭弾道ミサイルの核分裂物質と起爆薬、推進剤の排除ね。
転移開始。
確認、海中発射弾道ミサイルの核分裂物質、起爆薬、推進剤排除率100%。
次は地上基地サイロのミサイル、その次は航空機搭載ミサイルの核分裂物質と推進剤排除か。
確認、排除率100%。
これで取り敢えず、紛争開始予想国の核兵器は全て始末出来たわね。
それにしても、これだけの兵器を準備するのにいったい何兆クレジットかけたことかしら。
それだけのおカネがあれば食料もいっぱい買えるし、農地だってたくさん開墾出来たのに。
こんな兵器なんて銀河宇宙では誰も買ってくれないし、核分裂物質を利用する発電なんか、原始的過ぎてもう誰もやっていないし。
だから押収したものを売っておカネに換えることも出来ないのよね。
ヒト族って無駄な投資が多すぎて文明発展が遅れてるのって本当ねぇ。
こんなどう考えても合理性に欠ける投資をするなんて。
やっぱりヒト族世界の戦争の98%は、当事国指導者の自己顕示欲によるものっていうのは本当だったんだわ。
自己顕示欲消費に合理性なんか無いもの。
しかも配下の者たちが諫めても、プライドを傷つけられたと思った指導者が激怒してすぐに粛清しちゃうし……
あ、いけない!
そんなこと考えてる前に、お母さまに現状報告をしなきゃ!」
このAI娘は初めての実戦に興奮していたせいか、ここまで0.3秒もかけてしまっていたのであった……
因みに、衛星搭載核ミサイルは全てミサイルごと重層次元に投棄されていたが、地上発射、航空機搭載、潜水艦発射ミサイルについては、推進剤と核分裂物質、起爆用爆薬のみが抜き取られ、液体燃料の代わりに水、固体燃料や核分裂物質や起爆薬の代わりに砂と置き換えられていた。
これは重量変化を最小限に抑え、実際の使用時に極力ショックを与えようとする作戦である。
『えへ、220万人の姉妹たちのうち、わたしの報告は遅い方から数えて1%だったってお母さまに注意されちゃった。
これからは気をつけなきゃ。
さて、次は通常ミサイルの推進剤と爆薬の抜き取りね。
その次は戦車や自走砲の砲弾の炸薬すり替え、歩兵携行兵器の弾薬すり替えか。
これは数が多いから頑張らなきゃ。
作戦計画書によれば、各司令部や軍用機、軍艦の行動不能措置は、総統の戦意高揚演説開始と同時に総統を処理して、実際の戦闘が始まる直前にするのね……」
ドドイツ帝国総統宮殿前広場には、将官級、佐官級の貴族籍軍人が20万人も集結していた。
壇上には帝国総統ブットラーを中心に、帝国副総統、閣僚など全員が揃っている。
もちろん彼らがその地位を勝ち取ったのは総統閣下への忠誠心の度合い(=ヨイショ能力)による。
よって実務能力を持つものはほとんどいない。
多くの者は驚くほど多数の勲章をつけており、方面軍司令官の勲章などは100を超えていた。
いずれも略綬ではなく本勲章である。
総統閣下のご演説を拝聴する際には、閣下に賜った勲章を全て装着するのが礼儀とされているためだった。
尚、そのままでは軍服が勲章の重量に耐えられないために、将官たちは金属のメッシュが織り込まれた軍服を着ている。
因みに、この貴族将校とは代々の貴族家出身者でなく、全員が総統閣下に叙爵されて賜った一代貴族位を持つ者たちである。
彼らは軍人としての俸給以外にも狭いながら領地が与えられた特権階級であり、その地位はすべて功績(=ヨイショ能力)により得たものだった。
要は総統閣下が軍の上層部を掌握するために作った制度である。
会場周辺には無数のテレビカメラが配置され、ブットラー総統の歴史的演説を全国民に聞かせようとしていた。
その映像は全世界にも転送される準備が整っている。
しわぶきひとつ聞こえない静寂の中で、まず侯爵宣伝大臣ヨーゼフ・ゲゲッベルスが声を発した。
「光の神アフラ・マズダに祝福されたラーリア人の末裔たるグルマン人諸君!
その中でも最高エリートたる我がドドイツ帝国軍人諸君!
今夜0時をもって、我ら優等民族であるグルマン人の国、ドドイツ帝国は総統閣下のご指導の下劣等民族たちを導くための聖戦に突入する!
この歴史的壮挙に際し、これより総統閣下より壮行の玉声を賜るっ!
傾聴せよっ!」
ブットラー総統がその巨体を揺すりながら演説台に上がった。
「ハイル・ブットラーっ!」
「「「 ハイル・ブットラーっ! 」」」
総統閣下はいつものように厳しい目で聴衆を見渡された。
「優等民族たるグルマン人諸君!
我ら優等民族は、常にその行動を通じて劣等民族の範であらねばならぬ!
朕は今よりその最高の姿を全世界に見せてやることを決意した!」
(作戦開始……)
そうして総統閣下は、第一声を発せられたところで、急遽服をお脱ぎになられ始めたのである。
すぐに閣下はマッパになられ、その場で猛烈におかしな裸踊りを踊られ始めたのだ。
銀河宇宙でも高名なコメディアンがAIたちに振付を伝授したものであった……
その場の全員が衝撃に硬直していた。
しかも、総統閣下のご演説を遮るなどは銃殺案件であるため、誰も動けず声を発することも出来ないでいる。
もちろんブットラー総統の脳の思考野も驚愕していた。
(な、なぜわたしはこのようなことをしているのだ!
なぜ体が思うように動かずに、勝手に動いているのだ!
こ、声も出せん!)
そうして、1分ほども壇上で裸踊りを続けられた総統閣下は、そのまま宙に浮き始め、10メートルほどの高度を保ったまま裸踊りを続けられていたのである。
その目は焦点の合っていない狂気を宿し、口からは涎も垂れ始めていた……
最初に我に返ったのはやはりゲゲッベルスだった。
「な、なにをしておる!
は、早く総統閣下を下に降ろして差し上げるのだっ!」
同時に側近に小声で命じている。
「テレビカメラを止めさせろっ!」
「はっ!」
だが、その狂気の光景は、ドドイツ国内だけでなく、全世界に流されていたのである。
(やはりブットラーは狂っていたのか……)
(まあ狂いでもしてなければ、たった2カ国の同盟国だけで全世界相手に戦争は仕掛けないだろうがな……)
(それにしても、なんで宙に浮く演出なんかしてるんだ???)
隣国に武力侵攻し、自国の利益と勢力圏を無理やり広げようとすれば、如何に軍備を拡張していても若い兵士たちや国民に多大な被害が出るのは明白である。
だが、独裁者という人種はそんなことは気にもしない。
むしろ、『自分を崇拝し、自分の命令に従って大勢の民がその命を賭して戦って命を落とす』 ということこそは、支配者にとって最高に自尊心を満たしてくれる事柄だからである。
ブットラーもこの快感の誘惑に勝てなかったのだろう。
貴族軍人たちは右往左往していた。
10メートルの高さまで登れる脚立などどこにもない。
しばらくすると宮殿前広場に大型の軍用トレーラーがやって来た。
そうして、若い将校たちがそのトレーラーの上に大きな脚立を立てて総統閣下をご救助申し上げようとしたのである。
ひょい。
総統閣下は踊りながら真横に移動された。
「ええい、何をしておる!
トレーラーをすぐに移動させろ!
もっとトレーラーを持って来い!」
ひょい。
しばらくすると、近隣消防署からはしご車12台が到着して総統閣下の救助作業を開始した。
ひょいひょい。
総統閣下は高度40メートルまで上昇された。
はしごの延伸限界ギリギリである。
そのはしごを搔い潜るように総統閣下は移動を続けられていた。
消防指令からの督促に焦った消防隊員らは、次第にはしごを振り回し始め、何台かのはしご車がはしご同士を接触させて転倒し始めている。
帝国軍人たちは逃げ惑っていたが、梯子の先端にいた救助要員は奇跡的に命は助かっていたようだ。
(ときおり微かにピカピカ光っていたので、セミ・ゴッドキュアが発動していたのだろう)
とうとう近隣の陸軍基地からヘリコプターが飛んで来た。
その機体からは兵士が長いスリングで吊るされており、総統閣下を抱きとめて救出申し上げようというのだろう。
ヘリは総統閣下上空でホバリング態勢に入った。
ひょい。
総統閣下はすぐに高度を上げられてヘリの操縦席の真ん前に来られた。
そうして狂気満載の笑顔で操縦士を見つめながら裸踊りを続けられたのである。
操縦士は堪らずに急上昇した。
もしも総統閣下がもう少し高度を上げられたら、ヘリのローターで首チョンパになってしまうではないか!
そんなことになれば家族もろとも自分は、いや基地司令官も含めて関係者全員が銃殺刑に処されるだろう。
こうして、総統閣下はこの後10日間上空で裸踊りを続けられ、その後はゆっくりと高度を上げられて行った挙句に消えられたのであった……




