*** 114 モフり願望 ***
1億人もいるAIたちは、次第に好みの種族のアバターに接続して思い思いの行動を取り始めた。
犬人族型アバターたちは早朝から自然の中を駆け巡って散歩を楽しみ、猫人族型のアバターは段ボール箱に詰まって昼寝を楽しんでいる。
つい夢中になって壁で爪とぎをしてしまったAIは、マリアーヌお母さまに怒られてはいたが。
また、ある部屋では猫人型アバターたちが壁紙に爪を立てて壁昇りを楽しんでいた。
そこに遊びに来たヒト族の子は、壁にみっしりとへばりついた50人もの猫人たちを見て悲鳴を上げたそうだ。
集合体恐怖症だったのかもしれない……
或る猫人族型アバターたちの会話:
「ねぇねぇ、このお写真の箱、素敵な寝床だと思わない?
タケルさまの母惑星のネットで見つけたんだけど、表面に彫刻があって蓋まであるのよ♪」
「あなた何いってるの!
これは寝床じゃなくって棺桶でしょ!」
「か、『かんおけ』ってなに?」
「亡くなったヒトを入れる箱よ!
こんなものの中で寝てたら睡眠じゃなくて永眠になっちゃうわよ!」
「ざ、残念だわ……
せっかく気持ちよく寝られると思ったのに……」
「それに蓋を開けて起き出してごらんなさい。
『吸血鬼ニャラキュラ』とか言われて、タケルさまに心臓に杭打ち込まれちゃうわよ」
「そこはせめて銀の十字架やニンニクをかざすだけにしてくれないかなぁ……」
「なんでそれだけは知ってるのよ……」
その後、ほとんどのAIたちは銀河教育大学のAIに接続して、幼児教育、幼年教育の単位を取得し始めたようだ。
(銀河教育大学の学長AIは、呆れながらも彼女たちの学習を歓迎している)
彼女たちは3分ほどで全ての学位を取得し、保育士や幼稚園教諭、幼年学校教諭の資格を得ると、次々にタケル神域の保育園、幼稚園、幼年学校(日本の小学校低学年に相当する)に就職していった。
その目的は、各種族が涙を流しながら旨い旨いと食べる料理を自分も味わってみたいという希望の次に来る願望、すなわちあの可愛らしい各種族の幼児たちを思う存分愛でたいというものだったのである。
要はモフり願望であった……
さすがはAIの学習能力だけあって、アバターたちは各種族の幼児が喜ぶモフりポイントをすぐに発見し、幼児たちに大人気になっている。
元より彼女たちのE階梯も熱意も申し分ない。
E階梯などは測定不能とされているほど高いのである。
タケル神域内の保育園、幼稚園、幼年学校を任されている園長や校長たちは、このアバターたちを大歓迎した。
なにしろ今や救済部門の職員は40万人もいるのであり、その子供たちである乳児幼児児童も10万人近くいるのである。
保育士、教員不足は深刻だったのだ。
こうして、教員不足を補うために幼稚園や幼年学校に出向させられていた救済部門の職員たちも、本業である救済事業に戻って行くことが出来たのである……
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神界の最高神さまやその主席補佐官閣下、前最高神さまも、毎日マリアーヌを通じて救済部門の報告を受けている。
そしてもちろん、惑星ケンネルの救済事業やAIのアバターたちの多くが保育士、教諭、教員の職に就いて活躍している様子もご覧になられていたのであった。
神界の最高幹部たちは、数時間の協議を行った。
その後は最高神政務庁や人事部門の幹部職員たちにも銀河初等教育の『初期銀河史』教育映像や惑星ケンネルの救済映像を見せて意見の調整を図り、合意も得た上でタケルに面談を申し入れて来たのである。
尚、面談の場にはマリアーヌはもちろんオーキーの同席も求められていた。
「タケルよ、あの惑星ケンネルの救済は実に見事であった。
森の毒も抜け、腹いっぱい食べてすっかり元気になった子供たちが元気に走り回っている姿を見て、わたしは涙が止まらなかったぞ」
犬人族出身の最高神さまは殊更に感慨深げであった。
「しかも紛争を抑止し、惑星全域のヒューマノイドに笑顔を取り戻させた。
さらに、飢餓に晒されて諦めの境地にいた全ての民が健康を取り戻し、勤労意欲までもが高騰しておる。
わたしの想像を遥かに超越した救済であった……」
「ありがとうございます」
「それも、そなたを除けば救済の実働部隊はそなたの秘書AIとその子供たち、加えてそなたが高度魔法能力によって創造したオーク族であったの」
「そこで、最高神であるわたし、前最高神ゼウサーナさま、首席補佐官アルジュラスによる推薦、そして最高神政務庁と人事部門の幹部職員全員の合意をもって、マリアーヌAIとオーク族族長オーキーの功績を認め、神界銅聖勲章を授与した上で初級天使に任命する」
「えっ……」
『えっ……』
「ブヒッ……」
「併せて救済部門に所属するAIとオーク族全員を天使見習いとする。
もちろんAIたち全員に魔法使用権限も与える」
「ええええっ!」
『ええええっ!』
「ブヒーッ!」
「加えてマリアーヌとオーキーには高度魔法の使用を許可し、後進の指導も任せよう」
「あれほどまでの功績に対して、勲章や昇格で報いるのは当然のことだ。
もっとも勲章や地位にどれだけの価値があるのかは甚だ疑問だがな。
そなたたちが為した偉業に比べれば実にちっぽけなものだの」
「……(唖然)……」
『……(茫然)……』
「……(愕然)……」
「それからの、そのこととは別にして、我らはタケル神域の幼稚園や幼年学校に於けるAIアバターたちの教師活動にも感銘を受けたのだ。
それで申し訳ないのだが、神界の幼稚園や幼年学校にも彼らを教師として派遣してはもらえないだろうか」
「わたくしは構いませんが、マリアーヌはどうだ」
『も、もちろん構いません。
というよりも大変光栄でございます……』
「それにしても、児童生徒の親族から文句は出ませんか」
「その親族連中もだいぶ大人しくはなってきておるの。
それに、奴らは銀河生まれの天使を『下賤者』と蔑むことはあるが、銀河で製造されたAIは特に問題にしておらんのでな。
むしろ文句は減るのではないか」
「また、先日神界教育基本法もようやく施行したしの。
仮に文句が出ようとも、我らで対応しよう」
「畏まりました。
それではAIのアバターたちを教員として派遣させて頂きます。
もし人数が足りなくなるようでしたら追加でアバターを購入しますので」
「ありがとうの……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『あの、タケルさま。
ひとつご相談がございまして』
「なんだ?」
『高度魔法の使用権限を頂けましたので、娘たちが未認定惑星に派遣されて戦闘が発生しようとする際には、現地住民にあの『セミ・ゴッドキュア』を遠隔でかけられるようにしてやりたいと思いまして……』
「もちろん構わんぞ。
万が一にも死者が出たら銀河宇宙が悲しむからな。
それにしても、そんな遠隔魔法発動とか可能なのか?」
『娘たちにセミ・ゴッドキュアの魔法発動体を持たせます。
それならば、要請が来た際にわたくしが発動出来ますので』
「なるほど。
それなら他にも『詳細鑑定』とか『錬成』とかのその他高度魔法発動体もたくさん作って、娘たち全員に配っておいてくれ」
『ありがとうございます……』
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或る引退上級神は、曾孫たちのいる孫の家に遊びに来ていた。
そこでは幼稚園児たちが仲良く遊ぶ一方で、幼年学校に通う曾孫が勉強をしていたのである。
「ほう! 休みの日なのに勉強をしておるのか!
感心感心」
「最近先生が代わってね、なんか授業がすっごく面白くなったんだ。
教科書の内容もよく分かるようになったし」
「そうかそうか♪」
「前のおじいちゃん先生なんか、家系だのなんだのの自慢話しかしなかったんだ。
それもいつも同じことを繰り返してたんでうんざりだったんだよ。
質問しても、今は忙しいのでまた今度って言って逃げるし。
でも今の先生はいくらでも質問に答えてくれるんだ」
「ならば、今わからないことがあれば、わしが教えてやろう。
わしは神界学校ではいつも成績上位だったからの♪」
「それじゃあこの算数の問題なんだけど、答えは分かっても、なんでこういう解き方をするのかが分からないんだ」
「さ、算数は今度教えてやろう……」
「………………」
「ほ、他になにかわからないことはあるかの」
「それじゃあさ、『初期銀河史』で分からないことがあるんだ。
100億年前に天族の人たちが親宇宙に帰ったあとに、天族に雇われてた天使たちが自分たちを神さまだって言い始めて、それまで住んでた天界も神界って呼ぶようになったそうなんだ。
それが今の神界の始まりらしいんだけど。
それで、そのころ天族に雇われてた銀河のひとたちは、なんで自分たちを神さまだって言い始めたのかがわからないんだ。
曾おじいちゃんは知ってる?」
「な、ななな、なんだと!
天族だと! 雇われていた銀河の天使が神を名乗り始めただと!
ば、莫迦を申すな!
こ、この宇宙が出来たときには既に神はいたのだ!
わしらの家系はその神を始祖としているのだぞ!」
「うーん、神界ではみんなそう言ってるらしいし、前のおじいちゃん先生もいつもそう言ってたんだけど、本当は違うんだって。
今の神界の神さまたちの先祖も、大昔には銀河の一般人出身の天使だったそうだよ」
「け、けけけ、ケシカラン!
何故幼年学校ではそのような嘘を教えておるのじゃぁっ!」
「それじゃあ『初期銀河史』の映像授業を見てみる?
来週試験があるからボクももう一度見てみようと思ってたんだ」
そして……
この引退上級神は、映像を見ながら憤怒のあまり過呼吸を起こして倒れてしまったのである……




