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*** 110 雑巾一家 ***

 


 或る犬人の家にて:


「ただいまー」


「「 !! 」」


「あの、どちらさまですか?」


「なに言ってんだお前、父ちゃんだぞ」


「うちのお父ちゃんの毛皮は焦げ茶色よ」


「あなたみたいな白毛皮じゃないわ」


「くんくん、匂いも違う。

 うちのお父ちゃんの匂いは、濡れたまま20日放っておいた雑巾の匂いで、こんないい匂いじゃないもん!」


「酷いな!

 お前たちだって5日放っておいた雑巾の匂いだろうに!」


「むきーっ!

 お年頃の女の子に向かってなんてことを!」


「お年頃の女の子は寝小便なんかしないだろう!

 しかも父ちゃんにくっついて寝てたもんだから、父ちゃんにまでしっこかけやがって!」


「そ、その声や言い方はまさしくお父ちゃんなんだけど」


「し、しかもお姉ちゃんがおねしょしたことまで知ってるし……」


「むきーっ!」



「ただいまー」


「あ、お母ちゃんだ!」


「誰だあんた!

 ここは村の戦士長の家だよ!

 そのダンナがいないときに家に入り込んでるなんてとんでもない奴だ!」


「だから俺がその戦士長でお前のダンナだってばよ!」


「くんくん、違うね。

 うちの父ちゃんの毛皮は焦げ茶色だし、匂いは濡れたまま20日放っておいた雑巾の匂いだよ!」


「お、お前の匂いだって濡れたまま15日放っておいた雑巾の匂いだろうに!」


「なんだって!」


 さすがは犬人族の嗅覚である。

 雑巾を放置していた日数まで識別出来るとは……



「でもその言い方と声はお父ちゃんそっくりだね……」


「だから俺がそのお父ちゃんだって言ってんだろうが!」


「だったらあたしたちしか知らないことを言ってごらん」


「お前、俺が戦闘会に行く前の晩、夜中に寝ぼけて獲物と間違えて、俺のしっぽに噛みついたろう。

 それにその前の晩には、娘が俺に寝小便かけたし」


「むきーっ!」


「そんなことまで知ってるなんて、ほんとに父ちゃんなのか……

 それじゃあなんでそんなに白い毛皮になったんだい?」


「お前たちあの『ほこら』に行ったろ」


「あ、ああ、7日前に若い戦士が戦士長からの指示だって言って、薬を配りながらほこらに行くように触れ回ってたからね。

 その『くすり』を飲んだら、みんなすっかり元気になったんだよ。

 祠ではものすごく美味しいものも食べさせてもらえたし」


「そのときに『ふろ』に入っていけって言われなかったか?」


「そういえば言われてたよ。

 でも水に入るなんて怖いから誰も入らなかったんだ」


「俺たちは新しく決まった王に言われて『ふろ』に入ったんだ」


「「「 え! 」」」


「それにあの『ふろ』は水じゃあ無くって湯で体を洗うんだ。

 そうしたら汚れもノミも取れてこんなに白い毛皮になったんだよ」


「湯で体を洗うんだって!

 なんて贅沢なんだろう……」


「新しい王はものすごくいろんなものをたくさん持ってるからな。

 あのほこらもその王が造ったんだ。

 そういえば婆ちゃんが言ってたけど、俺は生まれてすぐは真っ白な毛皮だったそうだ。

 だから今のこの白い毛皮は元々の俺の毛皮の色だったんだろうな」


「そういえばこの子たちも、生まれてすぐは真っ白だったねぇ。

 ところでその新しい王はどこの連合国の大長だったんだい?」


「いや、王は毒の森の真ん中にある中央村から来たって言ってたわ。

 それに元々の国はもっともっと遠くにあるそうだ」


「王になるぐらいだから強かったのかね」


「ああ、とんでもなく強かったわ。

 なんせ俺たち戦士長800人を一声吼えただけで気絶させたからな。

 その部下も副戦士長800人を一撃で吹き飛ばしてたし」


「それだけ強くって、しかもあんなに美味しいものをたくさん持ってるひとが王になったんなら、これからわたしたちの暮らしも楽になるかもだね……」


「それは間違いないな。

 ほら、この『ぎんか』っていうのを見てみろ」


「なんだいこれは?」


「俺たちは王に言われて毒の森の奥にある農園で働いてたんだよ。

 そこで1日働くと、この『ぎんか』を1枚もらえるんだ」


「そ、そんな……

 毒の森の奥なんかに行って大丈夫だったのかい?」


「王から借りた『ますく』っていうものがあったから大丈夫だ。

 それに『くすり』も飲ませてもらったし、農園にも『ふろ』があるから毛に付いた毒を落とすことも出来たからな」


「そうだったのかい……」


「それでそのぎんかを1枚ほこらに持って行くと、この『はこ』を1つもらえるんだ。

 この『はこ』にはあの旨い喰いものがぎっしり入ってるんだぞ」


「え! あの美味しい食べ物をこんなにもらえるのかい!

 これだけあれば、毎日食べても家族5人で10日は暮らせるじゃないか!」


「そんな『ぎんか』があと6枚もあるからな。

 まあ、毎日あれを喰うのはいくらなんでも贅沢だから、小麦や野菜も食べるとして、3日に1回はあの旨い『どっぐふーど』が喰えるぞ。

 それに麦粥に少し『どっぐふーど』を入れても旨いそうだ」


「で、でもその『ぎんか』が無くなっちゃったら……」


「大丈夫だ、3日ほど休んだら、俺はまたあの農園に行ってしばらく働いてくるからな。

 そうすればずっと旨いものが喰えるぞ」


「それじゃあ、もうこれからは毒で苦しんだりひもじい思いをしなくても済むのかい……」


「はは、泣くな泣くな。

 それにしても、狩りと違って農園での仕事は必ず食べ物が手に入るから素晴らしいな」


「本当にありがたい話だねぇ……」



「ねぇねぇお父ちゃん、わたしもその『おふろ』っていうものに入ったら、真っ白な毛皮になっていい匂いがするようになるかな。

(もしそうなったら、男の子たちにモテるかも♡)」


「もちろんなると思うぞ」


「じゃあお父ちゃん、わたしもその『おふろ』っていうところに連れてって♪」


「わたしもわたしも!」


「わたしも行ってみようかねぇ」


「それじゃあ今から家族みんなで行こうか。

 おとうちゃんがお前たちを綺麗になるよう洗ってやろう」


「「 わぁーい♪ 」」


「あ、でも今から行ったら帰りは暗くなっちゃうかなぁ」


「大丈夫だ。

 あのほこらには泊まれるところもついているんだ。

 だから今晩はそこに泊まろうか」


「だったら嵐が来た時もそこに泊まれるのかな」


「そうだ。

 嵐が来そうになると、ほこらさんが『さいれん』っていう大きな音がするものを鳴らしてくれるそうなんだ。

 だからさいれんが鳴ったらみんなで泊まりにいこうか」


「これで濡れた寝床で寝なくても済むようになるね♪」


「そうなればもうみんな雑巾みたいな匂いがしなくなるね♪」


「そうだな。

 それに『ふろ』にも何回でも好きなだけ入っていいと言われてるし」


「「 わぁーい♪ 」」




 風呂場にて。


「くぅーん、くぅーん」


「はは、気持ちいいか」


「う、うん、この『ぶらし』っていうもので体を洗ってもらうのってものすごく気持ちいい……」


「きゅーん、きゅーん」


「はははは、お前たちのそんな鳴き声を聞くのは生まれた時以来だな」


 じょじょーっ! 


「ああっ!

 こ、こら、いくら気持ちいいからって小便もらすな!

 ここはトイレじゃなくって風呂場だぞ!」


「だ、だって!」



 だが……


 じょろじょろじょろじょろ…… 「ああっ!」

 じょじょじょじょーっ…… 「ああああっ!」


 仔犬人たちが次々に漏らしてしまったために、洗い場にはその匂いが立ち込めてしまったのである。

(やはり犬人族は匂いに敏感である)


 祠1号が慌てて換気をしていた……




 翌日。


「みんなお早よー」


「「 ……誰?…… 」」


「誰って…… あたしよ、パピーよ」


「違う……」


「パピーの毛並みは茶色だし、匂いだって5日たった雑巾の匂いだもん」


「むきーっ!」


「そ、その声と怒り方はまさしくパピーだけど……」


「ねえ、あなたほんとにパピーちゃんなの?」


「そうよ!

 昨日お父ちゃんにほこらさまの『おふろ』に連れてってもらって、洗ってもらったの♪

 どお、キレイでしょ♪」


「あ、あたしもお父ちゃんに連れてってもらう!」


「あたしも!」




 こうして犬人たちの暮らしも見た目も劇的に改善していったのである。

 1か月後には、中央農園で働く犬人たちは実に300万人に達しており、農園周辺の祠の数も6か所に増やされていた。

 そのうちの一棟は、驚くべきことに2階から30階まですべて大浴場であり、もう一棟はやはり2階から30階まですべて食堂だった。



 犬人たちは非常に熱心に働いた。

 どうやら誇り高い彼らの発想には手を抜くとかサボるとかの概念すら無いようだ。

 そうして仕事が終わると疲れた足を引きずって祠に帰っていくのだが、そこには思わず声が出てしまうほど気持ちのいい風呂、生まれて初めて食べる旨い食事、そうして乾いた暖かい寝床が待っているのだ。

 今までの彼らが想像も出来なかった素晴らしい暮らしである。

 しかも1日働くごとにあの『ドッグフード』の大きな箱が貰えるのである。

 もしも仕事に手を抜いたりしたら、この夢のような暮らしが消えてなくなってしまうのではないか。


 彼らはそんな風に感じていたのかもしれない……





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