*** 109 銀貨 ***
「それでは今日は4つのグループに分かれて作業をしてもらう。
まずは東連合と北連合の皆はこのマスクをつけて森に入る。
東連合はブドウの木の枝を採って来てこの水桶に入れろ。
北連合はやはり森に入ってトリュフとマツタケを採取してもらう。
詳しくはオーク族が手本を見せるだろう。
オーク族諸君、頼んだぞ」
「「「 はっ! 」」」
「南連合は小麦畑に小麦の種を植えてもらおう。
これもオーク族の指示通りにやってくれ。
西連合は野菜畑だ。
どのグループも、昼前には戻って来て昼飯を喰う前にまず風呂に行って体を洗え。
晩飯の前にもだ。
小麦畑と野菜畑に毒は無いが念のためにな」
「「「 ははっ! 」」」
「この4種類の仕事については、毎日交代で行うことにする。
そうすれば皆が全ての仕事を覚えられるからな。
5日目は休んで、6日目に皆いったん家に帰ろうか。
この中央村からは12の方向に道が作ってあるから、自分の村に帰るのは楽なんじゃないかな」
「「「 おおお…… 」」」
「それで数日休んだら、ここで働きたいという者を連れてそれぞれの道の出口にある祠に来てくれ。
それでは何か質問はあるか?」
「あの、村の戦士たちや女たちが働きたいと言ったら連れて来てもいいですか?」
「もちろんだ。
報酬は同じように1人1日に付きあのドッグフードの大箱1つだ」
「「「 おおおお…… 」」」
「ところで王よ、この中央村の民たちはどこにいらっしゃるのかの」
「実は俺の国はここからかなり離れた場所にあるんだ。
まあいつでも好きな時に行き来出来るんだがな」
「かなり離れたところと仰られると……
その国はどこにあるのですかのう」
「夜になると空にたくさんの星が見えるだろう」
「ええ、数えきれないほどの光の点がありますな」
「実はあの星は全て太陽なんだよ」
「太陽というのはあのお日さまのことですか」
「そうだ。
そして、その太陽の周りにはここと同じような大地があって、お前たちのような民が暮らしているんだ。
俺の住む世界もその中のひとつだな」
「なんと……」
「それで俺は『魔法』という力で、その星から星へ渡ることが出来るんだ。
だから俺は昨日の夜は家に帰って家族とメシを喰って来たんだよ。
この中央村は実はお前たちのために作った村なんだ」
「我らのために……」
「忝い……」
「それで王の国には何人ぐらい村人がいらっしゃるのですかの」
「今は40万人ほどかな」
「よ、40万人……」
「さ、さすが……」
「そ、その40万人の方々にも王は腹いっぱいメシを喰わせておられるのか……」
「もちろんだ。
俺の国では、誰もが好きな時に好きなだけメシを喰うことが出来る。
その代わりにみんな一生懸命働いてくれているがな。
お前たちの国でも早く同じようにしたいと思っているんだ」
「わかり申した。
精一杯働かせていただきましょう」
「いや、あまり働き過ぎると疲れるからな。
オーク族が指示するだろうが、みんなが働く時間は必ず日に8時間以内にして欲しい」
「『はちじかん』とは?」
「ちようど昨日走っていた時間と同じぐらいだ。
だが、畑や森での仕事は昨日ほど大変じゃないぞ。
まあここへの往復が一番大変かもな」
((( ………… )))
「それでは仕事を始めてくれ」
「「「 おう! 」」」
その日の夜。
「マリアーヌ、今日の犬人たちの仕事の成果はどうだった?」
『ブドウの穂木は、4万本を採取して現在水に浸しているところです』
「そんなに採取したのか」
『400人が100本ずつ採取しましたので。
明日は発根促進剤を塗布した上で苗床に植え、殺菌剤を散布する予定です。
また、マツタケは約300キロ、黒トリュフは合計で約500キロも採取出来ました」
「そんなにか」
『犬人たちは穴掘りが好きですので』
「な、なるほど」
『小麦畑も2ヘクタールの作付けが終わっています』
「犬人たちは随分と熱心に働いていたようだな」
『最強王の命令ということもあるようですが、あのドッグフートを大箱でいくつも貰えるということで、みなさん一生懸命働いていました』
「そうか……」
『ところでタケルさま、テイルー恒星系よりしっぽ食肉種が届きましたがいかが致しましょうか』
「牛豚爬虫類種の3種合計900番だったか。
それぞれの牧場に入れておいてくれ。
明日からキノコ狩り班の一部を割り当てて世話をさせよう。
飼育方法に何か特別なものはあるのか」
『飼育方法はわたくしが全て電子的に受領いたしました。
通常の家畜と変わらないのですが、たまに自然にしっぽを落とす個体がいるので、朝晩見回りをしてしっぽの回収が必要です』
「確かしっぽが充分大きくなったら、酒を飲ませればしっぽを落とすんだったな」
『はい。
テイルー恒星系は好意で既にしっぽが大きくなっている個体を多く送ってくれたようです』
「そうか、ところで代金はちゃんと受け取ってくれたか?」
『タケル神さまからのご用命とあって最初は固辞されていたのですが、ようやく受け取って貰えました』
「あの連盟配信以来、代金は要らないっていう恒星系が増えて来たけどさ、今後の資材食料調達に関しても全て代金は払ってくれな。
そういう無償取引だと長続きしないから」
『はい』
翌朝。
「な、なんだあのばかデカい獣は……」
(確かにデカいわ……
あれ、牛系も豚系もしっぽを含めれば体長4メートルはあんぞ。
爬虫類系に至っては5メートル超えてるだろう)
「あれはしっぽ食肉種と言ってな、しっぽが十分に大きくなるとそれを落としてくれるんだ。
その肉は結構旨いぞ」
「なるほど!
そのしっぽだけを食べていれば、家畜の数を減らさずに済むのですな!」
「その分、エサになる麦や野菜の栽培がたいへんだけどな」
「旨い肉が喰えるのなら、皆懸命に働きましょうぞ!」
こうして犬人族は家畜の世話も始めたのである。
尚、当初の餌は全てタケルが用意していた。
そして皆が森の中央村に来て5日目の夜。
「皆、食事をしながらで構わんので聞いてくれ。
明日は基本全員休みとする。
まあ家畜への餌やりは皆で行えばすぐ終わるだろう。
その後は全員でしっぽ肉を食べてみよう」
「おお、あの家畜から落ちて牧場でびたんびたん動いていたしっぽ肉ですな!」
「あの『どっぐふーど』ももちろんたいへんに旨いですがの、やはり噛み応えのある肉も食べてみたかったのですわ」
翌日、5か所設けられた巨大な竈の周囲にはそれぞれ400人ほどの犬人たちがいた。
竈の上には直径が1メートルもある巨大なフライパンの上に、これも巨大なしっぽ肉の輪切りが乗せられている。
じゅわぁぁぁぁぁ―――っ!
ダラダラダラダラ……
犬人たちの口から盛大にヨダレが落ち始めた。
焼き加減は犬人たちに配慮してレアであり、塩胡椒も薄めである。
犬人にはアルコールが毒となるためフランベも省略されていた。
オークたちがフライパンを軽々と振り、焼き上がった肉をまな板に載せると、犬人たちがそれを1人前ずつに切り分けて行く。
「肉の大きさで喧嘩したりするなよ。
肉はたっぷりあるからな。
今日は何皿でも好きなだけ食べていいぞ」
「「「 王さまバンザーイっ!!! 」」」
最初に切り分けられた肉を犬人たちがタケルの前に置いた。
やはりボスが先に食べないと皆が食べられないようだ。
「うん! 旨い!」
(俺には塩胡椒が少し物足りないが、それでも旨いな。
さすがは100グラム50クレジット(≒5000円)の肉だ……)
犬人たちの口からはもうヨダレが滝のように流れている。
その後大長たちが肉を口にして固まった。
「う、ううう、旨いぃぃぃっ!」
「こ、このように旨い肉を食べるのは生涯で初めてじゃ……」
「なんという、なんという旨さ……」
南の大長は瞑目して涙を流していた。
「このように旨いものを村々の子供たちにも食べさせてやりたいものです……」
「まあ今はまだ家畜の数が少ないからな。
だがこれから皆で働いて麦や野菜をたくさん食べさせてやれば、その数はどんどん増えるだろう。
そうして何年後かには、皆が半年に一度のご馳走としてこの肉を喰えるようになるといいな」
「「「 はい…… 」」」
その日の夜。
「みんなよく働いてくれたな、ありがとう。
それでは前に出て来てテーブルに積んである袋を受け取ってくれ」
「あの……
この袋の中の綺麗な銀色の丸い板ってなんなんですか?」
「それは銀貨というもので、お前たちへの報酬だ」
「あのー、『どっぐふーど』の箱をいただけるんじゃ……」
「まさかお前たち、あの大きな箱を7つも抱えてここから帰るつもりだったのか?
その銀貨を1枚祠で渡すと、ドッグフードの大箱1つと交換してもらえるからな。
その方が荷物が少なくて楽だろう」
「な、なるほど……」
「それに、お前たちの家だとあの箱を7つも入れたら狭くなって大変だろうに。
だからその銀貨を取っておいて、一箱食べ終わったらまた交換しに行けばいいだろう」
「た、確かに……」
「王よ、この袋の中にはその『ぎんか』というものが7つも入っておるぞ。
わしらが働いたのは4日であろう」
「いや、ここへ来るのに1日走って来ただろう。
これからまた1日走って帰るしな」
「往復の日の分まで報酬を下さると言われるか……」
「だ、だが、それを含めても6枚のはずだが……」
「ん? 昨日の分もあるだろ?」
「休みの日の分まで下さるのか!」
「まああまり気にするな」
「「「 ありがとうございます…… 」」」
こうして犬人たちは元気いっぱい祠まで走り、入浴を済ませた後銀貨1枚とドッグフードの箱を交換して大喜びで家に帰っていったのである……




