*** 107 風呂 ***
「さてみんな、祠というものを用意したのでそちらに移動しよう」
そして皆が窪地から上がると……
「な、なんだあれは!」
「あんなものさっきまで無かったぞ!」
「な、なんてデカいんだ!」
(確かにデカいわ……
あれ底の直径が500メートル、高さも100メートル近いぞ……)
『大きいほど遠くからでもよく見えると思いまして』
(そ、そうか)
『それにこの土地には年に数回台風がやって来るようですので、住民の避難所にもなるようにしました。
各フロアには水場やトイレもありますからしばらく暮らせます』
(何人ぐらい暮らせるかな)
『余裕を見て50万人、非常時に詰め込めば200万人でしょう。
犬人族は狭い住居を好むようですので、収容人数はかなりのものに出来ます』
(そうか、あとは食料さえあればずっと暮らすことも出来るか。
森の毒が風で飛ばされて来ても大丈夫そうだな)
『はい。
それに、このプロトタイプに実際に住んでもらい、改善点をチェックした後は神域内工場でいくらでも数が作れますので』
(なるほど)
「それでは諸君、あの祠の近くまで行こうか」
はは、犬人たちが四つ足になって走り始めたか。
それもけっこう早いな。
タケルも同じ速さで走りながらボスの1人に聞いてみた。
「なあ、もし毒の森の周りを1周するとしたら、何日ぐらいかかるんだ」
「うーんそうだのう、途中に水場は6か所しか無いんで、水も保存食も持って行かねばならんから12日ほどだの」
「もし途中に水も食料も用意してあったら?」
「それならば6日ほどだろう」
「そうか……」
(すげぇなこいつら、1200キロを6日で走れるのかよ……
さすがは原始犬人族だ)
皆は間もなく祠の前に到着した。
全員が口をあんぐり開けて上を見上げている。
『初めましてタケル神さま。
ケンネル派遣AI部隊、祠1号と申します。
よろしくお願いいたします』
(やあ祠1号、こちらこそよろしく。
これからの犬人たちの暮らしはお前たち祠部隊にかかってるからな。
頼んだぞ)
『畏まりました』
「さて諸君、最初は戦いに参加した800の部族の代表だけこの祠の中に入ってくれ。
後の者たちはこの場で待っているように」
大勢の犬人たちがおっかなびっくり建物の中に入って来た。
先頭にいるのは4つの連合国の大長たちである。
「諸君らは多かれ少なかれ森の毒に侵されていると思う」
「そうだの、最近では日に1度しか小便が出ないわい」
(それはかなり重症だな……)
「ある種の葉を乾燥させ、それに湯を注いだものを飲むと少しは小便も出るのだがの。
それでも最近は日に1度だ」
(それ多分茶の葉だな。
茶の利尿作用ってけっこうあるし。
それもたぶんカフェインが入ってないものだろう)
「だが5日も小便が出なくなると酷い腹痛を起こしたまま死んでしまうのだ……」
「そうか、それでは薬を飲んでもらおうか」
「『くすり』とな?」
その場に箱に入った大量の小瓶が出て来た。
「これが薬だ。
この瓶の中の液体を飲めば、森の毒に侵された諸君の体も治るだろう」
「そ、そうか……」
4人の長たちがやや躊躇いを見せている。
「それじゃあまず俺が飲んでみようか」
タケルが瓶の液体を飲み干すと、大長たちも恐る恐る瓶に口をつけた。
オークたちが薬の箱をあちこちに置くと、他の部族の長たちもそれに続いている。
「お、おお……
もう小便がしたくなって来たわい。
王よ、この建物に便所はあるかの」
(さすが銀河宇宙の薬だ、もう効き始めたのか……)
『トイレはあの白いドアの向こうです』
「今頭の中に声が聞こえて来たぞ!」
「それは俺の部下であるこの祠の声だ。
さあみんな、薬を飲んで早く小便をして来い」
12もあるドアの向こうには広大なトイレが用意されており、800人の男たちは順番に薬を飲んで用を済ませている。
「のう王よ、この『くすり』をもっと頂戴してもよいかのぅ。
村の皆にも飲ませてやりたいのだ……」
「皆よく聞け。
まずは外にいる者たちにこの薬を飲ませて小便をさせろ。
この毒の森の周囲には、この祠と同じものが全部で12ある。
お前たちの脚なら半日もあれば隣の祠まで行けるだろう。
外にいる部下たちに指示して国に一番近い祠に走らせ、そこで薬を受け取って国中に薬を配らせて全員に飲ませろ。
祠には水場もあるしさっきの喰いものも置いてあるので、そこで食事をしてかまわん」
「「「 おおおおっ! 」」」
「王よ、感謝する」
「それでは小便を済ませた者たちは次の施設に行くぞ」
「こ、ここは……」
「ここは風呂場だ」
「『ふろば』ですかの?」
「そうだ、ここでお前たちには体を洗って貰う」
「「「「 !!!!!!!!!! 」」」」」
(はは、やっぱり体を洗うのは嫌なんだな……)
「なんだお前たち、王の命令が聞けないのか?」
「いや、我ら大長がまず決死の覚悟で従いまする」
(そこまで嫌なんかい……)
「まずは腰蓑を脱いでその箱に入れて蓋を閉めろ。
そうすればすぐに綺麗になるので腰蓑はあの棚に入れておけ。
自分がどの棚に腰蓑を入れたかは覚えておくように」
「棚にはそれぞれなにやら模様が書いてありますな」
「それは『数字』というものだ。
その模様を覚えておくように」
「「「 はっ 」」」
「次は洗い場に行くぞ」
その超広大な浴場の左右にはシャワーとマットが、奥にはやはり巨大な浴槽が3つ並んでいた。
「それでは大長諸君、そのマットの前に立って壁のレバーを下げろ。
そうすればシャワーから湯が出て来るのでまず体の毛を濡らせ。
他の長たちは周りに立ってよく見ているように。
次はお前たちの番だからな」
((( ………… )))
大長たちがレバーを下げるとシャワーから湯が落ちて来た。
「「「 うおっ! 」」」
「そうだ、そうやってまず体の毛をよく濡らすんだ」
「こ、この水は暖かいのですな……」
「それは水ではなく湯だからな」
床には黒い水が流れ始めている。
(こいつらこんなに汚かったのかよ……)
「次はその棚にある石鹸を使って自分で顔とちんちんを洗え。
よく目を閉じていないと石鹸が目に入って痛いぞ」
「なんだあの丸いつぶつぶは!」
「大長、大丈夫かな……」
「あれは石鹸の泡だ。
あの泡にはお前たちの体に付いたノミやダニを取る効果もあるんだぞ」
「「「 !!!! 」」」
「うおっ! め、目がっ!」
「「「 !!!!!! 」」」
「だからよく目を閉じておけと言ったろう。
顔に湯を当てて石鹸を洗い流せ」
「は、はい……」
((( ………… )))
「それでは各自マットに横になれ。
オーク族諸君、済まないがこいつらを洗ってやってくれ。
1回目は軽く、2回目はブラシも使って入念にだ」
「「「 はっ! 」」」
「う、ううっ……」
「あ、あう……」
「はうっ!」
「な、なんか大長殿たちが呻いてるぞ……」
「やっぱり苦しいのかな……」
「いや、あれは気持ちいいんだと思うぞ」
「そ、そうなんですかい?」
「よーし、最後は湯でよく泡を洗い流せ」
石鹸を流し終わった4人の大長たちが4つ足で立って、盛大に体をぶるぶるさせ始めた。
「「「 うわっ! 」」」
「「「 ぎゃっ! 」」」
水がかかった周囲の者たちが慌てている。
「待て待てお前たち! ぶるぶるはちょっと待て!」
(祠1号、大きなU字溝って作れるか?)
『はい』
(長さは2メートルぐらい、幅と高さは1メートルぐらいのものを4つ作って逆さに置いてくれ)
『畏まりました』
その場に大きなU字溝が出て来て犬人たちがどよめいている。
「そのU字溝の中でならいくらでもぶるぶるしていいからな。
まあすぐ湯船に入るから意味無いかもしれないが」
「『ゆぶね』ですかの?」
「そうだ、俺も体を洗って一緒に入ろうか」
(な、なぁ、やっぱり王のちんちんってすんげぇデカいな……)
(まさに王に相応しいちんちんだな……)
(ちんちんが大きいと強いのか、強くなるとちんちんが大きくなるのかどっちだろう)
(たぶん強くなるとちんちんが大きくなるんじゃないか?)
(いやそれ絶対違うぞ……)
『タケルさま、奥の3つの浴槽の内、一番右が子供用の浅くてややぬるい湯船です。
左側が深くて熱い湯で、中央がその中間です』
(サンキュ)
「まずは浅い湯に入ろうか」
「ゆ、湯に浸かるのですかの……」
「そうだ、気持ちいいから入ってみろ」
「あふうぅぅぅ―――っ」
「むおぉぉぉ―――っ」
「た、確かにこれは……」
「湯の中で体を伸ばすのがこれほど心地よいとは……」
「それにしても、湯に浸かるなどたいへんな贅沢ですな♪」
「タケル王は山ほど薪をお持ちとみられる」
「まあな、それでこの湯船は子供でも入れるようにかなり温めの温度にしてあるんだ。
次は真ん中の湯船に入ってみよう」
「ぬおぉぉぉ―――っ!」
「こ、これもなかなか……」
(はは、みんな舌を出してはぁはぁし始めたよ。
犬の皮膚には汗腺が無いからな。
あと10万年もすれば体毛も無くなって汗腺も出来るだろうけど)
「さて、一番熱い湯船も試してみるか?」
「「「 は、はい…… 」」」
「うぉぉぉ―――っ!」
「あ、熱いっ」
「熱い風呂に入ったときにはな、『熱い』って言うんじゃなくって『あーいい湯だ』って言うそうだぞ」
「そ、そうなのですか……」
「さて、あんまり長く湯に浸かるのも良くないからな。
そろそろ上がろうか。
あ、ぶるぶるをするときは、またあのU字溝の中でしろよ」
「タオルで体を拭いた後は、あの小部屋に入って体を乾かすぞ。
お前たちは毛の量が多いから確り乾かせよ」
「うおぉぉぉ! か、風がっ!」
「そうだ、その風に当たっていれば毛もすぐ乾くだろう。
全身の毛が乾いたら部屋から出て来い。
冷たい水でも飲もうか」




