*** 100 それいいかも…… ***
新たに祠の中に出て来た食料を籠に入れ、女性猫人たちが肩や背中に背負って準備を始めた。
「いいかいみんな、いつものように遠出をするときには3人ひと組で行くんだよ」
「「「 はい、長老さま 」」」
「ねえねえ曾々おばあちゃん、にゃんで遠くに行くときは3人で行くにょ?」
「それはね、誰かが怪我をしたとしても、あと2人いればなんとか支えてやったり背負ってやったりして帰って来られるだろ。
もしも動かせないほどの怪我だとしても、1人が付き添ってやって、もう1人が村に助けを求めに来られるだろうし。
だから最低でも3人で行動するんだ。
お前たちも大人になって遠くに行くときには覚えておきなさいね」
「「「 はぁーい♪ 」」」
(スリーマン・セルか……
女村と男村を分けていることといい、こうした未開とされる文明でも、その構成員は決して知能が低いわけではないのね……)
5日もするとこの『女村』には周囲から300人ほどの男衆も集まって来ていた。
やはり『ちゅ〇る』入りキャットフードの効果は絶大だったらしい。
「女村の長老よ、久しいのう」
「おや、あんたは確かわたしの最初の子の父親じゃないか。
本当に久しぶりだねぇ。
お互いすっかり歳をとっちまって……」
「我らもこの冬の訪れの早さには困っておったのだ。
それがこのように立派な住処と旨い食料を分けてくれて、心より感謝する」
「感謝するならわたしじゃなくって『ほこら』さんにするんだね」
「もちろんだ。
『ほこら』さまにはいくら感謝しても足りないだろう。
だが我ら男衆を呼んでくれたあんたにも感謝したいのだよ」
「それじゃあその感謝は受け取っておくよ。
ただ、この冬がどこまで寒くなるかはわからないからね。
当面の間、若い連中に子作りは止めさせようと思うんだが、構わないかね」
「当然のことだろうな。
こんなに早い雪は生まれて初めてだ」
「でもほこらさんによれば、ほこらさんの主さまが、あの小さいお日さまを持って来てくれたそうなんだよ。
それで、すぐには元通りにはならないけど、そこまで酷い寒さにはならないそうなんだ。
だから寒さを確認して、春になったら若い連中に子作りを許してもいいかもしれないねえ」
「そうだな、それでは春になるまでよろしく頼む」
「いや、春になってもずっとここにいたらどうだい」
「いいのか」
「ほこらさんに頼りっきりになるわけにはいかないだろ。
だから来年の冬のためにも、春から秋にかけてはたくさんの食べ物や薪を集めておきたいからねぇ。
川で魚を獲って、干し魚も作りたいし」
「わかった。
男衆も協力して一生懸命働こう」
『あの、みなさん『農業』も始められたらいかがでしょうか』
「『のうぎょう』ってなんだい?」
『みなさんは森の中に落ちている草の実を食べていらっしゃいますよね』
「ああ、食べてるね。
真っ白で煮て粥にすると旨い実もあるし」
『あの実を食べずにおいて、春になったら地面に植え、肥料をやったり水をやったりすると、秋には同じような草に育ってたくさんの実をつけるようになるんですよ』
「なるほどねぇ、それなら草の実を集めて廻るのも楽になるのか。
でもわたしらにその『のうぎょう』が上手く出来るかねぇ」
『それはお任せください。
わたしが言う通りにしていただければ、きっと立派な畑が出来ます』
「それじゃあがんばってみようかね。
男衆たちも頼んだよ」
「おう、水汲みなんかの力仕事は任せておけ。
あんな旨いもんを毎日喰えるんだったら、たくさん働かなきゃあな!」
(本当に素晴らしい住民たちだわ……)
こうして、この村の猫人たちは厳しい冬をなんとか過ごしていけたのである。
そして春が過ぎて秋を迎えたころ……
「ほ、ほこらさま、あ、あの、先月生まれた娘が目を覚まさないんです!
体もすごく熱くなっていて……
わ、わたしもうどうしていいかわからなくって……
に、にゃぁ―――ん!」
『大丈夫ですよ。
それではお母さん、その子を抱いたまま祠の中に入って頂いて、ゆっくり100数えていただけますか。
すぐによくなりますから』
そうして1分も経つと、幼い子猫は目を開けて、ママのおっぱいを夢中で吸い始めたのである。
「ああっ! ニャミー、ニャミー!
よ、よかった、本当によかった……
こ、この上はお礼にわたしの毛皮を……」
『だから毛皮はいいですってばぁぁぁっ!
そ、そんなことより、皆さんやお子さんたちの具合が悪くなったら、すぐに連れて来るように言って下さいね』
「は、はい……
本当にありがとうございました……」
そして、冬の間には猫人たちが交代で祠の周りの雪かきもしてくれていたのである。
「ねぇ、ほこらちゃま、こんにゃお外にいて寒くにゃいの?」
『わたしは『ほこら』ですから寒くないんですよ』
「でもひとりで可哀ちょうだから、にゃみーたちがいっちょにいてあげる♡」
『ありがとうねニャミーちゃん、みんな。
でも寒いからね。
こうして1日1回お話ししに来てくれるだけで嬉しいわ♪』
「うん♪
毎日くるね♡」
「ねえほこらさんや、これが次の長老になるミニャラスだ。
よろしく頼むね」
『ミニャラスさん、よろしくお願いします』
「こちらこそよろしくお願い申し上げますほこらさま」
『ミニャラスさんはミニャルン長老さんの妹さんなんですか?』
「いや、わたしとミニャラスは姉妹でも親子でもないよ。
単にわたしの次に歳をとっているから次の長老なんだ」
『そうだったんですね……』
「わたしもそうして前の長老から引き継いだからね」
『長女の方を次の長老にしたりはしないんですね……』
「そうするとさ、人によっては何年も何年も長老を続ける者が出て来て、そのうちに自分や一族を特別に偉いって思う奴が出て来るんだ。
でも一番年寄りを長老にしていれば、そいつはすぐ寿命が来るから威張ってるヒマが無いんだよ。
だからこれでいいのさ♪」
『なるほど』
(神界の莫迦神たちに聞かせてやりたいお話だわ……)
そして……
それから2回目の厳しい冬が過ぎて春になったころ……
ドーム中央に横たわるミニャルン族長の周りに、その娘たちと孫たち曾孫たちが集まっていた。
中には玄孫を抱いている若い母親もいる。
その周囲には大勢の女村の皆、さらには男村の者たちも揃っていた。
「やれやれ……
わたしにもとうとうお迎えが来るようだねぇ……」
「お、お母さま!
そ、そんなこと仰らずに!
すぐにまた元気になられますから!」
「ミニャラスはいるかい……」
「はいここに……」
「次の長老はあんただからね……
娘たちや孫たちもミニャラス長老の言うことをよく聞いて、ほこらさんに感謝しながら暮らすんだよ……」
厳しい冬の寒さから皆を救った偉大な長老の臨終に際し、ほとんどの者たちが泣いていた。
「そうそう、皆にお願いがあるんだ……」
「な、なんでも言って下さいお母さま!」
「あたしが死んだらね、手間をかけて申し訳ないけど、毛皮を剥いで子猫たちの敷物にしてほしいんだよ」
「「「 !!! 」」」
「ああ、頭を残すとさすがにブキミだから、頭や肉や骨は地面に埋めていいけどさ……
でも毛皮だけは残しておいて子猫たちの布団にしてやっておくれな……」
「お、お母さま!
そ、そんな酷いこと出来ませんっ!」
「なにが酷いことなんだね……
こんな嬉しいことは無いよ。
考えてもごらんよ。
わたしの曾孫や玄孫やそのまた子供たちが、わたしの毛皮で暖かい思いをしてくれて、その上で寝てくれるんだよ。
わたしの魂だって、きっと暖かいだろうねぇ♡」
((( そ、それいいかも…… )))
「それじゃあ済まないけど、よろしくね……
ほこらさん、ほんとうに……ほんとうに……ありが……とう……
お……かげ……で……みんなと……たのし……く……くらせ……た……よ♪」
『ミニャルン長老さん……お見事な猫生でした……』
「お、お母さまぁっ!」
「「「 にゃぉぉぉぉ―――ん! 」」」
こうして650人の村人を救った稀代の大長老は、大勢の子孫たちに囲まれて微笑みながら逝ったのである。
その年の冬には、ミニャルン前長老の毛皮の上には20人もの乳幼児たちが重なって寝ていたそうだ。
もう高齢になった前長老の娘たちも、たまに懐かしい母の匂いを嗅ぎながら静かに涙を流しているとのことである。
それから500年後、小氷期もようやく終わりを迎えるころには、ドーム内の床には隙間なく猫人の毛皮が敷き詰められていて、ややブキミながらもみんな暖かく暮らしていたという……
もちろんマリアーヌは、こうした惑星ケット各地の救済映像を纏めてタケルや神界上層部に報告していた。
「さすがはAIたちだな、これ以上無いぐらいに見事な救済だ」
『ありがとうございます……』
(でも…… なにかタケルさま心からお喜びでないような……
目の端に涙も滲んでいらっしゃるし……
どう見ても嬉し涙や族長の死を悼む涙ではないわ……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この大長老が亡くなった回の連盟報道部配信では、銀河の猫人たちはもちろん、他種族たちも大泣きした。
皆が喪に服したために、銀河宇宙の経済活動がしばらく停滞したと言われたほどである。
猫人族の前最高神さまも、偉大な為政者の臨終に接して号泣していたそうだ。
そして……
銀河宇宙では、『このおカネで、同じように困っている者たちに美味しい食べ物を買ってやっておくれ』という超莫大な喜捨が集まるとともに、猫人族、犬人族、狐人族の老人たちの遺言書に『私の死後、しっぽの毛皮を曾孫や玄孫たちのマフラーにすること』という一文が続々と書き加えられてしまったのである……
若い親たちは大困惑していた……
氷河期に凍える未開世界ならともかく、この認定世界で凍えるなどということは有り得ないだろうに……
もしもあなたが猫人や犬人などの惑星を訪問した際、冗談でしっぽ型のフェイクマフラーをしていたとしたら、間違いなく周囲にドン引きされることであろう。
因みに……
セルジュくんはママのしっぽを首に巻いて、『ほんとだー、すっごく暖ったかーい♡』と言い、エリザベートにジト目で見られたそうである……
タケルも試してみたかったのだが、そのまま『くぇ―――っ!』とか叫んで締め落とされそうな気がしてヤメたらしい……




