賄賂
そういえばこの世界の馬は、地球の馬とほとんど変わらないのだが…額に角が生えている。
ゆ、ユニコーン!???!!
と最初はびっくりしたが、地球の絵で見る一角獣とは違い長い角ではない。雄にのみ10~20センチくらいの角が一~三本、縦に生えているのである。角の本数とか長さとかで雌にモテるとかなのかと思いきやその辺はハッキリしてない。角は切って粉にして薬に使ったりすることもあるという。
そしてこの世界の馬は、人間だと圧倒的に女性に懐きやすい。
一番いうことを聞くのは若い女性、次いで年嵩の女性、その次が男全般。その為馬の世話を担うのは女性が多く、女騎士は馬の扱いが上手くなるのが断然早いので騎兵が多いらしい。
……やっぱりユニコーンなんじゃね?! それかユニコーンの子孫みたいな……?
と密かに思っている(ユニコーンは処女にしか懐かないという伝説がある)。
―――つらつらと馬のことを考えていたのは現実逃避だ。
今日も王女殿下に呼び出されていた。
ロレンス様かモルガン様が教室に呼びに来て、行ってみると「ピアノを教えてほしい」。
慣れない指導をする。
一日置きに呼び出され、今日で5回目である。
―――――――――――…流石に多くね?!?!??!
上手い人に教わりたいという気持ちはわかる。丁度一緒の学院にいるもんね…。
しかし名選手が名監督とは限らないのと同じで上手い人が教えるのも上手いとは限らない。教えるというのは実際に熟すのとはまた別の技術なのだ。俺は教えた経験はあまりない。自分が弾くので精いっぱいだったし。
今はわかる範囲で何とかしてるけどそろそろ限界を感じる。
というか俺をいつでも無料サービスのピアノ教師にしないでほしいんだが?????
給料が出るならまだ………いや、やっぱ嫌だな。居心地が最悪だし。
モルガン様はいたりいなかったりだけどロレンス様とイリス嬢は必ずいて俺にプレッシャーを与え続けている。
……呼び出しが始まってから、ジュリ様とタイミングが合わなくて馬車チューも出来てないし!!!
モルガン様とロレンス様は予想通り割と近い親戚で、幼い頃から交流があるらしい。
ロレンス様は7歳でアナスタシア王女殿下に一目惚れし、王女殿下の結婚相手になることを目標に己を鍛えて来た。辺境伯家は国防を担っていることもあり、一族は武芸に力を入れている。武術にも勉強にも真摯な努力家だという。
音楽室への道すがらモルガン様が彼について教えてくれた。
「ロレンスの態度が悪くて済まないな。お前にだけだ、あんななのは。普段は真面目な奴さ。小さい頃から王女殿下を慕っていてな…しかし王女殿下はロレンスを幼馴染としか思っていないらしい。付き合いが長くなりすぎるのも考えものだな」
「それは…お気の毒ですけども」
俺にだけなのかよ敵視。解せぬ。
モルガン様は王女殿下の婚約者候補になったとはいえ、昔から知っているロレンス様の想いを応援モードのようだ。
「クレスタールの男は田舎住まいなせいか揃って無骨…硬派でな。そろそろ王女殿下に意識してもらえるように、花を贈るとか気の利いた言葉で口説けと俺は言ったんだ。でも『そんな軽薄なこと出来るか!』とか言って結局王女殿下をひとっ…ことも口説いてない。振り向いてもらえなくても仕方ないというのに、王女殿下がお前に興味を引かれたものだからますます女好きの男を敵視して…今じゃ俺にも反発して助言も聞きやしない」
ああ~…年齢的には中学生だもんなぁ…。
多分、女子を好きな気持ちを表に出すのがとてつもなく恥ずかしい年頃なのだろう。
異性に好かれたいなんて恥ずかしいことだ、という同調圧力があるグループってあるよな。高校生~大学生くらいまで成長したら吹っ切れて素直にモテたくなってるイメージなんだけど。
実は王女殿下がロレンス様にヤキモチ妬いてほしくて俺を呼んで、当て馬にされてんのかなと思ってたけどそういう訳じゃなかったか。
武術なら同世代にほぼ敵無しのロレンス様だが、音楽や詩、花、服飾等の女性が好みそうな話題はあまり触れてこなかった為に不得手。
学院に通い始めてやっと王女殿下の御傍に寄れると思ったら、王女殿下の興味の先は俺。ピアノ。なるほど、俺を目の敵にする理由もわか……わか…いやわからん。知らん。俺を巻き込まないでくれる?!
俺も(趣味のせいだけど)暇じゃない。普段の勉強、新曲の歌詞や構成・演出の話し合い、新曲の練習、のど自慢大会の細かい詰め、レコードの素材探し…などなど、やりたいことが沢山ある。
王女殿下にピアノを教えるのが嫌な訳ではないが、俺は教えるよりも弾く方が好きだし空気は悪いし…。アルバイトかなんかだったら経験か修行と思って頑張るが、タダ働きだ。無理。放課後がタダ働きに奪われるのマジで無理。
音楽室を辞して、気疲れでだるい体で校門まで歩く。ぼんやりとまた馬とユニコーンのこととか考えていたら、目の端にコンスタンツェ嬢が映った。壁の影から頭だけを出し、俺の方をじっと窺っている。
「どうもコンスタンツェ嬢、…私に何か?」
「い、いえ別に」
嘘吐け。俺に狙いを定めてる姿勢だろそれは。
警戒する小動物みたいに隠れながらも、コンスタンツェ嬢はキッと眉を吊り上げた。
「…浮気ですか!?」
「……はっ?」
「ジュリエッタ様というものがありながら!!」
「なん、え?何の話?」
「今まで王女殿下と乳繰り合ってたんでしょ?!」
…… チチクリアッテ タンデショ ………???????
「ちっ…いや、まさか…え?もしかしてそう思われてるんですか…?」
「…違うんですか?」
「違うわ!!!!!」
思わず敬語も忘れたデカい声が出てしまった。
「俺が針の筵の中どれだけ教師の真似事に必死になってると思って…ハァ?!?!?」
「あ、アマデウス様…?!」
「、と…失礼、コンスタンツェ嬢に言うことじゃないですね、ええ… ハ―――…」
深呼吸して溜まったストレスを抑え込む。
「……王女殿下が好きで通ってた訳じゃないんですか?」
「通ってないです呼び出されてただけです」
俺が額を押さえて息を深くしているとコンスタンツェ嬢が眉をすっかり下げて言う。
「そうだったんですか…アマデウス様が王女殿下の寵愛を恣にしていて、音楽室では婚約者候補たちの激しい戦いが繰り広げられているって噂はウソだったんですか…?」
「なんか…うん…ウソです!!!」
大変だ。とんちんかんな噂が流れてるらしい。
これアレじゃん、もしかしたら…俺とジュリ様の婚約を解消したい勢力に良い餌を与えてしまうんじゃ…?!
―――しかし、どうすればいいんだろ……王族の呼び出しって断れるもんなのか…?
※※※
翌日。
色々考えた結果俺はリーベルトに付いて来てもらって音楽教師・スプラン先生を訪ねた。
泣き黒子がセクシーなスプラン先生と三人で音楽室の椅子に腰かけた。教師とはいえ女性と男二人というのはあまり良くないのですぐそこの窓の向こうに見張りの騎士がいることをちゃんと確認する。
周囲に王女殿下の関係者らしき人がいないこと、会話が部屋の外に聞こえないことも確認しつつ、俺はスプラン先生に王女殿下のピアノの教師役を代わってほしいとお願いした。
「まあ…王族の指導役なんてこの上ない栄誉を譲ると?」
スプラン先生は怪訝そうに俺を見据えた。何となく予想はしていたが、やっぱり名誉なことなんだな…。前世でいう皇室の方々に物を教える立場…と考えたらヤバいと思うもん。国の有識者の役目だもん。
「私には荷が重いです…。弾くのと教えるでは勝手が違いますし。ピアノを学びたいならちゃんと教えてくれる先生の方が絶対に良いでしょう」
先生は愉快そうに目を光らせる。
「てっきり貴方は楽しんでいるものと思っていたから意外ですわ。不遜なロレンス様に王女殿下との仲を見せつけて悦に浸っているのかと…」
「そ、そんなに性格悪くないですが?!?!」
スプラン先生はよく音楽室の隣の準備室で事務作業をしているのでたまに様子を見ていたようだ。
もしや知らずにロレンス様を煽ってしまっていた…?
俺はただ努めて愛想を良くしていただけである。王族の前でつまらなそうな顔してたら普通に貴族としてアレだし怒られるぞ。どうしろってんだ。
「可憐な王女殿下のお傍で、しかもものを教えて尊敬される立場だなんて…学院の男子全員の羨望の的だというのに、手放してしまってよろしいのかしら?」
リーベルトが『羨望の的』という所にうんうんと頷いたのがちらりと見えた。そうなんだ…。早急に代わってくれ誰か。
「早急に代わってほしいです…」
引き攣り笑いで言うと先生にも俺がマジなのが伝わったようである。顎に指を当てて考えている。
「しかしお呼ばれもしていないのにわたくしが代わるのは…不興を買ってしまうかもしれません…」
そこを何とか~~~~…!
他にタダ働きを回避する方法はまだ思いつかない。断られたら地味に詰む。
「…今度の演奏会で出す新譜5曲、最初の演奏会が終わるまで人に見せないとお約束頂けるなら、日頃の感謝のしるしに先生に一枚ずつご用意させて頂きますが~~…如何です?」
揉み手する勢いで猫撫で声を出した俺を先生は驚いた顔で見遣る。
「…本当に代わってほしいのですねぇ。全く風変わりな男子ですこと…。…頂きましょう。嬉しいですわ」
彼女は少し悪い顔で微笑んだ。交渉成立。
教師に賄賂が効くということが判明してしまったな。
さぁこれで解放されるぞやった~~~~!―――…と思ったのに、この交代が王女殿下サイドにまた誤解を与えることになるとは予想出来なかった。




