野望
新年の祭は雪の時期が終わってすぐにそれぞれの町で屋台を出したり競争をしたり踊ったりと盛り上がっている。
ロッソ領にいた時も使用人に連れて行ってもらったり、スカルラットに移った後も護衛とたまにジークと一緒にその辺の金持ちの子供の振りして周ったりした。小規模な縁日って感じで地味っちゃ地味だが楽しい。
学院に入学した去年は丁度新学年の授業を受け始めでバタバタしていて参加する余裕がなかった。今年はジークが入学したばかりで予習やら騎士志望の訓練内容の確認だとかで忙しそうだし、俺もひとまず家で大人しく勉強することにする。
いつか新年の祭一緒に行きたいですねとジュリ様と話したことを思い出す。来年…と思ったけど三年生は選択授業が始まったりしてまた予習が忙しくなる。再来年なら落ち着いてるだろうか。
そして祭を実行している組合と一の町の町長から、今年ものど自慢大会をやりますよね?という丁寧な質問状が届いた。
へー、町長は綺麗な字を書くんだなと思ったら代筆の署名に修道院長の名前がある。字が書けないのかあまり上手くないのかわからないが成程、代筆。神職は有識者だからこういう時頼られるんだな。
勿論やりたい、賞金も去年と同じ額俺のポケットマネーから出すよ! という返事を丁寧な文章にして送る。
去年はまぁまぁ大きい出費だな~と思ったがこの間の演奏会でやたら稼いだので今回は余裕だ。
「何年か続けることが出来たら、私たちがシレンツィオに移ってからも続けられるように町の人たちにノウハウを引き継いでいきたいね…賞金はずっと私が出しても良いし」
そう言うとポーターがお茶を淹れながらちろりと俺を見下ろして言う。
「スカルラットの祭として定着させたいのですから、スカルラット伯爵家の予算から出すように手続きしておいた方が無理なく継続すると思います。ジークリート様が乗り気でいらっしゃったようですし、引き継がれるのがよろしいかと」
「まぁそれもそうか…」
ジークが「もし続くんでしたら兄上が結婚した後は私が後援します。領が活気づくことは手伝いたいです」と言ってくれたのでそれも考えておこう。そうなるとジークは他所に婿入りではなくスカルラットに残る予定なんだな。
一年目は俺と楽師たちが審査員を務めたけど、スカルラットの関係者をじわじわと審査員に取り込んでいった方がいいかも。町長とか、修道院長とか楽器工房の親方とか…?
「今年もやるんですね!そういえばそれ、皆やワタクシも参加していいんですか?」
スザンナが最近やっと一人称“わたくし”と敬語に慣れて来た。まだちょっとぎこちなくて俺にはカタカナで聞こえるけど。
そういえば昨年の受賞者が参加していいかどうかは決めておいた方が良いかな…。スザンナは4位だったけど、去年の優勝から三位のマリアとロージーとソフィアがまた参加するとなると……
「やめておいた方がいいのではないですか?有名になった貴方がたが出るとなるとどうせ勝てないと参加を断念する者も出ましょう」
ラナドが眉を下げて言った。
「確かに…私なら『本業の上手い人たちが沢山出る大会に自分が出るなんて鼻で笑われてしまうかも』と思ってしまいそうです」
ソフィアも自信無さげに言う。おい本業にしてる上手い人当人。
「それで猛者が参加してくれるのならいいのでは、とも思いますが…しかしそれはデウス様が望んでらっしゃる形とは少し違うでしょう」
ロージーは流石俺をわかってくれている。
「そうだね、腕の良い歌手を見つけたいのもあるけど…気軽に沢山の人に音楽を楽しんでほしい、ってのが前提だから。上手い人もそこまでじゃない人も参加出来るようなものの方が私はいいな…特に昨年の受賞者の参加を禁止するようなことはしないけど、もし何回も賞金を掻っ攫っていく人がいたりしたらまた考えようかな」
ここのメンバー以外で強すぎる(上手過ぎる)人が現れてパワーバランスが偏るようなら、三回優勝したら殿堂入りとか昨年の優勝者は次の年はゲストか審査員として迎えるとか。
「…昨年の私のように、切実にお金を必要としている人間も来るかもしれません。その希望の芽を摘むような真似は出来ればしたくありませんわ」
マリアが神妙な顔でそう言った。思いやりに溢れた言葉ではあるが自信に溢れた言い草でもある。出たら勝つのは自分だと言ってるようなものである。
もう数回演奏会を開催して顔が売れたロージー、マリア、ソフィアにスザンナはスカルラット領ではもう知らぬ者無しの有名人だ。演奏会に行かず興味が無い人でも名前と歌についての評判を聞いたことが無い人はいないという。
しかし黒服パーティー以降マリア以外は化粧有りで舞台に立っていたので、素顔で外を普通に歩いていても当人だと滅多にバレないらしい。やっぱこの世界の人の目どうかしてんじゃないか?
マリアだけは町に出るとあっという間に囲まれる為護衛が必要になる。
「教会の聖歌隊の子に『あの歌姫ソフィアだなんてウソでしょ?彼女はもっと美人だったもん!』って言われてしまって、暫しの間しおしおとしてしまいました…」
ソフィアが子供からストレートな精神攻撃を受けていた。スザンナはアハハハと笑ってたが(笑い話だと思ったらしい)俺は少々居心地の悪さを覚える。マリアは憮然として「…気にすることないわ」と慰めていた。
ソフィアは歌手の給料を教会の設備の補修や孤児院の子供たちへの物資にほとんど注ぎ込んでおり、それを知る町人にめちゃくちゃ慕われている。幼い子から『聖女さま!』と呼ばれたりすることもあるらしい(「修道女ですよ」と逐一訂正はしているそう)。
ああ、聖女、と聞くとギクッとしちゃうな……。
「でも、のど自慢大会に出たら演奏会の良い宣伝になるんじゃないですか?新曲も披露出来ますし」
スザンナが言う通りではある。
―――――次の演奏会の歌は『恋に浮かれる』をテーマに選曲した。
黒服パーティーの楽曲は黒と闇の神のイメージアップ大作戦だった為、神話になぞらえたしっとりとしたバラード、夜空に輝く星のような希望、生と死…みたいな、比較的貴族ウケを狙った格調高さを目指した。
しかし出す楽曲をいちいち神話と親和性持たせたりしてられないし、次は貴族と決まった客の前でやる訳じゃないしここで一つ思いっ切り浮かれた明るいやつやっておきたいなという私情で決めた。難しいこと何も考えずにはしゃげたり浸れたりする曲。より大衆向けに。『恋』をテーマにした曲は山ほどストックあるし。この世界でも地球でも恋愛の曲は広く需要がある。
うちの歌手に合いそうな曲を楽譜に起こしてバドルとラナドとロージーに歌詞を構成してもらい。気に入った曲を歌手に選んでもらい(マリアとロージーがまた揉めてた)それぞれに次の課題曲として練習してもらっている。
「そうだなぁ…じゃあ、新曲を宣伝してもらうってことでスザンナだけ大会に参加するというのは?」
「そうですね、一人参加するくらいだったら賞金が貰える可能性はまだありますし、他の参加者のやる気は削がないでしょう」とラナドが頷いた。
「任せときな!あいや、任せて下さいな!出るからには今度こそ上位に入って見せますよ」
スザンナがやる気満々で力こぶを作って見せる。女性にしては力がある方のようだがぷにっとしてそうな二の腕。
「いや、あんな良い曲貰ったんだから優勝してくれないと困るわよ」とマリアが挑発的に笑いかけた。
スザンナ優勝は堅そうな気がしたが、スザンナに勝てるほどの逸材がいたら是非スカウトしたい。
男でも女でも、もう一人くらい増えればユニットを組ませてみたりしたいな。複数ボーカルものが出来れば幅が広がるし聴きたい。
幼い頃に少しだけ妄想したアイドルのプロデュース業に一歩近付いている。
そういえば、コンスタンツェ嬢は声量がなかなかだしよく通る良い声してたな、と思い出す。
金髪の彼女が化粧して歌ったらかなりの注目を集めるんじゃないだろうか。舞台度胸もありそうだし、元気溌剌系の歌手はまだうちにいないし。
まぁ、流石に貴族令嬢にそんなことはさせられないか……。
歌手になってから貴族籍に入ることになったロージーとマリアとは話が違うからな。
―――そしてもう一つ、こちらの世界で俺が出来る最大の発明になりそうなことの計画も少しずつ進めたい。
ピアノの次に作りたいものは結構前から決めていた。
問題は材料だ。図書室で植物図鑑とか鉱物について調べたりしていたのは趣味も少しはあるけどこの計画の為である。
ひとまず実験に使う硝子の円盤。最終的には何かの樹脂を塗った円盤を使う予定。
金剛石で作ってもらった針。
一定の速度で回すことが出来るゼンマイ式の、円盤を乗せるターンテーブル。
問題は針に繋げるマイクだったが…もうどでかいラッパを作った方が早そうということで注文した。それに拡声器の集音機能の魔法陣を仕込んでみるつもりである。
作りたいものは、レコード。そしてそれのプレーヤー、蓄音機だ。
カメラは作れないが、アナログのレコードだったら一応の原理を知っている。一応…なので実験してみないとまだ作れるかはわからんが。
中学の自由研究でレコードの歴史について調べた記憶を頼りに、俺はこの世界に録音を持ち込もうとしている。発明王エジソンの手柄を横取りして。
「何に使うんですか?」と言われながらも注文した物がぞくぞくと届き始めているので、早く実験したい。
エジソンには悪いが、それで稼いだとしてもその金を悪い事には使わないから許してほしい。




