予言者③
【Side:コンスタンツェ】
「……魔力耐性が異常に高かったアマデウスは、同世代でジュリエッタの顔を見ても平気な唯一の男子だった。
ジュリエッタは真っ黒な髪の、陰気で無口な令嬢だ。驚くほど醜い…顔に現れた高い魔力の歪み。目にした者は醜さと高い魔力を浴びて戦慄し、健常ではいられない。素顔を見せても平気なアマデウスにジュリエッタは好意を寄せた。しかしアマデウスは、彼女に同情心はあったようだが好意は無かった…醜過ぎて恋愛対象には出来なかったのだろう。ジュリエッタの好意を知り、アマデウスの母は息子にジュリエッタに取り入るように命じた。二人はそれなりに親しくなり、ジュリエッタはアマデウスを婚約者に望んだが、アマデウス自身が結局他の女性を選びジュリエッタを拒んだ為に実現しない。
…アマデウスが選んだ女性は、君でも他の子でも、嫉妬に狂ったジュリエッタに暗殺されることになる。
――――――当然、それによりアマデウスはジュリエッタを憎んだ。
アマデウスからの拒絶と憎しみを受けて、ジュリエッタは城に閉じ籠り一切外に出なくなる。勿論王族は聖女の務めを果たすように頼んだり条件を出したりもしたが…彼女は応じなかった。無理矢理にでも引き摺り出そうと押し入ったこともあったが……
『わたくしはこの国に救われたことなどないのに、何故わたくしが救わねばならないのです?』
と使者の前で言い放ち、…剣で喉を突いて自害した」
「…ジュリエッタ嬢が死なずに聖女になってくれる分岐は、無いの…?」
「視えなかった。アマデウスに拒絶された時点でジュリエッタは絶望してしまう。国を救う気力も生きる気力もなくし、自害せずともずっと城に閉じ籠る。…そういう訳だ。君はアマデウスには近寄るな、恋仲になったら殺されると思え」
「わ、わかったわ… ん?でも、そういえば少しだけど予習した…学院の重要な格上貴族の情報!…えっと…」
私は確認も込めてノートを捲って探す。
「あった、…そう、シレンツィオ…公爵令嬢ジュリエッタと…アマデウス!…婚約、してるじゃないの!!!婚約出来なかったんじゃないの?」
ノートの文字を指差しながら突きつけるとネレウス王子が眉をぎゅっと寄せて険しい顔になり、伸ばしていた背筋を丸めて頬杖をついた。
「……そうなんだ。実は現在、僕が全く視たことがない様相を呈している。アマデウスの動きが…どうにもおかしい。彼は男爵家の騎士見習いだったはずなのに…。いつの間にか演奏の天才とか呼ばれていて伯爵家に貰われているし、一年生の時点でジュリエッタと距離を縮めて婚約まで…」
「何かきっかけがあって音楽に目覚めたんじゃないの?」
「そうだとしてもそんなに変わるなんて……大神官がいうには、神々の干渉…『異界からの来訪者』がいた場合未来視が大きく外れる場合はあると、古い文献にあったそうだが…」
「じゃあ…それがいるんじゃない?」
「いると仮定して一応捜させてはいる……しかし異界からの来訪者なんて大仰なものがいれば流石に騒ぎになるだろう。存在しなかった怪しい人間が増えているという報告も無い。『異界から来た』と文献に残っている以上、それとわかる特徴もあるはずだ…そう名乗り出るとか、見た目や価値観が決定的に違うとか…」
う~~ん…と二人で暫し頭を悩ますけど、私が考えてもわかることではなさそうだ。
「そっか。…それじゃ今のこの状態の未来が視えるまで何度でも未来を視ればいいんじゃ?」
そういうと彼は眉を顰めて嫌そうな顔をした。
「…簡単に言ってくれるな。魔力をごっそりと持っていかれる、あまり頻繁に出来るものでもない。初めて視えた時から魔力が枯渇しては数カ月休んでまた視てを繰り返し集めた情報なんだ」
「回復に数カ月かかるの…それは大変ね」
考えてみれば未来がわかるって本当神様みたいな能力だものね。相当な魔力が要るのかも。魔力が枯渇したら具合が悪くなるらしいけど、国を救う為にこの人も頑張ってるのだろう。王子としての責任感か。
「……勿論近いうちにまた未来視はする予定だが…正直どう事が動くかわからない状況だ。逐一報告してくれ。伴侶の選別は…助言や推奨はするが誰を選ぶかは勿論君に任せる。無理強いして自害されたり土壇場で封印に協力しないと言い出されては終わりだからな、君の意思は尊重するつもりだ」
「…自害なんてしないけど。まぁ、それは助かるわ。というかアマデウスと婚約出来たんならジュリエッタ嬢は封印に協力してくれるんじゃ…?」
「これまでの未来視で、アマデウスがジュリエッタに女性として好意を持てないことは確かだから…おそらく公爵家に入った後で愛人を作ればいいと割り切って婚約したのだと思う。…彼女が国を救おうと思うにはまだ及ばないと考えている。彼女が封印に協力した未来が一度も視えていないからそもそもそこは割と諦めている。君も期待するな」
「え~~~~~~~~~………」
ジュリエッタ嬢が聖女になってくれれば私が貴族の美男子たちと恋愛するだなんて無謀な挑戦をしないでいいのに……!!!!!
ネレウス王子は心底うんざりという顔になって天を仰いだ。
「正直、アマデウスとジュリエッタ周りをどうするかは意見が割れていてな……
1、アマデウスとはどうせ上手くいかないのだから引き離してユリウス兄上と婚約させ懐柔して聖女の役割を果たさせるべき派
2、他の女に目移りするようならアマデウスを脅してずっとジュリエッタを愛している振りをさせておけば封印まではきっと上手くいく派
3、アマデウスと君をくっつけて封印をさせるべき派――――
などなどに分かれてしまって統率が取れていない。…1は無理だと言っているのに、金髪の王子に優しくされれば女は靡くと思っている愚昧な老人が多い。2は女の直感を甘く見すぎだ。3は…国を救う功労者に対する敬意が無さ過ぎる」
「……そうよね?!?3ってつまり封印した後なら私が死んでも別にいい派よね?!?」
そうか、アマデウスと私なら成功率は高いのか。…暗殺されることを私に黙っておく手もあった訳だ。
でもネレウス王子はちゃんと忠告してくれた。彼自身が小さい頃から国の為に未来視をしてきた功労者でもあるから、私の命を軽く見るのは許せないと思ってくれたのだろうか。
「…というか、ユリウス王子と…王女様もいるのよね。二人は知らないの?黒い箱のこと」
「知らない。成人した王族と極僅かな側近にのみ共有される。子供に教えて情報漏洩されるとまずいからな。僕は予言者なので例外だ」
「ユリウス王子は渦中にいるんだし教えてもいいんじゃないの?協力出来るかも」
「…教えたとして、国の義務だからと引き合わされた娘を兄上が愛せると思うか?」
「…知らないわよ会ったことないし」
「押し付けられたと感じ、他人に決められた相手ではなく自分で選びたいと思う…人間そんなものだ。王族の御手付きになった後に顧みられないというのは辛いぞ」
「……そういう未来もあったの?」
「……」
無言で目を逸らされた。
あったのね。それで上手くいかなかったと…。
「因みに、結婚を前提に考えずに済むのでいっそ魔力の多い女子と恋仲になるという想定の未来視もしてみたのだが、君は女子とは普通に友人になってしまい恋仲までいけなかった。残念だったな」
「女子と恋仲?!?? なに、何言ってんの???? 私女だけど?えっ???」
「貴族の間では同性同士の恋愛はそこまで珍しくない。僕はどちらかというと男性の方が好きだしな。幼い頃から未来視で女の醜い嫌がらせの応酬を見過ぎた」
もうヤダなんかこわい。貴族の仲間入りなんてしたくない。入学式バックれようかな………。
―――ここまでが二か月前のやり取り。
※※※
「色んなことが違ったんですけど!?!?」
王都のでっかい神殿に連れられ、奥まった所にある殺風景な部屋でお茶を飲みながら待つこと大体5分。入ってきたネレウス王子に私は言った。
「具体的に報告してくれ」
向かいの椅子に座りそう言う。お忍びではないネレウス王子は髪を三つ編みにして垂らし、豪奢な飾りがゴテゴテとした上着を着ている。子供であることを度々忘れさせるしゃんと伸びた背筋、氷を思わせる髪と無表情。そういえば私より一つ年下だという。未来視をし過ぎたせいで大人びているらしい。
情報を整理するためか真っ白い紙と筆記具を横にいた彼の家来がさっと机に用意した。
「まず、えーと、アルフレド…様、が、別に高慢ちきじゃなかった!紳士的だったわ!というか瞳も金だなんて聞いてない、あんな綺麗な人が私を好きになる訳なくない????」
「ほう…アルフレドが」
「それと…そうだ、ハイライン様も別にそんな威張ってるって感じはしなかったし…取り巻きというか普通にアルフレド様とお友達で…ジークリート様も臆病とか自信がないって印象じゃなかった。皆親切だったわ。同じクラスの人たちとかは、『この辺り何だか平民臭い』とか近くで聞こえるように言って来たりして嫌な感じだったけど…」
「君、クラスは5組だったか?」
「はい」
「5組は頭が悪いのの集まりだからな、金髪の君が良い家に嫁ぐことは予想出来るのに隠れもせずに喧嘩を売るとは、やはり馬鹿が多いようだ。今回は勉強時間が足りなかったから仕方ないが、来年はクラスを上げることが出来るように励め」
……私も5組だしひとくくりに馬鹿って言われた? まぁ否定は出来ないけど……
「しかしもうそんなに候補者に顔を合わせたのか」
「――――――そう、貴方が上げた候補の中で一番失礼だったのが貴方のお兄さんだからね!!??」
「兄上が?…まぁ、率直にものを言ってしまうところがあるけど…」
「それが失礼だってのよ。…その、それまでに会った候補者の男子たちが皆親切だったから余計に腹が立っちゃって…つい乱暴に言い返してしまったんだけど……」
「ええ?それでは何か罰を受けることになったんでは…」
「…ジュリエッタ嬢…ジュリエッタ様が、庇ってくれたの」
「………はっ?」
ネレウス殿下が目を見開いた。驚いた顔初見。
「まさか。ジュリエッタは学院で基本他人に関わらない筈だが…君を庇う理由も無い」
「そう思うけど、本当だもの。陰気って言ってたけど別にそんなことなくて ……あっ、そう!!アマデウス…様!ちょっと関わっちゃったんだけど…」
「死にたいのか?」
「そんな訳あるか!聞いてよ!ジュリエッタ様と口付けしてたのよ!」
「誰が」
「アマデウス様よ!わかるでしょ流れで」
「はぁ???」
「目撃しちゃったの」
ジュリエッタ様の素顔を見てしまった所からの説明をすると、ネレウス殿下の眉間の皺がどんどん深くなった。
「……アマデウスがジュリエッタに惚れている…?というか、アルフレド、ハイラインとアマデウスは顔見知り程度だった筈…身分差が大きいし…あいや、今は伯爵令息だからそうでもないのか…」
「仲睦まじい恋人同士ってカリーナ様に言われてたし、実際すごく仲良さそうだったわよ?町で見る付き合いたての恋人同士がああいう感じ。見てる方は胸やけしちゃうっていうか…。アマデウス様は女誑しには見えなかったし、ジュリエッタ様は大人しそうではあったけど言うことはハッキリ言える令嬢だったし…あ、カリーナ様は聞いてた通り親切な方だったけど」
「…そうか…。…実は、こちらも前々から調べていた怪しい人物についての報告を受けたのだが」
「怪しい?…あ、『異界からの来訪者』…?見つけたの?!」
「“楽師バドル”。元吟遊詩人でアマデウスの楽師だ。どこから仕入れたのかわからない楽曲を次々発表している。以前から調査していた隠密の報告によると楽譜に記載された作曲者の存在が一人も確認出来ないという。異界の音楽だとすれば辻褄が合う…」
「―――異界から来た人がアマデウス様を変えた結果…ジュリエッタ様と上手くいって、ジュリエッタ様が聖女の務めを果たす!つまり、国が滅ばない! …っていう道筋を神様が用意してくれた…んじゃない?!」
「いや音楽好きになったくらいで女の趣味まで変わらないだろう」
閃いちゃった…!これだ!!!と自分の冴えた考えを発表したら即座に否定されてしまった。
ちぇっ。変わるかもしれないじゃない。
「というか異界からの来訪者を見つけたらどうなるの?」
「どうもならん。…僕の未来視が当てに出来ないということが確定するだけだ……」
「そ、それは…」
めちゃくちゃにお気の毒である。ネレウス王子の目の光も死ぬというものだ。
私の学院での役割はひとまず勉学に励み(高位貴族の候補者たちに少しでも相応しくなる為)、候補者たちの情報を集めることと言われる。
――――――黒い箱の災いが漏れるのは、3年後。それは人間が変えることが出来ない未来。




