予言者①
【Side:コンスタンツェ】
入学式を終えて、本当なら寮に戻るのだが今日はあの人との面会があるので校門で迎えを待つ。
迎えに来た馬車に乗り込むと侍女が「このまま神殿へ向かいます」と言った。
あの人――――ネレウス第二王子殿下は、今日のことを私から直接聞きたいらしい。
怒られるかしら、でも貴方のお兄さんが貴方が言っていたよりもずっと失礼だったから仕方ないのよそもそも貴方が言っていたことで外れていたことが沢山あったのだ、と頭の中で言い訳を捏ねる。
ネレウス殿下が私に会いに来た二カ月前のことを思い返した。
※※※
平民として母一人子一人、お針子として暮らしていた。
質素に暮らしていくには問題なかったのだが、母が体調を崩して稼ぎが私だけになった。私はお針子としての腕はあまり良くない。どっちかというと体を動かすことの方が得意で、たまに男子に交じって荷運びの仕事に入ったがそっちの方が向いていると思う。
少ない稼ぎじゃ食うのが精いっぱいで、薬を買う余裕なんてない。
医者を名乗る人物は町に一人か二人いて自宅で色んな薬を売ったり診察したりしている。薬はよく効くと聞くが高いので金持ちしか手が届かない。大抵の人は安静にして治るのを待つ。
ただの風邪だからすぐ治ると母も私も楽観視していたが、母の体調は持ち直さず痩せ細っていった。これはまずい、と思った私は父親に初めて会いに行った。
ソヴァール男爵。
使用人だった母に妾にすると約束して妊娠させたくせに、妻の怒りを受けてあっさり母を放逐した男。
当初はお金を送ってくれていたのだが、お金を持ってくる使者の男が母に乱暴しようとしたという。母は暴れて男を殴り、幼い私を連れて急いで逃げた。支援を受けられなくなって貧しい暮らしになってしまった―――という。
その経緯は10歳くらいになって近所の男の子たちに好意を寄せられるようになった時に母が話してくれた。
男なんてろくなもんじゃないから調子の良いことを言われても信じるな。
嫌なことをされたら全力で叫んで殴って逃げるのよ …と。
父親のせいで大変な思いをした母は男嫌いの節がある。
私も物心ついた時から「せっかく金髪なのにそばかすがなぁ…」「惜しい」「残念」としょっちゅう言われてきたのでどっちかというと男は嫌いだ。女子も言う子はたまにいるけど大体の子は面と向かっては言わない気遣いが出来る。容姿を弄られるのが嫌な気持ちがわかるんだろう。男子は昔そういうことを言ってきたくせに「実はお前が好きだ」と告白してきたりするのが結構いる。
どうせ金髪が好きなだけのくせに気色悪い。
貴族なんだからきっと母の薬代くらいは融通してくれると期待してソヴァール男爵家に赴いた。
初めて会う父親と名乗る男は私と同じようなそばかすがある。ああ、母は綺麗な肌なのにこいつのを受け継いでしまったんだなと思うとより腹立つ。
ソヴァール男爵は私の金髪を見て大層喜んだ。母と音信不通になる前に娘が金髪であることは知っていたのですぐに娘と信じ、正式に貴族として迎えるとまで言った。
冗談じゃない、今更貴族になんてなれないと固辞しようとしたが、財産管理は妻に任せているので断るのなら母の薬代は出せないと言われる。母が一回の薬で全回復するとは限らないし、私が正式に男爵家に入れば娘の世話代として母の面倒も見られると提案された。
……お前が手を出した女の世話くらい無条件でやれや糞野郎が!!!!!!!!
と思ったが母の健康の為に我慢した。
貴族の学院というのに入る為に勉強漬けになって半年、母も無事に健康を取り戻しお針子に復帰した。
おそらく男爵は格上の貴族の第二夫人あたりに私を捻じ込んで縁を繋ぎたいと考えている。らしい。年嵩の侍女・ラシーヌが教えてくれた。
「変な男と結婚させられそうになったらまた一緒に逃げればいいからね」と母は言ってくれているが、男爵の家と比べたら小さいが綺麗な家を与えられ良い生活が出来ている今が嬉しそうではあるので、何とか逃げずに済ませたい。
入学まであと二カ月の頃。
文字の読み書きから始めた勉強が何とか形になってきた冬、雪の期間の夜にあの人が訪ねて来た。
部屋に突然ローブを被った小柄な少年が入ってきてビクッとした。
ラシーヌが「何者…」と私の前に立ったが、少年の後ろから出た騎士らしき男に素早く口を布で押さえられた。数秒でラシーヌが目を閉じて崩れ落ちる。固まっていた私と、ローブのフードを脱いだ少年の目が合う。
「突然すまないが、コンスタンツェ・ソヴァール男爵令嬢、君に話したいことがある」
きらきらしい長い銀髪に緑の目、青白いくらいの白い肌をした美少年は、このウラドリーニ王国の第二王子と名乗った。氷のような無表情とローブの下の仕立ての良い服。俄には信じられないが、この家の護衛や使用人を全員魔術薬とやらであっという間に眠らせてしまったお付きの騎士の手際や、これが優雅というものかと思わせる立ち振る舞い、高位貴族であることはなんとなくわかる。
「…私に何の用?近寄らないで!!ぶん殴るわよ!!!」
「君に危害は加えないので安心してほしい。君は大事な聖女候補だ。この国の未来を救う…かもしれない人材だ」
「……は?」
※※※
警戒しつつも数人の手練れの騎士に囲まれて逃げられる気もしない。大人しくネレウス殿下の話を聞いた。
ネレウス殿下は“未来視”能力者だと言う。
歴史上では『予言者』と呼ばれ、王になったり英雄になったり大神官になったりしているそう。
最近勉強した歴史人物の範囲でも一人予言者と言われてる人がいたが、占い師みたいなもんだと思っていた。本当に未来が視えるのか。
「聖女と同じ数だけ予言者は生まれる。予言者が聖女を見つけ、災いを封印する為に神がそういう摂理を作った…というのが我々の見解だ」
「災い?って…?」
「“黒い箱”はわかるか?」
「闇の神が地上にもたらしたっていう、神話の?」
「そう。あらゆる災いが詰まった箱だ。この箱は実在する。神話の箱なのか、この箱が先に存在して神話が出来たのかは定かではないが… 不規則に、世界のどこかで、この箱から災いが漏れる。それを封印によって防ぐのが聖女の本来の役割だ」
「聖女様っていうのは、すごーく治癒に特化した魔術師だって本で読んだけど…」
「治癒が多く出来るのは言ってしまえば魔力が多いからだ。封印に失敗すると流行り病や人を害す魔獣などの厄介事が発生する。強大な魔力で封印を施すのが第一、封印に失敗した時に治癒や魔力の攻撃で災いを沈めるのが第二の役目…といったところだな」
「えっと……じゃぁ、何十年か前の流行り病って…隣国の聖女様が、封印に失敗したの?」
「そうだ。どうやら、隣国の予言者は神官だったようだが政治闘争に巻き込まれて早死にし、聖女に的確な指示を出せなかったようだ。黒い箱の在処や封印にどれだけの魔力が必要かがわかるのは予言者だけだから」
私は頭の中を整理しようと頑張る。やめてくれないか情報の洪水をワッと浴びせるのは。
「うーんと、…神様が、災いが起きるちょっと前に、予言者と聖女様を用意して、人間を助けようとしてくれてるってこと?」
「まぁそういうことだと僕や神殿の幹部は解釈している。この国から観測できる他国でも王族だけが黒い箱の存在を認識している。黒い箱の災いが本当にあることを広く開示しないのは、封印に失敗した場合権力者が民衆に強く反感をもたれるのを恐れて、だな。予言者も聖女も上流階級に生まれやすい傾向があるから。魔力が多い人間は出世しやすいから当然ではある」
「だったら私が聖女候補?なのおかしくない?ですか?」
「君は二番手だからな」
……………。
「…一番手から三番手くらいまでいるの?」
「いや、一番手がどうやら聖女の役目を果たせない可能性が高いから君に協力を仰ぎに来たんだ。三番手はいない。君が駄目ならもう駄目だ」
「ダメなの?!?!?!?」
「しかも君は一人だと封印は無理だ。学院で魔力の多い伴侶を見つけて協力して封印に当たってほしい。どの男を選ぶかが重要だ。間違えると流行り病で国が大体滅ぶ。何度も失敗した未来を見たが何度も何度も男を変えて未来視して上手くいく分岐を何とか見つけたから従ってくれ」
「ちょっちょっちょちょっと待て?!?!????」
いそいそと何か書かれた大きな紙を取り出したネレウス様に私は一旦考えを整理する時間を貰った。三分しか待ってくれなかった。




