コンスタンツェ嬢
「―――どうされました!?」
「ッ……ぁ、…」
近くを巡回していた騎士が駆けつけて女生徒に声を掛ける。
飛び込んできて俺に怒った顔を向けた女生徒は、ジュリ様の素顔を直視してしまい叫び、後退った。蒼褪めて絶句し固まっている。
な、なかなかの声量!!!!!
と感心している場合ではない。
俺は慌ててジュリ様を背に隠した。騎士の目からは隠せた。ジュリ様が後ろで慌てて仮面を付ける気配がする。
「っ…はぁ、はぁ、…」
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫…です」
女生徒は息をすることを思い出したようで呼吸を荒くした。
「どうしました?!」
「…アマデウス?!」
「…兄上?!」
ばたばたと足音が集まってきた。リーベルトとアルフレド様、ジーク、ペルーシュ様とハイライン様が教室の扉から顔を出す。まだ近くにいたのだろうから、叫び声を聞いて駆け付けたのだろう。
数人知らん生徒も後ろから顔を覗かせている。やば、人が集まってしまった。
「…一体何が?」
リーベルトが騎士に訊くが騎士もよくわかってないので怪訝な顔で首を振る。何て言おうか迷っていると、後ろからジュリ様がおずおずと顔を出した。
「…申し訳ありません、その…そちらのご令嬢がわたくしの素顔を見てしまったのです…」
「ああ、なるほど …!」
納得した皆が女生徒に気付き、目を瞠る。
その女生徒が、金髪だったからだ。
※※※
「ソヴァール男爵令嬢か、君は」
一旦落ち着こうと友人以外は人払いしてもらって、アルフレド様が問うと顔色が戻った令嬢は頷いた。アルフレド様の顔を見てそこで初めて絶世の美男子であることに気付いたのか少し驚いたように顔を赤らめた。
「一年生のコニー…あ、いや、コンスタンツェ・ソヴァールといいます。…式が終わった後人目を避けてこの辺りに来たら、背の高い男子が女子に覆い被さっているのが見えて…襲われているのかもと思って、…」
……お、覆い被さってまではいないはずですが?!?!??!
俺がジュリ様と比べると背がでかいので、背中を丸めてキスしているところが覆い被さっているように見えたのかもしれない。男子たちの気まずそうな視線と後から駆け付けた女子たちの責めるような視線が刺さる。
「兄上……」
頬を赤くしたジークの困ったような呆れたような視線に汗が出てきた。まさか入学式当日に弟にこんな目で見られることになるとは。
「襲われているのではなく同意なら、軽く注意して去るつもりだったのですが、その…ごめんなさい!人の顔を見て大声を出すなんて…!」
「ど、同意ですから、デウス様を責めないで下さいまし……」
ぺこぺこと頭を下げる女生徒に、ジュリ様が顔を仮面ごと両手で覆って恥ずかしそうに言ってくれた。
コンスタンツェ嬢、平民育ちの金髪男爵令嬢。
セミロングストレートの明るい金髪をポニーテールにし、ぱっつんと切り揃えられた前髪にくりっとした瞳はジュリ様よりも少し暗めの深紅。濃い赤茶色のシンプルなプリーツスカート。
きりっとした眉、すっとした鼻筋―――顔の上部には、薄いそばかすが散らばっていた。
――――――えっ…????? どっち??????????
その顔を見た時俺が思ったのは 美人なのかそうじゃないのか、この世界的にどういう判断なのかわからん! という戸惑いだった。考えてみれば髪か目に金を持つ人でそばかすや黒子がある人を初めて見た。
金髪だけどそばかすがある。美人の条件+不器量の条件=???
「―――学院内で何を考えてますのアマデウス様!!」
「はい申し訳ありません!!!」
カリーナ様に叱られた。つい謝ったけどこれ破廉恥なことしてたと思われてない!?
いや、キスも破廉恥かと言われたら破廉恥カテゴリだけど…それ以上のことしてたと思われてないか?!
「ジュリ様も!好きだからといって殿方の要求をほいほい受け入れてはいけませんわっ!」
「いえその… はぃ…」
ジュリ様も弁解できずにいる。
まぁ… エッチなことはしてません!キスしてただけです! とは…言えないよな……
流石にそんなこと言ったら怒られるとわかる。具体的に言うのはジュリ様も恥ずかしいだろうし、ここでは口にしない方がいい気がしたので黙って怒られた。するとコンスタンツェ嬢が慌てた様子で口を開く。
「待ってください誤解があるかも!服は乱れてませんでしたしいかがわしいことはしてなかったと思います!ちょっと長い口づけをなさってただけです、多分!!!」
言っちゃったよ!!!!!!!
うわぁい悪気の無い暴露だ!!!!!!!
ああ、平民の町で育ったら歓楽街に近付くことはあるし、そういう赤裸々な話をすることも貴族より断然あるだろう。そこらへんで男女の情事に遭遇してしまうことも多分ある。正直俺も町で演奏会の為にうろついてる時とか何度か裏路地で致しているカップルに気付いてしまった。覗いてないよ、隠れて音だけちょっと盗み聞いたことは…あるけど……(護衛の騎士と一緒に)。
口づけくらいなら、『いかがわしいこと』のまだ手前と判断してしまった訳だ…。
でもごめんコンスタンツェ嬢、庇ってくれようとしたみたいだが普通に怒られるレベルではあるんだ。
ジュリ様は顔を覆ったままちらりと見える耳から首まで真っ赤になってしまった。その恥ずかしがってる様子を見てそんな場合じゃないのにちょっと興奮している自分に軽く引く。さっきまでキスしてたからさ…反省しろ。します。
リーベルトとジーク、カリーナ様も真っ赤。
アルフレド様とプリムラ様、リリーナは気まずげな顔をした。
ハイライン様は目を逸らして赤面した。ペルーシュ様だけクールな無表情である。
暫しの沈黙が流れたことでコンスタンツェ嬢は(あ、これ間違えた…?)と気付いたようで申し訳なさそうに小さくなっていた。カリーナ様は呼吸を落ち着かせてからコンスタンツェ嬢に向き合った。
「―――コンスタンツェ様、御気分は?わたくしはカリーナ・ヴェントと申します」
「あ、もう平気です!…カリーナ、様」
コンスタンツェ嬢は少し驚いたようだったが、カリーナ様の名前に憶えがあったのだろうか。
「…お強い。わたくしなんてジュリ様のお顔を拝見した時は気を失ってしまったのに…叫んだとはいえ、とてもたくましい心をお持ちだわ」
「確かに…」
カリーナ様が感心し、ハイライン様がぼそりと呟く。ハイライン様は腰抜かしたもんね…。ペルーシュ様も結構長く気分を悪くしていたし。蒼褪めて絶句くらいですぐ回復、となると強い…のか?わからんけど。
「…コホン、この通り、このお二人は仲睦まじい婚約者同士ですからご心配には及びませんでしたが。これからそういう…女性が男性に襲われているかもしれないと思ったら、自分で突っ込んでいかずに周りに助けを求めましょう。貴方まで害されてしまう危険もありますし、身分差によっては揉め事になるやもしれませんからね!」
「はい…わかりました」
カリーナ様の真っ当な助言に、純粋な目で頷くコンスタンツェ嬢。
正義感故に突っ込んできたんだし、素直な子みたいだ。
ひとまずその後コンスタンツェ嬢に皆で自己紹介をした。
コンスタンツェ嬢は皆の名前を聞く度に一瞬体が強張っていた気がする。予習していた高位貴族の名前だったのかな。
そして俺たちの下衣が黒ばかりであることを見て「最近黒が流行ってますね、よく見ます」と言った。
色んな商会が黒い服を扱い始めたので、平民にも順調に広まっているらしいと聞いている。ふふん。
ジュリ様が自己紹介した後、「驚かせて申し訳ありません」と言うとコンスタンツェ嬢は目を丸くして「…いえ…」と答え、不思議そうな顔をした。俺が自己紹介し「私からもお詫びします」と謝ると「いえこちらこそ、…」と言いながら探るような目で俺をじっと見た。
また(…?)を頭の上に浮かべたような反応をされる。すみませんね、天才っぽくも色気もなくて…。
「想像と違いました?」
と軽く笑いかけると「ええまぁ…」と素直に答える。正直だな。お世辞がすぐ出てこない所も平民育ちっぽい。
貴族教育をどれくらい受けたのだろうか、さっきの率直な物言いといい少し危なっかしい。
「そうですわ、コンスタンツェ様、王女殿下にご挨拶は済ませまして?」
プリムラ様がおっとりと余所行きっぽい笑みで聞く。
「え?いいえ、王女様と将来お仕事をするかもしれない方以外は挨拶に行かないと聞きました」
「まぁ、それはそうなのですが、コンスタンツェ様は良くも悪くも注目を浴びているでしょう。挨拶をしないよりはしておいた方が印象は良いと思いますよ」
「そういうものですか?うーん、では…行きます」
気が進まなそうだが素直に頷いていた。判断が早い。騙されやすそうで不安になってしまうな。
悪い方に考えると、挨拶しても「王女殿下にお近づきになれるとでも思ってるのか厚かましい」とか言われそうだし、しなくても「挨拶しないなんて生意気だ」とか言われそうだけど。でも良い家に嫁ぐなら将来多少は顔を合わせるだろうから挨拶しといた方がいいのか。
「わたくしたちはもう済ませたので、このお二人の後にさっと済ませてしまいなさいな」
プリムラ様がにっこりして俺たちに手を向けた。




