『アマデウスの演奏対決100人斬り』最初の対決
【Side:エイリーンの兄・エミリオ】
社交界の夜会に参加するというのは学院を卒業してからするものだが、子供を夜に連れ回すのはあまりよろしくないというだけで厳密に出てはいけないと決まっている訳ではない。伝手の多い家の子息などは学生のうちから参加する者もいる。保護者付きで。
「ピアノと楽譜の良い宣伝になると思います。是非、参加してみませんか?」
私はスカルラット伯爵令息・アマデウスを夜会に誘った。
エイリーンに想いを寄せる男子たちの言い争いを宥めてくれたこともあるそうで、我が家の人間はアマデウスにかなり友好的な気持ちを持っている。しかし婚約パーティーでエイリーンに黒い服を着てほしいという申し出は、私としては反対だった。エイリーンの美しさに嫉妬したどこぞの勢力の嫌がらせではないかと探らせたくらいだ。
結果的にパーティーの参加者はちゃんと黒い礼服だったし、エイリーンの美しさはより知れ渡り。
演奏会は素晴らしく、評判が評判を呼び楽譜やレシピの売上げはかなりの額になっていると思われる。
学院では刺繍入りの黒い布をパーティードレスに取り入れたり、制服に黒いズボンやスカートを着る者もいると言う。すっかり流行だ。不吉だと苦言を呈する者もいるが、大抵『考えが古い』『あの方は頭が固いから』と相手にされない空気が出来上がっていた。
※※※
「ご参加頂きありがとうございます、アマデウス様」
「いえ、こちらこそご相伴させて頂きありがとうございます!エミリオ様」
暢気な笑顔を浮かべる彼は演奏会と同じ黒い礼服を着ていた。ジュリエッタ嬢と二つで一つのお揃いの耳飾りには黒い宝石が嵌っている。
社交界でも服に黒を使うことは流行し始めているとはいえ、ここまで真っ黒の服を着ている者はまだ滅多にいない。目立つだろうな。
「そういえば、残念ですが今日エイリーンは一緒ではないのですよ」
「あ、エイリーン様も参加するご予定だったのですか?」
アマデウスは首を傾げて私を真っ直ぐ見た。その顔には何の落胆も無い。
「…いえ。ですが私が夜会に誘った男はエイリーンもいることを期待しているのが常ですので…一応申し上げたまでです」
「ああ、なるほど~」
…………………こいつ…本当にエイリーンに全く気が無いのか………
既婚者だろうが婚約者がおろうが、私が何かしらの催しに行く時同行する男はエイリーンがいることを期待する。噂の絶世の美少女に一目会いたいと下心を滲ませて。
初めてだ。エイリーンがいないことに落胆しない男。
エイリーンから聞いてはいた。
『アマデウス様はわたくしを特別扱いしない』と。少し前まで女誑しと噂されていたが今はジュリエッタ様に一途な婚約者だと。
確かに演奏会の時、エイリーンが目の前に来ても見惚れる様子もなく平然としていたし…妹がまだまだ純粋だから下心が察せないだけだろうと思っていたが、本当だったのか。それとも表情の取り繕いが異常に上手いのか。
「テタルティ氏を紹介して頂けるとのことで…楽しみで昨日なかなか寝付けなくて結局深夜までずっとピアノ弾いてて、寝不足です…」
照れたようにはにかみながら手をわきわきと動かす少年。年の割りに背が高く大人っぽいのに無邪気な顔で、色っぽい話は縁が無さそうに見える。なのに学院で今最も女子に人気のある(恋愛的な意味ではないようだが)貴公子だというのだから油断ならん奴である。
宮廷音楽家のテタルティを紹介すると言ってアマデウスを引っ張り出したのは勿論理由がある。
私は王都で劇場を経営しているが、商売敵のカーセル伯爵家がテタルティ氏の後援だ。
夜会で遭遇しては皮肉の応酬になる。どちらの劇場がより優れた芸術を提供しているか、評判が良いか、売上げが上か、優位性を取ろうと争っている。
劇場を持つ者は囲っている音楽家を夜会に連れて来て腕前を披露し、見せびらかすことも多い。どちらが優れているか競ってもらおうと勝負をすることもある。勝ち負けは厳密に決まるものでもないし別に負けても損はしないが、勝てば劇場の注目度が上がる。
勝ち負けを決めるのは聴衆の拍手と歓声の大きさだ。
表面上は「引き分けですかね~両方素晴らしかったですね~」と終えたとしても、聴衆の反応で大体勝ち負けははっきりする。
――――そして私が連れて行く演奏家は、まだテタルティに勝ったことが無い……
『音楽神のいとし子』とまで噂されているアマデウス・スカルラットが現れたら必ず腕前の披露を望まれる。
カーセルの腰が引けても聴衆は演奏対決で負け無しのテタルティと競わせようとするだろう。
「もしかしたら腕前を披露することになるかもしれないから、弾く曲を考えておいてほしい」とは伝えてある。
十中八九演奏対決になるとは伝えてないが…。
アマデウスなら、きっとカーセルの鼻を明かしてくれる。もし負けたとしても彼は私のお抱えではないので言い訳もたつ。
そういう企みで彼を連れて来た。
恥をかかせる可能性はあるし少々性格が悪いかもしれないが…アマデウスも商品の宣伝にはなるのだから悪い話ではないはずだ。
※※※
あれよあれよと舞台は整えられた。
にこやかに挨拶をし、私が連れて来た見慣れない少年がアマデウス・スカルラットだと知ると周囲は色めき立ち、是非演奏を聴きたいと盛り上がる。少年が快く了承した後、「ではテタルティ氏と一戦交えて頂きましょうか?」と煽ると聴衆は歓声を上げ、カーセル伯爵は顔を引き攣らせた。
アマデウスは「えっ、一戦…?」と不思議そうに目を瞬かせる。
ではお先に…と、流れを予想していたらしいテタルティはピアノ(私が会場に用意した)の前に座った。
「ピアノは貴殿に一日の長がおありでしょうが、クラブロの経験は私の方が長いはずです。負けませんよ」
テタルティがアマデウスに挑戦的に笑いかけるがアマデウスはぽかんとしてまだ話が飲み込めていないようだ。
「で…では、勝負の内容は即興でよろしいか?既存曲は禁止だ」
「ええ、いいでしょう」
即興演奏は演奏対決では多い。カーセルの言葉に同意すると「はい?!」とアマデウスが私に小声で詰め寄った。すまんな、騙したみたいになってしまって。
「既存曲が禁止って…完全に新しい旋律を生み出せってことですか?」
「出来るだろう?」
「出来ませんが!??!?」
「では、まだどこにも発表していない楽曲があるんでしょう?それを披露すればいい」
「いや、それでは…私が作曲したみたいになってしまうじゃ…」
彼のお抱え楽師・バドル翁が恐ろしい数の楽曲を覚えていて、まだまだ曲があるということはこの間の演奏会で広く知られた。それならバドル翁を手に入れてしまえば…と考える短絡的な者がこっそりと引き抜きを画策したが悉く失敗したと聞いた。何でもとある貴族の邸宅で厳重に守られているとか。それはそうか。
小声でやり取りしているうちにテタルティ氏の演奏が始まる。
ピアノはアマデウスが開発したという楽器だ。本当かは知らないが。アマデウスが一番上手く弾きこなせるはず―――と思っているが、テタルティも宮廷音楽家だけあって勿論達者だ。結構早いうちにピアノを購入していたようだし、研鑽しているか。
指が止まり音も消え、テタルティが立ち上がって頭を下げると聴衆が大きな拍手を送った。
アマデウスはすっかり聴き入っていたようで笑顔で拍手していた…と思ったらさっと真顔になって私に寄った。
「あの~~…即興とか聞いてませんが…」
「天才と言われるからには出来るだろうと思いまして」
「いや私は作曲家じゃないんですが!?」
「音楽家は作曲も演奏も即興もするものでしょう?」
「そも音楽家でもないですが…あぁ、昔は音楽家って全部こなしてたんだっけ…」
小さな声でぶつぶつと何か言っている。
「まぁ、出来ないなら既存曲でも良いので披露して頂いてよろしいでしょうか。皆、腕前を拝見したいだけですし勝負と言っても、飽くまで遊びですから」
私にとっては地味に面子がかかっているが、本当はめちゃくちゃ勝ってほしいが、巻き込んだだけの彼には重圧をかけすぎない方が良かろう。気楽に弾くようにけしかける。
「……こういう演奏対決みたいなのって、夜会だとよくあるんですか?」
「芸術に拘りがある者が顔を合わすとまあまあありますね。社交界に出たらきっと沢山出くわしますよ」
「そうですか…」
彼は困った顔をしつつ顎に手を当て思案し、「ん~~~……アレにするか…」と呻きながらピアノに向かった。
※※※
結果だけ言うと。
勝った。
アマデウスのピアノの腕は確かで―――弾いた曲も素晴らしかった。
優美で繊細な旋律を、まだどこかあどけなさが残る顔で笑っていた少年がやすやすと奏でる様に聴衆は魅了された。テタルティ氏の即興も素晴らしかったが、どこか雑な繋ぎがあったり盛り上がりに欠けた構成であることは否めなかった。この演奏に比べれば。
まぁ、こちらは実は即興ではなく多分既存曲なのだからそれは当然といえば当然。
一際大きな歓声を受けた彼は恭しく頭を下げ、
「拍手をありがとうございます。しかしながら、この曲は即興ではありません。まだ発表していない楽譜の一部を弾いたまでですので。勝利はテタルティ殿のものです。申し訳ありません、急だったもので新曲を弾くことは出来ませんでした」と宣った。
ぐぬぅ、折角の勝利を覆しおった…。だが説明をはしょって連れて来た身としては文句を言えない。彼はテタルティと仲良くしたいのだろうしな。まぁ、カーセルの悔しそうな顔は見れたし面子は守られた。
「いえいえ…素晴らしかったです。アマデウス様に勝った気は致しません。情けを頂けるなら、ここは引き分けとさせて頂きたい」
「そうして頂けたらこちらも有り難いです」
ほっとした顔の二人が微笑み合って勝負は決着。二人に惜しみない拍手が送られた。カーセルはぎこちない笑みで私を睨み、私は勝ち誇った笑顔をカーセルに向けた。
最後には 楽譜の購入はスカルラットがいつでもお受け致します… と宣伝もしていた。なかなか抜け目ない。
帰りの馬車の中、少々疲れているように見える彼に罪滅ぼしの気持ち半分、どう反応するか興味半分で「今日はありがとうごさいます。よろしければ、遊びに行きますか?勘定は私が持ちますよ」と誘った。
意味がわかっていないようできょとんとしている。
「…遊びにって…今からですか?」
「女性と、ですよ」
夜に男が遊びに行く、といえば大抵娼館を指す。
小声でそう教えると目を丸くし、呆れたように半目になった。
「いえ、遠慮します…というかエミリオ様、奥様いらっしゃるんじゃなかったでしたっけ」
「適度に娼館で遊ぶくらい文句は言われませんよ。私はまだ第二夫人も妾もいませんしね…妻も陰では適度に遊んでいますし」
「は~~、そういうものですか…」
アマデウスは窓の外を見ながら溜息を溢す。女誑しと呼ばれていた割には潔癖な所があるらしい。言われてみればまだ14だものな。
「やはり婚約者にバレるのが恐ろしいですか?それかそういう欲が薄い方?」
「揶揄わないで下さい… まぁ、それもないとは言いませんが…欲が薄いとも言いませんけど。バレるのが怖いというよりは…バレた結果、彼女からの信用を無くすのが恐ろしいですかね」
「ジュリエッタ様は貴方に首ったけのようですが、許しては下さらない?」
「…許してくれちゃいそうなところがあるからこそ、裏切りたくないです。それに…私は浮気、されたくないですし。されたくないことはしません」
正直なところ“化物令嬢”に浮気が出来るのかは疑問だが。
アマデウスはふと窓の外からこちらに視線を移し、微笑んだ。―――その笑みと視線が存外に艶やかで、目を奪われる。
「あ、 …言っておきますけど、首ったけなのは私の方も、ですから」
……惚気てくるとは思わなかった。
背もたれに体を預けて馬車に揺られ眠そうな顔をしている彼が、婚約者に一途だということはよくわかった。
エイリーンがこいつに傾倒している理由がわかった気がする。
妹は政略結婚夫婦の自由恋愛に理解は示しても良い顔はしない。美貌故に致し方ないが夢見がちなのだ。自分だけを永遠に愛してくれる男を夢見ている。美女に逐一惑わされないアマデウスはエイリーンにとって理想的なのだろう。
少々扱いづらいが、不誠実なよりはずっと良い。
彼からの信用度は下がったかと思うが、私からの彼への信用度はかなり上がった。
※※※
「―――とても素敵だったわ。彼はアマデウス…というのね」
「…お嬢様…覗き見はこれくらいにしてお帰りになりませんと…気付かれてしまいます」
「カツラを被っていれば大丈夫よ、バレたことないでしょう?心配性ね」
夜会に忍び込んでいた二人の少女は、演奏対決を遠くから眺めていた。
茶色の長いカツラの下には金糸がちらりと煌めいていた。




