聖痕
シャムスがバドル、ロージー、マリア、スザンナと三食メイド付き邸宅で暮らし始めて数カ月(ソフィアは修道院住みなので通い)。
「基本は出来ているがまだまだ甘い」と言ってロージーとマリアに貴族マナー教育してくれている。スザンナとソフィアは本職が別にあるとは言ってももう少しちゃんとしていないと、いうことで彼女らにも。
「厳しい…」「なかなか合格が貰えません」「ヒィン…」「やっぱりあたしには無理なんだよぉ~!あっ、ごめんなさい『わたくし』…『わたくし』…」とそれぞれ鳴いている。頑張ってほしい。
それはそれとして邸宅の暮らし心地はめちゃくちゃ快適だという。メイドさんが身の回りの世話をしてくれることにはまだ慣れないらしいけど(スザンナだけは平民のままなので慣れたら良くないとメイドの世話を断っているそうだ)。
下位貴族だったバドルやラナドが知らないことも教えてくれているとのことで、本当なら俺が教師を雇って指導すべきところをタダで教師やってくれているのだ。お金払うよと言ったけど「後継者教育をしているだけですから」と断られた。大変だろうと思ったけど、以前よりイキイキしている気もする。
バドルは「子の教育という新たな使命を得て嬉しいんだと思います。…自分の子が欲しくなかった訳ではないでしょうから」と言っていた。
まぁ、楽しいなら何よりである。
―――ここだけの話、息子と娘のように扱い始めるの早過ぎない??とバドルに小声で軽口を言ったら、「…マリアは目の色が似ているでしょう。そして実は、…ロージーの髪の色は、シャムス様と似ているのです」と苦笑いで言った。別に中身のある返事を期待して投げた軽口じゃなかったのだが衝撃の返事。
そ、…それって………もしかして…。
…ロージーは子供の頃バドルに拾われたんだよな。
ロージーを拾った理由は、―――恋人にちょっと似てたから…ってコト…?!?!
「…そ、それロージーは知ってるの…?」
「いえ、言っていません」
「うん、言わない方がいいと思う…」
今のシャムスの髪は綺麗に真っ白だからわからないけど、ロージーみたいな灰茶色の髪だったのか。
なるほどなぁ…恋人だったバドルがほぼ育てた、バドルと同じく音楽を愛し、バドルを慕い、自分と似た髪の色をした青年……。
養父になって財産を受け継がそうと考えた思考回路がやっとちゃんと理解出来たかもしれん。でもロージーが知ったら微妙な気持ちになりそうだから秘密ね…。
※※※
ある日シャムスが俺だけにこっそりと話したいことがあると言い出した。全然予想がつかなくて怖かったが俺は自分の部屋に彼を招いて侍従にも外に出てもらう。
「これは飽くまでも、私の推論に過ぎない話なのですが……ジュリエッタ様の、お顔のことです」
「……へっ?」
楽師関連の話だと思ってたから虚を突かれた。ジュリ様のお顔というと…?
「…ジュリ様のお顔の、痣の話ですか?」
「はい。私も…何度か拝見したことがありますが」
「あ、見たことあるんだね……その…どうなった?」
「…一度目は腰を抜かしました。二度目は、直視は出来ませんでしたが、三十分ほどは持ちました」
持ちました、ってことは三十分で耐えられなくなっちゃったってことか…?逃げたのか、気絶でもしたのか…。あんま訊いてほしくはなさそうだから詳しくはツッコまないでおく。まぁジュリ様も俺以外平気な人はいなかったって言ってたしな…。
「…飽くまで、私の推論に過ぎませんが…あの痣は、“聖女の証”かもしれません」
シャムスはまた念を押して、真面目な顔で言った。
「…流行り病があった、もう何十年も前…隣国で聖女と呼ばれた治癒師が活躍したお話はご存知ですね。私は治癒師の修行中、師や同士と共にその聖女様に会いに行ったことがあるのです」
「!会えたの?」
「いえ…隣国の王族に嫁ぎ、厳重に警護されていましたので会うことは出来ませんでした。それ自体は予想の範囲内でした。聖女様に仕えた治癒師たちや弟子と交流し、勉強するのが目的のようなものでしたので」
留学みたいな感じか。ダメ元でお願いして偉人に会えたらもうけもんってくらいだったのかな。
「そこで出会った聖女に仕えていた治癒師に…『聖女様は結婚を渋っておられた。体に大きな…聖痕がおありだから』という話を聞いたのです」
「聖痕…?そんな話聞いたことないけど…」
「我々もその『聖痕』とは何かと訊いたのですが、はっきりは答えてもらえず…つい口を滑らせたような印象でしたから、秘すべき情報だったのでしょう。…そのことは暫く忘れていたのですが…その後何年も経ってから、異国から取り寄せた古い文献に古語で記述があったのです。『聖女は大きな力の歪みが体に出る。それは聖痕となり人を畏怖させる』…と」
「……聖痕…――――――もしかして、それが、痣…?」
生まれつきの、不思議な痣。
人を畏怖させる…聖痕。
そうなのか。そうなのか?
……美形インフレ故に痣に過剰反応するのだと思ってたけど…そういう部分があるにせよ、ジュリ様の顔は異常に怖がられ過ぎだもんな。魔力が関係してるって言われた方が俺は納得する。
「ジュリエッタ様もアマデウス様も、まだ魔力量を測定していないでしょう。魔術学は三年生からですからね…」
「測定…測定して、ジュリ様が、聖女だってわかったら…」
――――――ど、どうなるんだ…?
「聖女は貴族の家系から生まれることが多く、民衆の支持を集める存在の為…今までの聖女はほとんどがその国の王族に嫁ぐように仕向けられています。独立させておくと王座を脅かすと考えられるので…」
……王家、もうジュリ様が聖女である可能性に気付いてたりする?
王子殿下とかはまだ知らなくても、国王陛下とか一部の偉い人は聖女の条件を知ってて…だからコソコソと俺を排除しようとしてた?
ジュリ様が王家に嫁がざるを得なくなるように―――……
「…何度も言いますが飽くまでも推論です。確かな根拠はありませんが…何年か前にシレンツィオ公爵閣下にも申し上げました。ジュリエッタ様の婚約者であるアマデウス様にもお伝えしておくべきかと思いまして」
「そっか…うん…ありがとう……」
俺は全身に冷汗を感じながら机に突っ伏した。
「……―――――ッ 困るが~~~~~~??!!??!!」
「…王家が一度認めた婚約を解消へ持っていくのは容易ではないでしょう…お二人は仲が良くていらっしゃいますし。万が一王家の命令で婚約が解消されても、アマデウス様に非が無ければ多大な補償金が支払われるかと」
「いらないんだよ!!!そんなのは!!俺が欲しいのはジュリ様なんだから!!!」
ぶっちゃけ金はあるし!!!!!!!!!
こないだの演奏会の収支報告見てたまげたからね!事前に伯爵家の会計担当(書類は侍従が持ってくるから俺は会ったことない)が作成した収入の予想より利益が一ケタ多かった。これ間違ってない?と自分で思わず計算し直したくらいだ。予想以上の売上を叩き出してて軽く慄いた。皆にボーナス出したし皆目を剥いてた。
いや今はどうでもいいそんなことは。ジュリ様と結婚出来ない可能性が出て来たという一大事の前では。
顔を上げるとシャムスは驚いた顔をしている。
「ん…?」
「…アマデウス様の、ジュリエッタ様への真心は本物なのですな…」
「…そ、そうですが…」
ジュリ様が欲しい!!!と大声で言ってしまった恥ずかしさに一足遅れて襲われた。
「…シレンツィオ公も私の話を杞憂と切り捨てず真面目に聞いて下さいました。何かしら対策を練ってはいらっしゃることでしょう」
「あぁ、そうだよね…要は魔力測定であんまり高い数値を叩き出さなきゃいいんだよね?それなら何とか誤魔化せる方法ありそう…」
「…聖女は体のどこかに大きな痣を持って生まれてくる、とすると…ジュリエッタ様のように、お顔に聖痕が出てしまったのは運が悪かったとしか申せないと思います。醜女と囁かれ続けるよりは、聖痕を持つ聖女として知られる方が彼女にとって楽なのやもしれないと思ったこともございましたが…」
ただ醜く生まれた―――ではなく、これは聖痕なのだから仕方ない―――と思える方が気が楽だろうか?
理由がはっきりしていた方が良いだろうか。
それは…ジュリ様本人でないとわからないかな。
「…しかし今は、聖女とは知られずにアマデウス様と結婚することがジュリエッタ様にとって最善と確信しております。寂しい子供時代を過ごされた方です。私が言うのもおかしな話かもしれませんが、大事にして差し上げてくださいませ」
シャムスは何かを思い出すように目を閉じて言った。そうか、結構前から公爵家に仕えてたならジュリ様の子供の頃を知ってるんだ。
お母さんは亡くなって、お茶会に出席しても長居は出来ず、素顔を晒すと恐れ慄かれる日々。
小さい頃のジュリ様の寂しさを想像すると悔しい。もっと早く俺が彼女と会って親しくなれていたら慰めになったかもしれないのに、と。
勿論、そうはならなかった可能性もあるけど。
ああ、――――ジュリ様に会って抱き締めたいなぁ!!!
降って湧いた衝撃的な推論と不安にモヤつきながら、音楽室に行って何となく『アメイジング・グレイス』を弾いた。直訳で『驚くべき恩寵』。
作曲者不詳の讃美歌、世界中に歌い継がれる名曲。
聖痕、かぁ… 大きな力を与えられる代わりに、傷痕も与えられるってことか?
驚くべき恩寵だよ…。
というか、聖女って病が流行る時代に生まれるって言われてるんじゃなかったっけ。もしやこれから何か病が流行るのか?いや、病が流行った時期なら活躍するから聖女が目立つだけで、病が流行らなくても聖女自体は生まれて人知れず普通に生きて死んでいくのかもしれない。貴族学院の歴史はまだそこまで長くないし、昔から魔力を測定していたとは限らないからバレずに生きていけた可能性はある。服で隠せるところに痣があるならバレずに……
ゆったりとした穏やかな讃美歌のメロディを弾きながらも心は穏やかにはなれず。
寝床に入ってもなかなか寝付けなかった。
ちょっと忙しくてすっかり間が空いてしまいました…
更新ゆっくりめになりそうです。




