戚と籍
取り急ぎ実母・アマリリスがパーティー会場に突撃してきたことをティーグ様に報告しに行く。
「ああ、マルガリータたちから聞いている。…もう縁が切れているお前が謝罪することはない、シレンツィオ公にもご理解頂けているだろう。…実は、お前とジュリエッタ様の婚約が成ってから何度か面会依頼はあったのだ。だが私が拒否した。お前の為にならんと思ったのでな」
「え、そうだったんですか…」
俺の公爵家入りが決まってからすぐに会おうとはしてたのか。急にパーティーに突撃してきた訳じゃなかったんだな。
「…一言伝えた方が良かったな。お前を動揺させたくなかったのもあり…アマリリス夫人と関わりがまだあると思われるのも良くないと判断したのだが」
「いえ、問題ないですよ。仰る通り忙しかったですし…会う気も無いですし」
又聞きした限りでも面倒くさそうな人だし…。
赤子から婚約までいっそ清々しいくらいに興味示さなかったくせに今更こっちが応えるとでも思ったのだろうか。まだ子供だから丸め込めると思ったのか…?
残念だったな!精神積み立て年齢は子供じゃないんだわ!(大人かと言われたら微妙だが)
呆れた顔をしている俺の前でティーグ様は眉を八の字にした。
「実の親にそこまで執着がないというのも珍しいことだぞ…。お前はやはり普通ではないな」
「…そうですかね」
「大人でも、どれだけ不仲でも、血の繋がった親の言葉には揺さぶられるものだ。…良い意味でも悪い意味でも」
――――――言われてみるとそういうものかもしれん。
もし、俺が人生一回目で。ずっと無関心だった親と離れて、別の里親とかの元で育ったとして。暫くしてから実の親が会いたいと接触を図って来たら……
会うかもなぁ。謝罪とか、愛の言葉とか、何か意味のある行動を欲するかもしれない。金持ちと結婚することが決まったからおこぼれを狙って声をかけて来たとわかったとしても…拒否し切れないかもしれない。子供だったら尚更、期待を捨て切るのは難しいと思う。
まぁ、それは…人生一回目だったらの予想だ。二回目で助かった。
俺はもう、他者から与えられる真っ当な愛がどんなものなのかちゃんとわかっている。
真っ当でない愛のように見えるものに応える必要はないとわかっている。
「…ティーグ様、私、生まれた時から割と意識がはっきりしてたんです」
「ほう?」
「だから親と何回顔を合わせたか憶えてるんですよ。母親とはえーと…20回かな。生まれた時、7歳までの間に年に丁度3回だったのが、一回少ない年があったので」
「…本当か?」
自分が母親のお腹にいた時の記憶がある人とか稀にいるらしいので、ここまでは有り得なくはない話だろう。俺は前世の記憶持ちだったからだけど…。
「父親とは年に1回だったですね、新年の度に執事が面会に連れに来て…兄とは3回くらいしか会ったことないのでもう顔憶えてないです。会話も挨拶以外はしたことないし」
「…そ、そうか…」
ティーグ様が引いている。具体的に口に出すとアレだな、やっぱり俺ちょっと可哀想かもしれん。回数をしつこく憶えているというと執着があるみたいかもしれないが ああ、今日毎年3回の恒例行事(母)ね… みたいな認識で数えていただけである。
「使用人が優しく育ててくれたから全然寂しくはなかったですけど…まあそんな感じでした。ティーグ様や姉上やジークと顔を合わせた回数なんてもう憶えてませんけどね」
へらっと笑ってみせるとティーグ様も口元を綻ばせた。
逐一報告したり、一緒に食卓を囲んだり、お茶をしたり、どうでもいい話をしたりした。数え切れないくらい。
「家族に執着するとしたら、もうとっくにこっちですよ。…父上」
「!……ああ。…そうだな」
ティーグ様が眉をまた八の字にして、少し目を潤ませていた。
俺は照れくさくて目線を逸らして頭を掻いた。何となく今まで父と呼ぶ機会を逃してきたけど…多分、悪くないタイミングだろう。
姉弟にもチラッと部屋に顔を出して「今日は有難う」と伝えた。
姉上は「なかなか良かったわよ。公爵家の御力添えに感謝なさい」と彼女にしては素直なお褒めの言葉をくれた。
ジークは「私はお役に立てなくて…姉上を見習って、毅然とした態度を取りたいです」と謙遜した。以前のように自分の無力さを嘆く感じではなく、前向きな顔だった。毅然、まではいいとして…ジークが姉上くらい辛辣な言葉を吐くようになったら俺は泣くけど…。
※※※
「…辞めて来たぁ?!」
数日後。シャムスは公爵家のお抱え治癒師を辞めてきたという。昨日からスカルラット領に来てずっとバドルと話をしていたそうだ。
「元々、とっくに引退していていい年齢ですので滞りなく引き継ぎして参りました。今後についてのお話をアマデウス様にも聞いて頂きたく…」
楽師全員にも話を聞いてほしいというので応接室から音楽室に移動すると、音楽室に入るなりシャムスは跪いて俺に深く頭を下げた。
「どうかこれまでの無礼をお許し下さい。可能な限りご希望に沿う罰を受けます」
無礼…俺を出し抜いてバドルと話をしようとした結果練習を邪魔したり、マリアを俺の愛人だと報告すると脅したり…確かに無礼といえば無礼だが。
「罰って…別にまぁ、もういいかなと思ってるんだけど」
「それでは私の気が済みませぬ。我が伴侶の命の恩人でもあると伺いました。それに…示しがつきませぬぞ、これから公爵家に入ろうという方が、格下に見下げられた時に何もしないというのは」
「あー~~~…」
俺が小さい頃にロージーを雇わなければ、困窮の後にバドルは風邪で命を落としていたかもしれなかったことを聞いたのだろう。あの時俺が本当に音楽の教師が必要だっただけなんだけど。
バドルは少し心配そうにシャムスと俺を見ている。
なんか謝罪されながら、無礼な真似された時にスルーしてたらナメられるぞ、と叱られている…。
シャムス、厳格な教師みたいな圧がある。言ってることも正しいんだろう。確かに俺はもうちょい敵意に敏感にならないといけないんだよなぁ…警戒心が足りないってこういうところか。伯爵家令息といえど男爵家出身だ、と侮られるのはもう慣れっこだし(あと嫌味言われても全員美形なので)怒りの感情がそもそもあまり湧かない方なのだが……成長するにつれ社交にはどんどん政治的な意図が含まれてくる。寛容、で済ませてはいけないことも出てくるのだろう。
でも今回はイレギュラーだろ!
シャムスがバドルのイイ人だったから強く出なかったんであって…罰と言われてもなぁ…。
「うーん…じゃぁ、これから先、私が頼んだらいつでも優先的に診てくれる?」
引退したがシャムスはまだしゃっきりしている名医。そんな人がかかりつけ医になってくれたらすごく心強いし。
「それぐらいでよろしいのですか?」
物足りなさそうな顔される。悠々自適な老後に急に働かされる可能性、普通に嫌でしょ。
「バドルを大事にしてもらわないといけないし、そんなキツいことはさせませんよ」
「…甘いですな、アマデウス様は」
シャムスは渋い顔をしながらもう一度深く頭を下げた。
もっと驚かされたのはそこからだった。
「では改めまして…今後のお話ですが。…ロージーとマリアを私の養子に取りたいと考えております」
シャムスの言葉に皆沈黙した。俺は反射的にロージーとマリアの顔を見た。二人ともぽかんとしている。
えっ、いつの間にそんな話に????? と思ったけど初耳だったようだ。良かった俺が仲間外れにされてた訳じゃなくて。
「私はこのスカルラット伯爵邸の近くの邸宅に引っ越しバドルと住むつもりです。アマデウス様がご結婚しシレンツィオに入られる時の為に元の家は残しているのでご心配には及びません」
「うん、そこまではわかる…」
こっちに別荘を買って、俺が移動する時は元の家に戻る訳だ。貴族の財力なら難しいことではない。名医やってたくらいだからシャムスは結構稼いでると思う。
「今ここの楽師たちは近くの集合住宅に住んでおりますが、全員我が家に置いていいと考えております。使用人もおりますし楽曲の打ち合わせなどもしやすいでしょう。嫌なら無理強いはしませんが」
お、おう。まぁそこまではわかる…。でも養子って??
シャムスはロージーとマリアに体と視線を向けた。
「バドルとよく話し合って決めた提案だ。どうしても嫌なら…勿論拒否しても良い。どうだ」
ロージーとマリアは案の定困惑した顔をしている。俺も。
バドルが少し困った笑顔で口を開いた。
「ロージーとマリアはこれから、アマデウス様の音楽を支えていく筆頭楽師です。平民のままでは不利なことが多過ぎる…貴族籍に入っておくことで、回避出来る危険が沢山あります」
この国の貴族の基本条件は、『爵位を持つ人間の親族であること』だ。養子も勿論貴族籍に入れる。
シャムスが冷たい目で言う。
「部下が侮られるのは主人が侮られるのと同じ。お主たちが身分も富も持たぬまま貴族の世界に出入りするのは武器を持たずに戦場に出るようなものだ。…アマデウス様の弱点になる」
「!…でも…どうしてシャムス様が、俺とマリアを…?」
理屈はわかっても急に養子になれと言われてすぐにハイとは言えないだろう。ロージーはまだ戸惑っている。
「…ロージーはバドルの息子のようなものなのだろう」
シャムスが拗ねたような顔になって言った。…それを見て何となく気が抜けた。バドルと復縁した彼が、バドルの息子(的な存在)の父親になりたがっている…そう思うと一気に微笑ましい。勿論他の利点があるから提案してるんだろうが。
「…俺…いや、私も師匠のことは父親のように思っていますが…そんな理由で?」
「お主もバドルと我が宅に来る気があるのなら、養子という名目の方が共に暮らすのにも抵抗が少なかろう。…先ほど言ったようにアマデウス様の利にもなる」
「……」
ロージーは難しい顔をしてシャムスとバドルを交互に見た。
「私は有り難くお受けしたいと存じます」
そんな微妙な空気の中マリアがそう言って頭を下げた。
「っ!?マリア、お前…」
「私は、とある貴族令息に執着された過去がございます。この身を守る貴族籍を賜ることが出来ればこれ以上なく良いお話です。断る理由はございません」
「あ……」
平民に貴族の命令を拒否することなど不可能に近いが、貴族同士であればあまりに一方的な要求は拒否する権利が一応、ある。平民の意思は無視出来るが貴族の意思は無視出来ない、という風潮というか…空気があるのだ。貴族の選民意識というやつだろうか。
イメージとしては楽師たちが平民の場合…感覚としては、『そちらの楽師をうちの子と結婚させたい』という要求は『お礼は勿論するからお宅の可愛いペットを一匹譲って下さらない?』くらいのノリ。『ペットが嫌がってるから』と言っても『大丈夫、大事にしますから!』みたいな感じ。ペットの意思など考えてくれない。
だが、楽師たちが貴族の場合…縁談を持ってくるにしても『お宅のお子様を是非養子にもらいたいです』くらいのノリにチェンジする。人権が生まれる。『本人が嫌がっている』と言えば良い条件を出して来たり機嫌を取ろうとするくらいには。
仕事上繋がりが強い格上の要求は断るのが難しいパターンが多いらしいけど…うちの楽師たちの上司は俺だから俺がいる限りそこはあんま心配要らないし。
貴族籍に入るの、めっちゃいいじゃん…。人権欲しい。
リーマス殿…流石に謹慎を経たら反省しててほしいけど、逆恨みしてマリアを狙って来ないとは言い切れないところあるし…。俺に手を出せずとも平民にだったら、罪は軽くなる可能性が高いからな。貴族籍に入っておけばその心配はかなり減る。
「…バドル様が私の事情を、シャムス様にお伝え下さったのですね?」
マリアが微笑みかけるとバドルも穏やかに笑んだ。
「マリアは見目が良いですからね…貴族籍に入れば多少安心出来るのではと思ったのもありますが…その話をする前からシャムス様もそのおつもりだったのですよ」
「えっ…」
マリアのストーカーのことを知る前から、養子に取る気があったと。皆がシャムスに注目すると彼はまた拗ねたような顔になる。なんかちょっと面白くなってきた。
「……演奏会で最も優雅な歌い手だったのはマリアだった。どこぞの好色な貴族に潰されては勿体無きこと。楽師としてこれからアマデウス様をお支えする重要な一人と感じましたので」
金色の目を持つ二人が視線を交わした。シャムスも若い頃見た目が良いせいで一悶着あったりしたのかもしれない。イケメンだったんだろうけど…言い寄ってくる相手をあまり上手いこといなせてなさそ~~~~~~。
「…嫌われているかと思っていましたが、私が浅慮でございました」
マリアがそう言って目を閉じるとシャムスはムスッとしたまま目を逸らして言った。
「…我が強く、色目を使わない女は嫌いではない。それに、この提案は結局のところお主らの為ではない、アマデウス様とバドルの安寧の為だ」
とうとうツンデレっぽいことを言い出しちゃったよ。
「…マリアのことは、内心では評価していたようですよ」
バドルがくすくす笑ってそう付け足した。




