沙汰
レナール子爵令息リーマス殿との一騒動は、ティーグ様に知らせない訳にもいかない。
あ~~~~やっっっべ~~~~…怒られるよな…と思いながら今日こんなことがありました、という形の報告書を書いて持っていき、目の前で読まれる。冷汗をかきながら待つ。
歌手としてマリア・スザンナ・ソフィアを雇用したことは報告しているが、三人の今もしくは元の職業までは報告していない。別にそこを明記しなきゃいけない決まりはないから敢えて報告しなかったのだ。だからティーグ様は多分マリアが元娼婦なのは知らないんだよな……
そもそもリーマス殿がこんなことやらかさなければ発覚しねーんだが!!!
ティーグ様は真顔で書面から俺に目を移した。怒ってそうなオーラに心がビクビクする。
「……ジュリエッタ様には?」
「あ、学院内に残っていらっしゃったので…一通り弁明して参りました…少し、ご機嫌を損ねたようでしたが、謝ったところ許して下さった…と思います、はい」
ジュリ様は拗ねた顔をして見せたけど、俺といちゃつく口実みたいにしてたから多分怒ってはいらっしゃらないと思う。先にマリアのことをちゃんと話していたのが良かったのかも。でも嫌だなとは思ってるだろうな…
「…お許し頂けたんなら良かった。まぁ、お前がふしだらなことをしているとは疑っていらっしゃらないだろう。公爵家の隠密に見張られながらそんな馬鹿をやるとは思っておらんよ、私もな」
ティーグ様は口元だけ笑って見せてくれた。どうやら怒られはしないようでホッとする。
「その…すみません、黙っていて」
「別に娼婦を買い取った訳ではなく、娼婦を辞めた女を雇っただけなのだろう?」
「はい、それはもう、正真正銘それだけです、いかがわしいことは何も!」
「それならお前は悪いことはしていない。…面倒な相手を引き当ててしまっただけだ。…愚かな息子を持って気の毒なことだ。レナール子爵家に抗議しておく」
ティーグ様が静かに怒ってるのは俺にじゃなくレナール子爵家への方のようだ。
順当にいけばレナール子爵が直接頭を下げに来て、リーマス殿は暫く謹慎になるだろうとのこと。
※※※
「―――わたくし、やはり男装しようと思います。お許し頂けますか」
俺が事の顛末を音楽室の皆に話すと、表情の抜け落ちた顔をしたマリアがそう言い出した。
「……ん?男装?」
「以前少しお話ししたでしょう。アマデウス様は悪くないとお思いのようでしたね」
「ああ、俺は別に構わないんだけど…狂人だと思われるって話だったよね」
「リーマス様のことでまたご迷惑をおかけしたでしょう。わたくしが男装をして、男に興味が無いことを表せば少しは疑いが晴れるのではないかと思うのです。髪を男くらいに短くするだけでもわたくしが愛人ではないという説得力が出ますわ」
「うーん…あ、責任を感じなくていいよ?俺に迷惑をかけたのはリーマス殿であってマリアじゃないからね、マリアも被害者だよ」
まぁこんな話聞けば責任感じちゃうだろうけどさ… 黒服パーティーで噂を聞いた誰かからその話を振られる可能性があるから楽師ズにも知らせて対策しないといけないんだ…話さない訳にいかないんだよな…
「…アマデウス様の婚約者のご令嬢に嫌な思いをさせてしまったのではないですか?」
「う…、まぁ…ちょっと…うん…」
「主の為だけではありません。わたくしも、娼婦のままと思われるよりも狂った楽師と思われた方がまだ良いと思っているのです」
真剣なマリアの顔を見て、俺は素直に(マリアが男装して歌ったら宝塚みたいだよな…)と前向きになった。日本だったら女子ウケは死ぬほど良さそうなんだがこちらではどうだろう。
黒服パーティーの演奏は俺以外のメインが歌姫三人。女性ばかりじゃなくて一人くらい男…ロージーも一曲歌った方がバランスは良いような気もしていた。…俺が女性歌手ばかり侍らせてるみたいに見える可能性も出て来たし。男装が一人いても良いのではないだろうか。
「しかし、男のように髪を短くするなんて…奇異の目で見られるぞ」
「そ…そうですね…それに勿体無いです、綺麗な髪なのに…決して還俗はしないと誓う敬虔な修道女なら短髪の方もたまにいらっしゃいますけれども…」
ラナドとソフィアが心配そうに言う。ソフィアは特に顔を青くして否定的だ。やっぱりこの時代観では女性にとっての髪、大事だよなぁ。切ることで出家した(俗世を捨てた)と思われるくらいってことだし。大丈夫だろうか、後悔しないかなぁ。
…と思っていたらスザンナが軽い調子で提案した。
「髪なんてまた伸びるんだし、一回切ってみてカツラにしておけばいいんじゃないかい?」
ラナドが感心したように顎に手を当てる。
「切った髪をカツラに?なるほど、良い考えですね」
「金に困った時髪を売る女はいるからね。金色に近い髪や長くて綺麗な髪は高く売れるって聞くよ。髪売った女は暫く頭に頭巾被って暮らしてるからわかるんだ。あたしは癖っ毛だし綺麗な髪でもないから売っても大した額にならんと思って売ったことないけど」
あっけらかんとしているスザンナの言葉にソフィアが痛ましそうな顔をする。
「あ…困窮して、売る為に髪を切るという話は確かに聞いたことがありますが…」
ソフィアは髪を売らねばならなくなった人に同情しているようだが、スザンナの言い方に悲壮感はそんなに無かった。髪に対する思い入れには当り前だが個人差があるようだ。
なんとなく有名な短編小説『賢者の贈り物』をモヤモヤと思い浮かべる。妻が髪を売るシーンがある。あと『羅生門』の死人の髪を抜いてカツラ作ろうとしてる老婆も浮かんだ。
しかし金色に近い髪のカツラは、違う色の髪の人が被った場合容姿の底上げということだから…(こっちではけしからんとされている)化粧みたいなものではないだろうか?いいのか?あ、もしかして娼婦や男娼が買ったりするのか?ウィッグとしてではなく薄毛を隠す目的としても、こちらの世界で髪が明らかに薄い人滅多に見ないけど需要あるのかな… あ、薄くなったのをカツラで誤魔化している可能性はあるのか。カラーバリエーション多いから同じ髪色のカツラさがすの大変そうだな……
カツラについて考え込みそうになったがとりあえず今それは置いておこう。
黒服パーティー本番の前に、一度完成した町の劇場で予行練習がてら演奏会をやる予定だけど、その時の町娘や奥さんたちの反応をよく観察しないといけない。町の女性にウケるなら貴族の令嬢にもウケは悪くないはず……
――――そもそもこちらの音楽の演奏の全体のクオリティは…前世ほど高くないのだ。仕方ない、多くの楽器を使う音楽は貴族や金持ちの娯楽道楽であって音楽を学ぶ学校も無い。演奏は機会が与えられた一部の人間のみが持つ教養。金がかかるから前世でもそういう面はあったけども。切磋琢磨して音楽家を目指すような環境も無いので熱心で技術の高い人間は明らかに少ない。音楽が出来る人口がそもそも少ないのだ。
頑張ってかなりピアノ上手くなったとはいえ、前世ではプロになれるかは正直微妙な俺が天才ともてはやされているのもそういう訳がある。
つまり何が言いたいかというと、もてはやされているうちにやれるチャレンジはやっておきたいということ。
色んなアイデアを試して出来れば流行させて、稼いで、音楽を広める為の資金にしたいよな…。黒い服は葬式だけとか、女性の髪は長くあるべきとか、異性装はおかしいとか、そういうの、多分なくなっても問題は無い固定観念だし――――――ブレーキかけること、ないか。
「切った髪をカツラに加工する職人がいるはずだよな…そこに頼めば出来るの?」
「ええ、町にそういう所がありますわ」
「そっか…では、もし男装によって不都合が出て来た時の為に自分の髪でカツラを作っておいて」
「はい。…では、お許し頂けるのですね」
「うん……うん。よし…そうと決まったら衣装を作り直さなきゃね…マリア!」
「は、はい!」
「―――――歌を聴いた女性、全員惚れさせるくらいの気持ちでやるんですよ」
「えっ!?…は、はい!承りました!」
黒服の流行に続いて男装の麗人は良いぞムーヴメントを作るという使命(?)が生まれてしまった。
マリアはよくわからないながらも頷き、他の皆は「え?どういうことですか?」「つまり“月光”は男視点に立って歌うってことですか?」「男装だからそうなるか」「戦の神様の“星空”がソフィアで女視点だから、丁度良いんじゃないかい」「伴侶ですからね、男女で表現した方がわかりやすいかもしれない」と話し合ってイメージを固めている。俺の楽師たち皆頭が柔軟で助かる。
ロージーの衣装と近いデザインで、マリアの体格に合わせた物を注文する。急なお願いだがマルシャン商会のお針子さんがすぐに来てくれて採寸し、てきぱき事が進んだ。
※※※
迷っていたがブレーキをかけないと決意して、もう一つ。
「ねぇバドル、ロージー。…この曲を黒服パーティーで歌えって言われたらどう思う?」
走り書きの楽譜を差し出すと二人は驚いた顔で受け取る。
「…今から一曲追加すると?…すごく良い曲だとは思いますが」
ロージーが食い入るように楽譜を見つめ、歌詞を一読した後バドルは困惑して俺の顔を窺った。
「……デウス様…もしや私の為に?」
「バドルに詞を整えてもらって、ロージーに歌ってもらえないかな~~~と。ほら、女性歌手ばかりだと穿ってみられそうな状況でしょう?マリアが男装でロージーが出れば男2女2でバランスが良いじゃん?男性歌手の切ない恋歌があった方が、女性もより楽しめそうだし。どう?」
質問を流して考えだけ述べる俺。バドルは楽譜をじっと見て、複雑そうに口元を緩ませた。
「話が出来ないなら歌で伝えろと仰るのですね…」
「…シャムスに気持ちが伝わるとは限らないけど」
「…急いで仕上げます。ロージー、歌ってくれますか」
ロージーは「勿論です、師匠」と良い顔で答えた。
翌日にはバドルが歌詞を整えてきて(徹夜したらしい。助かるけど歳なんだしマジで無理はするなとは言っといた)ロージーに伝授し、俺のピアノを伴奏に音楽室で披露した。スピーディ。
演奏が終わり、シン…とした部屋。数十秒後、マリアが喚いた。
「―――い……良い!!! わ、私もその歌歌いたいんですが!?!?何故ロージーにお与えに!?私っ…わたくしではダメですかアマデウス様!?!?」
「はぁ!?おいコラ、お前には“月光”があるだろ!」
「良い曲は全部歌いたいのよ!!!」
「贅沢を言うな!!!あとお前がこの曲を歌うと例のクズ野郎に実は未練があるのかと誤解されるぞ」
「た…確かに!!貴族がいる場では歌えない!あんの野郎どれだけ私に迷惑かけやがる!!クソが!!!」
マリアは口汚くなりながら床に手をついて項垂れた。マリアは普段クールなのに歌のことになると負けず嫌いでロージーやスザンナにちょくちょくライバル心を出しテンションが上がる。か弱い乙女のソフィアには強く出ると怯えさせると思っているのか優しいけど。
別に黒服パーティーが終われば好きなだけ色んな歌を歌えばいいが、暫くは担当の歌をひたすら練習だよ。
ロージーとマリアの高いテンションから視線を流すと、ラナドとソフィアとスザンナはなんと揃って泣いていた。
「素晴らしい…」と涙を流して手を合わせるラナド、「なんて…切ない歌っ…なのでしょう…うぅ」とハンカチで涙を抑えるソフィア、「…旦那を思い出しちまって」と静かに涙ぐむスザンナ。
全員なかなか感受性が強いとはいえこの歌の威力は抜群のようだ。
こちらの世界のラモネという果実が、地球のレモンとほぼ同じ形・色・味で助かった―――しかも、神話に少しだけ出てくる。
ラモネは、神話に出てくるあの世とこの世の間の川岸に生えている果物とされている。
川岸には“黄色い実”が生る木が生えており、川を渡る前に手を伸ばしてその果実を食べた者は命が助かる…という記述があるのだ。生前の罪が軽い者ほど手が届きやすい所に実があるとか。
地球でも林檎が知恵の実じゃないかと言われたり桃は邪気を祓うと言われたりする伝説があるが、そういう位置。
常緑樹かつビタミンが豊富で健康に良いからだろうか。
原曲。レモンをモチーフに、今は遠くにいる人への愛を歌った珠玉のバラード。
不自然な死の真相を探るミステリードラマの主題歌なので、死と別れを想わせる歌詞。
バドルは歌詞の内容はほぼそのままに、言葉尻を調整するくらいに留めた。前世の地球でないと解釈が合わない歌詞もあると思うけど、こちらのラモネの文化的背景のおかげでこれはこれで良い感じの歌詞になったと思う。死の世界の神でもある闇の神が、地上に戻ってしまった戦の神を想う歌と想定すると…戦の神がラモネによって生の世界に引き戻されてしまった、というような解釈が出来る。
闇の神視点の歌が二曲連続になるが、まぁ黒服パーティー自体が闇の神のイメージアップ作戦みたいなもんだから良かろう。
「…シャムスに伝わると思う?」
「はて。私は原曲に忠実に歌詞を付けさせて頂きましたよ」
バドルはしれっとそう返した。まぁ、バドルとシャムスが和解するきっかけになれば(普通にこの曲が聴きたいという欲望込み)…というのは俺の勝手なお節介なのでいいんだけど。「私の為に?」と言うくらいだから、この歌詞はバドルの気持ちからそうかけ離れてはいないのだろう。
一曲追加で演奏の練習も用意する楽譜も増えたし、ますます忙しくなってしまった(俺のせい)。
曲はおわかりでしょうが米津氏の曲です。




