傾国の美少女エイリーンの挫折
「エイリーン、俺にしておけ。ヤークートなんかよりずっと良いぜ」
「モルガン!また性懲りもなく…!エイリーンに近付くな!」
ああ、見つかってしまった。もううんざりという感情しか湧かない…。
ラングレー侯爵令息ヤークート様と、二つ年上のエストレー侯爵令息モルガン様。
真面目で将来有望だけど少々容姿が冴えないヤークート様と、なかなかの男前だけど態度が大きくあまり素行がよろしくないモルガン様。
侯爵令息二人に言い寄られているという状況はたまに「羨ましいわ」と言われたりもするが何も良くない。
最近私の傍に近付いては揉めている。最初はやめさせようと宥めたりもしたのだが、声をかけると「どちらを選ぶのか」「どちらがいいのか」と詰められる。まだ決めるつもりがないと言ったら牽制を繰り返すのに戻る。私の見えないところでやってくれないだろうか。いや、既にやっているのかもしれないけれど…。
最初は面白がって色めき立っていたお友達も完全に冷めて「またか…」という顔である。いつも一緒にいるお友達の令嬢には伯爵より上の家格の人がいない。意識して格上のご令嬢と仲良くしておけば良かった。同じ侯爵家くらいの方なら強く言って追い払っても角は立たないのに。
「困ります」「そう言われましても…」と困った顔をするだけの人形と化していると、背後から元気な声がした。場違いな無邪気な笑顔と目立つ真っ赤な髪。
「エイリーン様―!少々よろしいですか!」
アマデウス様……。この少年を見ると少し屈辱的な気分になる。
私はこの少年を惚れさせてやろうと思って度々優しく声をかけた。他愛のない話をして意味深に見つめたり褒めたりした。私のような美少女にそんなことされてのぼせない男子はそういない。もっと幼い頃は無意識にそうしてしまって沢山の男子に言い寄られてきたのだ。計算してそうしたのは初めてだった。
なのに――――――アマデウス様は一切心を揺らした様子を見せなかった。噂だとかなりの美少女に想いを寄せられていたようだが歯牙にもかけず、いつの間にか公爵令嬢の婚約者の座に納まっていたのだ。
婚約者のいる男性にちょっかいをかける訳にはいかない。品格を疑われる。
彼の婚約の報を聞いた時、私は深い敗北感を味わった……――――――
だが彼はそんな私の心中など知る由もなく。
私が話しかけなくても気軽に声をかけてくるようになった。音楽好き認定されたらしい。
「あ、あら、アマデウス様…わたくしに何か?」
「実はご相談したいことが…」
何か言いかけた彼の前にずいっとモルガン様が割り込んだ。
「お前はアマデウス・スカルラットか。噂ほどの色男には見えないな。…背は高いが」
アマデウス様は以前より少し背が伸びたようでモルガン様とほぼ同じくらいある。
「はぁ、お初にお目にかかります。ご存知の通り、アマデウスと申します、先輩。ええと…?」
「エストレー侯爵家のモルガン様ですわ」
私が教えるとアマデウス様は少し驚いた顔をして「エストレー…」と呟く。モルガン様はふん、と鼻で笑い「妹がお前に袖にされたと聞いてるぜ」と言った。
なんとまぁ… 侯爵家のご令嬢を!
確か噂になっていたのも別の侯爵家のご令嬢じゃなかったかしら?そこから公爵家のご令嬢を捕まえているのだから、本当に女誑しだったのね……格上をどうやってあしらったのか参考までにお聞きしたい。あ、早くから公爵家のご子息とご令嬢と仲良くしていたんだったわね。そちらに牽制してもらったのかしら…。
「そう言われると何だか人聞きが悪いですが…気を悪くされたなら申し訳なかったです」
「いや、気にしなくていい。母親の所業を盾にするようなやり方はせこいから俺は好かないしな。それより」
モルガン様がぐいっと肩を掴んで私を抱き寄せ「婚約者がいるのにエイリーンに言い寄るとはどういう了見だ?」と言った。
「モルガン様…!おやめくださ」
「モルガン!!!!!エイリーンに触るな!!!!」
ヤークート様が私とモルガン様を掴んで引き剥がす。よろめいた私が転びそうになったところ、アマデウス様に受け止めてもらった。
「おっと、大丈夫ですか」
「あ、ありがとうございます…」
「あっアマデウス!!エイリーンに触れるな!!」
「お前が押したからだろうが、本当に見苦しいぞお前の嫉妬は」
「お前がエイリーンを無理矢理抱き寄せたりするからだ!!婚約者でもないのに馴れ馴れしい!!」
「ヤークート、お前も婚約者じゃないのだからそんなことをいう権利はないだろうが!」
「令嬢に対する無礼な態度を注意するのは紳士として当然だ!!」
また始まった。虚無の顔になっているとアマデウス様はぽかんとした顔で二人の言い争いを見ていた。
どちらかを選ばないと終わらないのだろうか。選ばない私が悪いのだろうか。考えさせてほしいと言っているのに。
……疲れた、今は疲れているの、放っておいてほしい、そう言ったら周りは贅沢な悩みだと笑うだろうか……
「ス――――ッ…—――――――お二人とも!!!!!エイリーン様のお顔が見えてますか!!!!!!」
その大きな声に私も二人もお友達の女子たちもビクッと体を揺らした。
アマデウス様のよく通る大きな声。それが張り上げられて、聞かない訳にはいかない音量。
「好きな女性に、こんなしんどそうな顔をさせていることについて何か思いませんかね!!!!!!」
そう言われた二人はハッとして私の方を見て寄ってくる。正直こっちに来ないでほしい。
「っ…エイリーン…すまない、そんな顔をしないでくれ」
「ああ、お前は笑っている顔が一番美しい」
この顔をしているのは貴方たちのせいなのだけど……
そう思っているとアマデウス様が私の前に立ちはだかった。
「はいはいはい、距離を取って下さいよ。お二人とも婚約者じゃない上にこんな顔をされているんですからね」
彼は腕を広げて ハイハイ下がって!と人混みの整理でもしてるかのように二人を押し戻す。
ヤークート様が戸惑いながらも先に気を取り直して、「お、お前にそんなこと言われる筋合いはない!!お前こそ関係ないのだから下がっていろ!」と言う。「そうだ、お前他に婚約者のいる身でどういうつもりだ?」とモルガン様が責める。
アマデウス様がもう一度スゥっ…と大きく息を吸う。
「私はエイリーン様のお友達ですから、関係はあります!!!!!そして!!!!お二人はエイリーン様が、後ろの令嬢たちが、どんな顔でお二人の喧嘩を見てたか見えてましたか!!!!」
二人の少年が、周りの皆が、目を丸くして黙った。
「ここにいる令嬢たちでは貴方がた侯爵家の男子を追いやることも出来ず、ただ耐えるしかない!!!目の前で怒鳴り合ってる不快な光景を見ることしか出来ない!!!そんな迷惑なことをしていて、好かれる訳がないと思いませんか!!??エイリーン様に嫌われたくてそうしてるんですか!!??」
二人は驚いた表情で暫し固まっていた。
そして「す、済まない、エイリーン…」「ああ…悪かった…」と神妙な顔で大人しく謝罪をしてきた。
私は爽快感で震える胸と笑いそうになる顔をぐっと抑えて悲し気に言った。
「…アマデウス様の仰る通り、わたくしがお二人を嫌いになってしまう前に、お帰り願います…」
※※※
ヤークート様とモルガン様がいなくなってから、お友達の令嬢たちはアマデウス様を取り囲んで褒め称えた。
「すっきりしましたわ~!!」
「よく言って下さいました」
「わたくし、アマデウス様の楽譜いつか全部揃えます!」
きゃいきゃいとはしゃぐお友達たちの笑顔で私も気が抜けて笑う。
「いえ、出しゃばった真似をしまして…お許し頂けますか、エイリーン様」
少し困ったように綺麗な新緑の目を向けてくる。
「…正直困っていましたから、非常に助かりましたわ。御礼申し上げます」
アマデウス様は今は伯爵令息だが、未来の公爵夫だ。
もう少し乱暴に追い払っていたとしてもあの方たちは引き下がらざるを得なかっただろう。でも私の感情を優先しろと説教しつつ嫌われるぞと脅したことであの方たちも反省してくれたようだし、アマデウス様と禍根を残すことにもなっていないようだし、上々だ。
空き教室に移動してアマデウス様から受けた提案は、黒服で行うというパーティーの企画。私に黒い服の広告塔になってほしいという申し出だった。了承したら私にはピアノの進呈までするという。
…黒い服を、流行らす…それは、おそらく黒髪を持つ婚約者、ジュリエッタ様の御為に。
今までの流れもあってお友達も皆乗り気だった。私ならきっと素晴らしい成果を上げると持ち上げてくれる。
「……いいでしょう、謹んでお受けしますわ。パーティーに出てる殿方全員の目を釘付けにしてやりましょう」
「流石です、ありがとうございます!」
……しかし、きっと貴方の目だけは釘付けには出来ないのでしょう。
家に帰るまでは我慢しなければ。
そう思いながら馬車に揺られ、帰宅し、家に帰ると急いで部屋に駆け込んで泣いた。
別に失恋なんてしていない。アマデウス様に恋なんて断じてしていない。
気付いただけ。
彼のような人に愛されたかったと。婚約者の為に常識の方を変えてしまおうとするような愛、そんな愛され方が心底羨ましいと。彼のような人はそうそういないと。
そんな貴重な人はもう売約済みで、私の手には入らないのだと。
私の人生で初めての、大きな挫折。
それがたまらなく悔しいだけ。
……それだけ。
――――何年か後にはこの気持ちを淡い初恋と呼ぶかもしれないと思ったけれど、今はそう思うことにした。
両親にいたく心配されてしまったので、泣いた理由はヤークート様とモルガン様のせいということにしておいた。
以前、あんたの母親がうちの叔母を虐めたんですけど!パシリになりなさいよ!と絡んできたエストレー侯爵令嬢がモルガンの妹です。




