豪商の息子
シャムスの経歴を調べるために図書館へ。
図書館には『爵位継承図』がある。代替わりになる度に司書が書き足し書き足し、紐で綴られファイリングされているのだ。代々の爵位持ちの人物ならこれでわかる。
顔見知りの司書さんに目礼して、頭文字スの巻をペラペラめくる。スローン伯爵家…あった。今の当主、先代、先先代…シャムスの名前は無い。
王家以外の家系図は公にはあまり詳しく残されない。記録があるとしたらその家にだけ。細かいことまではわからない。多分先代くらいがシャムスの継ぐはずだった時代。実際継いだ人は弟とか親戚とかだろうか?名前をメモして持ち帰ることにする。バドルが知ってるかもしれない。
本を棚に戻して、前に途中まで読んだ希少動物図鑑を取りに行く。
今日は単独行動だ。
リーベルトはハイライン様とペルーシュ様と院内の訓練場に行った。騎士になるかもしれない生徒は放課後訓練出来る。先輩後輩と交流する場でもあり、上手くいけば就職に繋がったりする。
皆が訓練しに行く日、俺は割と図書館に行って本を読み耽っている。アルフレド様がたまに付き合ってくれて勉強したりもするが、美の化身がいると他の生徒が浮足立ってしまい集中出来ていないのがめちゃくちゃわかる。アルフレド様もそれがわかるようであまり頻繁には来ない。
ふと、人の話す声が耳に届いた。図書館は静かに、と貼り紙がされているとはいえ多少話すくらいなら問題ないが、ガタンという物音と共に。司書さんはそれに気付いているように目線を向けたが、少し気まずそうにカウンターの作業に戻った。
……何だ?今、見て見ぬ振りした?
本棚の奥、壁の方を覗いてみた。すると人気が無い一角で先輩と思われる三人の男子が座っている男子を取り囲んでいる。
もしや―――――――――い、いじめ、か……?!
貴族の子供たちは基本的に育ちが良いからか(?)、いじめと言っても大抵遠回しな嫌味を言ったり村八分にしたりといった陰湿系だった。今まで俺は直接暴力系のものは遭遇したことが無い。騎士団関係では訓練にかこつけて多少あると聞いたことあるけど。
ドキドキして様子を伺うと、やっぱり悪いことをしている自覚があり周りを警戒していたようですぐに気付かれた。
「っ!おい」
「!…アマデウス…!」
小声で俺の名を呟いて、慌てる二人。見た所5、6年生だと思うが俺を知ってんのか。
4~6年生とは校舎も別だし積極的に交流しない限りほぼ関わりが無い。同じ学年の格上は把握しているものだが、学年が違うと侯爵家から上辺りしか把握していないものらしい。覚えらんないよな、流石に全部は無理だわ。
俺は伯爵家だがイレギュラーだ。まあ公爵家の婿(暫定)だもんな。
いじめ側と思われるもう一人はぴくっとした後落ち着いた様子ですっと振り返って俺を見た。
その少年の目が妙にギラギラとしていて俺は一瞬息を止める。
――――な、何だこの人…コワ…アドレナリン出てんのかな……と思いつつ、見つかったからには何も言わない訳にもいかんと「あの~~…何してるんですか…?」と控えめに声をかけた。
「い、いえ。何も…」
「行くぞ」
男子三人はそそくさと去った。公爵家(暫定)パワーすげー。目がギラついた一人はじっ…と俺を数秒凝視してから去った。怖い。
座り込んでいた暗い緑の髪の少年は顔を上げると不思議そうに去った三人を見ていた。
「…君は…?」
銀縁の眼鏡に黄緑の綺麗な目を訝し気にして少年――少年と言っても先輩だけど――俺を見た。
「えっと…お怪我などはないですか。あれ、貴方は…」
俺はこの先輩を知っていた。顔だけ知ってる。図書館にいつもいる先輩だった。いつ行ってもいるので自然と覚えた。常連だ。
揃い過ぎないマッシュヘアの厚い前髪に眼鏡で、アルフレド様にも目をくれず黙々と本を読んでいる美男子。肌にそばかす等もなくこっちの美醜観でも美男子の筈。
お手本みたいな理想の文系美男子だ~~~!と思っていた。
「図書館にいつもいる先輩じゃないですか」
「…まぁ、いるが…君は、あの三人の知り合いか?」
切れ長の瞳で軽く睨むように見られる。この人は俺を知らないようだ。結構図書館で遭遇してるんだけどな。まあこの人本しか見てないからな。
「いえ、知りませんが…身分的に格上だと思って逃げたのではないでしょうか」
「ああ、君は…伯爵家以上の子息なのか。なるほど…あいつらは子爵家と男爵家だからな…」
彼は軽く服の埃を払いながら立ち上がった。平気そうだ。気が弱いとかじゃなく態度がふてぶてしいことで目をつけられたタイプっぽい。格上とわかっても俺に敬語を使わないし。
一応、学院内では先輩が後輩に敬語を使う必要は、ない。
学院内では身分の上下によって差別してはいけない…という決まりがあるのだ。始まりは格上の身分の生徒に身分の低い出身の教師が侮られたり命令されたりしない為の決まり事だそうだが。
生徒も学院内では平等ということにはなってはいるが…一歩外に出れば、卒業すれば、身分の上下がものをいうのだから学院内でだけ格上に対等に接しようなんて人はぶっちゃけ全然いない。なのであってないような決まりではあるが、いざ差別された時には役に立つのだろう。…多分。
別に俺は敬語を使われなくてもいいからいいけど。先輩だし。
「私は…俺は、スカルラット伯爵家次子アマデウス、一年生です。先輩のお名前をお聞きしても?」
そっちがそうくるならいいかと、少し砕けた言い方で自己紹介した。
「…マルシャン男爵家三男、ディネロ。6年だ… 一年生?!嘘だろう?!」
「ああ、割と背があるからよく上に間違われますけど」
俺は今170センチ前後くらいだ。同学年のうちでは高い。170ある生徒は同学年だとほぼいない。ディネロ先輩とはほぼ同じである。大人だともっと高い人は結構見るので、こちらの世界の人は背が伸びる時期がもう少し後なのかもしれない。
「…4,5年かと思った…そんなに年下に……結果的に助けられたので礼を言う」
くっ…と悔しそうに彼はそう言った。5歳年下に助けられるのはちょっとプライドが傷付くお年頃だな。
「何で囲まれてたのか訊いても?」
「…僕があいつらより金持ちで成績も良いからやっかんでことあるごとにケチをつけてくる。あと、僕の家は爵位をもらったばかりの新興貴族だからな」
「え、じゃあご実家はもしや商家ですか?…ああ!マルシャン商会!?」
「ああ、そうだ」
マルシャン商会はこの国でも有名な商会だ。国から出ていかれたら困るレベルの豪商は爵位を与えられることがある。
「拡声器と扇風機作った商会ですよね!?」
「正確に言えば国の魔道具開発局との共同開発だが…拡声器は父が量産に成功したんだ」
先輩は得意げな顔になった。家のこと誇りに思ってるんだな。
そう、この世界には扇風機がある。ネジ式の。
髪を乾かす時に使っている。空気が乾燥しているのですぐ乾くのだが、あるとより早く済むので助かる。扇風機にも拡声器にもマルシャンとロゴが付いているので覚えていた。
「ぅうわー!拡声器にはいつもお世話になっております!あれ、ずっと仕組みが気になってるんです!普通に音だけ拡大したらもっと雑音が入るはずなのに、声や楽器の音をちゃんと選んで拾ってますよね!?」
「仕組みに関しては魔道具開発の研究員に聞いてくれ、商会は材料の改良とか…売る方だ」
「量産して頂いてありがとうございまーす!!使ってます!!」
「声が大きいな君は!もう少し抑えろ!」
「そうだ図書館だった、失礼しました」
先輩はやれやれという体だが満更ではなさそうに俺に「拡声器をそんなに使うか?」と言った。
「歌とか楽器に使いますね」
「歌?ああ、劇場でも経営しているのか?」
「まぁそんな感じです」
今度から町の講堂を買い取って演奏会に使う予定だから間違いではない。今改装中だ。貴族は劇団のパトロンをしている人もちょくちょくいる。そういうのは大体王都に腰を据えているようだけど。
「しかしマルシャン商会の人に喧嘩売るなんて…こういっちゃなんですが残念な人たちですね」
元平民だからといって商会を甘く見ると痛い目合うと思うけどなぁ。商会は優先して良いモノを卸す先は選べるし足元を見てふっかけることも出来るのだ。
俺は今や結構な有名人の筈だが、ディネロ先輩が俺を知らないのは新興貴族だから貴族の噂や情報を仕入れる機会があまりないのかもしれない。それとああいう連中に目を付けられているせいで貴族の友達があんまいないのかもしれない…。
「そうだな、あいつら短絡的なんだ…レナールの奴は最近特に荒れている、何があったか知らないがいい迷惑だ」
「…え…」
ディネロ先輩は少し顔を顰めて腹をさすった。平気そうだと思ったけど見えない所を殴られていたのか。そして聞き捨てならない名前を聞いてしまった。
「…もしかして、さっきの…俺をすごい目で見ていた人、レナール子爵令息リーマス殿ですか…?」
「見てたかは知らんがあの中の茶髪がそいつだ」
……マリアに暴力振ってた人だ――――――――――!!!!そしてマリアを俺に寝取られたと思ってるだろう人!!!!!!
そりゃそんな目にもなる~~~!!性格的にいじめ、してそうだわ~~~~…うわ~~~~~~……。
「…どうした?君もあいつに何かされたか?」
ディネロ先輩は心配そうに俺を窺う。知り合ったばかりなのに良い人だ。
「いえ…まだ何も…」
「まだ…?」
どっちかというと、した方、かな…?マリアを横取りした方。いや、マリアが逃げた所を雇っただけだけど…。




