バドルの過去
音楽室に戻ると皆が窺うようにこちらを見た。ポーターにはバドルとスザンナを連れ戻してもらいに行かせている。
ロージーがそろそろと寄って来て聞く。
「…穏便に済みました?」
「うーん…微妙!」
バドルとスザンナとポーターが戻って来てから、俺はシャムスに脅しをかけられたことを話した。情報共有という名の愚痴。
平民組は憤慨したが、貴族組は不可解というような感情を表す。
「デウス様が本当に浮気していたなら効く脅しかもしれませんが、仕える家の令嬢の婚約者に対してそんなことを…危ない橋を渡り過ぎでは…」
ラナドが納得いかない顔をする。ポーターもそれに頷いた。それほどバドルと話したかったのか、…よっぽど俺に信用がなかったってことかな…。
「…いっそ男装でもしたら良いでしょうか…」
マリアが割と本気の声で言ってロージーが呆れたように「何を言ってるんだ」とツッコんだ。
「良いね男装、絶対似合うじゃん。男に言い寄られなくなるかもしれないし」
俺は軽い気持ちでそう言ったが皆は微妙な顔になる。
「…異性装などしていたら狂人と思われますよ…」とラナドが控えめに俺に教える。そ、そうか…。
俺の感覚では前世の影響もあって女が男の恰好をしていても何とも思わないかカッコいいだけだが、多分こちらの世界だとセーラー服おじさんくらいの衝撃があるんだと思う。女性はほぼ男装の麗人になると思うしムキムキマッチョ以外なら全員女装が似合いそうな顔してるくせに。
地球のキリスト教あたりでは異性装や同性愛は迫害を受けた歴史があるが、こちらは神話の神に性別がないしタブーという訳ではないんだけどな。ラナドの言いぐさからしてもヤバい人と思われるくらいで済むっぽい。しかしヤバい人だと思われたら現代日本よりもずっと暮らしにくいと思うから、気軽にやっちゃえとは言えんか…。
「…ジュリエッタ様にお知らせしておいた方がいいのでは?彼が今後もアマデウス様の評判を落とすようなことをする可能性はあるかもしれません」
ポーターが淡々と告げる。ジュリエッタ様も言ってたもんな、俺に態度が悪い奴がいたら教えてくれって。それはそう。そうなのだが……
「……公爵家に報告したら…シャムス様は、どうなるでしょう」
バドルが少し沈んだ表情でぽつりと言った。クビにならなかったとしても立場は悪くなるだろうな…。
「…報告してほしくなさそうだね、バドル」
「…いえ、そんなことは申せません」
そう言う時点で報告してほしくないと言ってるようなもんだ。
「…うーん…シャムスの態度は、俺に対してどうこうじゃないんだよね。バドルと話をするのを邪魔する奴に対して何とかしようとしてるだけで。だから俺個人に対して何か悪い感情がある訳じゃないんだよなぁ…それに俺がクビになるぞって脅し返したから多分下手なことは言わないと思うし…」
「見逃すつもりですか?」
「…敵視してくる相手に情けをかけていたら、いつか足元を掬われますよ」
俺が日和るとロージーとポーターが圧をかけてきた。座っている俺に両側からイケメンが見下ろしてくる圧。
そうは言ってもさぁ~~~!バドルがシャムスを追い詰めたくないみたいだしさ~~~!!
まだ実害無いし、人を良くない方に追いやって逆恨みとかされたくないしさ~~~…実害が出てからじゃ遅いって言われたら仰る通りですが……
俺がうんうん言って悩んでいるとバドルがゆっくりと皆の顔を見回して言った。
「……デウス様。ロージー、ラナド様、ポーター様…マリアさん、スザンナさん、ソフィアさん。私とシャムス様の過去の話を聞いて下さいますか」
「…いいの?話したくなければ別に…」
「いいんです。考えていたのですが、皆に蟠りを抱かせたままにさせるほどのことでは無いな、と思い至りました。ややこしい話では無いのです。少々恥ずかしい話ではあるので…ここだけの話にして頂きたいですが」
静かになった皆はそれぞれ期待するような目でバドルを見つめている。気になっていたから話してくれるなら聞きたい、という気持ちが出てしまっていた。
「…お茶を用意しようか」
目配せするとポーターが静かに用意を始めた。
※※※
「私はナサローク男爵家の第二子として生まれました。ナサローク領はここより南の方にありましたが…もう他の領の一部になっています。私の父が税金を私用に使い込んでいまして…。お取り潰しになったのは私が学院を卒業する直前でした。
私は父の妾で平民のメイドから生まれました。母は私が9つの頃、流行り病で命を落としました…もう60年ほど前になりますか。『トーポ病』で大量の死者が出たのは」
「村の長老から聞いたことあるよ、聖女様が収めてくれたやつだ」
スザンナが言った。俺も確か本で読んだ気がする。直近で『聖女』が活躍した事例、流行り病にかかった人間を治療して周った話。
聖女というのは端的に言えば尋常じゃない魔力を持って生まれた治癒師である。規則性は無いが何かしら大病が流行る時代に生まれ、何故か必ず女性だそうだ。普通は命に関わる病を治療するのは優れた治癒師でも一日に十人程度が限界だが、聖女と呼ばれるほどの人だと一日に百人近く治して見せたという。
「その時の聖女様はリデルアーニャ公国内を周り病を治して下さってましたね。ウラドリーニからも平民が聖女様に助けを求めて大勢隣国に駆け込み…貴族は国内で腕の良い治癒師を求めて右往左往しておりました。残念ながら母は間に合いませんでした。…母が死んでから、父は私に興味をなくしたようでした。父は母を愛していたけれど、その息子には情がなかったのです。罵られたりはしませんでしたが、私は使用人と同じ扱いを受けて育ちました。
―――貴族学院で時折図書館の裏で楽器を弾いていたところ、シャムス様と出会いました。親しくなり、三年生の頃愛を告白されて恋人になりました」
「……へっ?!―――あ、付き合ってたの!?!?」
さらっとカミングアウトされてびっくりした。他の皆もぽかんとしている。ロージーとポーターは同じタイミングでブフッと茶を吹いた。ロージーはゲホゲホとむせて、ポーターは慌てて机を拭いた。
今は二人とも爺さんだからびっくりしたが、シャムスはかなりの美形だったようだしバドルも肌が綺麗だから美青年だったんだろうな。なるほど…恋人か~~~~~~~……そっちの可能性は全然思い至らなかった…。
「…腑に落ちましたわ。あの方、わたくしを見る目が妙に敵意に満ちていて…あんな目でわたくしを見てくる男は過去に苦い経験をした相当な女嫌いか同性愛者だと相場が決まっていると思っていましたの。口には出しませんでしたけれど」
マリアがウンウンと納得した。
ラナドは驚きつつ「まぁ、珍しいですが聞かない話でもないですね」と冷静だった。
貴族社会で同性愛は性癖の一部として知られているようで、愛人に同性を囲っているという話は時々聞くレベルのようだ。俺は実際に聞いたことはないけど図書館の本で読んでそんな感じだと知った。ラナドと違ってポーターが動揺しまくってるのは既婚者と独り身の違いか、若さか、はたまた交友関係の違いか。ポーターは堅物なので友達もスキャンダルの話とかしなさそう。
バドルは普段と変わらない微笑みで話を続けた。
「話が冒頭に戻りますが…証拠を集めて私の父の悪行を暴いたのは、シャムス様だったのです」
「えっ?!恋人の父親なのに…?」
「今思えば、悪行を糾弾するのは当然のことと思えますが…、当時は私も『どうしてそんなことを』と彼に問いました。すると彼は『ずっとお前を虐げて来た家族だろう、嬉しくないのか?』と…『安心しろ、男爵家はお取り潰しだがお前はうちで雇う。私の侍従になればいい。私は婚約者と結婚するが義務を果たすだけだから何も心配はいらない』と」
「お、おう………」
シャムス、若い頃から結構自分の判断に自信満々だったんだな……
「結果的に彼は何も間違ったことはしていないのですが…当時の私は悩みました。私は、案外家族のことを悪く思っていなかったのです。平民の母の子である自分が使用人として扱われることをそこまで理不尽とは思っていなかったし、母が生きていた頃は可愛がられていたし、父が母を愛していたことを感じ取っていました。父を憎めなかったのです…
…父は牢に入れられ、家は売られ、跡継ぎだった筈の兄は婚約を破棄され、実母を養う為に騎士団の二等兵になり… 私はシャムス様に対して、愛しているのか憎んでいるのかわからない、複雑な思いを抱きました。
…伯爵家の嫡男であったシャムス様には、結婚と子作りは義務です。シャムス様は私を愛して下さっていましたが…婚約者のご令嬢はシャムス様に想いを寄せていらっしゃいました。彼とその妻と子を傍でずっと見続ける人生への恐れ、いつか見放されるかもしれないという恐れと、彼の妻を酷く苦しめるかもしれないという恐れ…
悩んだ私は…彼の傍にいることは出来ないと思い、話をすれば決心が鈍ると思って何も言わずに旅に出ました。…リュープを持って」
身を引いたような形だ。多分シャムスに恨まれるとわかっていて。
俺はちょっと泣きそうだった。バドルは穏やかな顔だったが、皆少し悲し気な顔で黙っていた。
シャムスは『何故自分に黙っていなくなったのか』と聞きたいんだろうか… …ん?
「でも、シャムスって治癒師になってるよね。伯爵じゃないけど…伯爵を引退してから治癒師になったのかな」
「そういう例は聞いたことが無いので…若い頃から治癒師だったと思いますが」とラナドが言う。
「…もしかして、後を継がなかったのかな…」
…調べてみないとわからないな。バドルを失った後シャムスがどうしていたのか。
バドルは「てっきり伯爵になられて、もう引退している頃かと思っていましたが…」と言う。
「…バドルはシャムスと話したいとは思わないの?」
「正直、何を話していいかわからないのです。今更あの頃のことを話したところで彼を傷付けるだけのような気がして…上手い嘘があればと考えていたのですが、考え付きませんでした」
「そっか…」
本当のこと言っても嘘言っても怒りそうだし傷付きそう。つまり話さないのが正解。
正解…かなぁ…?
傷付けちゃえばいいじゃん。シャムスは自分の非をちゃんと知りたいのかもしれない。でもバドルはシャムスをわざわざ傷付けたくないんだもんな…シャムスを傷付けることで自分も傷付くんだ、きっと。
つーか傷付く傷付かないってウダウダと、いい大人に対して過保護だな。…好きな人には過保護にもなるか。
「…話してくれてありがとう、バドル。シャムスの行動に納得がいってすっきりしたよ」
「いえ、煩わせてしまい申し訳ありませんでした。皆、気が散って演奏に集中しきれない様子でしたしね…」
皆気まずそうな顔をした。
バドルが言い渋っていたのは、過去の話をすることでの性的嗜好を暴露することを避けてのことか。勝手にシャムスのそれを話すことにも抵抗があったんだろう。でもシャムスの俺への危うい態度を聞いて思い直したのだ。
バドルのイイ人を、俺が蔑ろに出来る訳ないじゃんね……
そう、―――恐らくシャムスの為に話したのだ。
「やっぱり一度、腹を割って話した方がいいんじゃない?」
「デウス様のご指示ならばそう致しますが…」
「…命令なんてしないけどさ」
黒服パーティー、シャムスも来そうだよなぁ。シレンツィオでやるし堂々と突撃して来そうだ。とりあえずシャムスの経歴とか調べてくるか…バドルが話す気になるかもしれない。年寄りの痴話喧嘩なんて長くするもんじゃないよ。いつ死んじゃうかわからないんだし…真面目に。
(注意書きに《ボーイズラブ要素有》を足したのはこの部分の為です)




