対立
「デウス様…お体は大丈夫ですか?」
「え、ああ、元気でしたよ、ご心配には及びません」
次の日。
学院で会うとジュリ様が心配してくれたけど俺はあの後も普段と変わらず元気だった。シャムスは今日シレンツィオ領に帰るはずだ。
「でもうちの治癒師が『もう少し様子を見たい』と滞在の延長を申し出たそうなのですが…あと二日ほどそちらにいることになったと…デウス様の具合がよろしくないのでは…?」
「えっ?!」
しゃ、シャムス~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!職権乱用!!!
多分「もう少し様子を見たい」のはバドルのことであって嘘ではないようだけど何してんだ!
家に帰ると本当にシャムスがまだいた。
朝に「それではお世話になりました~」と挨拶してから学院行ったのに、普通にいるんかい。延長になったこと言えよ。
シャムスは何故か不機嫌そうにのっそりと俺を見た。
「…アマデウス様の楽師の若いのは、何故あんなに無礼なのですか。まるで言うことを聞かないのですが」
―――ロージーとマリアのことかな。ラナドもまだ若いけど。
「…なるほど?私がいない間にバドルと話をしようとしたら、邪魔された訳ですか」
図星のようで彼は渋い顔をした。それで朝、滞在が延長になったこと言わなかったんだな…対策されたら困るから。
こすいことするなぁ!
渋い顔したいのはこっちなんですけど?!
音楽室に向かうと案の定、キレそうな顔をしたロージーとしかめっ面をしたマリア、困った顔のラナドとソフィアがいた。
「…バドルとスザンナは…?」
「師匠とスザンナにはこっそり家に戻ってもらいました。あの人がいると演奏に集中出来ないので」
ロージーが吐き捨てる。
何があったか聞くと大体予想通りだ。
もういないと思っていたシャムスが来て、バドルと二人で話をすると連れ出そうとした。
ラナドが「アマデウス様の許可がないと」と抵抗し、ロージーが威嚇すると一触即発だったがマリアが前に出て「アマデウス様がお帰りになってから判断して頂きます」と突っぱねたそうだ。
男が前に出ていたらヤバそうだったが女に立ちはだかれるとシャムスも力でどうこうという訳にもいかないと思ったのか、引き下がったそうだ。
ぷるぷる震えながらソフィアがマリアに尊敬の眼差しを向ける。
「怖かったです…マリアさんは凄いです、お貴族様のご意向に逆らうなんて私には…」
「いやそれでいいのですよ。本来、平民が対応するべき場面ではありませんから…助かりましたが、本当はマリアも前に出るべきではなかったですよ。普通は平民側が罰せられます」
ラナドがどんよりと溜息を吐いた。
「バドル様を守ろうと動いたことでアマデウス様は罰したりなさらないと、ちゃんとわかって行動していますわよ」
マリアは顎をつんとして堂々としていた。流石一度は死を覚悟して男爵令嬢をボコろうとした女、肝が据わっている。
「良い判断でしたよ、ありがとう。皆がしっかりしてくれてて助かった。…練習の邪魔をするのは、駄目だな」
俺が少々怒りを込めてそう言うとロージーが落ち着いた顔になり「…穏便に追い払ってきて下さいね」と言った。はい。穏便にね。
「…それにしても、ああまでしてバドル様と何をお話ししたいのでしょうね…」
マリアが当然の疑問を呟いた。沈黙が下りる。皆気になっているだろうが、バドルが話したくないのなら仕方がないとわかってはいる。わかってはいても、複雑な心境になったり付き合いの長いロージーが不満顔になるのは仕方ないだろう。
「私の体調には何の問題もありませんので、シャムスにはお帰り頂くということでよろしいですか」
「お前がそう言うなら構わないが…本当に何ともないのか?もう少しいてもらうくらい良いのでは」
直談判しに行くとティーグ様が案じるように俺を上から下へ眺めた。治癒師がもう少し様子を見たいなんて言えば何か問題があるのかと心配するよな。心配さすな。
横にいるシャムスはむっつりと黙っていた。俺の具合が実は悪いとか嘘は吐かないで良かった。そんなリスクは流石に冒さないか。
「伯爵家の治癒師に対応出来ないような病に、何の兆候もないってことは無いでしょう」
「…そうだな」
何の予兆もない大病は珍しいしもし大病なら数日でどうこう出来るものでもない。シャムスがいる意味なんてそれこそ公爵家の気遣い以外にないのだ。よしよし、ティーグ様がシャムスを帰らすことを説明した手紙を書いてくれたので万事解決である。
「…そういう訳で、シャムスは速やかにお帰り下さい。お世話になりました!」
雑な対応で悪いが己がめんどくさいことをしてる自覚はあるだろう、とっと帰ってくれマジで。
するとシャムスは思いつめたような顔で口を開いた。
「…あの見目麗しい女楽師は、アマデウス様の愛人ですかな?」
「は?」
「ジュリエッタ様という方がいらっしゃるのに、奔放ですな。妾を取ることは許されているのですか?」
「…何言ってるんですか」
「このことをジュリエッタ様がお知りになれば、嘆かれることでしょう…」
このこととは。
…『俺がマリアとデキてる』って?(デキてないが)
つまり…『浮気をチクられたくなければこちらの要求を呑め』と…脅しをかけられている?
……らしい。
「―――――――ほぉ。そういうこと言っちゃうんだ。それならもう気を遣う必要はないですね」
俺がマジ怒なのがわかったのか冷たい表情だったシャムスは眉を寄せた。
「どうぞ、言えばよろしい。ジュリ様はちゃんと説明すればわかって下さいます。それに、私の潔白は公爵家の隠密が証明して下さるでしょう。付いているそうなので」
「!」
知らなかったようで彼は驚いた。そりゃそうか、隠密の動向なんて治癒師に教えないよな。
「不確かな情報で主をいたずらに不安にさせるような治癒師が、公爵家にいるのは良くないですね。シャムスもそう思うでしょう?私から進言しましょうか」
シャムスはわかりやすく恐れおののいた。
貴族は名誉を重んじる。公爵家をクビになったという経歴が残ることはものすごい痛手なのだろう。多分俺が想像するよりずっと。
こんな上から脅すようなことは言いたくなかったが、脅されたんだから仕方ないと思っておく。
俺だけならともかくジュリ様を巻き込んで不安にさせるのは許せないので。
シャムスは悔しそうに歯噛みして俯いた。諦めたのだろうと判断して俺はそのまま廊下に彼を残し音楽室に戻る。
バドルと話したいというだけでこんなに悲痛な顔をする彼のことが気にならない訳ではない。
……しかし事情も知らないのに可哀想と思うのも、お門違いなんだろう。




