宴の準備
翌日音楽室に行くと、ロージー、ラナド、マリアが楽譜とリュープを抱えながら作詞に勤しんでいた。
「おはようございます」
俺が行くと皆こちらへ体を向けて頭を下げてくれたが、その様子にシャムスは顔を顰めた。下の者の振る舞いとしては立ち上がってしっかり礼をするのが正解だからだろう。
「いちいち立ち上がらなくていいと私が言ったので、そんな顔をしないで下さい」
シャムスは俺のことを(これだから若いもんは…)と思ってそうな顔で見た。
「…そうですか」
「…ロージー、バドルは?」
「今日は家に残ってスザンナに字と楽器の手ほどきをするとのことです」
それを聞いてシャムスはますます顔を不機嫌にする。なるほど、バドルをシャムスに近づけない為には良い考えだ。イイネ!と俺はロージーに目配せした。
「そっか、スザンナも何か弾けた方がいいもんね…マリアとソフィアはリュープの心得があるけど」
スザンナは楽器が弾けない。農民にも楽器を弾ける人はいないことはないが、多くは無いらしい。今は亡き旦那さんが笛を吹いてくれてよくそれに合わせて歌ったと言う。
スザンナは数字以外の字もあまり知らないので、歌詞を覚えるには読めた方が良かろうとマリアやソフィアが教えてくれている。高級娼婦になるべく教養を身に付けたマリアと、修道女になるべく教会で字と楽器を最低限習うソフィアが例外で、平民は皆スザンナくらいのものと考えると……識字率は上げたいよなぁ…宣伝するにも字が使えないのは不便だし。でも平民の学校がないからな。
大部分は小さい頃に見習いとして徒弟に入ってそこで仕事の修行をしてそのまま大人になるので、仕事に必要なこと以外は基本的に覚えないのだ。かなり裕福な平民しか読み書きが必要な職には就かない。
「…これらの曲は、アマデウス様がお作りに?」
「いえ、……ロージー達が諸国を旅して集めて来た曲です。外国語なので訳しています」
シャムスは楽譜を見て難しい顔をしている。
「…初めて見る曲です…一体どこの音楽です?こんなに秀逸な曲が全く知られていないなんて、よっぽど遠い国から…?どこの言語なのですか?私は近隣の4,5ヵ国語ならある程度理解出来ますが」
近隣の言語は結構似通っているとはいえそれは凄いな…名医は伊達じゃない。
「えっ…えーっと…」
日本語…なんて言えないが、わからないと言うのも「じゃあ何で訳せてんの??」という話になる。どうしようかな……!?
「……こちらの御方は臨時の治癒師とお伺いしております。内部の者以外に商売の詳細を知られるのはあまり望ましくないかと…」
俺が困っていることを察したのかマリアがシャムスにも聞こえるくらいの音量で俺に言う。ナイスフォロー、確かにそうじゃん。
ロージーはずっとシャムスを軽く睨んでおり、ラナドは格上と思われる貴族に大して強く出られないようで様子を窺っている感じだ。昨日の様子を知らないマリアが一番冷静かもしれない。
「確かに…細かいことはすみません、企業秘密ということで」
「………」
シャムスは面白くなさそうにマリアを睨んだが、マリアはそれを真っ直ぐ見つめ返す。シャムスが先に嫌そうな顔で目を逸らした。
どこの言語だったか聞かれた時の対応は後で話し合わないと…。
※※※
そういうことでシャムスには音楽室を出てもらって、作詞と演奏の打ち合わせを続けた。
「…しかし…素晴らしい曲ですわ、これを歌わせて頂けるのがとても光栄です」
マリアに歌ってもらう曲は『月光』。
ミステリードラマの主題歌として大ヒットした名曲。元の曲もピアノと弦楽器で構成されていて再現は比較的しやすい。地下に追いやられ、伴侶の戦の神まで地上に連れていかれた闇の神の悲哀を表す歌詞にしてもらった。
闇の神と戦の神の結婚のエピソード、結構ロマンチックだと思うんだけどマイナーなんだよな。マリアがのど自慢大会で歌った曲がそうだったが歌にもなっているのだ。だが少々暗めの平坦な曲に説明的な歌詞、闇と戦がテーマとなるとあまり流行らなかったようで…。…でもこの曲なら…イケるはず!と思っている。
ソフィアに歌ってもらうのは『星空』。
とあるRPGのテーマソング。遠距離恋愛をイメージして作られたらしいので《闇の神と戦の神が引き離されていた間の曲》にさせてもらう。
スザンナに歌ってもらうのが『銀の馬の背に乗って』。孤島医療ドラマの主題歌である。
闇と戦の神の子ども、医術の神・黒騎士のイメージアップを狙っている。黒騎士がどんな馬に乗っているかは神話に一切記載がないので原曲に寄せて銀にしてしまった。
一応、最も偉い光の神の使う物は金で出来ていて二番目に力のある闇の神の使う物は銀で出来ていたという下りがあるのでそれに因んでいるということに出来る。
因みに神話の神に性別の記載は、一切ない。
彼とか彼女とか性別を特定できるような書き方も一切無く、敢えて書いていないとわかる。神に性別などないということらしい。
だが演劇や絵などで男や女の姿で表現するのは自由である。そこは個々の解釈に委ねられるようで、教会からも別に怒られない。何だか不思議だ。前世の感覚だと天使のイメージに近いか?
一曲目、マリアには闇の神が戦の神を想いながら嘆く歌。
二曲目、ソフィアには戦の神が離れた闇の神を想う歌。
三曲目、スザンナには医術の神が命を想いながら人々の元を周る歌。
途中に「こういう歌です」と解説を挟みつつ最後に俺がピアノを披露する予定。
演奏にはラナドの知り合いの楽師にも加わってもらう。うろ覚えだったりする弦楽器の楽譜の構成とかラナドとバドルがやってくれた。助かる~~~~。実際合わせて調整すると原曲とはやはり雰囲気が異なるけど、それはそれで楽しい。
jpopに偏ってしまったな~と思うが、やはり大衆音楽は短い時間でまとまってるしキャッチーで楽師たちの受けも良かった。
「期間を延長してもう少しアマデウス様のお傍に控えたいと思うのですが」
廊下に出ると控えていたシャムスがしかめっ面で完全な私情を出してきた。
「…ダメです!私は大丈夫だからお帰り下さい」
「ではバドルと話をさせて頂きたい」
「ではって。何故交換条件みたいにしてるんですか。それを聞く義務はありません、普通に帰って下さい」
「……アマデウス様は、意外に強情な御方だ」
気落ちした顔になりぽつりとシャムスが溢す。老人にそんながっかりされると良心が疼くが俺はNOと言える日本人である。
「意外と強情…?」
チョロいと思われていたのだろうか。まあ俺は優しいだのお人好しだの言ってもらえることが多いからその辺のイメージかな…?
後でポーターに「多分、押しに負けてジュリエッタ様と婚約したのだと思われているのかと。…彼はあの時いなかったし…」と教えてもらった。最後の方がよく聞こえなくて 後半なんて言った?と聞いたら「なんでもありません」と目を逸らされた。
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楽曲元ネタ一応書いておきますと
①鬼○ちひろ曲、
②デイアフタートゥモロー曲
③中○みゆき曲 です。




