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【書籍発売中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!  作者: 菊月ランララン


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エリート医師と野良楽師




公爵家お抱えの筆頭治癒師、シャムスはキリッとした釣り目の白髪の老人だった。治癒師の基本衣装である濃い青のローブ、後退していない髪を綺麗に後ろに撫でつけ、背筋もしゃんとしている。そして目が金色だ。今も何だかカッコいいし若い頃は相当美形だったのかも。


「アマデウス様、二日間同行させて頂きます。不調を感じたらすぐに仰って下さいませ」

と真面目な顔で言われた。名医と呼ばれるレベルの人を俺の傍に置くのは勿体無い気がまだしてるが、急に倒れたというのはやっぱりちょっと不安なので安心も出来る。

「はい、お世話になります」




シャムスを連れてポーターがティーグ様に事の流れを説明した。

「……ふむ。少々腑に落ちんが…治癒師まで付けてくれたのだから、公爵を疑うのはやめておこう」

ティーグ様は意味深な視線をこちらに寄越したが、ポーターは少し斜め下に目線を落とし、シャムスは少し不自然なくらいに平然としていた。俺はそれを見てきょとんとしている。


疑う?とは…?

俺が公爵家で何かされたと疑ってるということか?


思いつかなかったけどその可能性があったか。確かに急に意識を失うなんてこと今までなかった。魔法で攻撃されたとか…?

ジュリ様がそんなこと許すとは思わないけど、公爵が何かしたとしたらジュリ様には止められないか…。ロレッタ様という可能性もある?彼女と同席してた時のことだし……



―――…まあ、俺が今考えてもどうにもならないか。ティーグ様が疑うのはやめると言ったのだし。



そうは思うものの、もやっとする。漠然とした不安は残る。…疲れたしもう遅いけど、一曲弾いてくるか。



「アマデウス様、何処へ?」

入浴を終えて軽く髪を乾かして、廊下に出て寝室とは別の方向へ行くとずっと近くに控えていたシャムスが声をかけてきた。

「あ、音楽室に。ちょっとだけ弾いてくる」

「…明日になさっては…お体を休ませた方が」

「楽器弾いた方がスッキリしてよく寝られるんだよ」

「ええ…?」

慣れているアンヘンは何も言わずに付いてくる。それを見てシャムスは止めても無駄とわかったのか静かに同行する。

「シャムスはもう休んでくれてもいいよ?」

彼が滞在する部屋に戻ってても、何かあったらすぐ呼びに行ける距離だし。と思ったが、

「いえ。二日はお傍を離れません」

と頑なな返事。真面目で律儀だ。



音楽室に行くとロージーとバドルがリュープを抱えて書き物をしていた。


今は黒服パーティーに向けて曲を決めて、作詞をお願いしている所だ。おそらくそれを考えていたのだろう。彼らは時折メロディーを確認しながら言葉を決める。


「デウス様、今日は随分お帰りが遅かったのですね…ん?」

ロージーが顔を上げて俺の後ろのシャムスを見て誰だ?という顔をする。

「そー、ちょっと色々あってね…彼は臨時の治癒師のシャムスです」

「治癒師?…何かお体に…」



バドルがシャムスと目を合わせて停止した。





「……バドル?」

何故か固まってしまったバドルの目の前で手を振って見せる。

「バドル?…バドルと呼びましたか?」

するとシャムスが反応した。

「…え…もしかして…知り合い?」

ロージーに目を向けるが彼も知らないのか首を横に振る。

「…ナサローク男爵家のバドルか?」

「…違います」


バドルは目を細めてぎこちなく微笑み、否定した。だがこれは…おそらく当たってる。表情が驚きや戸惑いではなく焦りに見える。


「…いや!そうだ、間違いない。バドルだろう!私を忘れたか、シャムスだ、シャムス・スローンだ!!お前の…」

「申し訳ありませんが人違いでしょう、私は貴方を存じ上げません」


詰め寄るシャムスに固い表情のバドル。シャムスは怒りを浮かべた顔を赤くして、バドルに近寄り肩を掴んだ。



「そんな訳はない!!とぼけるな!!私が…お前をどれだけ捜したか…!!」



何が何だかわからなかったが、止めなければいけないことはわかった。

「ま、待って待ってシャムス、一旦落ち着こう?!」

至近距離で叫んだはずの俺の声に見向きもしない二人。あれぇ?!?!俺が見えてない????


「ちょっと何だ、あんた…何ですか、貴方!俺の師匠を威圧しないで頂きたい!」



おっとロージーが二人の間に無理矢理割り込んだ、100点満点!軽率にブチ切れずにちゃんと敬語に言い直した、+20点。さすがロージー、荒事に慣れた吟遊詩人。頼りになる~~~。

脳内で勝手に評価しながら俺は見守る。


「…っ…アマデウス様、私はこのバドルと二人で話したいことがあります。お借りしてよろしいですか?」

すごい形相で勢いのまま俺にそう言うシャムス。俺は混乱しつつ数秒考えた。


そして「……ダメです!」と返した。



え!? という驚き顔をするシャムス。

そんな唐突な申し出をむしろ許されると思ってたんかい。



「何故です」

「何故って… 貴方が冷静ではないから、ですかね」



俺の言葉に彼は目を丸くして理解出来ないみたいな顔をしてる。


何となくわかったかも、彼は公爵家に仕えて長いし、治癒師として公爵家の人間に指示さえ出せる人間だ。おそらく自分の要望にNOと返されることがほとんど無いのだ。若い頃はあったとしても今はほとんど無いんじゃないかな。

知識も経験も地位もあり、自分の判断に自信がある人間、少し厄介かもしれん。



「バドルは私の大事な楽師です。…冷静でない貴族と二人にすることは出来ません」


真っ直ぐ目を見据えてそう断る。「貴族…、」と彼が呟いた。バドルはどうやら元貴族だったようだが今は平民として暮らしている。貴族籍が残っているならまだ貴族なのかな、わからんけども。



「話したいことがあるなら、今ここでどうぞ!」

でもまあ皆がいるとこでなら、いいよ!と提案してみた。


「…それは、無理です」

だが却下された。二人きりじゃないと駄目なの???


シャムスは気持ちが落ち着いてきたのか、顔色が戻ってきた。少し青いくらいかもしれない。

「……一度御前を失礼致します」

ふらりと部屋の扉から出て行った。俺の見守り要員であることも忘れたようで去って行ってしまったが、大丈夫だろうか。そういえば治癒師が具合悪くなった時って、自分で自分を治療出来るのかな。ブラックジャックが自分の手術をする回みたいな…。…病気の度合いによるか。



静かになった音楽室で一回深呼吸する。…ハァ。何かすげー疲れた。

「……ちょっとピアノ弾いてくね」

「えっ!?この状況で?」

ロージーにツッコまれたが、そもそもピアノを弾きに来たんだ俺は。



楽器もスポーツとかと同じで弾かない日があるとどんどん鈍る。最低でも一日に一時間は弾いときたい(今日は既に朝に二時間弾いた)。

この世界でピアノを世に出したのが俺だから今は一日の長があるけれど、きっとすぐ俺より上手く弾き熟す人は沢山現れる。俺が知らないだけで既にいるかもしれない。そもそも俺は公爵夫に内定してるからプロの演奏家にはなれないしな。

そういう人が出てくるのは嬉しいし別に勝ちたいって訳じゃないけれど、ピアノの開発者として恥ずかしくない程度の腕は持っておきたい。あと単純にもっと上手くなりたい、弾くのが楽しい、ストレス解消にもなる。弾ける時にすかさず弾くぞ。



それに、暗い顔をしているバドルに今問いただすのも悪い気がした。バドルは今まで詩人になる前の話をしたことはない。話したくない理由があるからだろう。

シャムスとの出会いによって聞かなければいけない時が来るかもだが、今は一旦そっとしとこうと思う。夜も遅いし。

暗い話はなるべく明るい時にするべきだって聞いたことある。



黒服パーティーで俺が弾くピアノ曲は『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』第一楽章にした。

モーツァルトの中でも超がつく有名曲。直訳で『小夜曲』らしい。これは楽団でもやりたい。地球と似たような楽器は結構あるので全く同じとは言えずとも限りなく近い再現は出来るはずなんだけど、弦楽器の楽譜までは知らないんだよな~…。


夜とつくけど第一楽章は楽し気で明るい。今はとにかく軽やかに聴こえるように心がけて弾いた。


明るい曲を聴いている時って、暗いことを考えにくいと思うから。





※※※





「…デウス様、気を遣わせてしまいまして…」

「バドル、話したくないことは別に話さなくてもいいからね」

「しかし…」

「気になるには気になるけど…掘り起こさなきゃいけないことじゃないし。あの人は二日しかここにいないから大丈夫。ど~~~~~しても話したくなったんなら、その時は聞くけど」

軽く笑ってそう言うとバドルは眉を下げて微笑んだ。

「…ありがとうございます。…一つだけ申し上げておくなら、シャムス様は何も悪くないのです。あの方は私を憎んでいらっしゃるようですが、私はあの方を憎んでおりません」




気になるかと言われたらめっちゃ気になる。どういう関係なんだ。でも我慢だ我慢。

バドルは俺が知りたがれば喋るだろう。だからこそプライベートにこちらから踏み込んで荒らすようなことはしない。したくない。


とりあえず俺はシャムスがバドルに何かしないように気を付けておこう。


しかし俺の健康の為に来たのに俺に心労をかけるとはどういうことだよ。名医のくせにけしからん。

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