人を見る目
静まった部屋で、ティーレは真顔に戻った。
「……これで皆、満足しただろう。アマデウスとジュリエッタの婚約は解消しない。ロレンツァ、わかっているだろうがそなたの行為は違法だ。今までの貢献に免じて公にはせん。ただし、大人しく実家に帰れ」
「……おっ…お待ちくださいティーレ様、こ、これは何かの間違いです…こ、こんな」
「部屋に連れて行け。私が行くまで出すな」
「く、薬が!!薬が不良品だったのです!!きっとその男意識があるのですわ!!」
「……」
青い顔でロレンツァが食い下がる。苦しい言い訳だと自分でもわかっているだろうに。
ティーレは徐に護衛騎士の剣を抜いたかと思うと切っ先をアマデウスの鼻先に突きつけた。
「っ!?」
「お、お父様!?」
アマデウスの横にいた侍従とジュリエッタはびくりと体を震わせた。だがアマデウスはぴくりともしなかった。ぼんやりとした半目は何も捉えていないし剣先すら見ていない。
剣を下ろしてティーレがアマデウスの顎を掴み、じっと目を見つめた。
「…私は騎士団にいた頃、自白薬を飲ませた罪人の取り調べには何度も立ち会った。どんな様子かはよく知っている。…自白薬を服用した人間の目で間違いない。目は開いていても何も見えていないのだ」
確認の為とはいえ物騒な…。ジュリエッタが真似したらどうする。
何か言おうとしているが言葉が出てこないロレンツァをティーレの騎士が腕を掴んで引き摺っていく。
魂が抜けたような顔でロレッタがそれを見ていた。
「……ジュリエッタ。ひとまず、彼を客間のベッドに寝かそう。私が運ぶ」
「あ、は、はい。伯父様が?騎士に…」
「いや。私が運ぼう」
ずっと疑っていたことへの懺悔の気持ちだろうか。この小僧に何かしなければならない気分に駆られて彼を抱え上げ客間に運んだ。
アマデウスは歳の割りに背が高く15、6歳に見えなくもないしまあまあ重い。すごく疲れた。
丁重にしたつもりだったが少年がドサッと荷物のようにベッドに転がった。ジュリエッタがせっせと奴の体を転がして頭の下に枕を入れ、整える。
「…はぁ。…ジュリエッタ、今のうちに色々訊いておいたらどうだ?」
ベッドの隅に腰を下ろしてそう言うとジュリエッタも椅子を持って来てベッドの横に座った。
「そっ…そんなこと駄目ですわ、唆さないで下さい。…ただでさえ申し訳ないのに…」
「…ほんの少しだけ、私はロレンツァに感謝しているぞ。お前もそうじゃないのか」
「それは………」
アマデウスの本音が聞けたのだ。後顧の憂いを払拭出来た。
ジュリエッタには悪いが、彼女に恋をする人間がいるとは周りは全く思っていなかっただろう。ジュリエッタは努力家で能力は申し分ない。友情や人望は望める。唯一望めないと思われたのが異性からの好意だ。そしてそこに付け込まれることが不安要素だった。
「…嬉しかったのは、確かにそうです。ずっと、デウス様のお言葉を心のどこかで信じ切れなくて…でもそれは信じられなかったわたくしのせいであって…あの人に感謝なんてしません。心を盗み見するようなことをしてしまって……あ!そういえば治癒師は?診せなければ…」
呼ばれるまで控えていた治癒師が部屋に入り、アマデウスの様子を一通り見た。上着と靴を脱がせて中衣のボタンをいくつか開けて緩め、治癒師が目を閉じさせると静かに眠っているような状態になる。
……ジュリエッタが顔を赤くしてアマデウスの肌をチラチラ見ていたのには気付かないふりをしておく。私があんな質問をしたせいもあるだろうしな……
※※※
「…自白薬はあと30分から一時間ほどで切れ、目を覚ますでしょう。薬の副作用で一日二日内に体調不良が出る可能性はありますが、軽微と思われます」
公爵家に仕えているうちで一番年嵩で腕利きの治癒師・シャムスがそう言うなら大丈夫だろう。
「自白薬を飲んでいた時間の記憶は残らないのですか?」
「残りません。魔力が多い方は残る場合もあるそうですが…稀です」
「…この件、お父様は隠蔽なさるのですよね。デウス様や伯爵家にどう説明致しましょう…」
「…体調不良で倒れたことにするしかあるまい」
ティーレはロレンツァを実家に帰して別居状態にするつもりのようだ。
まあ、人に薬を盛るような人間を同じ居住区に置いてはおけないな。離縁まではしなかったのはまたどこからか縁談を持ってこられるのが面倒だからか。ロレンツァは実家でかなり肩身の狭い思いをすることになるのだろう…犯罪者になるよりはマシだろうが。
問題はロレッタの扱いだ。どうするつもりだろう。
子供とはいえこんなことをしでかしたからにはジュリエッタの補佐として公爵家に残す訳にはいかない。ロレンツァの実家に一緒に戻すのか、それともこれからしっかり教育して嫁入り先をさがすのが現実的か…。
布団をかけられ静かに寝ているように見えるアマデウスをジュリエッタは黙って見守っていた。私も考え事をしながらそれに付き合っている。10分ほど経って、茶でも飲みながら待つか…と外に出している侍従に声をかけようとしたら、ジュリエッタがアマデウスの顔を覗き込んだ。
「――――ひとつだけ!ごめんなさいデウス様、ひとつだけ聞かせて下さい…」
「…はい」
「…ジュリエッタの、嫌なところとか、直してほしいところはありますか?」
理性的に婚約者の心をこれ以上盗み見ないと言った姪の決心が揺らいだようだ。しかしいじらしい質問だった。これくらいなら知ってもアマデウスも怒らんだろう。…多分。
目を瞑ったままアマデウスが答えた。
「…これから先、一緒に暮らしたりすれば出てくるかもしれませんけど…今のところは特にありません…あ。でも、うーん…あえていうなら一つだけ…」
「…なんでしょう?」
「…もう少し、自信を持ってくれたらいいなって思うことはあります。…俺に好かれてるって自信。…結構態度や言葉で表してるつもりだけど、完全には信じてくれてなかったみたいだから…もう少し信用して、甘えてくれたらいいなって…」
「……はい。はい…」
ジュリエッタは仮面を外し、ベッド脇に座って寝ている少年の肩に顔を埋めた。
…近過ぎる、と思わなくはないが少年がこんな状態なのはこっちの大人のせいだし、姪に嫌われたくはないので私は咎める言葉を飲み込み見なかったことにして静かに部屋を出た。
廊下に控えていたアマデウスの侍従に言い含める。
「…今回の薬の一件は他言無用だ。伯爵にも、アマデウスにも。良いな」
「…はい」
「安心しろ、これから先公爵家がそなたの主を蔑ろにすることは無い…むしろ、より大事にするだろう…今後二日間でアマデウスに体調不良が出た場合の為に優秀な治癒師を一人派遣する。客として扱わずとも良いので共に連れて帰れ」
「伯爵家の治癒師と同じ対応で構わないと…?」
「そうだ」
「かしこまりました」
「…アマデウス殿の本心を、そなたは知っていたのか?」
私は何となく気になって若い侍従に尋ねた。侍従は少し苦い笑みになって言った。
「…はい、大体は。時に呆れるくらい、正直な方ですから」
その足でティーレに治癒師の派遣の許可を取りに行く。ティーレは書類を片付けつつ疲れた顔で座っていた。
「…公爵家の治癒師の派遣を勝手に決めないでほしいのだが…」
「忙しいだろうから代わりにやってやったんだろう。それくらいはしておいた方がいい。伯爵はこちらを疑うぞ、健康優良児のようだし突然倒れたなんて不自然だ。御用達の治癒師を遣わすことで善意を示しておけ。うちから派遣しても良いが」
「…いや。シャムスを遣わそう。…気を回させた」
夫人の実家への移動やら何やらが済むまではバタバタするだろうな。流石のティーレもぐったりしていた。
「…ティーレはアマデウスを信用していたんだな」
「ん?…まあ…あそこまでとは思ってなかったが」
「好意があるとは確信してたのか」
「私はスカルラット伯の人を見る目を信用している。彼が優しい子だと言うならそうなのだろうと思っていた」
「ふぅん」
「それに…ジュリエッタはそこまで馬鹿ではない」
…ジュリエッタの人を見る目も、信用していたということか。
いや、賢いのはわかっている…人の気持ちに敏感な子だし、簡単に騙されるとは思っていない。
でもまだまだ子供だぞ?恋する人間はいくらでも愚かになるぞ~~~??
いや、私が過保護過ぎたのか、今回は。ジュリエッタを侮っていたのか。この屋敷の者ほぼ全員がアマデウスを、ひいてはジュリエッタの男を見る目を信用していなかったのだ。
……反省させられたな…。
「あと、私は隠密を通じてアマデウスの行動は把握しているからな」
「いやそれだろ!!!!!それ大きいだろ!!!!!」
ティーレは普段からアマデウスを盗み見してるようなものだった。なるほどな……。




