自白②
ティーレが執務を中断し、執事や護衛騎士と共に早足で部屋に入ってくる。
いつもたいして変わらない無表情の顔の眉間の皺が深い。
「…ロレンツァの仕業か」
召使から大まかにだけは聞いたのだろうティーレがロレンツァに視線を向ける。
「わたくしとロレッタは公爵家のこれからの為に決心したのです。わかって頂けると信じています」
「わたくしもお母様と同じです、お父様!」
ロレッタは自分が間違ったことをしているとは一切思っていないような真っ直ぐな目でティーレを見つめた。
「…客人に薬を盛っておいてよく開き直れるものだ」
皮肉を言っても涼しい顔である。
――――ジュスティーナが亡くなった半年後ほどに押し付けられた縁談で来たのがロレンツァだ。
公爵夫人としてそつがなく、結婚当初は態度も悪くなかった。ジュリエッタとの関係も良くはなくとも険悪ではなかった。ロレッタが生まれてから少しずつ、ティーレに自分と自分の娘を優遇してもらいたがった。だがティーレは娘たちの扱いには差を一切設けなかった。…不満が溜まっていたのだろうな……――
「……そなたたちは、アマデウスが悪意を持ってジュリエッタに近付いたと思っているのだな」
「はい。それを確認し、この婚約は解消するべきです。元々結ぶべきではなかった…もっと早く諫言するべきでした…ジュリエッタには、王家との縁談がございますでしょう。ジュリエッタの為にも公爵家の為にもそちらの方がずっと…」
「確認した後の話はまだだ」
ティーレがロレンツァの話を遮り、その場をぐるりと見渡した後視線をアマデウスに留める。
「尋問を許そう。アマデウスが公爵家に害のある企みを持っていたとしたら婚約は解消する」
「お、お父様…っ」
「ただし…ジュリエッタの顔に動じない貴重な貴公子だ。地位や財産を目当てにしていたとしても…ジュリエッタにわずかでも好意があり、公爵家とジュリエッタを支えていくつもりがあるのなら解消はしない。いいな」
「…ええ、承知しました」
「……」
ロレンツァは少しだけ顔を曇らせたがまだ自信がありそうに頷いた。ジュリエッタはまだ不安そうにアマデウスに目を遣った。解消は絶対にしたくないが、さすがに害のある企みがあったとしたなら仕方がないと口を噤んだようだ。
ティーレがどう考えているかは読めないが、何となく余裕がありそうな…。スカルラット伯からアマデウスについて弁明されたことは私も聞いたが、それを鵜呑みにしてるのだろうか。そんなにスカルラット伯を信用してるのか…
……親は子の為なら良いようにも悪いようにも変わるということ、ロレンツァを見ていて知らない訳ではあるまいに。
ロレンツァがアマデウスの前に立つ。座って半目で寝ているような顔の奴の傍で支えている若い侍従とジュリエッタは顔を強張らせている。私はただ祈るような気持ちで見ている。
――――頼むぞアマデウス……ジュリエッタにわずかでも好意はあってくれよ。あんなに熱烈に口説いていたくせに全く好意がなかったら殴り飛ばすぞ。
「アマデウス殿。質問をします。正直に答えなさい」
「…ん…はい。誰…?」
ロレンツァの声に少し首を傾げながら寝言のような声でアマデウスが答えた。
頭が回らない中でもちゃんと質問に答えられるくらいの意識を残すのは、さじ加減がかなり難しいと薬学に詳しい友人に聞いたことがある。
「貴方がジュリエッタに近付いたのは、―――公爵家の地位と財産が欲しかったからですね?」
「…はん?違いますが…」
…私も、おそらくジュリエッタも緊張で心臓が暴れており冷汗が首に伝う。最初からぶっこんできたなクソ…
と思っていたら、三秒後にはもうアマデウスが気の抜けた声で返事をしていた。
「………もう一度訊きます、ジュリエッタに近付いたのは、地位や財産が欲しかったから…ですね?」
「…違いますねー…」
「…ち、違う訳ないでしょう、嘘仰い!!!」
「ロレンツァ、怒鳴っても意味がない。続けろ」
一度目の答えを聞かなかったことにしてもう一度質問して、同じ答えが返ってきてキレたロレンツァをティーレが冷静に諭した。
――――――――えっ…?あ、これもう勝ったのか…?????
「うるさ……誰…?…むにゃ」
暢気な少年の声は本当に寝ているみたいだ。目を半分開けてしっかり喋っているが。
ロレンツァが顔を赤くしたり青くしたりしつつ再開した。
「でっでは、どうしてジュリエッタと婚約したのです?」
「…そりゃぁ、好きだからに決まってるでしょう、何を言ってるんだか…」
「……ち、地位や財産を与えてくれる存在だから、好きということ???」
ロレンツァはアマデウスの答えが予想外でテンパっているらしい。地位財産狙いであるという答えを捻り出そうと変な質問になりだした。
「……別に、地位とか財産は求めてないです…伯爵家で充分だし…男爵家にいた時も、別に不足しているとは思ってなかったし…地位には責任が伴うから。…公爵家の地位だなんて、ぶっちゃけ重いですわ…ジュリ様が好きでなきゃわざわざ背負いにいきません、そんな重いもの… …でもジュリ様は背負うことが当然とばかりに、いつも頑張ってらっしゃるから。…俺も頑張らないと…釣り合う男に、ならなきゃなーって……」
ふわふわと気の抜けた感じだがよく通る少年の声に、その場の全員が固まっている。ティーレは得意の無表情だが、いつも主人を見習って落ち着いているティーレの騎士や侍従、執事やメイドら全員が呆気に取られていた。少し冷静になって周囲を見回している私も正直すごく驚いている。ロレンツァやその周囲なんて言わずもがな。
「……お姉様を、本当に好きだというの…?」
ロレッタが呆然としながら溢したが、奴は「…おねえさま…?」とわずかに首を傾げる。自白薬の服用中は誰に質問されているかはわかっていないので固有名詞ははっきり言わないと答えられない。らしい。
下がっていたロレッタがずかずかと母の前に出て、アマデウスの顔に額が付くくらい近付いた。
「お……っおね…ジュリエッタ・シレンツィオが好きなの?不細工だと思わないの?!結婚したいと本気で思っているの?!」
鬼気迫る顔で詰める少女に、少年は暢気な声で答えた。
「…だから、好きに決まってるでしょ婚約を申し込んだんだから…。…思いませんし。ジュリ様はかわいいんで…皆全然わかってくれないんだよな~~~~…まあ、俺だけがジュリ様がかわいいこと知ってるのも悪くないかなとは思うけど… …早く結婚したいですよ、婚約中ってどこまでしていいかいまいちわかんないし…抱き締めるまでならギリ許容されるみたいだけど、それ以上は多分許してもらえないしなぁ……別にすぐに破廉恥なことしたいって訳じゃないけど…いちいちかわいいから我慢するのが結構大変というか…いや、我慢しますけども…しかし結婚するまでか…18歳以降…?長いな~~~……口づけくらいまでなら許してもらえるんですかね…?…でも二人きりになれる機会ってそうそうないし…侍従の前でする勇気はまだ流石に無い……」
※※※
いや、私はこいつがジュリエッタに少しは好意を持っているとは思っていたぞ?うん。
同情かもしれんが好意はあるだろう…きっと…あったらいいなと思ってた。ジュリエッタからの好意と、地位や財産を含めて悪い話ではないと判断して近付いてきた可能性が高いかなと。利を重んじて立ち回れるのは悪くない、そしてジュリエッタをちゃんと大事にするのなら良いだろう、と思っていたんだ。
―――――――――――――正直、こいつがジュリエッタを本気で慕っているだなんて思ってなかったよな…そうだよな皆…私だけじゃないよな……!!!
すん…とした顔をしているのはティーレだけだ。アマデウスの侍従は少し複雑そうな顔で落ち着いているが、他は皆動揺していた。
「…デウス様…」
ジュリエッタがか細い声で奴の名前を呟く。仮面でよくわからないが、おそらく感動しているのだろう、涙ぐんだ声をしていた。
シン… とした部屋で、唐突に私は…懸念を払拭したくなった。
「あ、ア、アマデウス!お前は、…今までメイドなど、女性を襲ったことはあるか…?!」
ティーレはスカルラット伯から聞いた弁明を信用しているようだが、私は完全には信用出来ていない。アマデウスの侍従がぎょっとしていたが構うものか。
折角だから訊いてしまえ!!
―――…私も、この少年を信用したくなってきたのだ。無実だと言ってくれ。ジュリエッタの為にも。
ぼんやりした目のまま奴が答える。
「…ありません。襲われて犯されそうになったことならありますが…」
「…えっ。えっ…?!そうなのですか?!だ、大丈夫だったのですか…?!」
ジュリエッタがびっくりして顔を青くしている。すまん、婚約者の前で詰問する内容ではなかった。私は冷静ではなかった。
「…大丈夫でした。未遂でしたし…。…盛られた魔法薬で体が動かせなくなったのは少し怖かったけど、同時に興味深かったですね……魔法、早く習ってみたいなーって…」
…未遂だったのは良かったが、気まずい思いをさせられた。今お前はまた魔法薬を盛られている最中である。
ティーレが静かに近付き、アマデウスに尋ねた。
「…そなたは、公爵家の財産を手に入れたら、どう使う?」
「…公爵家の財産は、主に公爵領の民の為に使うものですから…ジュリ様や財政の担当官と相談して使うことになるんじゃないですかね…?」
ティーレはわずかに笑みを浮かべ、満足そうに頷いた。




