自白①
私の耳に穴を開けた時、デウス様は初めて見る表情をしていた。
声に熱が感じられて、何だか妙な気分になってしまった。考え過ぎ、考え過ぎだと思うけれど………男性として、興奮していらっしゃったような。
でももしそうだったら…嬉しいなんて考えている。
………早く結婚して、抱いて頂きたい。
そうなれば、その時には…ようやく信じられる気がする。愛されていると。
はしたない、恥ずかしいことを考えている……のぼせた頭を冷ましたくて、外に出てお茶にしないかとデウス様に提案した。
―――初めてお会いした時と同じ東屋で、あの時と同じような良い天気の午後。
面倒なことを言っていることはわかっていた。
でも私を美しいなんて言うこと以上に残酷な嘘は無い。デウス様の言葉を全部信じたかったけれど、それだけはどうしても信じられなかった。心にも無いことは言わないでほしいとお願いしたら、デウス様は真剣に私を褒めて下さった。私の不信を丁寧に潰して、抱き締めて優しく背中を撫でて下さった。
…美しい、ではなく かわいい だったら…信じられるかもしれない。
私もデウス様のことを…かわいらしいと思うことはよくある。照れている表情だとか、一房だけ別の方向にはねた髪、楽しそうにしている時の笑い方、考え事をしている時指で腕を叩く仕草。
彼から好意があるとは感じている。婚約を申し込んでくれた時も、先ほど好きだと言ってくれた時も、顔が耳まで赤くて額には汗が滲んでいた。私の顔から目を逸らさず、この忌まわしい痣に触れてうっとりとした顔で笑った。
演技で出来ることとは思えない。幸せだった。生きていて良かったとまで思った。
……ここまで素晴らしい演技なら演技でもいい。私が死ぬまで完璧に騙していてほしい。
浮かれていたからか、廊下で出会ったロレッタがどういう気分でデウス様を見ていたかなんて、気にも留めなかった。
※※※
「お姉様、ご機嫌よう。まぁ、こちらが…アマデウス様でいらっしゃいますね?」
いつもの貼りつけたような笑みでロレッタが立ちはだかった。出てくるかもしれないとは思っていた。デウス様に失礼な態度を取らないかだけが心配だったが……
「デウス様、こちら妹のロレッタです」
「お初にお目にかかります、ロレッタ様。スカルラット伯爵家第二子、アマデウスと申します。よろしくお願い致します」
「これはご丁寧に。…よろしければ、少しお話致しませんか?王都で人気のあるケーキを取り寄せましたの」
「ロレッタ、気持ちは嬉しいけれどわたくしたち先ほど庭でお茶をしてしまったから…」
「そう仰らずに。切り分けられますから是非ほんの少しでも。わたくしだけでは余らせてしまいますから。ねぇ、アマデウス様は甘いものはお好きですか?」
「ええ、好きですが…」
「ほら、ね、アマデウス様も… お姉様。いいでしょう?」
可愛い上目遣いでデウス様を見つめていたロレッタは、彼が何も言わずに私に顔を向けたのを見て私の方に上目遣いを向けた。彼がロレッタの可愛いらしさに揺るがず、私に判断を委ねてくれて嬉しい。
妙にしつこい。…今からでも私やデウス様の印象を良くしたいのだろうか。
ロレッタは私の跡継ぎの座が揺るがなくなったことで最近ロレンツァと共に機嫌が悪そうだった。顔を合わせれば睨みつけてくる不愉快な二人ではあったが、態度を改めるなら当たり障りのない交流くらいはしてもいい…かもしれない。今機嫌が良いのでそんな気もしてくる。
「…ほんの少しなら、いいでしょう…デウス様、よろしいですか」
「ジュリ様がよろしいんでしたら、勿論」
甘いケーキをお茶で楽しみ、ロレッタとは学院での授業の話など他愛のないことを話していた。
すると俄にデウス様がふらりと頭を大きく揺らした。
「…ん、…あれ…?…すみません、なんだか、ねむ…――――――」
「!アマデウス様っ…?!」
ぐらりと椅子から落ちそうになった彼を彼の侍従が駆け寄り慌てて支えた。
「デウス様!?デウス様……ロレッタ、貴方まさか…!」
「ご安心下さいお姉様、身体に害のある薬ではありませんから」
「彼に何をしたの?!」
ロレッタは薄ら笑いで持っていたカップをゆっくり机に置いた。ロレッタもロレッタの周りの者も不気味に落ち着いている。私はデウス様に寄って顔を見た。体からは力が抜け、ぼやけた目が半開きになっている。苦しんでいたり眠っている訳ではない。
「お茶に混ぜたのは自白薬ですわ」
自白薬。
まだ学院で学ぶ範囲ではないが、大まかなことは知っている。魔法薬の一種で、その名の通り自白させる為に使われる物だ。飲んだ者は一定時間、意識が朦朧とし本音しか話せなくなる。
材料が貴重かつ作るのが非常に難しい薬で、―――犯罪者以外に使うことは禁止されている。
「…な、なんてこと!犯罪者以外に使ってはいけないことを知らないの?!」
「犯罪者のようなものでしょう!!?」
「ーーー―――なっ……」
「っ何の騒ぎだ、どうした!」
私の叫び声を聞きつけたのか、レアーレ伯父様が駆けつけて来てくれた。
「伯父様!ロレッタが、デウス様に自白薬を…」
「な、なにぃー?!―――ロレッタ、何故こんなことを…」
「この男がお姉様を騙して公爵家に入り込んでくる悪人だからに決まっています!!!」
ロレッタは憎々し気にデウス様を指さし、叫んだ。
「お姉様に惚れる男なんている訳ないでしょう!?!!どうして皆こんな嘘吐きを迎え入れるのです!!!婿に迎えたが最後、公爵家の財産を食い潰すに決まっています!!!今のうちに本当の企みを吐かせるのです!!!…この男の内心がわかれば悪人とわかるのですからお父様もわたくしを許して下さるわ!」
「……ロレンツァからそう吹き込まれたか?」
伯父様が顔を顰めて言う。幼いロレッタが魔法薬を手配するのは無理だろう。母親の思惑が絡んでいることは明白だ。
「吹き込むだなんて。事実でしょうに」
機を見計らっていたのだろう、ロレンツァが部屋に入ってきた。
「ロレンツァ夫人、わかっているのか?娘の手を汚させたことを」
「侯爵閣下、これはシレンツィオ公爵家の危機なのです。可哀想なジュリエッタを誑かした悪人に薬を使うことがどうして罪になりましょう」
「なるわ!!!!罪にはなる!!!…体面の為に内々で揉み消すことにはなろうが…!!」
伯父様が苦い顔で頭を抱えているのに、ロレンツァは涼しい顔である。
企みを明らかにする、だなんて方便だ。ロレッタはその方便を信じているかもしれないが。
私に好意が無く地位が目当てだとデウス様に言わせて、お父様にこの婚約を解消させたいのだ。そうなればロレッタが跡継ぎになれると。
こんな思い切ったことを…薬を盛るまでするとは思っていなかった。…確かにこれでもしデウス様が財産目当てと白状すれば、公爵家の未来の為だったと言い訳は立つ。お父様もおそらくロレンツァとロレッタの罪を見逃すだろう…――――
「アマデウスがジュリエッタにちゃんと惚れていればそなたたちは有罪だぞ、ティーレも離縁を考える度合いだ!」
「有り得ませんわ。確信しております。むしろ何故皆様が疑わないのか理解出来ません…ジュリエッタが悪い男に騙されているというのに放置して…頼りになりませんわね」
私の心配など露ほどもしていないくせに好き勝手なことを言う夫人にイラつくも、今はデウス様のことが心配だった。この薬は本当に体に害はないのだろうか、ぼんやりとして目の焦点が合わない彼の顔を見ると守れなかったことが辛い。
「この……チッ、…おい、急いで公爵を呼んで来い」
伯父様が召使に命じたのを聞いて、私は「治癒師も呼んで!」と重ねた。心配と不安で動悸がする。モリーが背中を撫でてくれて、伯父様が「大丈夫だジュリエッタ、公爵家の治癒師は優秀だしな…粗悪な薬であったとしてもアマデウスの体は大丈夫だろう」と慰めてくれた。
イイネや感想などありがとうございます!
シリアスっぽい前編ですが後編は茶番です。




