聞き耳
ジュリエッタの近くに置いているメイドからアマデウスがシレンツィオ城に来るという情報を得て、大急ぎで仕事を調整し私は義理の弟と姪に会いに向かった。
「レアーレ?どうした急に…」
「今日、アマデウスが城に来るんだろう?顔を見ておきたくてな」
ティーレは相変わらず無表情だが少し呆れたように息を吐いて私を案内した。応接室で茶を飲みつつ待つとそろそろ奴が来ると聞いた時間のギリギリになってジュリエッタが来た。
「え…?レアーレ伯父様?」
「おおジュリエッタ、息災か?なに、近くまで来る用事があったから寄ったら、お前の婿が顔を出すというではないか。一目見ておこうと思ってな」
普通に嘘である。奴の顔を見に来た。
「そうでしたか…。はい、本日こちらに工房の者を呼んで、一緒に耳飾りの意匠の打ち合わせをする予定です」
「耳飾りを贈り合うのか。仲良くやってるようで何より。ここに来るのが遅かったが、会いたくない訳ではないのだな」
「えっ…会いたくないだなんてそんな。…その…服を選ぶのに時間をかけてしまっただけです…」
恥ずかしそうに仮面をつけた顔に手を当ててはにかむ。
ジュリエッタは身に付ける物には今まであまり興味を示さず、侍女や周りに任せきりだった筈だ。婚約者に良く思われたくて着る服に悩む姪が微笑ましくも、胸にはその婚約者の少年に対する不信が渦巻く。
…噂通りの優しい変人か。
嘘の巧みな野心家か。
見極めてやろう、アマリリス・アロガンテの息子。
※※※
「デウス様!」
「ジュリ様、お招き有難うございます」
「ようこそいらっしゃいました。…こちら、父ですわ」
「お初にお目にかかります。スカルラット伯爵家が次子、アマデウスと申します」
「シレンツィオ公爵ティーレだ。顔を見せるのが遅くなったが、これからよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願い致します!…こちらの御方は…」
「デウス様、こちらは伯父です。本日はたまたま寄っていらして」
「タスカー侯爵レアーレだ。ジュリエッタは私の妹の子に当たる。お噂はかねがね、“音楽神のいとし子”アマデウス殿。よろしく」
声と顔に皮肉を込めたがアマデウスは気分を害した様子はなく、軽く笑って「いとし子がどうとかの通り名は、皆大袈裟に褒めてくれているだけですが…よろしくお願い致します、レアーレ様」と返した。
アマデウスは私が予想していた印象と……なんか違った。
情報は集めていたが文字だけだ。噂と本人の印象が違うことはままある。しかしこいつは印象が随分違う。女誑しやら音楽好きの楽器上手やら誰にでも優しいやら、その辺の評判から予想して線の細い優男を想像していたのだが。繊細で押しに弱そうな感じの……
実際に会ったアマデウスは、少しはねた真っ赤な髪に緑の瞳が爛々とした元気そうな少年だった。
騎士見習いにこういう感じの少年はよくいる。純粋でやんちゃで、体力が有り余っていて……――って、見た目に惑わされるな私。そういう風に見せて油断させているのかもしれん。
「それではお父様、伯父様、わたくしたちは…」
「ああ。ゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます」
アマデウスがティーグ・スカルラット伯爵の話をティーレと少しだけ交わした後、二人は耳飾りの打ち合わせに向かった。
ジュリエッタを笑顔でエスコートしていった奴の背中を見ながら、ティーレが「どうだった」と短く聞いてきた。
「…まだわからん。意外と面の皮は厚そうだな」
「そうか。まあ…好きなだけ観察していけ」
私がこれから何をする気かバレているようだ。
ジュリエッタは恋に浮かれて、ティーレは初めて顔を合わせたにも関わらず何故かすっかりアマデウスを信用しているようだが私はまだ信用していない。
あの少年がジュリエッタを、公爵家を軽んじることがあれば…私が調教してやらねばなるまい。
ひとまず今日の言動はしっかり見させて…いや、聞かせてもらうぞ。
私は客間に通された後、二人が工房の者と打ち合わせする衣裳部屋の方へ体を向けて座り、耳に魔道具を入れる。
メイドに指示し、ジュリエッタの服に密かに魔道具を仕込ませている。『聞き耳』と呼ばれる小さなボタンのような魔道具で、周囲2メーテルほどの音を拾い片割れのボタンに届けることが出来る…盗み聞きの道具だ。
主に隠密が使う高価な魔道具であり、使ったことがバレたらことだが……ティーレは黙認したし、今日のアマデウスとの会話や様子を聞くだけだ。終わったらメイドにすぐ回収させれば問題ない。ごめんなジュリエッタ、お前が心配なんだ。
微かな雑音と声がボタンのような魔道具から聞こえ始めた。
『二人で一つの耳飾り…ですか?』
この声は工房の職人か代表の者かどちらかだろう。てっきりお互いに贈るのかと思っていたが、二人で一つ?
『はい。同じ意匠で石だけ変えたいんですが…大きさが決まったら、私の石はここの店に注文をお願いします』
『!黒い宝石を、お使いに……?』
『黒金剛石にする予定です』
黒金剛石…喪服に使われるやつか。金剛石は高価な宝石の代表格だが、黒は他の黒い物と同じく不吉な色なので好まれない……ジュリエッタの髪の色。
『…恐れながら、この宝石は…葬儀を連想させます。普段使いされるものに使う物ではないかと…』
……確かにそうだが、ジュリエッタを前にして無礼だな。婚約者が互いの色の装飾品を身に付けるのは円満な仲を表すことが出来ることは知っているだろうに。
まあ、子供だから黒の意味を知らないと思って助言したのかもしれない。
『大丈夫です。私が普段使いする第一号になります』
迷いも動揺もないアマデウスの声に、短い沈黙が流れる。
『そ…そうでございまするか。それでは、ええ、意匠の見本でござま、ござるが…』
工房の者が動揺して変な口調になりながらも話を進めた。
『…デウス様がしていても不自然ではない、男性らしいものがいいですよね』
『女性らしいものでも良いですよ、私はジュリ様に似合うものの方が良いです』
『そうですか…?』
『でもまあ、不自然に見えたら良くないですしね…どれがいいでしょうか、気になるものありますか?』
二人は意匠の見本を眺めて話し合う。
『わたくし…これ、個人的には好みなのですが…』
『おお、剣の意匠!ジュリ様っぽくて良いですね、鍔の所に石を付けて…』
『でも、デウス様は剣術をなさいませんし…これはわたくしが使うものとして別で注文しますわ』
『……いや、少し待ってください』
アマデウスが侍従を呼び、シャッ…シャッ…と何か書く音がする。
『…ジュリ様、これ、何に見えますか?』
『これは…ピアノの鍵盤ですか?』
『はい。ジュリ様と私…って感じになるかなと思ったんですけど。どう思います?』
『…わたくしは好きですわ、デウス様がこちらでよろしいんでしたら、是非これで…』
『工房の方から見てどうでしょう』
『…剣の刃の部分を、クラブロの鍵盤の形にした物…ですね?あ、クラブロではなく…?』
『まあ、鍵盤の形は同じ楽器です。作れるでしょうか』
『…はい、問題ありません。では、吊り下げる剣の銀細工の中央に紅玉、黒金剛石を使って…耳に付ける所にも石を使った方が華やかになるかと…』
今度は工房の者がシャッシャッと何か描いている。意匠が決まったのだろう。
『あ~~~やっぱり本業の方が描くと良いですね、お洒落に見えます』
『あっ、ありがとうございます…』
人当たりが良いとは言われていたが、こいつは誰にでも気さくに話しかけるんだな…。
アマリリス・アロガンテは身分の低い者とはほとんど話さなかったというが。母の影響は無いと見ていいのか…
注文を終え、挨拶をして工房の者が去った。
『出来上がるのが楽しみですね』
『はい。…デウス様、我が家の治癒師が穴開け器を用意してくれているのですが…今耳に穴を開けてしまいませんか?』
『おや、もう用意してくれたんですか?』
『出来合いの物もついでに買うかもしれないと、侍女が用意させていたようで』
『ああ、売り物も並べてましたね。私は服など周りに任せっきりなんですが…そういえば姉は商人を家に呼んで時々何か買ってます。注文ついでに既製品も買ったりするものなんでしょうね』
『するとデウス様は、お買い物は…?』
『私は楽器とか、こういう道具が欲しいと思ったら工房に直接行ってしまいます』
貴族なのに自分で町に出て買い物をしているのか…?家に呼ぶか使用人に行かせろ。危ないだろ…
まあ下級貴族は平民と生活が近い所も多いというから、慣れているのかもしれんが。
『…この間ののど自慢大会の時、初めて町を見ながら歩きました。馬車の中から見るのとは全然違って…民の生活を直接見るのは大事なことだと思いましたわ。見たことがない物が沢山あって…楽しかったです。人に話しかける勇気がなくて何も買わなかったんですが…記念に何か買えば良かったです』
『町になら、また一緒に行きましょう。新年の祭りの時とか!機会はいくらでもありますよ、きっと』
『は…はい…!きっと』
…ふん、内心は知らないがちゃんとジュリエッタに優しくしているようだ。ここまではいいだろう。
『…ジュリ様の穴、私が開けてもいいですか?』
治癒師が、穴開け器は簡単だからそんなに難しくない、治癒師が開けてもいいし鏡を見て自分でやってもいい…と説明した後にアマデウスがそんなことを言い出した。
『…えっ?!で、デデデウス様が?!?!』
『駄目ですか?せっかくなので… 私の穴はジュリ様がやってくれていいですから』
『えっ、えっと、……は、はい。ど、どうぞ…』
『では…失礼』
ジュリエッタが息を止めたり思い出したように吸ったり恐る恐る吐いたりして動揺している。穴開け器を耳に挟むくらいだから、おそらく相当…顔と顔の距離が近いのだろう。
沈黙の後、バチ、と穴開け器の音がする。
『…では、お願いします』
『あ、は、はい!』
声をかけられた治癒師もジュリエッタに釣られたのか声が動揺していた。治癒の呪文が唱えられ、穴が塞がる。
『…外しますね…少しだけ血が。拭きますね』
『あ、自分で…んっ!デウス様…』
『では、もう片方も…いいですか?』
『は、はいぃ…』
バチ、と開け、治してもらい、血を拭くのを繰り返す。
『痛かったですか?』
『す、少しだけ…でも大丈夫ですわ』
『それは良かった。……開通、しましたね』
…これはジュリエッタの耳元で囁いている。なんだこの…別に変なことは言っていないのに妙に色気があるような…なんかこいつ、スケベなこと考えてないか、おい?!??いやそんなふうに考えている私がスケベなのか??!?!!
『ひぇ……ふぁい…』
ジュリエッタも何かにやられてふやけている声である。
『はい、次はジュリ様が私に開ける番ですよ。お願いします』
ジュリエッタは手が震えたのか一度失敗したらしい。
穴の位置が耳の端になり過ぎるということで一度穴開け器を外して治癒することになり、アマデウスの耳から少量の血が滴ったようだ。次は成功した。
治癒師が部屋を辞して、ジュリエッタは庭でお茶にしないかとアマデウスを誘った。
『ごめんなさい、デウス様…血を流させてしまい…』
『大丈夫ですよ、すぐ治してもらえる上にそんなに痛くなかったですし。それに私がジュリ様にやらせたようなものですし、お気になさらず』
『いえ、わたくしも、なんだか…わたくしの手で開けさせて頂けて…良かったと思っています』
『……好きな人の体に、別の人の手で傷を付けられるくらいなら、自分の手の方が良いですよね』
『っ……デウス様…』
『…少々器が小さいでしょうか』
『い、いえっ……そんなこと…ありませんわ…』
―――――………こ、こいつ……紛うことなく女誑しだ…!!!!!!!!!!!!
怒りとかではないのだが、何らかの衝動が込み上げて抑えきれなくて、拳を壁に叩きつけて侍従を驚かせてしまった。




