不名誉な噂
姿を見ないなと思っていたルドヴィカ嬢が俺の前に現れたのは、婚約の公示が出た二日後。
俺の前に現れたのも望んでという訳ではなく、廊下で通りかかってしまっただけだ。
そして目に入ったからには仕方ない、という態度で忌々し気に顔を顰め、言った。
「きっと後悔なさるわ。愛よりも富を選択なさった事…」
と言い捨ててフン!と鼻息荒くつんとして去っていった。周りに何人か男子が寄って「ルドヴィカ様、今度我々のお茶会に…」などと誘われている。彼女はつんとしていたがモテてるようだ。俺に突撃するのをやめたからかはわからないが、美人なんだしすぐに良い縁談が来るんだろう。
俺は反応が遅れて目をぱちくりさせ突っ立っていた。―――なんて?愛よりも富??
一緒にいたハイライン様とリーベルトが行くぞ、行こう、と促してきてとりあえずその場を離れる。
「…愛よりも富を選択って…私、金目当てにジュリ様と婚約したって思われてます?」
「……」
「そう見えるに決まっているだろう、馬鹿が」
リーベルトは苦笑したがハイライン様は呆れたように溜息を吐く。
「私達はちゃんとわかってるよ、デウス。でも周りはやっぱり…」
「うーん…そうなってしまうか…」
言われてみればそりゃそうか。ジュリエッタ様…改めジュリ様は顔の評判が著しく…アレなので…。
好みの顔の人を好きになるとは限らないとはいえ、見た目はまぁ、大事だからな…俺も全く見た目で選んでいない訳ではない。ジュリ様の顔も好きなんだよ、周りの理解が及んでくれないだけで。
不本意だけどいっそブス専と思われた方が良かったのだろうか…?
でもそういうことになってしまうと、普通に人を褒めた時に『ブス専に褒められたってことは…私…』みたいな疑心暗鬼を生み出す可能性がありそう。それも人間関係にいらぬ溝を生みそうで気が進まない。社交する上で人を全く褒めない訳にもいかないし、悪趣味であるとされるのはちょっと困るのだ。
「そうだデウス、今日リリーナが来るんだ。会ってくれないかな」
「え、そうなんだ。勿論会うよ」
貴族学院は侍従や保護者、卒業生の立ち入りは式典等の特別な時以外禁止だが、生徒の弟妹に限って割と気軽に入ることが出来る。玄関の事務室まで兄姉が迎えに行き確認が取れれば許可証を渡され学内を周れる。入学前は12歳までだし子供だからセキュリティ的にも許容されてるのだろう。院内を見学したりお茶会に参加したり、10歳以上だと早めに社交に取り掛かっている子も多いそうだ。
10歳前後でもう将来を見据えて社交を……えっっっらい……
リリーナは俺が知っている中ではその筆頭で、以前俺がピアノ弾いた時も来てたしちょくちょく来ている。
社交上手で色んな噂を知っており俺にも有益な情報を与えてくれる有り難い存在だ。時々「お教えしてもいいですが、では次のレシピを我が家が買う際には二割引きでお願い致します」などの交渉をしてくるし本当にしっかりしている。
放課後にリーベルトについて行き事務室でリリーナと顔を合わせた。
「久しぶり…というほどではないかな」
「そうですわね。アマデウス様、ご婚約がお決まりになったのですね。お慶び申し上げます」
「ありがとう~」
デヘヘという腑抜けた顔になると、リリーナがフッ…、と微笑ましいものを見たという顔で笑う。年下にそんな顔されてていいのか俺は。いいか、年下とは思えないほどしっかりしてるリリーナだし。
「実はそのことに関して、アマデウス様に少々お聞きしておきたいことがあるのです。エーデル様とアルピナ様と一緒に、よろしいでしょうか」
エーデル、アルピナというのはアジェント男爵令嬢とムツアン子爵令嬢の名前だ。リリーナとお友達で、俺の楽譜のお得意様。彼女達とは手紙で頻繁にやり取りしているらしい。
お茶会室を予約していたようで、俺とリーベルトはそこで彼女達と落ち合った。
「ご足労頂いて恐縮ですわ、アマデウス様。リリーナ様にお誘い頂くのが一番自然かと思いまして」
アジェント男爵令嬢エーデル様が申し訳なさそうに言う。緩い巻き髪の明るい緑の髪で目がぱっちりした令嬢だ。性格も明るくてモテてたような気がする。
「そんなに気を遣われなくとも大丈夫ですよ、お友達なんですから」
そう言うと二人ともびっくりした顔で三秒ほど止まった。
「お友達と思って頂けていたなんて…」
「まさか…」
そんな驚く?男と女だから同性の友達よりはちょっと距離はあるが、割と話すしもう数年仲良くしてるしお友達といっても過言じゃないと思ってたんだけど……厚かましかっただろうか。
「嬉しいですわ…信奉する会の方々も喜んで下さると思います…」
良かった、嫌がられてはいないようだ。
ムツアン子爵令嬢アルピナ様は青紫のストレートロングで切れ長の目をした令嬢。頬に吹き出物の痕のようなものが薄らあるのでこちらの世界ではおそらく平凡顔。クールな美少女にしか見えないが。
「…信奉する会?」
「…黙っておりましたが、わたくしアマデウス様を影ながら応援する会である『アマデウス様を信奉する会』の会長をさせて頂いておりますの。ご本人に無断で、申し訳ありません」
「いえ、別に構いませんが…」
「お許し頂いて…ありがとうございます」
俺のファンクラブっぽいものがあるという噂はちらっと聞いているが詳しいことは知らない。ファン活動というのは本人に知られていたらやり辛く感じる場合もあるだろうと敢えて知ろうとしなかった。しかし向こうから来てしまったらどうするべきだろう。公認とか…?あ、もしかして今俺公認しちゃった?まぁいいんだけど……
そしてアルピナ嬢が会長だったの?!
「わたくしが副会長です」
エーデル嬢が副会長。はい。
「現在30名ほどが所属しておりますわ」
そんなにいたのか。10人くらいかなと想像していた。まあまあ強豪校の部活部員くらいいるんじゃないか。嬉しいがその会ってどういう活動してんだろ。
まぁそれは今は置いておいて。
「私に聞きたいことがおありとか…」
アルピナ嬢が迷うような困ったような顔になり、ちらりとリリーナを窺う。
「はい。……その…」
リリーナが目配せして頷いて見せると、真剣な顔で俺に向き合った。
「アマデウス様。わたくし共は、今回のご婚約を、お祝いしてよろしいのでしょうか…?!」
俺はまたしても目をぱちくりさせて黙った。数秒の沈黙。祝っていいのか、とはどういう意味だろう。
「……祝っていいか、とは…?何故祝ってはいけないとお思いに?あ、何かお祝いのパーティーをしたいとかそういう…?」
「いえ、そうではなく」
違った。
「つまり…アマデウス様は、今回のご婚約を心から喜んでいらっしゃると思ってよいのでしょうか?」
「勿論です、嬉しいですよ」
首を傾げると挑むような顔をしていた二人の令嬢はふと困惑顔になる。
「ですが、アマデウス様は…カーリカ侯爵令嬢と恋仲ではなかったのですか…?」
「はい?!ちっ違います違います」
ルドヴィカ様と良い仲ではないかと噂が立ったのだったな。と、いうことはもしかして……
「…もしや…お二人とも、私が無理矢理ジュリエッタ様と婚約させられたと思ったのですか?」
「そういう見方もあるのですわ」
リリーナが淡々と言った。
ウワーッ!!誤解!!!
「ルドヴィカ様とは全然そういう仲ではなかったですし、ジュリエッタ様に婚約を申し込んだのは私の方ですから…!」
「そういう圧力をかけられたということではなく、でしょうか…?」
「無理強いされてませんからね?!」
全力で否定すると二人の令嬢はぽかんとした後すっかり気の抜けた顔になった。
「本当にそうでしたのね…」
「公爵家から脅迫されて恋人と引き離されてしまわれたのではないかと、わたくし達…」
「だから言ったでしょう。わたくしが言っても二人とも信じて下さらないんですもの」
リリーナはこの婚約が俺の意思だとわかっていたらしい。流石幼馴染。
「すみません。リリーナ様の言う通りでしたわね…」
「信じ切れなくて申し訳ありませんでした…」
俺のファンの令嬢二人はやきもきして直接本人に聞きに来たのか。
「…心配して下さったんですね。ありがとうございます、アルピナ様、エーデル様」
二人は いえ、真意が知れて良かったですわ、お時間頂いてありがとうございます と丁寧にお礼までしてくれた。本当良いお嬢さんたちである。この二人が統率してくれてるならファンクラブも心配いらなそう。
「しかしそんなふうに見えるんですね、はたから見ると…」
溜息を吐くと、リリーナが紅茶を飲みつつ俺をちらりと見て言った。
「どちらかといえば、アマデウス様が権力に目が眩み、恋仲だったカーリカ侯爵令嬢を裏切ってシレンツィオ公爵令嬢へ乗り換えた…という見方のほうが優勢ですわね」
「はい?!」
クズ野郎やないかい!!!!!!
なんてツッコんでる場合ではない。俺だそのクズ野郎は。いや全然事実ではないが。
付き合ってた美女がいたのに、器量が悪いことで有名な金持ちの娘と婚約したクズ男に見える訳だ。婚約で金持ちの役職が手に入るから、美女を捨てて。
前世でどこかのそんな噂を耳にしたら、俺だって そりゃ金目当てやろなぁ… と思うだろうな…思ってしまうなぁ……!
ドラマなら事件が起こる前置きみたいな設定だよ。どろどろの恋愛模様か殺人事件が起きる。
「ルドヴィカ様とは本当にそんな関係じゃなかったんですが…!?」
「それはわたくし達のように入学前からアマデウス様を存じている者は何となく察せられるのですが…アマデウス様は本当に誰にでもお優しいですから。ですがよく知らない者から見れば、そういう見方になってしまうようですわね…」
エーデル嬢が不満そうに言う。
俺が脅されているかもという見方は大分俺に好意的なほうだったということだ。
「この噂は広まるのが妙に早いですわ。アマデウス様の悪い噂を広めたがっているかのように…噂には噂で対抗せねばなりません。…アマデウス様。はっきり仰っていいんですわよ。カーリカ侯爵令嬢をどう思っていらっしゃったのです?」
「ですからそんな関係では…」
「本当はどう、思ってらっしゃったの?」
リリーナが念を押すように繰り返した。どう思っていたか?何故そんなことを今…?
噂には噂で対抗せねば と言ってたな…。
どんな仕事でも人付き合いは大事だし、貴族は特に社交も仕事の内。噂と言えど不名誉なものを放置するのは良くない。家の評判が落ちるのは困るのだ。評判一つで仕事のやりやすさは変わるから。
面子を大事にする貴族は、悪い噂は否定して口止めして、潰して回る。潰せる噂ばかりではないが、やるだけはやった方がいいとされる。
リリーナは、俺の不名誉な噂を相殺する噂を流したいということだ。この噂は…『俺がルドヴィカ嬢と恋仲だった』という話を否定出来たら土台が崩壊する…。
つまりリリーナは…俺からルドヴィカ嬢の悪口を引き出そうとしている。
それを噂で流すつもりなのだ。『実はアマデウスはルドヴィカ嬢のことを迷惑に思っていた』と。
人の悪口を広めるというのはどうかと思うけれど……それに…
「…私が別れた女の悪口を言いふらす男みたいにならない…?いや、付き合ってなかったですが」
「ご心配なく、そこは上手くやりますわ。ねぇ、お二人とも」
エーデル嬢とアルピナ嬢が頷く。二人とも俺の不名誉な噂を打ち消すために協力してくれる気のようだ。
「…全然そういう関係じゃなかった、ってわかってもらえればそれでいいんだけど…」
「お優しいのでそう仰るかとは思っていましたわ。しかし広まる噂というのは、多少刺激的でないといけません」
なるほどなぁ。大した関係はなかったんだって、なんてつまらない話では人が人に話そうと思わないのだ。噂を噂で打ち消そうと思ったら…人の興味を引く事じゃないといけない。誰かが誰かに向けた悪意のように。
……ごめん、ルドヴィカ様。俺の為にもジュリエッタ様の為にも、この噂は潰したい…。
「……正直なところルドヴィカ様のことは…誤解されそうな発言を何度やめてくれと言ってもするし、無遠慮に触ってくるし、一度捕まるとなかなか逃げ出せない、話が長くて面倒な方だと、思ってました…」
「まぁそうでしたのー。それはお気の毒に」
「付きまとわれて困ってらしたのですね!わたくし達気付かなくて愚かでしたわ」
「お任せください、アマデウス様のお心を知らない方達にはわたくし達が密かにご説明致しますわー!」
一応本音ではあるが、気まずさMAXの顔で言うと三人の令嬢が笑顔の棒読みで返した。
……次出すレシピを買われる際は、三割引きにしときます、リリーナ様。
思わず様付けだった。
※※※
「罪悪感を覚える必要はないんじゃないかな、ルドヴィカ様ってジュリエッタ様にかなり態度悪かったらしいし」
「そうなの?!…誰から聞いたの、それ?」
ずっと黙っていたリーベルトが、帰り支度をして正門まで歩いている間に言った。リーベルトに知らせるのに何で俺には教えてくれないんだ?そしてリーベルトは何故俺に教えてくれなかったんだ。
「…プリムラ様。口止めされてたんだ、ジュリエッタ様の親友のプリムラ様からルドヴィカ様の悪口がデウスに伝わったら、ジュリエッタ様からデウスにルドヴィカ様と仲良くするなって圧力をかけたみたいになるかもしれないでしょう?」
「…なるほど」
プレッシャーをかけないように、ジュリ様が大分俺に対して気を遣ってくれていたということか。
ああもう、…遠慮されてたのがわかるともどかしい。やさしいんだよな、ジュリ様は周りのことをよく考えて気にしていると思う。だから、…周りにどう思われているかも、しっかり気にしているんだろうな。
プリムラ様が「その調子で」と言ったのは、俺とジュリ様が本当に想い合っているのだと、周りに示し過ぎるくらい示していった方が良いということだったのだろう。
―――――不名誉な噂を払拭するには、盛大なイチャイチャを見せつけていかないといけないということか。
……うん。望むところだ。見せつけてやろうじゃねえか!!見てろよ!!!イチャイチャしてやっからな!!!!!




