邂逅
のど自慢大会は盛況のうちに終わった。
舞台は楽器工房の領域になり、子供向けの小さなリュープや太鼓、平民にも手が届く値段の簡素な笛などが沢山並べられて売られている。
工房の職人らしき人が数人で楽器をかき鳴らして人々を楽しませていた。
私は目の細かい赤褐色のベールと私を隠すようにして歩いている二人の私服の騎士のおかげで町を歩くことが出来ていた。
連れてきたくせにお父様はお父様で空色の髪のカツラを被ってどこかへ行ってしまった。髪が短いとカツラですぐに変装出来て良いなと思うけど、カツラをすぐ被れるほど髪を短くする女は修道女くらいなので難しい。
舞台の裏がどうなっているのか気になって少しだけ…と思って覗きに行ったら、何故か見張りの騎士がいなくて、男爵令嬢が看過出来ない暴言と共にアマデウス様と親しいかのようなことを言っていたのでつい手を出してしまった。
女らしい体の美人だったのでもしやと思ったが、アマデウス様と面識はないと言う。紛らわしい。やはりアマデウス様は女性好きという訳ではないのかしら。こういう誤解が積み重なってそう思われているだけなのかもしれない。でもそうだったら私が彼に与えられる利益が地位くらいしかなくなってしまう……
ルドヴィカ嬢には建前上彼が地位を欲しているかもしれないでしょうと言ったけれど、アマデウス様が地位を欲しているように見えるかと言われたら、あんまり…、と思う。
伯爵の跡継ぎの座も姉のものという姿勢を崩さないし、財を成しているのも趣味の音楽の為の資金集めと言って憚らない。
公爵家の富は欲しいかもしれないけれど、自分で稼ぐことが出来ている彼に特に自由に出来る訳でもない財は魅力的に映らない気がする。
出店や町を巡りながらのど自慢大会も部分的に見たけれど、アマデウス様がこの大会を開きたかった気持ちがわかった気がした。
そこにいる人々の気持ちが音楽で一つになったような、不思議な感覚。自分と同じ経験をしている人が周りにいると感じる心地よさ。人々の笑顔、感嘆、拍手。見に行ったことはないのだけど謝肉祭や新年の祭りはこういう感じなのかしら。
色んな歌手の歌を聴くのも実に面白かった。誰に投票するか吟味しながら客席で聴くのはとても楽しそうだ。
そして……
アマデウス様の楽師が―――――あの曲を歌った。
“ 君に自信がないことが不思議だ ”
“ 隠す必要なんてない そのままで充分 ”
“ 可愛い人、君は僕の世界を照らしてくれた ”
“ でも君は俯いて笑うから 伝えるのが難しくなってしまう ”
“ 君が僕の目で世界を見ることが出来れば きっとわかるはずさ ”
“ 君は気付いていないんだね 君が綺麗だということに ”
………あれは、アマデウス様が私に歌ってくれた歌で間違いないはず。
でも、内容を考えると私に合っているとは思えない。だって、……そんなこと。有り得ない。
でも……もし……
そんな訳がないと思う気持ちと良い方に考えたいという誘惑が胸の中で喧嘩する。動かなくなった私に両隣の騎士が困惑しているのがわかったけれど、動けない。
アマデウス様のピアノの演奏もご挨拶も、離れた所で聞き逃さないようにしていたが、あまり集中出来なかった。
「—――――――――――――――――……ジュリエッタ様?!」
ついにアマデウス様のお声の幻聴が……と思ったら。
彼がいた。
私に駆け寄ろうとして騎士の一人に手で遮られている。後ろから彼の若い侍従が疲れた様子で追いかけてきていた。
「わっ、あぁ、そうですよね護衛がいますよね」
「…あ、いいのです、この方は。…な、何故私だとおわかりに…?」
「ついさきほど来ていらっしゃると伺いまして、さがしていたんです。顔までしっかり覆ってらっしゃるのと、背丈とかで…良かった、見つけられて」
息を吐いて笑った彼の額に汗が伝った。
細められた緑の目が、露わになっていない私の目の位置を真っ直ぐ捉えている。
嗚呼、……好き。
こちらの顔は見えていないとわかっているのに、何だか恥ずかしくなって顔を俯けてしまう。
「ご、ごめんなさい、父が…視察に行きたいと言いまして。何もお知らせせずに…」
「いえ、ティーグ様…伯爵が私に知らせないで良いと仰ったんでしょう?確かに、大会の準備でいっぱいいっぱいだったから正しい気遣いではありましたけど…あ、…」
周りがやけに静かだと気付く。私達は注目されていた。先ほど町の人々の前に名前と顔を晒したアマデウス様は民から興味津々で見られているし、私は大人二人に守られベールを被った変な少女だ。見られて当然である。
「…ジュリエッタ様、よければこちらへ」
※※※
町の人々が時々集まって話し合いなどをする場所で、集会所というらしい。広場のすぐ隣の建物だ。
そこの二階の部屋に入ると、窓から舞台がよく見えた。
部屋の扉近くには若い侍従と交代したアマデウス様の年寄りの方の侍従と私の護衛の女騎士が一人控えている。
「…お時間を取らせてしまい申し訳ありません、アマデウス様。お忙しかったでしょうに…」
「もうやるべきことはほぼ終わりましたから大丈夫です!何かお食べになりましたか?」
「パンが売っていたので、それをベンチに座って…頂きました」
ベールの中にパンをすっかり取り込んで食べた。お茶会でそれをやるのはどうにも不作法だが、こういう場なら文句を言う者はいないので。悪いことをしている気分で落ち着かなかったけれど。
「貴族の家で出るものとは少々違ったでしょうが、お口に合いました?」
「少し…固かったですが、美味しかったです」
「それは良かった。はは、割と固いですよね。あ、お茶が出せたら良かったんですが…ここには設備がなくて」
「ああ、お構いなく…!」
「…よろしければ伯爵邸にいらっしゃいませんか?馬車で行けばすぐですから」
「いえ、父と合流しますので…それに父が煩わせないとお約束したようなので、お世話にはなれませんわ」
「ああ、なるほど…そうですね」
残念そうに笑う彼に、嫌がっている訳ではないと表したくて言葉をさがす。
「でも、その、…ご迷惑でなければもう少しここで…」
―――もう少し、一緒にいたい。
舞台の方から軽やかな音楽が聞こえる。
もう片付けられた客席があった敷地で、いつの間にか民達が音楽に合わせて踊っていた。
二人組になり手を取ってくるくると回る。入れ替わるように次の相手の手を取って、また同じ踊りを繰り返す。
祭りのダンスというのはああいう感じなのか。
貴族の場合、学院卒業後正式に社交界に出たら度々夜会や式典で踊ることになるので、ダンスは教養の一つとして必須だ。しかし私の場合、ダンスの相手がいるかどうかわからないなと思っていた。勿論ちゃんと習ったし一応出来るが…。
「…ジュリエッタ様。よければ、踊って頂けませんか?」
アマデウス様が少し照れた顔で私に手を差し出す。
「えっ…は、はい」
驚いたけれど思わず手を重ねた。彼から手を出されてそれを取らないなんて有り得ない、と咄嗟に了承してしまったがまだ何を言われたか理解は出来ていない。おどっていただけませんか。おどって。おどる?
「え、えっと…ダンスを踊るのですか?」
「あー、楽しそうだったものでつい…」
「えっと、わたくし…あまり、ダンスは上手ではないのですが、それでもよろしかったら…」
「…実は、私もそんなに。すみません、うまく先導出来ないかも…。でも…ジュリエッタ様と、踊ってみたくて」
恥ずかしそうに頬を染めた、好きな人にそんなことを言われて断れる訳がない。
「……よっ、喜んで…」
向かい合って手を取り合う。基本の構えで、基本の足運びで音楽に合わせる。
民達のとは違う、二人で完結するダンス。
基本のダンスで踊るものとは違って拍子が早めで少し難しい。足がもつれそうになると少し止まって、顔を見合わせて笑う。彼も確かにそこまで達者ではない。失敗してもお互い様だと思える。
がらんとした部屋で、付き添いは部屋の隅に控えているけれど、まるで二人きりになったような錯覚をしてしまう。
――――――いつまでもこの音楽が続けばいいのにと、心臓が切なく締め付けられた。
そう思ったけれど、何回か繰り返した所で舞台の音楽が止まった。曲が変わるようだ。
「これくらいにしましょうか」と彼が言う。名残惜しく思いながら手を離した。
「…楽しかったです。…本当に」
私の気持ちなんてわかってらっしゃるはず。
弄ぶようなことはなさらないと思うけれど、でも少し浮世離れしていらっしゃるところもあるので、他意がない可能性も……
期待してしまう心を抑えながらも縋るようにそう言うと。
「……ジュリエッタ様。…ベールを上げてもよろしいでしょうか」
彼が熱っぽい目で私を見つめながら、そう言った。




