新しい楽師
「…報告を待ちましょう。うん。今はそれしかない…彼が戻るまでに、話を済ませておきましょう」
「はぁ…」
令息はまだ落ち着かなそうではあったが気を取り直してあたし達を見据えた。
「マリアさん、ソフィア、スザンナさん。良ければ、私の演奏会の歌手として働きませんか?」
「演奏会…?」
「ああ、マリアさんとスザンナさんは隣の領からの参加でしたね。私は領内で定期的に演奏会を行ってます。楽師達や楽器工房の音楽仲間と。まだまだ発表できる楽曲があるのですが、女性の歌い手が欲しいと思っていたんです。私達が提供した曲を覚えて、練習してもらい、演奏会で披露してもらいたいんです。勿論お給料はお支払いします、練習に来た時間分も。
本職が忙しい、そんな気がないということでしたら、勿論断って頂いて大丈夫ですが」
――――――――――――勧誘されている、のか。歌手として?
やっぱり夢を見ているんじゃないだろうか。
本当に賞金が貰える上に、こんな都合の良い話が転がり込んでくるなんて。
「…あたしにも言ってんのかい?」
スザンナが訝し気に聞いた。
「ええ、その為に来てもらったんですよ。水濡れの事情聴取も必要ではありましたが」
「でもあたしは入賞した訳でもないのに…」
「審査員…私達三人の点が一番高かったのは貴女ですよ。因みに合計点は4位でした」
「!!あたしが?」
「とにかく声量がある、これは得難い資質です。粗削りな印象は有りますが歌もかなり上手い。何故か水に濡れていたのと…失礼ですが他の出場者の外見が良かったことが、客席の票が振るわなかった理由かと」
「…というか…結局演奏会に客を呼びたいって話なんだろう?あたしは太っちょだし見た目もアレだけど…いいのかね」
「私が欲しいのは、良い歌い手です。客は主に音楽で呼ぶものと思ってますよ」
令息…アマデウス様はスザンナを真っ直ぐ見つめてそう言った。
さっきから感じていた。アマデウス様はあたしを特別な目で見ない。あたしを見た男は大抵他の女に対するものとは態度を変えたり、価値を見定めるような目で見る。でも彼はそういうところが無い。スザンナにもソフィアにも、あたしにも、同じ目で同じ態度。
平民の女をそういう目で見ないだけかもしれないが、それはそれであたしにとってはなんていう僥倖だろう!
あたしはごくりと唾を飲み込み、意を決して口を開く。
「…お話しをお受けする前に、申し上げなければならないことがございます。わたくし、娼婦ですの。それでも雇って頂けますか?」
「!娼婦…ですか。 …ラナド、やっぱり少し問題あるかな」
「うーん、そうですね…娼婦を囲っていると噂される可能性はあります」
「そうだよね。うーん、そういう噂されること自体はもう今更なんだけど…ジュリエッタ様に誤解されたら嫌だな…そこだけ…」
「一応、今回頂いた賞金で娼婦を辞める予定ではありますわ」
「!そうですか…それならいいんじゃない?ラナド」
「いや、元娼婦と知れたらどっちみち囲っていると思われるでしょう………あ。結婚していれば言い訳が立ちそうですが。そうだ、ロージーと結婚するのはどうでしょう」
「はっ!?ラナド様、何言い出すんですか?!」
「バドル翁では歳が離れすぎているし私は妻子がいるし…平民出身のロージーならば娼婦と結婚していても不自然ではない」
「それで雇って頂けるのでしたら、わたくしは構いませんが」
「ええ?!いやいやいや、俺は嫌ですが?!だって…その…」
娼婦となんてごめんなのか、想い人がいるのかはわからないが楽師ロージーは本気で嫌そうだ。妙に下心を出されて照れられるよりかは個人的に好印象である。こういう堅物の方が仕事をやる上でも色気を出してこなさそうだし。
「まぁ、普通嫌だよね。ロージーも誤解されたくない人がいるだろうし、良い手だとは思うけど…」
「べべつにそんな人はいませんが」
いそう。
「………マリアさんのお気持ちはどうです?有り体に言うと、私に雇われたら私が満足するまで歌い方を試行錯誤してもらいます。その歌の良さを充分表現出来ていると思えるまで何度でも歌い直してもらうつもりです。それでも、歌を仕事にしたいと思いますか?歌を嫌いになってしまう可能性もあります」
その言葉と、アマデウス様の真っ直ぐな目から、音楽への愛を感じる。妥協しない愛。
あたしも、そうあれたら。
出来ることなら―――――――――――そうなりたい。
「構いません。歌手として、楽師として雇って頂けるのでしたら、飢えないだけの給金を頂ければ文句は申しませんわ。母も娼婦で、娼婦としての生き方しか知り得ませんでしたが、歌で生計を立てられるのならそれ以上の喜びはありません。どうかわたくしを雇って下さいませ…!」
アマデウス様は目を瞬かせた後破顔した。
「いやいや、ちゃんと給料は出ますから安心して下さい。これくらいで考えてますが…」
「いやいいんですかデウス様、好きなご令嬢に誤解されるかもしれないって話は…。対策を断った私がいうのはなんですが…」
「………大丈夫!!どっちみち女誑しだって噂はずっと流れてんだから、真摯に説明してわかってもらうしかない。周りに女性を全く置かない訳にもいかないんだし。可能性だけを考えたらメイドだって周りに置けなくなる。疑われたら証言してくれるでしょ皆?!マリアも!私の潔白を証言してくれるね!?」
「真実を証言するまでですわ」
「よろしい!!心強い!!!!!」
心強いって。自分の潔白に自信があるようだ。…本当、珍しいお貴族様だこと。
好きなご令嬢とはもしかしてあの黒騎士様だろうか。もしそうで、アマデウス様が彼女と結婚すれば間接的に彼女にお仕えすることが出来るかもしれない。
…なんて、そんなうまくはいかないか。
差し出された給料の予定の板を見てスザンナもソフィアもあたしも目を丸くする。
「一回の演奏会でこんなに!?」
「練習中も一時間ごとにお給金が出るなんて、いいのでしょうか…」
「あ、マリア、楽師として雇った場合練習時間の報酬は楽師としての月給のうちです」
「承知致しました。問題ありませんわ」
「二人はどうしたいですか?」
問われたスザンナとソフィアは少しだけ沈黙し、答えた。
「…あたしの本業は農婦だから、楽師にはなれないね。でも是非練習と演奏会に参加させてもらいたい。これだけもらえれば安い部屋なら借りられるし、村に充分なものを買っていけるよ…!」
「私も修道女見習いの仕事がありますので…空いた時間でよろしければ、是非やりたいです。孤児院の子供達に美味しい物を食べさせてあげたくて…」
…二人とも自分の金で他人の為になることばっかり考えていて、本当に善人だ。
この二人に会えたこと、黒騎士様に会えたこと、アマデウス様に逢えたこと。あたしはまだ生きていていいと神に言われているような、運命を感じる。大袈裟かもしれないけど。
「勿論それでいいですよ。それでは歌姫たち、これからよろしくお願いします」
アマデウス様はにこやかにそう言ってあたし達一人一人と握手した。
…貴族が握手するのは対等な相手とだけだ。
あたし以外には通じていないが、これはわかってやっている。対等だと、あたしたちを仲間だと態度で示してくれている。
応えよう、この人に。捨てる予定だったこの命の全てで、全力の歌で。
「―――――――――ハァ、ハァ、アマデウス様、……っ」
息を切らして若い侍従が帰ってきた。汗だくでアマデウス様の耳元に何かを報告する。
「ほ、~~~~~~~ほんっとに来てるの!??!!?!は~~~~~~~~~~~?!!??!?」
アマデウス様は唸りながら叫んで頭を抱えて机に突っ伏した。
何が起こったか知らないけれど、つくづく、変な子だな……。




