事情聴取
笑顔の人々の拍手と歓声に包まれて、あたしは夢を見ているみたいな心地だった。まだ少し信じられないが、司会の人が終了を唱えて大会が終わる。
花束を抱えて舞台を降りる。足元がふわっとしている気がする。酔っ払った時みたい。
「上位三名は賞金の受け渡しがあります、こちらへ!それ以外の歌手にはお土産があります、受け取って帰って下さい~」
司会の夫人がてきぱきと人を捌いている。
「マリア、小金貨一枚あれば…借金は清算出来るんじゃないかい?」
スザンナが小声であたしに聞いた。
「出来るわよ…」
借金は大体大銀貨7枚程度だ。借金を払っても大銀貨3枚お釣りがくる。
「じゃああたしはその辺の屋台でも見て…」
「スザンナさん」
審査員の楽師、確かバドル翁と言われていた老人がスザンナを呼び止めた。
「ん?」
「貴女も是非集会所に。アマデウス様が貴方にお話ししたいことがおありです」
「あたしに…?あ、濡れた格好で舞台に上がったの、怒られたりするのかい…?」
「いえいえ、悪いお話ではありません。そのことに関してもお尋ねしたいことはございますが…」
揉め事の詳細を知りたいのかもしれない。
…あの伯爵令息は、子爵令息の馬鹿息子とは全く雰囲気の違う少年だった。
威張ったり平民を見下したりもせず、むしろ平民の中に溶け込むこともしていた。あたしが見てきた貴族像と噛み合わない。親切そうに見えるからといってすぐに信用は出来ないが、素晴らしい楽器の腕といい、町の人間から慕われているところといい、…そして黒騎士様のご友人。
おそらくスザンナを悪いようにはしないだろう。
集会所へ歩いていると立ち見していたジョンが肉の串を食べながら近付いてきた。満喫してる。
「まさか優勝するとはな…おやっさんも驚くだろう」
「そうね…あたしも驚いてるわ」
スザンナとジョンも一緒に集会所へ入る。予選をやった部屋に呼ばれ、ジョンはまた部屋の外で待たされた。
部屋には伯爵令息と侍従、審査員の楽師たちが待ち構えていた。控えていた緑の髪の若い侍従が前に出て説明する。
「上位の皆様、この度はおめでとうございます。こちら、賞金が入った保管庫の鍵です。これから保管庫へ行って確認してもらい、保管庫の職員と本人登録と確認を行います。よろしいですか?」
同意すると、一度花束はここに置いて行っても構わないと言われたので抱えていたそれを一旦置いた。
「保管庫へ行く前に、お三方にお聞きしたいことがございます。スザンナさんが舞台に上がる前に水をかけられてしまった件ですが…それをした人は、11番で歌う予定だったフローラ嬢で間違いありませんか?」
伯爵令息が笑顔を消して訊いてきた。彼はソフィアに目を向ける。修道院にいることはもう把握しているか。
「はい…フローラ様で間違いありません…その、大変申し訳ないことを…」
「ソフィアが止められる相手でないことはわかってますよ」
令息は謝るソフィアを困ったように笑って許した。顔見知りだったのか。
「何故スザンナさんに水をかける流れに?」
目線を向けられてスザンナが話す。
「あー、マリアにかけようとしてた所をあたしが庇ったです」
「え…何故マリアさんに…?」
「自分より美人だから気に入らなかったんじゃないかい」
令息はわかってなさそうな顔で首を傾げた。「そんなことある…?」と不思議そうにしている。
あたしはどうやらあの女への批判的な発言をしても大丈夫そうだと思って口を開いた。貴族に話す時は一人称は“わたくし”にする。
「わたくし、フローラ嬢から“伯爵令息に頼めば死刑にしてやれる”と言われましたわ」
「…はっ?!」
感情を表し過ぎないように教育されているはずなのに、貴族らしくない少年だ。ひどく驚いて目を丸くした。
「まぁ、それはわたくしが『どれだけ殴ればあたしは死刑になるのかしら』とフローラ嬢に言ったからですが…」
「なん…何でそんなこと言ったの???」
「ちょっと事情がありまして、その時死にたかったので…あとスザンナに狼藉を働かれて怒っておりまして」
「お、おぉ…?」
令息はますますわからんという顔をした。あたしの事情を知らないのだから無理はない。
「…とにかく、フローラ嬢は『死刑にしてやれる』と貴女を脅した訳ですね。私の名を使って」
令息は額を押さえて悩まし気に口を歪める。ソフィアも頷いた。
「…フローラ嬢にはよその領に移ってもらうことになりそうです。アンヘン」
「承知しました」
侍従にどこかへ報告させるのかしら。罪に当たるのかは知らないが、ソフィアの傍からいなくなるのなら安心だ。
まともな対応をしてくれそうで助かった。
「アマデウス様はあの胸デカ…フローラ様とやらと仲が良かったんじゃないのかい?あ、じゃないんですか?」
スザンナが下手な敬語を使うとハラハラするが、令息は気にした様子はない。
本当に平民に慣れているのだな…。
「いえ、会ったこともないですよ。去年から修道院にいたなら貴族学院でも会いませんし」
「ええ?!会ったこともないのに…面の皮が厚いねぇ」
「平民相手なら露見しないと思ったのかもしれませんね…困ったものです」
はぁ、と溜息を吐いた彼に、そうだ伝えていないことがあったと思い至った。同じく“困ったこと”と仰った黒騎士様のことを。
「あの、殴り掛かりそうだったわたくしを止めて下さったご令嬢がいらっしゃったのです。フローラ嬢に貴族の言葉には責任があると…厳しく言い聞かせて下さいました。アマデウス様のお知り合いでいらっしゃったようですが、かの御方にどうぞお礼をお伝えして頂きたく存じます。剣の扱いに長けた黒髪のご令嬢です。わたくし、幼い頃から憧れた本物の騎士にお会い出来たような心持でしたわ…」
「あ…」
ソフィアが少し「それ言って良かったのかしら…」という感じの顔をしていたが言わないと御礼が伝えられないので仕方ない。そうか、お忍びと言っていたか。でも他の高位貴族が領に入っていてそれを把握していないということはないだろう。
と思ったが。
「…………え、あの、はい……?黒髪と言いました…?まさか…………いや、え?!」
目を見開いて動揺した令息は侍従の顔を見たが、侍従は二人とも首を横に振った。侍従も驚いた顔をしている。
令息は顔全体に焦りを滲ませて、何か考えているようだった。少し顔が赤くなってきている。
「か、確認して参ります!」
若い侍従が走って出て行った。…何だかとても慌てさせてしまったようだ。




