父二人
のど自慢大会の七日前。
準備に忙しくするアマデウスの背後で、ティーグ・スカルラット伯爵はシレンツィオ公爵から面会希望の手紙を受け取った。
返事をして二日後に、シレンツィオ公爵城にて二人は顔を合わせた。
「お久しうございます、ティーレ様」
「暫くぶりだな、ティーグ殿。座ってくれ」
二人は若い時分に騎士団の合同訓練の際に顔を合わせ、名前が似ていることで親近感を覚え、お互いの腕を認め合う仲だった。お互いに親の跡を継いだ後は国の催しくらいでしか会うことはないが、顔を合わせれば会話を楽しんだ。
すっかり夏になった、今年の夏は嵐が来なくて良かった、果物の値段も安定して…等の世間話を少しして、公爵が本題に入る。
「御子息、アマデウス殿の噂は聞いている。音楽神に愛されし天才と名高いが、ティーグ殿から見たアマデウス殿はどういう息子だ?」
「あれは少々変わってますが、優しい子です」
「変わっている…というと」
「男爵家で平民出身の使用人に囲まれて育ったせいなのか、驕らず平民に親切に出来ます。幼い頃から音楽に対する情熱があり、音楽に関すること以外で贅沢は全く言いませんな。引き取った当初は投資と思って色々与えましたが、今では充分己で稼いで己でやりたいことに使っています。アマデウスのおかげで他領から楽器の買い付けや腕の良い職人が集まって来ていますし…楽譜の売り上げもなかなかのもの。どこから見つけて来たのか異常に多くの楽曲を知る老詩人を雇っていまして、まだまだ出せる曲があるようです」
料理のレシピの売り上げもあったが、それは料理長名義なのでティーグは黙っていた。
「新しい楽器を開発し、学院に寄付したとか」
「ピアノと名付けられた物ですな。表現力のある楽器です。もう三年前になりますか、楽器工房に押しかけ職人と話し合って、随分拘っていました。完成形が既に頭の中にあるかのように」
「……天才、か…」
公爵は少しだけ皮肉気に口の端を上げた。
「…御息女の伴侶には、相応しくありませんか?」
「……いや。むしろ、そこまで才のある令息では…引く手数多であろう。もっと凡才の方が交渉しやすかった」
「と、言いますと…」
伯爵は公爵の口から婚約の申し出が出ることを期待していた。その話をしに来たことはお互いわかっている。格下から器量の良くない子女へ縁談を申し出るのは権力目当てと思われやすい。可能なら上から打診されたいと思っていた。
「数年前に、アマデウス殿付きのメイドを二人解雇なさっているな。貴殿の口から本当の所を聞きたい」
無表情の公爵が話題を変えたことと内容に伯爵は目を瞠った。
「…もしや、あの子がメイドを襲ったとお疑いですか?」
「なに、糾弾したい訳ではないのだが、女好きとの噂であろう。女誑しであることと女癖が悪いことは、別だからな…そこを確認せねば納得しない者がいるのだ」
公爵は義兄の顔を思い浮かべながら気まずい思いをしていたが、表情には出なかった。
伯爵は脳内で頭を抱えつつ顔に憂愁の色を浮かべた。
「……あの件は、届け出た内容と相違ありません。あの子に悪い所があったとしたら…雇っていた器量の良くないメイドに優しくし過ぎた、それくらいのものです。…悪いことをしたと思っているのですよ、まだ11でした…一歩遅ければ女性恐怖症になってもおかしくなかった。使用人の不始末は雇い主の私の責任です」
「………」
「必要ならば当人達に聴取して頂いても構いません。加害者の計画を黙っていた方のメイドはもう牢を出て他家で奉公しております。加害者のメイドはまだ牢にいますが」
「いや、それには及ばない。貴殿がそこまで言うのだ、信用しよう。……モテるのだな、御子息は」
口調を崩して溜息を吐いた公爵に伯爵も緊張を解いた。
「そのようです。そこまで目立つ美形という訳ではないのですが、昔から愛想が良いもので」
「しかしうちの娘の素顔にもというのは、並大抵の愛想の良さではない。…アマリリス夫人の息がかかっていないと言い切れるか?」
「…ああ…御心配なく。それは、言い切れます」
「ほう」
「アマリリス夫人は、息子に興味がないようです。アマデウスを引き取って6年…一度も連絡や面会希望を寄越したことはありません」
「一度も?…そうか…」
養子に取られた子供はもうその家の子なので、その家の長の許可無しに会うことは基本出来ない。やむを得ない事情や良い条件で引き取られた子供に生みの親が年に数回面会を望むのは珍しくない。愛着があるなら当然、愛情がなくとも繋がりを保っておくことで得をする場合もあるからだ。
それが一回もないというのは珍しいくらいに実子に未練がない証明であった。
「アマデウスも、アマリリス夫人に何か吹き込まれている様子はありません。むしろ両親の事はよく知らない、知りたいとも思っていないようで、そこも少々変わった子です」
「ふむ……」
公爵は考え込むように腕を組んで虚空を見つめた。
「…アマデウス殿は、うちの娘について貴殿に何か言ったかね?」
――――――――――来た。
伯爵は獲物が罠にかかったような気分で唇を開いた。
「…これは神に誓って真実ですが…ジュリエッタ様に暴漢から守って頂いた時から、女性として好意を持っていると、聞き及んでおります」
公爵は背景に宇宙を背負ったような顔をして硬直した。
「…………………………………………ほ…ほんとに……?」
「私も驚きましたが本当です」
冷静沈着で知られる公爵が見たこともないくらい驚いているのが伝わり、伯爵は笑ってしまいそうになったのを必死で抑えた。
「…にわかにはしんじられないが……」
「暴漢の事件がある前からあの子はジュリエッタ様に好感を持っていたようですよ。声がお可愛らしいと言っておりました。音楽狂いである故に女性を好きになる第一条件が声になるのだとか」
「…たしかにあの子はかわいらしいこえをしているとおもう……」
まだ心が宇宙から帰ってきていないらしい公爵を見ながら微笑んで、伯爵はセイジュにお茶を新しくしてくれと頼んだ。
※※※
熱めのお茶を飲んでしゃっきりした公爵はン“ン、と喉を鳴らして気を取り直した。
「御子息が暴漢に襲われた件だが…あれは王家の隠密の仕業で違いない。貴殿もご存知だとは思うが」
「やはりそうでしたか…」
「我等が調べた結果、第一王子の地位を盤石にするために、公爵家との繋がりが欲しい者の指示だったようだ。宰相か、内務大臣あたりか…側室の王子がどうも第一王子よりも才覚が有りそうなことに焦っているのだろう」
王の側室が生んだ王子・ネレウスはお披露目の歳から侯爵家に養子に出された。アナスタシア王女の一つ下、現在11歳。跡目争いを避けるために王が臣籍に降下させたのだ。だが王子であることは周知の事実、担ぎ上げられることがないとは言えない。
「スカルラットはこちらの事情に巻き込まれた形だ。謝罪させてほしい」
頭を下げた公爵に少し慌てて伯爵は机に紅茶を溢した。
「いえ、この場合はどちらも被害者と考えております。謝罪は不要です。アマデウスは御息女に助けて頂いたことですし」
「そう言ってもらえると助かる。…これからは我が家の隠密をアマデウス殿の護衛に付けようと思うが如何か」
「正式に婚約すれば流石に手を出しては来ないのでは?」
「そう思いたいが…公爵家に婿入りするとなると周りからやっかまれることも増えるはずだ。念には念を入れたい。娘の為にも」
「そうですね…あれは平民の中をうろうろすることもありますので、護衛を付けて頂けるのならこちらも安心です」
「…監視のようにもなるかもしれんが」
「構いません。あの子も平気でしょう」
公爵はその返事で、伯爵がアマデウスの潔白を確信していると感じ、心底信用することが出来た。
※※※
「それでは…娘が婚約を申し込んでも、アマデウス殿は断らないのだな」
「ええ。あの子も申し込むつもりだと言っていましたが、企画した催しの準備で忙しかったのでまだ出来ていないようでした」
「確か、歌の大会でしたか?」
「ええ、拡声の魔道具を借りたり音を増幅する装置を作ったり…祭りの運営のような采配もしておりまして」
「祭り?思ったよりも大がかりですな。…成功すれば、また名が広まりそうだ」
「あの子は単純に色んな人間の歌が聴きたかっただけのようですが…民が楽しめるように心を砕いております」
「…見に行ってもいいだろうか」
「え?…視察に?」
「未来の婿の企画、この目で見ておきたい。うちに婿入りしてきた場合同じような催しをする可能性もあるだろう。ジュリエッタも興味があるはずだ」
父親二人は当人二人を差し置いてすっかり婚約したつもりになっていた。
「しかし…その日は私もあの子も手が空きませんので…お持て成し出来そうもありませぬ」
「お手は煩わせない。忍んで見て回ろう。領に入る許可だけもらえれば」
「それでは、祭りの後にアマデウスに少しでも…」
「いや、初めての試みに集中しているところにこれ以上心労を与えたくはない。アマデウス殿には知らせずに視察させてもらいたいが、どうだろう」
「―――…それでよろしいのでしたら、否やはございません。どうぞ見に来てやって下さい」
のど自慢大会当日朝に父から「スカルラットののど自慢大会を見に行く。伯爵から許可も貰っている。行くぞ」と言われたジュリエッタは、宇宙を背負った怪訝な顔で固まった。
数日前の父親と同じ表情だった。




