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【書籍発売中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!  作者: 菊月ランララン


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黒騎士を待ちわびて


歌う曲は『闇と戦の恋物語』にした。


冥界に攻め込もうとした戦の神と、冥界の支配者である闇の神が恋をして伴侶になる神話がある。

神話において闇の神は悪役なので、闇と死を表す黒は好かれない。戦の神も死と隣り合わせということであまり人気がある訳ではないが、勝利を司っているので騎士には信仰されている。


戦った結果二神はお互いの勇ましさを讃え合い愛し合ったが、戦の神は領域を犯すべきじゃないと地上の神々に冥界から引き戻された。

闇の神は嘆き、『私を恐れなかったのは戦の神だけ。光の神よ、私を遠ざけておきたいならかの神を私のものに』『戦の神を私の伴侶にしないと、死者を蘇らせて地上に送り込んでやろう』と地上に脅しをかける。

地上の神々は冷たく暗い冥界に降りることを止めるが、戦の神は『私は誇りある死と休息をもたらす闇を愛そう』と冥界に降りて闇の神と結婚する。


―――という神話を元にした歌だ。

闇の神が好かれないのであまり人気のある歌とは言えず、歌がある事すら知らない人もいる。あまり明るい曲ではないし、仕方ないと思う。

でも私はこの歌が好きだった。母がよく歌ってくれたから。


闇の神と戦の神の間には医術の神が生まれる。

医術の神は闇を纏う黒い騎士とされ、信心深い者が死に瀕しているところに颯爽と現れて手助けしてくれるが、遭遇したのが悪人だったら苦痛が増すと言われている。


――――――だから良い子はもう寝ないといけないのよ、と母があたしを寝かしつけるまでが定番。数少ない母との穏やかな記憶があるから、あたしは闇も夜も嫌いじゃない。

今は亡き母が病に倒れていた時、自分の具合が悪い時、黒騎士様が助けに来てくれないかとよく祈っていた。

…結局助けは来なかったのだけれど。


娼婦になり、騎士というものへの憧れもお貴族の相手をするうちになくなった。男というものがそもそも好きになれなくなった。崇高な騎士も誠実な男もきっとどこかにはいるんだろうけれど、あたしの前にそんな方が現れることはない。きっと一生。わかっている。


でも祈りのようにこの歌を歌うことはあたしの気持ちを少しだけ楽にした。闇の神が迎えに来る時に優しくしてもらえるんじゃないかという期待とともに。





「うまい!久しぶりの肉だよ!!」

スザンナが嬉しそうに出店の串を頬張っている。肉と野菜が交互に刺さっていて、焼かれて塩が少し振られた単純なものだが祭の時はこういうものがより美味しい。

あたしも朝から何も食べていなかったし一つ買った。想像していたよりも美味しいと感じる。


歌の大会に本当に出ることが出来るとは思わなかった。

しかし順位をどう決めるのか知らないが、祭りの競争の賭けと同じで八百長があるだろうと思ってる。競争は有力候補に金を握らせて手を抜かせるけど、歌の優劣なら審査員が点数を弄れば簡単だ。

大金で客を釣って、貴族の息がかかった出場者を勝たせて賞金をある程度回収する…ありそうな話だ。出場者もわからない状態では賭けはおそらく成り立ってないだろうが、この大会が成功して恒例行事にでもなれば賭けも始まる。


そう思うから素直に賞金が手に入るなんて思っちゃいない。

あの馬鹿息子から逃げられるなんて夢見ていない。

買い取られたら数年で死ぬと思う。むしろ希望もなく生き延びる方が辛いかもしれないから、死ぬなら早い方が良い。すぐに死ねる毒とか売ってないだろうか。流石にこんな所には売ってないか。


スザンナは出店を見ながら主催の伯爵令息アマデウス様の情報を人に聞いて周っている。

「良い方だよぉ、笑顔が素敵で!町娘達に大人気さ。楽器も上手くてね!」

「俺は見たことないけど平民にも親切だって組合の親方から聞いたぜ」

「こんな祭りを起こしてくれた方が良い方じゃねぇ訳がねぇぜぇ!!!ヒュー!!」

「アデマウス様に乾杯!!!」

…などなど、酒と祭りのアホみたいな陽気も相まって褒め言葉しか出てこない。単純なスザンナはそれを聞いて「良い方みたいじゃないかい!」とキラキラしながらこっちを見る。名前間違えられてたわよ。


あたしがその令息に気に入られたら万事解決と思ってるようだ。そもそもあたしは男が好きじゃないから男に囲われるのが嫌なんだ…とは言えていない。死んだ旦那を本当に愛していたらしい彼女、あたしが助かる方法を彼女なりに考えてさがしてくれている彼女にそれを言うのは忍びない。



「お前…出場者よね?」

明るい茶髪で胸がでかい女に話しかけられた。さっき出場者が集められた部屋にいた女だ。お前とは偉そうな。

「そうよ」

「ふうん……」

じろじろとあたしを無遠慮に眺め回してくる。なかなかの美女なのに品がないわね。

…まぁ、美女と言っても、あたしほどじゃないけど。髪が金に見えなくもない色だけど、金と金に近いじゃ金貨と銀貨くらいの差がある。

「…フン。ソフィア、飲み物買って来なさい」

「は、はい…」

修道女見習いらしい少女をあごで使いながら去っていった。そうは見えなかったけど、あの女修道女?修道院のことはよく知らないけど、聖歌隊の生え抜きってやつかしら。修道女も結構上下関係厳しいものなのね。

何となく嫌な感じがした。ああいう目をした女はろくなことをしないのよ。

でもこの広場には騎士団も見廻りをしているし、町の自警団も時々様子を見て回っているから、大したことは出来まい。




「えーッ。ロージー様も出るんですかぁ?!」

「楽しみにしてます!」

「素人の中に混ざるなんて大人げないんじゃないです~?」

舞台の近くで、予選の時に審査側にいた若い男が人に囲まれていた。…あれが貴族側の用意した、勝たせる人間だろうか。まぁ、別にいいけど。貴族の持ち駒の腕前がどんなものか見せてもらおうじゃない。




――――――ふと、視界の端に普通有り得ないものが入った気がした。



「え……?」

「ん、どうした、マリア?」

雑踏の中を少し見ていたが、気のせいと判断してスザンナを追う。

「何でもないわ」



黒くて綺麗なものを見たと思った。

闇のような黒髪が、すぐ隣を通り過ぎた、と。



明るい人々の笑顔の中で、死を想う。

あの黒が、死に近付いている私を迎えに来た黒騎士だったらいいのに。



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