愛の存在証明・不在証明
「婚約の打診…どこからのものですか?」
もしやジュリエッタ様から…と期待したが二つとも違った。
「伯爵家から嫁入りの打診と、侯爵家から二子の長女への婿入りの打診だ。どちらも悪い話ではない」
「嫁入りと申しますと、私がスカルラットに残って姉上の補佐をする前提ですよね」
それはジークの役割だと思っていたが。まぁ姉弟三人とも残って領地経営する道が無い訳ではないと思う。ジークを婿に出す手も、ジークが嫌じゃないなら有り得るし…。
「私はそれも有りだと思っているぞ。お前の思い付く物はスカルラットの名を広めるし、商売になる。婿に出すのが惜しいと思うくらいにはな」
ティーグ様に思いの外評価されていてめっちゃ嬉しい。
今俺はそこそこ稼いでいると言えるが物を売るための初期費用は伯爵家に出してもらっているし、ティーグ様が偏見なく色々やらせてくれた恩は大きい。
「ありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいです。でも…その、お伝えしておきたいことがあります。私……婚約するのなら、シレンツィオ公爵令嬢ジュリエッタ様との婚約を目指したいと、今、思っております」
恥ずかしさに目を瞑ってしまったが、言い終わってからちらりとティーグ様を見遣ると驚いた顔をしていた。
「もしや…あの事件で守ってもらったことで?」
あの暴漢に襲われた事件は、都合が良いというか…勿論二人とも無事だったからであるが、俺にとってかなり使いやすい“理由”になってくれた。
「はい。…ジュリエッタ様が私を助ける為に…剣を振るうお姿を見て。何と申しますか…感動したんです。自分より大きな男に立ち向かって、おそらく男を怯ませる為に仮面をお捨てになってまで…。あんなに心と体がお強い令嬢はいらっしゃいません。…私の方が女性のような惚れ方をしている自覚はありますが」
これは本心である。実際好きになった理由で相違ない。
元々好感度は高かったし勿論顔も好きなんだけど、こっちの人間の顔は総じて好きなのでその中で人を好きになるとしたら、やはり何らかの行動による。
傍から見ても命の恩人に惚れるというのは不自然ではないはずだ。
「うむ、助けてくれた相手に好意を抱くのは誰しも有り得ることだ、わかるぞ。…しかし、それは感謝の気持ちであって色恋とは違うであろう。その気持ちで婚約を決めてしまって後悔しないか?」
言われると思っていた。その質問も予想範囲内である。
「—――大丈夫です。感謝の気持ちと恋の気持ちを勘違いするほど、子供ではありません」
顔が赤くなっているのが自分でもわかるくらい顔が熱くて恥ずかしい。だがここはティーグ様にわかってもらうために目を真っ直ぐ見てはっきり言わなければ。
ティーグ様はぱちぱちと目を瞬かせて、ふっと破顔した。
「私が予想したよりも大物だ、お前は」
二件の打診はティーグ様が丁重にお断りしてくれるそうだ。『もう少し吟味する』といった感じで。
「こちらからシレンツィオへ婚約の申し込みをするか?快く受け入れられると思うぞ」
その提案は限りなく魅力的で、誘惑がすごい。だが俺はぐっと我慢した。
「…家同士の繋がりが欲しくて致し方なく婚約したのだと思われたくないんです。打診をする前に私から気持ちをお伝えしたいと…思っております。ご本人に断られることもあるかもしれませんし…」
「断られるとは思わんが…しかしそうか、そうだな…何、焦ることはあるまい。卒業までに告白すればよかろう…だが私としては早めに決めてもらえた方が助かるな、お前への打診を断り続けるにもそれらしい理由が要る」
「…承知しました」
ミッション:出来るだけ早めにジュリエッタ様に想いを伝えて婚約する。
ジュリエッタ様にも婚約話が出ないとも限らないし。
他に顔を見ることが出来る男が現れるかも…なんて遠慮している場合ではない。
ジュリエッタ様の顔を見て、その上で一番愛おしむことが出来るのは―――――俺だ!!!!
「ゥ、ウワーッ!!!!!」
「うわっ!どうした」
「…すいません、自分の思考に恥ずかしくなっただけです…」
廊下の半ばで顔を両手で覆って屈みこんでしまった。とりあえず彼女の前でも赤面し過ぎないように気を付けなければ。小さな頃から日本とこの世界のギャップに耐え続けた心臓と表情筋よ、今だぞ働き時は。
「ふ、お前も普通の男子らしいところがあるではないか」
ティーグ様に生温かい目で笑われた。
「今までも普通の男子でしたが…」
「普通ではないだろ… 音楽ではしゃいでいる時は年相応だが、それ以外だと妙に冷静だ。…外面は取り繕えているけれど、実は母親のこともあって女性に対して感情が動かないのかもしれないと心配していたところだ」
精神年齢が同世代より少し上だからそう見えていただけだと思うが…そしてあの母親のせいでまたマザコン疑惑が。め、迷惑~~~~~~~…!!!!
この体を健康に産んでくれた母親、という部分だけはちょっと感謝していたのだけど。
でも全然育てられてないし、子供が健康に生まれるかなんてギャンブルみたいなところある。どんなに気を付けていても体が弱い子が生まれたり適当に過ごしていても健康体の子だったりすることもあるだろう。嫁いだ義務として俺を産んだのだろう人に感謝まではしなくて、もういいかな…。
「母親のことは本当に何とも思ってないので、そんな心配は不要ですよ…」
「…そうか」
だから目が生温かいんだよなぁ!強がりじゃないんだってば!!




