そして老詩人は伝説になった
これから新曲をどんどん出すに当たって、その曲をどういう扱いにするか…が俺の懸念だった。
「流石にいつまでも『外国にいた楽師の集めたものです』は通用しないんじゃないかなって」
「そうですか?十数曲ならそれで何とかなりましょう」
「いや、これからずっと出すんだよ、何年も…多分少なくても300曲くらいは出せるし」
「え」
「300!?」
「そんなに?!」
皆が驚いている。伴奏の細かい所までは正確には憶えていないかもしれないけど、お気に入りの曲なら多分楽譜に起こせる。それくらいならイケるはず。
「俺が持ち歩いてた端末…えっと、音楽を録音して入れて運べる機械があったんだけど、それには5000曲くらい入ってたから…特に聴きこんでた曲なら500…あ、そこからこの国にも受けるような曲を厳選したらもう少し減るかも。でもアコースティックカバーにすればロックも出せるか?皆にいい感じの歌詞つけてもらえれば出せるかも…でもロックはあの激しい演奏がいいんだけどな…うーん」
「ごせん……」
「音楽を運べる機械…?」
「ろくおん…?」
三人とも目を丸くした。
「んん、…デウス様の昔の世界に対する我らの疑問は一旦置いておきまして。ともかくこれから沢山出すから、その曲がどこから出たかというのをどう作るかの話し合いですね」
バドルが気を取り直して軌道修正してくれた。年の功を感じる。
「そう、俺が作ったって話になってしまうのはちょっと…」
「デウス様が作ったことにしてもいいのでは?デウス様がいなければこちらの世界には存在しない曲でしょう」
ロージーが首を傾げながらそう言う。まぁそれはそうなんだけど。
こちらには著作権という考え方はまだないので、他人の作品で利益を得る罪悪感は薄いと思われる。他人の物を盗むことが悪いという意識は勿論あるが、他人が作った音楽や詩を紙に書いて売るのは何の問題にもならないし絵画や本の丸々書き写しを売るのも問題ないのだ。
こちらに存在しない人が作ったもの。俺が作ったことにしても問題ないと考えるのも無理はない。が。
「盗作したみたいでいい気分じゃないし…それに、俺が尊敬していた音楽家達の結晶を、勝手に自分の物みたいにしたくない…まぁすでにピアノとか料理とか手柄にしちゃっているものもあるんだけどさ。音楽に対しては、負い目というか…本気で好きだからこそ後ろめたさを感じたくないというか…うん…単純に、作者面するのが、嫌!」
「嫌ですか…」
「嫌なら仕方ないですね…」
皆で考えるような姿勢になる。少ししてバドルが最初に呟いた。
「作曲者はそのまま、事実を書いてしまっていいのでは?」
「でも師匠、その人々はこちらに存在しませんし…」
「私達が若い時から各地を放浪し、様々な異国の吟遊詩人と交流し、集めてきた楽譜…私達の記憶の中にある楽譜…それでいいのでは?誰が確認しに行くというのです?」
飄々とそう言ったバドルを見て固まる。
「た…確かに…」
「…しかしこれまでの楽譜にはどこの国の音楽か明記しておりましたが、それは出来ない…」
「適当な国でもいいのでは?デウス様のいた国にしておくとか、いっそ架空の国を作ってしまうとか」
ロージーのアイデアも良い気もしたが、待ったをかける。
「いや、万が一王族とか辺境伯辺りに曲が知られてしまったとして、外交の時に話に出てしまったりしたら混乱させるかもしれない。架空の国も…もしかしたら大嘘吐きとして歴史に残っちゃう可能性があるからやめよう」
「ああ、貴族の間に曲を売るとなると、そういうことも有り得るかもしれませんね…」
日本で幻の土地の地図に関する本を読んだことがあるが、実際は存在しないのに架空の国や島をあると間違えたことを広めたり主張したりするのは正確な地図を作ろうとする人を混乱させる。正しい地図が作れるようになった未来でホラ吹き扱いされるのは避けたい。
少し考える時間を取ると、またもバドルが口を開いた。
「国は明記しなくてもいいのでは。もし尋ねられたら、楽譜を交換してきたお抱えの楽師はもう年寄りでどこのものか憶えていないのだ、メモし忘れてしまったのだ、ということにしてしまえば良いでしょう」
「バドル…!いいの、そんな」
そんなボケ老人みたいな言い草されてしまって……
「いいですとも。日常生活の能力は落ちたけれど、驚くほどの量の曲を暗記してきた天才老人ということにして頂いても構わないのですよ」
茶目っ気を含んだその言葉に俺は甘えることにした。
楽師として働けなくなったとしても、老後のお世話するからね…!と思いながら。
※※※
音楽室に寄って声をかけると、スプラン先生が窓際で黄昏ていたのでピアノに近付いてカノンを弾いた。
弾き終わるとほう、と溜息を吐いて「貴方が女性に人気があるというのがよくわかります…」と言う。なんか残念そうな目で見られてる。
「スプラン先生もピアノ、是非弾いて下さい。良い楽器ですよ」
そう言って『トルコ行進曲(モーツァルト作)』と『カノン(上級)(パッヘルベル作)』の楽譜を渡す。
カノンは『規則・法則』とかいう意味だが、確か言葉の由来は植物の『葦』だったはず。なのでこちらの葦に当たりそうな植物を図鑑を見て頑張って探したのだ。ランケと呼ばれる蔓植物が近いかな、と結論付けてこちらのでの題名は『ランケ』だ。
トルコ行進曲の方はシンプルに『行進曲』にした。
どちらもオルガンやチェンバロでも弾くことは出来る。カノンを作ったパッヘルベルは確かオルガン奏者だった。
「この楽譜は寄付するのでこの音楽室備え付けにして下さい」
「……この曲は…作曲者のお名前を存じ上げないけれど、外国のものなのですか?」
俺が外国の曲の楽譜を多く売っていることは知っていたようだ。今までの楽譜にはどこの国の曲かを明記していたけれど…この楽譜には作曲者の名前しか書いていない。
「ええ。私の楽師が外国を旅していた時に手に入れたものです。どこの国のものかをメモし忘れたそうで…」
この言い訳はこれから先飽きるほど口にすることになる。
―――平民の楽師がここまで大量の曲を隠し持っているはずがない、アマデウス様が作っているのでしょう?―――と面と向かって問われることもあったが、
「私は歌詞の訳や編曲に携わりはしますが、曲を作ったことはありません」
と言い続けた。
※※※
「そういえば、俺の生まれ育った国は日本というんだけど。日本人はほぼ全員目も髪も黒か焦げ茶だったよ。あと、化粧することは別に変なことじゃなかったんだ、大人の女性で化粧していない人の方が珍しいくらいだったんじゃないかな…。男でもしてる人はたまにいたし」
と話すと三人とポーターは固まっていた。
「…う、嘘でしょう…」とポーターにジト目で見られたが「ホントだよ」と返す。
「私は信じませんからね。貴方はやはり狂ったんだ…先が思いやられる……」
ポーターはまだ前世に関する俺の言葉を信用していないそうだ。反論してもどうにもならないのでしぶしぶ納得しているように見せる時もあるが基本「信じてません、頭おかしい」というスタンスである。
「まだまだわからないことだらけですが…理解が追いつかないので他の疑問はまた後日に…」
ロージーが悩まし気に眉間を押さえていたのでその日はこれで切り上げた。
一気に話し過ぎるのもパンクしてしまうかもしれない。俺も最初この世界の美醜への疑問で脳が忙しかった時は休息を挟んで頭を空っぽにする時間を作らないと落ち着かなかった。
この世界が美形インフレであることも話そうと思ったけど、まだ混乱してそうだったからやめておいた。
今のところ話さなければいけないことではないと思う。音楽とは関係がない話だし。
話すのは、ジュリエッタ様と婚約出来たら、でも良いかな…?
そう思っていたら次の日、ティーグ様に呼ばれた。
「婚約の打診が二件来ているが、どうする?」




