音楽馬鹿の集い
「……本当にあの連中にも言うのですか?」
「うん」
音楽室へ向かう俺の後ろを歩きながらポーターが苦い顔をする。まぁ、そういう顔にもなるか。
これから、ロージーとバドル、ラナドに俺の前世を話す。
これからしたいことを実現するには、こちらの人からしたら摩訶不思議な俺のアイデアを一緒に形にしていってくれる協力者がいた方が絶対にやりやすい。
「頭がおかしいと思われてもいいから、俺のすることに協力してほしいんだよ。一人じゃ難しいこともあるからさ…」
「…知りませんよ」
ポーターは拗ねたように口を尖らせた。イケメンのくせに子供っぽい仕草をしてあざとい。
「…俺は、こことは違う世界で暮らしていた記憶があるんだ。こことは全く違う国、違う文化、違う星で生きていた記憶。17歳で死んで、気が付いたらこの体で生まれてた。俺がここで思いつく新しいと思われている発想は、その異世界では普通の事だった。ピアノも、この楽譜の曲も、レシピも、向こうの世界に在ったもので、俺が考えついたものではないんだよね」
三人はぽかんとして暫し黙っていた。言葉を選んでいるのだろう。俺だってもし地球で知り合いが『異世界の記憶があるんだ』って言い出したら言葉を選んで黙る。
「……ええと…?別の国で…生きていらっしゃった魂が、アマデウス様に乗り移った、ということでしょうか」
ラナドが混乱した顔のまま聞く。この文化にも“魂”という概念はある。しかし輪廻転生という考え方はなさそうだった。
「向こうの世界に魂が巡る、という考え方がある。死んだら、魂はまた次の新しい命に宿るというものでね。それだと思うよ。本当なら生まれ変わる時、前の記憶は消える…と考えられているのだけど、俺は何らかの手違いでもあって消えなかったんじゃないかな」
「手違いって…そんなことあるんですか?」
ロージーは首を捻りながらまだよくわからない、といった顔だ。まぁ生まれ変わりという概念が浸透してないとすぐにはわからないよな。
「わからないけど、向こうの世界ではちらほら話を聞いたよ。幼い子供が、全然行ったことがないはずの遠い場所や人を事細かに知っていて、それは前の記憶だと思われる…みたいな」
「そんなことが…」
神妙な顔をしていたバドルが口元に手を当てて考えながら口を開いた。
「……東洋の大国シデラスに、大昔の偉大な神の代弁者が異なる世界から来た者と言われていた…という詩がございました。リデルアーニャ公国では神の世界から訪れる聖女の伝説もございます。異世界…というと世界的には神の世界と考えるのが筋ですが」
「いや、神じゃない神じゃない」
神を自称するのは嫌過ぎる。神のいとし子と言われるのもかなりの申し訳なさがあるのに。神様怒ってねえかな?!って。知らんうちに知らん奴を愛してることになってるの嫌だよね?!
神話とか人外が出てくることよくあるよな。箔をつけるためのハッタリかもしれないが、本当に別の世界から来てこちらの世界を改革した人もいたのかもしれない。地球に現れた天才にも、もしかしたら異世界から来た転生人がいたのかも。そう思うとオカルトチックで面白い。
「普通の男子だったよ。体が弱くて17で死んじゃったんだけど、音楽が趣味で一応ピアノが特技だった。だからピアノ、欲しかったんだよね…向こうの世界ではピアノは知らない人は(多分滅多に)いない楽器だよ」
「ではこの曲の…作曲者の“モーツァルト”“パッヘルベル”という方は…この世界にはいらっしゃらない?」
ロージーが呆然としてしまった。すまん。
一旦、俺がどこかから仕入れてきた曲として楽譜の清書をお願いしたのだ。
素晴らしい曲だ、作った方にお会いしたいって楽譜見た時興奮してたもんね……
「二人とも向こうで俺が生まれる前にとっくに亡くなってる偉大な音楽家で、この二曲は向こうの世界の音楽史に残る名曲だよ。ピアノ曲としても有名だし、俺も結構指が憶えてたから最初に出すのに良いと思って」
「…アマデウス様。そのご自身の秘密を…私共に打ち明けて下さったのは、どういう意図がおありで…?」
ラナドが真面目な顔で俺を見つめた。彼は俺の専属じゃないが、彼には是非俺達の音楽活動に協力してもらいたかった。貴族の常識も理解していて平民にも敬意を払える音楽馬鹿、こんな逸材そうそう見つかるものではない。
俺が音楽神のいとし子ではないとわかってがっかりしているかもしれないけど。
「向こうの世界で俺が憶えている名曲をどんどんこちらで売り出して、音楽を広めて、資金を作って…伯爵家に還元もしたいけど、やっぱり最終的な目標は」
「最終目標、は…?」
「この世界の新しい音楽を増やしたい、かな……?好きだった音楽を楽しむのも良いんだけど、新しいものも聴きたいし。もっと音楽を好きな人達を増やして、皆で楽しみたい。好きな音楽に救われる人が、この世界にも絶対いるはずだし。俺は音楽に救われたから」
「…音楽に、救われる……」
「あ、いや別に音楽で救いたい!っていうんじゃないよ。やっぱり一番は楽しみたいんだよね…楽しむ、の副産物で救われる人もいるだろうなって話で…。生活の中の、ちょっとした彩りとしてでもいい。自分の好きなことが皆も好きになってもらえたら嬉しいしさ」
何となく天井に向けていた視線をラナドに向けると静かに泣いていた。
「また泣いてる!!!何で?!」
「やはり貴方は音楽神の使者かもしれません…」
「多分違うと思うんだけど…!?」
「……私は昔父親に言われました。音楽は遊びだと。仕事にするようなものではないと…もっと人の為になる仕事でないと貴族として恥ずかしいと。私は反発して家を出ました…音楽を仕事にすることは喜びでした。でも、父の言葉を正しいとも思っていました、音楽は飽くまでも娯楽であって、人の為になるようなものではないと…」
「ラナド…」
ラナド、ほぼ家出状態だったのか…。
確かに、音楽で食っていく!と子供が言い出したら大抵の親は反対しちゃうかな…。貴族なんて代々公務員みたいな感じだし。
芸術関連の仕事がうまくいくかは、博打のイメージだ。安定は難しい。音楽の家庭教師の雇用状態は非常勤講師みたいなところがある。学院の音楽教師は狭き門で枠がなかなか空かないだろうし。
「しかし今の御言葉で私は光明が見えた気が致します。音楽が人を救うことは、あるのですよね。考えてみれば私とて音楽がなければどれだけ空虚な人生を送っていたことでしょう。たとえ人によっては遊びで、取るに足りない、路傍の石のようなものでも、他の人にとって宝石なのかもしれない、音楽は…そういうものですよね…」
芸術分野は価値を証明するのが難しい方だと思う。
ポップスが二流でクラシックのみが一流とされる世間もあれば、ポップスに押されクラシックが古臭い遺物と扱われる世間もある……画家が生きていた時代は売れなかった絵に、死んだ後に何億もの価値がつくこともある。
「…そもそも遊びの何が悪い、俺の前の人生は娯楽の為に生きてたぐらいのとこあるよ!そういう人沢山いたよ!!」
「ええ…」
ポーターが引いた。
「自分の人生の宝石は自分でしか見つけられない、そうでしょう?!」
「はい!私もご一緒させてください、宝探しの道程に…!」
熱血のノリでガシッと手を取り合った。一体感と友情を感じる。ポーターがついていけんわと言いたそうな虚無の顔をしているが気にしないでおく。
「…お二人とも、俺達を置いていかないで下さい。まだよくわかってないところはあるけど…勿論、俺もご一緒します」
「私も、喜んで残り短い命をデウス様とデウス様の音楽に捧げます」
むすっとしたロージーと微笑んだバドルも俺と一緒に歩いてくれるという意思表明をしてくれる。
「ありがとう。俺…私は本当に幸せ者だと思う」
音楽神が本当にいるのなら。
愛すべき音楽馬鹿に出会わせてくれた神に感謝を。




