傾国の美少女エイリーンの屈辱
「エイリーン様、よろしかったら我が家のお茶会に…」
「ランマーリ伯爵令嬢、お耳に入れておきたい良いお話しが…とある侯爵子息が貴方を是非にと」
「今日も麗しい、社交界の華エリザベート嬢も貴方と比べたら霞んでしまうでしょう」
私の美貌を褒め称えつつ取り入ろうとする人達。
悪い気分では無いのだけど、もう飽きてしまった。同じようなことばかり言うんだもの。
「美しいエイリーン、私の傍に侍る気にはまだならないか?」
「ご機嫌麗しゅう殿下。美しければどなたでもいいくせに、お戯れはおやめくださいませ」
「つれないな」
ユリウス殿下はそれなりに優秀な頭脳を持ち、こういうことを言っても笑って許して下さるくらい寛容で、美男で、結婚相手としてはかなりの優良物件と言えるのだけれど。
この方は美人なら誰でも良いのだ。私に恋をしている訳ではない。伴侶が老いて容貌が衰えたら若い女に夢中になってしまいそうなところがある。
勿論見た目も大事だということはわかっているけれど…出来れば私の見た目が衰えても大切にしてくれそうな人と結婚したい。
「エイリーン!私と婚約してくれれば私は第二夫人を取らないと約束する。どうかそろそろ私の手を取ってくれないだろうか」
「ラングレー様…わたくし、まだ決めかねておりますの。もう少し、待って頂けるかしら」
「そうか…わかった。でも心の片隅に私を置いておいてほしい、麗しい人」
ラングレー侯爵令息ヤークート様はとても優秀で殿下の側近に内定しており、少し前から熱心に言い寄ってくれている。殿下が私を権力で召し上げようとしないのは彼のことを慮っているからだろうと思われる。
…私を大事にしてくれそうではあるのだけれど。
そばかすがあるのが少し、受け入れがたくて……
我儘だとはわかっているのだけど。でも結婚は一生に関わることだもの、慎重になりすぎるということはない。お父様も私が望む相手が見つかるのを待とうと言ってくれている。
でもこの美貌が目当ての人ばかりが近寄ってきて、私には判断が難しい………
特に女好きなんてのは皆一緒ね。女を装飾品みたいにしか思っていない。
新入生に女誑しだと有名な令息がいるらしい。
演奏が達者で、一年生の中には信奉する会まで出来ているのだとか。それほどの色男となると珍しい。
一応、注意しておこう。女好きにはかかずらわせられたくない。
「貴方がスカルラット伯爵令息ですわね。わたくしはランマーリ伯爵が三子、エイリーンと申します」
「…はい、初めまして、エイリーン様。何か私に御用でしょうか?」
呼び出したその令息は想像していたのと少し違った。楽器上手な軟派男というと線の細い優男を想像していたが、爽やかな風貌の活発そうな少年だ。真っ赤な髪で目立つ。
そして今までに目を合わせた男子とはどこか違う目をしていると思った。
「貴方、女性好きとして名を馳せていらっしゃるようなので先に申し上げておきますわね。わたくし、貴方に興味がないの。だからわたくしを口説こうとはお思いにならないでね」
友人のルチルが少し後ろで少年が妙なことをしないよう見張ってくれている。
あらかじめこうやって引導を渡すにも関わらず『そんな冷たいことを仰らないで下さい』『貴方に侍ることが出来るならどんなことでも致します』等、さり気無さを装って近寄りながらするすると疑わしい言葉を吐くのが女誑しというものだ。
「は…はぁ…」
彼は目をぱちぱちとして驚いているようだった。私が眩しいのかもしれない。自慢の金の髪と黄水晶の瞳に少年が目を遣る。何かを納得したような顔になり笑顔を浮かべた。
「私は無類の女性好きだのなんだのと噂されてはいますが、自分ではそう思いません。自分から女性を口説きに行ったこともありませんから、ご安心下さい。エイリーン様」
…何とまあ……
自分から行かないでも女性が寄ってくるということかしら。何とも自信家…もとい傲慢だこと。
「そう…それでは御足労頂いて有難う、もう行って頂いて結構よ」
「はぁ。それでは、御前を失礼致します」
「…エイリーンに口説き文句の一つも言えないなんて、女誑しと言われる割には初心ではないの。絶世の美女を目の前にして緊張していたのかしらね」
「逃げるように去っていったものねぇ、一年生を揶揄い過ぎたかしら」
馬車を待ちながらルチルと笑った。
確かに粘らずに去るなんて意外。自信がなくて美人には手を出さない種類の方だったのかしらね。骨がないこと。
勇気がなくて近寄ってこない程度なら煩わしくなくていいことだわ。
※※※
新しい楽器が音楽室に入ると聞いたので放課後ルチルと見に行った。
評判が良ければ購入も考えよう。あまり楽器は得意ではないのだけど、楽師に演奏させて聴くのは好き。
クラブロに似た楽器の近くで一年の校章をつけた令嬢に取り囲まれているのは、いつぞやの赤髪の少年だった。
令嬢達以外にも楽器の噂を聞いて寄ってきた野次馬らしき子供達が取り囲んでいる。私達もその中の一組だ。私に気付いて顔を赤くする子達に軽く微笑みだけ返して、楽器に近付く。
「あら、あの子」
「あの楽器、大きめのクラブロではないの?」
ルチルと少し遠目に楽器を見ていると、令嬢達に請われたのか少年がクラブロに似た楽器の前に座る。彼は楽譜も出さずに徐に弾き始めた。
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大きな音と小さな音が指の力で使い分けられているのがわかる。クラブロよりも重厚感のある音色。
そして初めて聴く美しい曲。
一曲目は、指数が多く流れるような起伏の激しい音を軽々と弾きこなしながらも勇ましさを感じる秀逸な曲。
二曲目は、似た旋律を繰り返しながらも心が豊かになっていくような優雅な曲……
演奏が終わって静寂が空間を包んだと思うと、彼が立ち上がって胸に手を当て、無邪気な笑顔を浮かべた。
彼の周りにいた令嬢達が拍手と歓声を上げた。友人と思われる少年達に肩を親し気に叩かれたりして称賛されている。
………素晴らしい演奏だった。
自分から女性を口説きに行ったことがない、と言っていた言葉の意味を理解する。これならば自分から行かずとも寄ってくるだろう。そう納得せざるを得ない。
優雅さというよりも、裏表のない純粋さを思わせる笑顔も要因だろう。女性が警戒心を抱きにくい雰囲気がある。
聴いていた何人かは既にこの楽器を購入したい旨を伝えている子達がいるようだ。
私も今の曲の楽譜と一緒に購入したい…。しかしクラブロはなかなか高価だし、あの楽器も割とすることだろう。この間ドレスを多めに新調したばかりだし、お父様に許可を貰ってからの方が良いわね。
購入したいと言った人の名前を書き留めて、後日また改めて連絡を、と音楽室を出ようとした彼に視線を送る。
彼の周囲の令息が私に気付いて頬を赤らめたり驚いたりしている。私に勝らずとも劣らない美しい金髪の貴公子は確か公爵家の跡取りの…少し驚いた顔でこちらを見ていた。
なるほど、タンタシオ公爵令息の派閥にいるのね。悪くない位置にいるじゃない。
誰かを探すように周りを見ていた赤髪の彼が私に気付いた。
私から褒め言葉を貰えば喜ぶことだろう。声をかけられるのを待っていると、彼は私に軽く目礼だけして通り過ぎて行った。
…えっ。
私に何も言わずに帰るつもり?!
驚きに目を丸くして固まってしまったが、ルチルが「エイリーン?」と話しかけてきてハッとした。
「エイリーンに気付かなかったのかしら、何も言わずに行ってしまったわね」
ルチルがそう言ったが、違う。彼は気付いていた。目が合ったのだから。
……自分からは女を口説きにいかない。
つまり私も、口説きに行くほどの女ではないと、そういうこと…?
この、私が?
……なんて屈辱。初めての経験。私がその辺の凡百の令嬢と同じ扱い?
―――軽く見られたものだわ。
「エイリーン?少し震えていてよ、どうかした?」
「いえ、大丈夫よルチル……帰りましょうか」
屈辱を受けたままにはしなくてよ。
少し楽器が達者な、あんな子供。ちょっと優しく思わせ振りにしてやれば惚れさせるくらい訳はないわ。私がそうすることで惚れない男子などいなかった。
……惚れさせてからこっぴどく、振ってやろうじゃないの。




