乙女の戦い
クラスが違うとなかなかアマデウス様に接触する機会がない。それに、まずは学院に慣れなければ…とひとまず授業に専念する。
一組はこの国の高位の貴族の子が多く集まっていて、その中でも私とアルフレド様は公爵家の者なので特別視されている。
カリーナが気にかけてくれるから何とかなっているものの、アルフレド様には憧憬の眼差しが送られるのに比べて私に向けられるのは奇異なものへの視線、恐れを含んだ好奇心、仮面の下の素顔への邪推…と、落差が激しい。
大抵の令嬢は礼儀正しく接するが、たまに美しい顔であることが偉いと思っているような令嬢が遠回しに私を見下したようなことを言う。カリーナやプリムラが注意しようとしてくれるが、なるべく自分で言い返そうと思っている。
上に立とうという者が、下の者の相手にするのが面倒だとか疲れるとか言っていられない。
こちらが上で、そちらが下なのだとちゃんと態度で示さねばきちんと認めてもらえないのだ。
「そういえばジュリエッタ様はアマデウス様とお噂がありましたけれど…お優しいですわよね彼、本当にどんな方にも親切なのですって。だから勘違いなさる方が沢山いらっしゃって大変なのでしょうねぇ…」
「…ええ、そうですね。きっとまだ特別な方がいらっしゃらないので勘違いがうまれるのでしょう。身分が上のかたの方が有利なのではないかと思いますが、最も彼の婚約者に近い方は誰なのでしょうね、ご存知ですか?」
「…いえ、見当もつきませんわ」
『アマデウス様が優しいからって勘違いして恥ずかしい人』……と投げられたので、
『まだ婚約者がいない人に期待して何が悪い、身分的には私が彼にとって一番お得ですが?』
と返す。
ああ、やはり彼は人気があるのだ。
もたもたしていたらどこかの令嬢に掻っ攫われてしまうかもしれない…。
ユリウス殿下に不躾なことを言われた後、勢いで婚約を申し込んでしまおうかと思ったけれど…入学式当日はやはり時期尚早だっただろう、早まらないで良かった。…とは思うものの焦燥は募る。
本人にはあまり自覚がなさそうだったが、アマデウス様は新入生の中でも目立つ存在の一人だった。
アルフレド様が最も目立っているが(そして私も悪い意味で目立つが)、入学前から楽譜を大量に売り捌く演奏の天才として名が知られ、入学早々に楽器職人と共同開発したという新しい楽器を学院に寄付するという前代未聞のことを成しているのだ、それは目立つ。
女誑しだという話も割と広まっていて、入学した彼の追っかけが徒党を組んだだとか、学院一の美女であるランマーリ伯爵令嬢が彼を呼び出しただとか……“化物令嬢”に好意を寄せられているだとか。話題に事欠かない。
周囲に好意がバレバレなのは恥ずかしいが、事実だからもう仕方がない。
噂を知ってもアマデウス様はどこ吹く風といった感じで態度は変わらない……。
ほんの少しでもいいから話せないかと思いながら目で彼をさがす。
二組の人間がちらほらいる所に目をやると中庭に彼がいた。リーベルト様と何か楽しそうに話している。何を話しているのかしら…リーベルト様はいつもアマデウス様と一緒にいて羨ましい。
「ジュリ様、話しかけに行ってはいかが?」
カリーナがけしかけるように言う。同じクラスになった時からカリーナとプリムラに呼び方を少し親しくしてもらえて嬉しい。私も二人のことは呼び捨てにしていいと許可を貰った。身分差を鑑みてこちらは様を付けられているが。
「そうですわ、きっとかの子爵令息も気を遣って二人で話させてくださいますよ」
プリムラも軽い調子でけしかけてくる。プリムラほど美しかったらこんなに躊躇などしないのだけど……
しかし好機なのは確かだ。
行きます…行くわ…行くわよ…と思いながらも足が前に進まない。二人が焦れて私の背中を押そうと構えている。
押さないで!行くから!!
そんな風にぐだついていると、警備の騎士が何事かを彼らに話しかけ、リーベルト様が引っ張られるように騎士に連れていかれた。驚いたアマデウス様が付いていこうとすると騎士はそれを押し留める。
一体何が…?と思っていた次の瞬間、繁みの中にアマデウス様が一瞬で引き込まれた。
「え!?」
瞬きした間ほどの時間だった。しっかり見ていたのに何が起きたかわからない。しかし背中にぞっと悪寒が走り、私は模造刀を握って駆け出した。
駆け込んだ高い繁みの裏。
そこには怪しい黒ずくめの男に口を押えられ、手に刃物を突き立てられそうなアマデウス様がいた。
驚きの表情で抵抗している彼を見て、私は迷いなく模造刀で怪しい男に突きを入れる。
アマデウス様から手を放してよろけた男は、すかさず構え直した。私の突きは男の脇腹を突いたがあまり手応えがなかった。いなされたようだ。
―――――――――――この男、私より手練れだ。
そうわかったが退く訳にはいかない。だがまともにやり合っては危険だ…と経験が警告してくる。
何故襲われていたのかは知らないが、アマデウス様を守らなければ。
私は、自分の仮面を剥ぎ取って投げ捨てた。




