普通の子
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ネレウス様との面会から二週間後、中央教会にて聖女用治癒魔法の治験日。
効果がありそうとなれば、三日ほどに分けて教会が目星を付けた傷を持つ者にも行う予定だという。実現までもっとかかると思ったけど教会がかなり早く日程を決めてくれた。
ノトスとセシルに連絡を取ってもらい、コレリック家の元下女が七人(+セシル)、下男が五人集まった。
元下女は全員治験を希望したが、元下男の数人は魔力酔いの苦しみを味わってまで消したいとは思っていない、とのことで辞退した。
二十歳前後の若者ばかりだ。最年少は十歳の少女ココ。ココの付き添いでルシエルも来ている。治験の後は皆魔力酔いで移動するのは難しいと考えられるため、治験者は今日泊まりの予定。
中央教会の奥、ベッドが並んだ広い部屋に通される。怪我人や病人を一時的に面倒見るための看護室。もっと狭いが地域の教会にもこういう部屋はあり、診療所のような役割を担っている。中央教会以外には治癒師はいないので簡単な手当しかできないが。
修道士と修道女がずらりと並んだ中のセンターに、腰が曲がって杖をついているお婆さんがいる。
周囲の黒に近い灰色の修道服の中で一人だけ真っ白な祭服を着ているので、彼女が新しい大司祭様で間違いなかろう。目が合うと彼女はキリッと眉を吊り上げた。
「よく来たね!!! あたしはジョアンナ!! この度不遜にも大司祭の地位を賜ってしまった老体!!」
大きい声でハキハキとそう言った。
想像していた普通の自己紹介と違ったのでちょっと固まってしまったが、気を取り直して口を開く。
「お初にお目にかかります、大司祭ジョアンナ様。スカルラット伯爵家次子、アマデウスと申します」
「アマデウス様でございますね!! ご足労感謝!! 後ろの者共はその辺の椅子に座りなさい!! 疲れたろう!! お茶でも出してやりたいがこれから治験だからなるべく何も口にしない方が良いんだ!! 水しか出せないよ!! 悪いね!!」
怒ったような顔で声が大きいから面食らってしまうが、言っていることは親切。
顔の皺は深く、白い修道女用ベールから覗く髪の生え際も真っ白。こっちの人を若く見積もりがちな俺から見ても八十代くらいに見える、かなりの御歳ではないだろうか。でも元気そう。声が大きいのはもしかしたら本人の耳が少々遠いのかもしれないが。
下男下女達が座り、修道士達が水の入ったコップを配り出したのを確認したジョアンナ様は、杖を持ち直して背筋をすっと伸ばして言った。
「そして、同胞の疑惑が晴れたのも、アマデウス様が『人を操る魔法』の手がかりを掴んでくださったおかげ!! ペティロ司祭の刑を軽くしてくださったことと併せて、改めて厚く御礼申し上げる!!!」
頭を下げた彼女に合わせて、教会の者が全員で俺に向かってザッと礼をする。迫力にめっちゃびっくりしたけど顔には出さないようにいつもの笑みを作る。
「あ、ああ……頭を上げてください。皆様災難でしたね、あの時は……」
パシエンテ公爵とストライト卿の逮捕後に『人を操る固有魔法』の存在が公表された。
"二つ黒子のヴィペール"がその遣い手として似顔絵付きで指名手配されたが、未だ捕まらない。
国外に逃げてしまったのかも。あの変態野郎には絶対捕まってほしかったのだが。悔しい。
『人を操る魔法』の存在が知られたことで、いつだか学院内でコンスタンツェ嬢やジュリ様に大量の水をぶっかけようとした(※実際ぶっかけられたのはニフリート先生と俺)生徒はやっと非がないことが証明できたし、ネレウス様の暗殺未遂実行犯の修道士も無罪がはっきりした。
自白の内容から無罪に限りなく近いとされてはいたが、身に覚えのない悪事を自身が行ったと周囲に証言されているというのは元凶がはっきりするまで不気味で不安だっただろう。
「こちらこそ、人事異動などもあってお忙しかったと思いますがこの度は迅速なご対応をありがとうございます。これからよろしくお願い申し上げ……」
「ああ、勘違いしないでおくれね!!」
「へ?」
「あたしはティロ坊の謹慎が明けるまでの繋ぎですわ!! 一番年食ってて現場で動く体力もなくなってきたからって引き受けるはめになっちまったがガラじゃないよ!! 一年経ったら辞めるからね!! 一年以上先の話はこっちのトルペに言っておくんなさい!!」
ティロ坊……って、ペティロ卿のことか。彼をそんな呼び方出来るんだから相当古株なんだろう。
補佐として付いているらしい修道士、トルペと呼ばれたイケオジは申し訳なさそうに微笑んだ。
「すみません、ジョアンナ様は高位貴族の血筋なのですが、平民への奉仕活動に長年携わってきたので平民向けの言葉遣いが抜けず……」
「構いませんよ、……」
しっかり顔を見て気付いた。
少し痩せたけど、この修道士……操られてネレウス様を毒矢で撃った、張本人だ。
暫くは勾留されてたはずだからその時にやつれちゃったのかな……。
「私からも、アマデウス様に深く感謝を申し上げます」
「いえ……大変でしたね。あ、そもそも手がかりが掴めたのはこちらのルシエルのおかげなんです!」
「え!? あ、いや……」
ルシエルも教会の治癒師と交流を持っておいて損はないだろう。
ふと、ジョアンナ様が誰かを探すように体を少し左右に揺らしているのが目に入った。トルペさんもそれに気付いた顔をして話しかける。
「残念でしたね、歌姫はいらしてないようで……」
「!! トルペ、余計な事言うんじゃない!!」
「え? 歌姫?」
「ふふ、アマデウス様とノトス楽師が来るから、もしかすると一緒に歌姫も来たりするんじゃないかと、少しだけ期待していたんです。ジョアンナ様」
「だーから言わなくていいんだよそんなこと!!!」
「だって、会えたらサインしてもらおうって私物の録音円盤まで用意して……」
「万が一歌姫スザンナがいたらあんたの歌を聴いて寿命が延びたって伝えるためにあくまで念のために用意してただけさ!! アマデウス様、違うんだからね!! こういうこと言うと貴族ってのは余計な気を回してわざわざ連れてきたりするんだ!! 別にそういうのは望んでないんだからね!! いいね、気を遣うんじゃないよ!!」
ツンデレみたいな言い回しだが、謙虚なファンだった。
スザンナは結構年配の方のファンが多いのだが、ジョアンナ様もそうらしい。ダフネー大臣の時も思ったけど、エンタメの力ってほんと馬鹿に出来ないよなぁ。
※※※
ルシエルと治癒師達と暫し談笑して同行者の休憩の時間も取ってから、男女で部屋を分けて治験へ。
下男達は少し不安そうに上半身の服を脱ぐ。ノトスほど多くはないが痛々しい傷が背中に刻まれていた。
大きい鏡は値が張るので平民はあまり見ないらしく、下男達は部屋にある二つの姿見が合わせ鏡になっているのを興味深そうに覗いた。下男の一人は、それで背中を確認して驚いた顔をした。しっかり自分の背中を見たことがなかったのだろう。
別の下男の少年は傷を確認して顔色を悪くした。
「……大丈夫か?」
「大丈夫、少し、思い出して……」
ノトスが少年の肩に手を置いて宥めた。傷を負った時……鞭で嬲られた時のことを思い出したらしく少し震えている。結果的には生きているが死んでいた可能性はあったのだ。
「……具合が悪いと、魔力酔いが輪をかけてひどくなるかもしれません。今日はやめておきますか? 勿論、後日でも治験として受けられます」
トルペさんが気を遣ってそう言ってくれたが、下男の少年は「新しい仕事、なるべく休みたくないので、今日受けたいです」と首を振った。
彼はルーヒルの紹介で印刷工房に見習いとして入ったらしい。周囲は皆よくしてくれる。早く仕事をしっかり覚えて役に立ちたい、と小さな声で語った。
「でも……背中に触った時とか、着替える時、人に見られたらどうしよう、何て言おうって……そう思うと頭の中がぐるぐるして……地下室にいた時のことばかり考えちゃって……情けないけど……」
「情けなくない。普通だ。お前は悪くない」
ノトスが穏やかな声で慰めると、少年も落ち着いてきた。
……ノトスもうちに保護されて暫くは気分が落ち込むことがよくあったと聞いている。彼は傷跡を消さないと決めたが、消したい者の気持ちもわからなくはないのだろう。
「……俺もあの頃のこと思い出して落ち込むこと、よくある」
「傷を見られた後に、周りの人とぎくしゃくしたり気を遣われると、情けなくなっちまうなぁ……」
「可哀想だと思われてるのがわかると、相手は悪くないのに腹が立ったりするんだ……それがすごく、嫌だ」
と、他の下男達もぽつりぽつりと弱音を共有し合った。少し違う形でそれぞれ傷を消したいと思う理由がある。
まず、治癒師側は残魔力計で今の魔力を量る。魔法を使った後に量り直して、どれくらいの魔力でどれくらいの傷跡を消せたかを記録する(まだ消せるかはわからないが)。記録係が下男の傷跡を簡単に板にスケッチするのを待ち、魔力量を記録してもらった。
一応、被験者達には布で目隠しをしてもらう。
聖女用治癒魔法呪文は秘匿対象なので、誰が使えるかということもなるべく外に洩らさないことになっているのだ。ここからは記録係以外の治癒師は全員声を出さないように努める。
『アマデウスは聖女用治癒魔法の呪文を知っている』と外に知られるのはちょっと望ましくないため、(なんで教会はこいつに教えてるんだよ、賄賂か? 贔屓か? という話になってしまう。まあ贔屓といえば贔屓なんだけど……)俺も助かる。
一人目。
五十代くらいの男性治癒師が短く息を吸って下男の背中に手を当て、人に聞こえないくらいの小声で呪文を唱えた。
手から淡い光が広がり、息をする音だけが聞こえる中、――――――――じわじわと、一つの傷が消えた。
一つ消えると二つ、三つ、と次々消えていく。一分ほどで、治癒師が口元を抑えながら片手を上に上げ、光が消える。魔力の限界を悟ってストップ。
傷跡全ては消えていない。しかし、半分ほどは跡形もなく消えていた。
……ほっとしてちょっと泣きそうになった。良かった、本当に傷痕を消すことが出来て。
使った魔力は? と治癒師側皆で残魔力計を覗き込む。元々420あった魔力が、30まで減っていた。
下男は魔力酔いで辛そうに体を傾けたので、目隠しをしたまま修道士が誘導してベッドに寝かせる。ファウント様から提供してもらった万能魔力薬を飲ませる。治癒師も一瓶飲んで、安静にして待機。
無言のまま二人目、三人目と続ける。
この場にいる治癒師の魔力量は400前後の人が多い。そもそも500行く人はほとんどいないことを考えると、修道士の中でも魔力が多い人を揃えたのがわかる。
三人繰り返して、古傷の方が消えにくいこと、魔力50くらいで大きな傷が一つか二つ、小さな傷は五つほど消えることが傾向として見えてきた。
ただ、聖女用治癒呪文は一度唱えると200くらいはごそっと魔力を使う仕様になっているので、魔力を100だけ使って傷を消す、というような器用な使い方は不可能だそうだ。
一流の治癒師と肩を並べるのは気が引けるが、俺も順番が来て下男の背中の前に立つ。四人目が俺の担当。俺は魔力が枯渇しても何ともないので魔力を全部ぶっこめるのが強みだ。
緊張しながら傷だらけの背中に手を当て、口の中で呪文を唱える。
集中していると時計を見る余裕はなく正確な時間はわからないが、体感だと二分くらいずっと魔力を込め続けていた。
「……ぉお……」
最後の傷跡が消えた時、思わず出たというような誰かの声が後ろからした。
目の前には、傷があったとは思えない綺麗な背中。
安堵の溜め息が出る。
「だ、大丈夫なのですか?」
トルペさんが治験者に聞こえない程度の小声で俺を心配してくれた。俺の魔力の多さは知ってても体質については周知されていなかったか。先に話しておくべきだった。
「私、魔力耐性が高いので大丈夫なんです。ありがとうございます」
小声で返し、これでどれくらい使ったんだろうと魔力を確認。
残魔力、元々700から、今は――――70。うわ、600以上使ったのか。
結局、一度で全部の傷を消せたのは俺だけだった。
傷が残っていた子は治癒師が交代して重ねて魔法をかけ、二回目で男子全員の傷跡を消すことに成功。
こんなに多くの傷跡がある人は滅多にいないし、普通の傷跡を消すのなら一回で充分何とかなりそう。古傷だと魔力が多めにもしくは数回のかけ直しが要りそうだが、不可能ではない。そう判明したのは充分収穫だ。
少年達は万能魔力薬のおかげで軽微な体調不良で済んでいる。今日寝て起きればほとんど平気になるだろうという見立て。
軽い頭痛や悪心に苛まれ横になりながらも「あの薬飲んでからかなり楽、すごい」「すっごいな、あれ」と言い合っている少年達の表情は明るかった。
「おお、男子は全部消せたかい!! 上々!!!」
「こちらは魔力が足りず……だいぶ減らせはしたのですが」
ジョアンナ様と女性治癒師達、ルシエルと合流し報告し合う。
女性治験者の数が多かったのと、一流治癒師の数は女性の方が少なかったので、全員の傷跡を半分程度に減らすまでに留まった。
ただ、最年少のココだけは傷跡が少ない方だったので全部消せたとのこと。
女性治癒師達の魔力回復を待って改めて治験日を設けるので、消せなかった分を対処してくれることになった。有難い。
ルシエルの目元が赤いな、と少し気になっていると視線に気付いたらしくバツの悪い顔になる。
「大人は完全に綺麗にとはいきませんでしたが、傷が減って皆すごく喜んでいました。……ココが、終わった後に鏡で背中を見て……嬉しそうに、『普通の女の子みたい』って、言ったんです」
それを聞いてルシエルは泣いてしまったらしい。
"皆で外を歩く"というような些細なことをノトスが望んでいたように、彼らはきっと"普通の幸せ"を渇望している。
『普通』というのは何気に定義が難しい状態だと思うが、普通ではない環境にいた彼らにとっては羨望になった。これから時間をかけて羨望を日常に変えていく。
――――――傷がなくなったからといって過去の痛みや苦しみがなくなるわけではないが、少しは遠ざけることが出来たのかもしれない。




