花の行方
グレゴリーはここが勝負所と言わんばかりに毎日放課後にプリムラ様を訪ねて来ていたが、フォルトナ様を中心としたクラスの女子に持ち回りで対処されていた(フォルトナ様は旧パシエンテ派の求婚アタックにうんざりして数日休んでたが復帰した。吹っ切れたらしく言い寄ってくる男子を全員「今忙しいので遠慮してくださる?!?!?」のごり押しで蹴散らしている)。
女性に弱いので「あら~貴方が噂の!」「わたくし達とおしゃべりしましょうよ」などの誘いを無下に出来ず、令嬢達の他愛ない話に付き合わされている間にこっそりとプリムラ様が帰っているのである。
ちょっとだけ気の毒に思わなくもないが、プリムラ様が『そうしてくれるととても助かる』と女性陣に頼んだとのことなので仕方がない。
プリムラ様とタメを張れる美女であるフォルトナ様にデレデレしたりする様子は見せないので、グレゴリーもそういい加減な気持ちというわけでもなさそうだ。まぁ決闘を申し込むくらいだしな。
しかし三日連続でそんなふうにあしらわれた結果、四日目の放課後。痺れを切らしたグレゴリーは教室の外に花束を抱えて待ち構えていた。
「――――プリムラ嬢!! 貴方の愛がなければ土に還るしかない憐れな花と私を、お救いいただきたく存じます……! 貴方ほど麗しくはありませんが、どうかお受け取りください」
……と、切ない顔でぐっと花を差し出し、受け取ったプリムラ様を見届けると礼をして足早に去って行った。リーベルトは二人を見て何か言いたそうに口を開けたが、何も言わず……というか言う隙がなかった。
花って見る度に高確率でくれた相手を思い出しちゃうから、アプローチには効果的なんだろうな。
突っ返される前にさっと帰るところも押して押して引く、みたいなモテ男テクニックなんだろうか。知らんけど。
勢いに押されてつい受け取ってしまったっぽいプリムラ様は、花束を持ったまま眉間に皺を寄せていた。
ちらと後方のリーベルトに視線を送り、目が合い、慌てて逸らし、その隣にいた俺と目が合う。
「……アマデウス様、これ、わたくし持ち帰りたくないのですけれど、どうすればいいと思われます? 何とかしてください」
「えっ。……えっ? 俺?」
無茶振りされた。
急にそんな一休さん向けなこと言われても……。
考えてみるけども……。
他の人にあげる……のはなぁ、ただの花束ならまだしもグレゴリーの愛が込められたものだと思うと皆貰っても困るよな。黙って誰かにあげるとか放置や捨てるというのも後味が悪いし。
つーかここでリーベルトに頼れば気まずさが少しは解消されるのにさ~~~~(ジュリ様から『プリムラ自身は婚約解消は望んでいません』と聞いているので彼女はリーベルトが好きという前提で俺はものを考えている)。
リーベルトもここでザッと「自分が引き受けます」って言えたらよかったけどね……。そう簡単に歩み寄れたら拗れてないか。
「えー……うーん……あ、そうだ。ちょっとこっちに……それ、あの辺に置いてください」
一、少し移動し、近くのベンチに花束を置いてもらう。
二、カリーナ様に頼んでプリムラ様を連れて十歩くらい離れてもらった。怪訝そうな皆の顔をそれぞれ三秒くらい眺めて時間を稼ぐ。
三、たった今気付いたように花束に目を向け、大袈裟に手を広げて棒読みで言う。
「あれっ!? こんな所に花束が。誰の忘れ物ー? 持ち主ー? ……いませんね、きっと持ち主は帰っちゃったんでしょう、仕方ないから落とし物として事務室に届けましょう」
早口で捲し立ててから自然な流れ(?)で花束をひょいと持ち上げた。周りはぽかんとしていた。
滑った……。悲しい。
まあ突然の大喜利(大喜利ではない)にしては頑張った方だろ、と自分で自分を慰めていると「……ふふ、ご一緒しますわ」とジュリ様が笑ってくれた。
その笑いがじわっと広がって皆の肩が脱力する。
「いいのかそれで……」とハイライン様には呆れられたが「仕方ないでしょう、ほら、持ち主がいないのですから」とアルピナ様に庇われた。
「そ、そうですわね、忘れ物なら仕方ないですわね、ええ」とカリーナ様が大袈裟に頷き、プリムラ様は「なるほど……」と小さく溢した。
なるほどってほどのアイデアでもないと思うが、皆乗ってくれた。滑りっぱなしにならなくてよかった。
移動する途中、腕の中で揺れている花の一つ、ガーベラによく似た花――こちらでの呼び名はジェルビアだったかな――が目についた。形が整っていて大振りで、素直に良い花だ。
それを一本引き抜いて、横を歩くジュリ様の耳の上に触れはしないくらいの距離まで寄せて眺めた。花と美少女の横顔、絵になる。写真撮りたいわ~~~。
「うん、かわいい」
「! ありが……あっ、は、花が?」
「え? 貴方がに決まってる」
「そっ、そうですか……」
ふんわりと赤くなったジュリ様がその一輪にじっ……と熱い視線を送ったように感じる。ちょっと欲しくなっちゃったのかもしれない。俺も"一本だけ持ち帰っちゃってもバレないかな"なんて一瞬だけ考えた。
ふと、もしジュリ様が俺を嫌いになってしまっても、求愛に贈る花は受け取ると約束してくれたことを思い出す。
「……これは他の男の念が籠っているので差し上げられないのが残念です。近いうちにちゃんと自前で用意しますね」
「あ……私、そんなにもの欲しそうにしてましたかしら……」
「いえ、俺がジュリ様に花を贈りたいなと思っただけですよ」
「……楽しみにしてますわ」
長い睫毛を伏せて照れた様子のジュリ様が可愛くてにやにやしていると、
「……今の見た?」
「見た……気障なことをしているのに自然体というか……」
「小物でここまでの良さを……芸術点が高い……」
「エーデルに教えてあげなきゃ……」
……などというアルピナ様とエンリークのヒソヒソ会話が聞こえた。
声を抑えてはいるようだが俺は結構耳が良いので聞こえている。この二人は俺へのヨイショフィルターがかかってそうだけど、芸術点って何……? 楽器は弾いてませんが……?
「あらあら~~~~相変わらずお熱いこと!」
「しかし今はもう少し遠慮なさった方がいいのでは?」
「い~~ですわよあれくらいしてた方が。世の恋人達も仲違いしているのが馬鹿らしくなるというものですわ!」
さっきまでいなかったフォルトナ様とお友達に見つかっていた。野次られた。
あぁ、リーベルト達に悪かっただろうか……と思って目を向けると、リーベルトは困ったような笑みを浮かべ、プリムラ様は拗ねたような顔でフォルトナ様を軽く睨んだ。フォルトナ様は目を明後日の方向に向けて何食わぬ顔をしている。
「……それでは皆様ご機嫌よう。何か忘れたような気がしますが全く思い出せませんわ。アマデウス様、何にとは申しませんがありがとうございます」
「どういたしまして、まあ何のことかわからないですけど……」
事務室のすぐ前まで来たらプリムラ様は忘れ物をすることを宣言してサッと礼をして去った。俺もすっとぼけたことを言いながら見送る。
女性陣は何か思うことがあったのかプリムラ様にぞろぞろと付いて行った。
花束を届けると事務員は困惑していたが「花瓶あったっけ……」と呟いていた。飾ってあげてくれるとこっちも罪悪感が減るので助かる。
ごめんよグレゴリー……君の愛は事務のおじさまに一旦預けた。多分事務室の窓際にあります。
次の日、グロリア子爵から決闘の許可の手紙が届いたと聞いた。
『負けるなよ』と激励が書いてあったそうだ。
当のリーベルトは「……決闘の後に花束を渡して告白したら花束をベンチに置いていかれる夢、見た……」と溢した。
流れ弾ダメージを食らってる!!
いやいやいやほら、つけ込む隙があると思われたくなかったからあの花束受け取りたくなかったんだよ、貰い物を捨てるってのは流石に周りも引くだろうからやりたくなかったんじゃないかな、婚約解消したいと少しでも思ってるなら普通に持って帰ったんじゃない?! あれをどうにか持って帰らないようにしたのは私は靡いてませんよっていう意思表示だと思うよ多分!!!
と力説しておいた。ちょっと元気になってた。
――――――後日、この時のことを『何でわたくしはあそこでアマデウス様に話を振ってしまったのか……違うんですのよ花粉が服につきそうだったから咄嗟に手を出してしまっただけで……よりによってリーベルト様の前で花束なんて受け取ってしまってどう始末すればいいか動揺してつい、としか言いようがないですけれどあんな、他のクラスの有象無象に見られたら愛人疑惑を加速させそうなことを、何で…………私は……愚か…………』
とプリムラ様が自責しまくっていたことをジュリ様から聞き、俺はちょっと笑った。リーベルトよりもこたえてたのかよ。
長く感じた一週間の後、決闘当日。
リーベルトの介添人は、俺が務める。




