甘え下手
「――――――――プリムラ、大丈夫……ではなさそうね……」
プリムラは中庭まで移動し、ベンチに座って俯いていた。ジュリエッタが声をかけても顔を上げない。カリーナとリリーナも追い付いて囲むとかすれた声で呻いた。
「…………いっそ笑ってください……」
「な、何も笑うような要素はありませんわよ」
「プリムラ様、兄が大変失礼を……代わりにはならないでしょうが謝罪します、誠に申し訳ありません」
カリーナとリリーナの言葉を聞いてふっと上げたプリムラの顔は無表情で、女子三人はたじろいだ。絶対に感情が動いているはずの時にそれを感じさせない顔は不気味に感じてしまう。
「……ひとまず皆様、お座りになって」
プリムラがそう言うなら、と三人を想定しているベンチに四人で座った。隣り合う体がどこか密着してしまって少々狭苦しいが詰めれば納まった。
数十秒の沈黙の後、プリムラが長い溜息を吐いた。
「はぁ…………あんな大勢の前で感情的になるなんて、淑女失格ですわね……みっともないところをお見せしてしまい恥じ入るばかりです……」
「いえいえ、勝手に己の婚約者の座を賭けられたら怒って当然ですわ!」
「そうですそうです全部お兄様のせいです! はい! ごめんなさい!」
「……その……リーベルト様の肩を持つわけではないのですが……」
ジュリエッタは困った顔で視線をうろうろさせながらも言う。
「あんな挑発をされて決闘を断れる騎士は、少ないと思います。これは剣の師の受け売りですが……強い騎士というのは負けん気が強くないとなれないものだ、と……」
「……だから許せ、と?」
「いえ、そうではなく……! ただ……冷静にこの事態に対処できるほどわたくし達も大人ではないでしょう? 彼もそうだった、そして負けん気が前に出てしまっただけで、プリムラを蔑ろにするつもりではなかったのではないかしら……って……」
「……ええ、軽んじられたとまでは思ってませんわ」
「勿論プリムラが憤るのは当然と思います。誠心誠意の謝罪があれば許してもいいのではないかと、私は思いますが……」
「ええ……そうですね。そうなんでしょう……私はこういうところが、いけない……」
「ああ、えっと、私がそう思っただけで、許すか許さないかは勿論貴方が決めていいことですわ。許すべきとは決して言いません。プリムラはさっき傷付いたでしょう、それはなかったことにはならないですもの」
「……ありがとうございます、ジュリ様」
心情に寄り添おうとしてくれるジュリエッタの言葉にプリムラは表情を緩めた。どこかピリついていた空気が弛緩し、カリーナとリリーナはほっと息を吐いた。
「因みに……派手な男性が好みではないとは以前お聞きしましたが、プリムラ様はグレゴリー様のことをどう思われてますの……?」
(普通に考えたらお兄様より向こうの方が良いと思う女性が多そうだけど……)と個人的には思っているリリーナがやんわり探りを入れた。
「簡潔に言えば『昔少々鬱陶しかった人』でした。今は『迷惑な人』です」
「ばっさりですわ……」
「揺らいだことはなかったんですの? 全く?」
「……正直に言えば、少々苦い思い出があります」
興味深げな女子三人の視線を受け、プリムラは苦い顔をしつつ話し始めた。
「グレゴリーには、十一くらいの頃からお茶会で会う度に褒め殺しにされていました。彼に好意を持っている令嬢達からは睨まれるし、面倒なのでなるべく避けたい相手でした。
わたくしが貴族学院に入学してすぐ、グレゴリーとの縁談をムルシエ伯が持ち掛けてきました。本人が非常に私を気に入っていると、グレゴリーは特に問題が無ければいずれムルシエ騎士団の団長になる予定で、父も悪い話ではないぞとわたくしに言いましたが、お断りしました。
婚約者は学院で慎重に探したいとか適当なことを言って。それもそうか、まだ決めるのは早いかもな、と両親もわかってくれました。
その後のお茶会でムルシエ伯――彼の母親なのですが彼によく似てます――に、「息子の何が気に入らなかったのかしら」とうちの母が問われ……それに対して、
「うちの娘、甘え下手で少々気難しい子でして……可愛げがなくって駄目ですわ。御子息には何も悪いところはございません、社交的な好青年で羨ましいわ」
と少々焦ってへりくだったのです。
その言葉が思いの外自分に強い衝撃で刺さりました。
母はやはり子をよくわかっていますわね……単純に好みでないのはそうなのですが、わたくしがグレゴリーに対してうっすらと反発を覚えていたのは、自分に無いものを持っている人への幼稚な嫉妬もあったと気付かされたのです……」
「そ……そんなことありませんわよ! プリムラはわたくし達の中で一番綺麗ですし……というか学院全体でも上位に入る美人ですし……」
「見目が良いのと可愛げがあるかは別ですわ。この中で最も婚約者との仲を深められていないのがいい証拠でしょう」
「……、……」
カリーナはフォローする言葉を探したが上手くいかなかった。
むしろ何故自分達の方が婚約者と上手くいっているのだ? そっちが解明すべき大いなる謎なのではないか? ……などと考えたがジュリエッタとリリーナに失礼なので内に秘めた。
「……そういえば、アマデウス様の当初の印象はグレゴリーと似たり寄ったりでしたわ。明るくて甘え上手な軟派な人……今は違いますけれど。アマデウス様ほど変な……特殊な方はそうそうおられません、ええ。
アマデウス様目当ての令嬢が、リーベルト様にお願いをしたけど、きっぱり断られる場面に出くわしたことがあるのです。
「大変ですわね」とリーベルト様に声をかけたら、「慣れてますよ」と困ったように笑ってました。
ふと、「妬ましくなったり、少し離れようとお思いにはなりませんの?」と訊いてみました。すると「そりゃあ思いますよ」と返されて、意外でした。
「そう思っているようには全然見えませんでしたわ」と言うと、
「でもまあ、心の中ってどんどん変わりますし……羨ましいとかみじめだとか思ってもそれが全てではないし、デウスといる時は面白いとか居心地がいいとかが優勢……だからですかね。多分、私はデウスの騎士を気取ってる自分が好きなんです。自分をみじめにするのも騎士にするのも結局は自分だって、なんとなくわかってきたので」
そう言ってはにかんでいました。
変わり続ける心の中で、騎士でありたいという気持ちに焦点を当てて、変わらずにあの人の傍にいる。
それはすごいことなんではないかって、わたくし思ったんです。嫉妬心を、劣等感を避けることしかしなかったわたくしからしてみれば偉業でした。
アマデウス様は彼に感謝すべきだわ。もっと大事にすべきよ。
……なんてその時は思ったけれど、後でちゃんとわかりましたわ。アマデウス様、彼のことしっかり大好きですわよね。
彼のこと、………… 」
「……そうですの。その時、リーベルト様を素敵だと思ったのですね」
カリーナが優しい声で呟くように言うと、語り部は小さく頷く。
四人を見つけたアルピナとエーデルが小走りで近寄ってきて、『決闘の条件は婚約者の交代ではなく、リーベルトとプリムラの婚約の解消ということに落ち着いた』と知らせた。
「そうですか、アマデウス様と"信奉する会"が乱入した結果……」
「乱入って。仲介とおっしゃいな、リリーナ」
「とりあえず強制的にグレゴリー様と婚約するようなことにはならな……、!」
ぼんやりした顔でぽろぽろと涙を溢し始めた当事者に女子五人はぎょっとする。
自分の水滴に気付いたプリムラは、小さく震えながら顔を両手で隠した。
「……かっ、……解消、したく、なぃん……です、けど……」
「そ、そそそうよね、そうよね……!!」
「っ、でも……そう、思ってるのは、わたくし、だけ……」
「そそそそんなことありませんわよ! そんなこと……ありませんわよォ!!」
「そうですともいや本当に、お兄様の方が絶対後悔しますからああもうお兄様の……バカ!! バーカ!!」
この場にいる者にとってプリムラは人前で泣きそうにない人だったため、そんな人がさめざめと泣いているという事実に大いに狼狽えた。
狼狽え過ぎて知性の抜け落ちた慰めしか口にすることが出来なかった。




