嘆願
「――――――……な、な~~~~にをやってんだ大司祭様?!?!」
二回目だなこれ言うの。
そしてレコードをこういうことに使うって決めてたんですか!? 聞いてないんですけど???
用途を申告しなきゃいけない義務とか勿論ないけどさぁ!!
大司祭様が諸々の段階をすっ飛ばしてメオリーネ嬢の処刑を行った。しかも公開で。なんと斬首。
観衆は歌って騒いで大盛り上がり……だったそうだ。盛り上がってんじゃないよ。人が死んだんだぞ。いや聞いたことあるけどさ、地球でも中世の公開処刑は庶民の娯楽だったとかって……。
因みにこれらの情報は色んな工房がこぞって新聞を刷ってばらまきあっという間に広まった。俺はデミオが調達してきてくれたそれらを読みながら呻いている。
ジャルージ辺境伯夫人が奴隷密貿易に手を貸したとして修道院送りとなり、王家に捕縛されたコレリック侯の悪事が少しずつ明らかになっていった結果。
第二王子の暗殺を企んだとして、パシエンテ公爵とその弟であり宰相・ストライト卿が逮捕された。
コレリック侯、パシエンテ公、ストライト卿三名は貴族籍の剥奪は確実で、極刑になるか監獄送りになるかは未定。関係者の取り調べが終わってから決定する。
父上曰く「二人は極刑、一人は監獄送りになるだろう」とのことだった。
何故その割り振りなのかと訊いたら「死よりも、平民に落とされ監獄で惨めに生きながらえる姿を見られる方が屈辱、と考える貴族も多いから」……だそうだ。
見せしめは二種類用意します! という感じかぁ……。
悪事に関わった者が次々と判明、捕縛され、明日は誰が捕まるかと戦々恐々。
メオリーネ・コレリック侯爵令嬢が大司祭ペティロに公開処刑されたことも加わり、社交界は上を下への大混乱中である。
個人的に、俺の誘拐の話題が下火になったのはちょっと有難い。何度も同じ話するのも疲れるから……。
あんまり有名にしちゃってリェッシー(呼び名はもうこれで決定にする)の平穏を乱すのも悪い気がして(竜退治だ! といきり立つ者が出ないとは限らないし)、湖に落とされたことは聞かれない限り自分からは話さなかった。
そんなにこの話したくはないな~…という空気を醸し出すと「大変な思いをなさったのでしょうね」「お辛かったでしょう」と大抵の人は同情してくれて、根掘り葉掘り聞かれることはそんなになかった。
たま~に「もしかしたら:首長竜……?」とぼかして話すと「またまた~」「ええ~?(笑)」みたいに返され、盛った冗談だと思われている節があった。それならそれでいいかなと思っている。
そんな自宅待機期間七日目、ノトスがスカルラットへ戻った。
コレリック領は王都からそこまで遠くないのだが、行進後の民の誘導や火事場泥棒の対処、処刑に盛り上がり酔っ払いがいっぱい発生したためそこで起きた喧嘩の仲裁……などを兵士と協力して行ったり、パシエンテ派から恨まれて狙われないとも限らないので警戒しながら進むなどしていたら時間がかかったらしい。
一度王都へ行き、そこからシャムス邸に行って挨拶し、レクスと同行してうちへ(他の楽師はもううちに出勤していた)。スカルラット家の玄関で出迎えると、慣れない様子ながらルーヒル達は膝をついて頭を下げる。
「ああ、全員、立っていいよ。ノトス、無事でよかった!」
「それはアマデウス様こそ……」
「まあね、運が良かった……そちらが、セシルさん?」
「はい」
セシルは全体的に細くどこか幸の薄そうな茶髪の美人だった。不安そうな表情で顔色もあまり良くない。
コレリック家から救出した下男下女達はひとまずルーヒルの有志や修道士達と一緒に王都へ到着し、教会が保護しているそうだ。
大司祭様は一足先に王都に戻ったが、中央教会と神殿には姿が見えず。おそらく一旦王家に身柄を確保されているとのこと。
「ノトスを送り届けてくれてありがとう」とルーヒルと仲間達に告げて見渡すと、その中にちゃっかりビート少年もいた。
彼は俺の顔を見て幽霊でも見たみたいに目をかっぴらいている。俺が無事だったという報は聞いたけど、その目で見るまで半信半疑だったとかかな。
少年に目を合わせ自分の手首をとんとんと軽く叩いて、「ありがとうね」とだけ言って笑いかけた。
手首の縄を切ってくれたお礼……だと伝わっただろうか。すごく渋い顔でルーヒルの後ろに隠れてしまったが。
「ん? この子に何か……?」
「いえ、何でも」
「そうですか? ……アマデウス様、僭越ながら一つお聞きしたく……ペティロ大司祭様の沙汰がどうなるか、ご存知でやんすか?」
「いや。……まだ決まってないんじゃないかと思いますよ」
「そうですか……大司祭様は我々の意志に寄り添って、出来る限りをしてくださいました。あの方が厳罰に処されると言うのなら我々は……」
――――――――黙ってはいられない。
そう続きそうな口を一旦噤み、ルーヒルと仲間達は辞した。
ノトスとセシル、レクスはロージー達とシャムス邸に戻るということでここに残る。
………そこなんだよな~~~……。
"鞭の魔女を成敗した聖人"である大司祭様の人気は今ものすごいので、厳罰を与えると教会と平民からの反発もものすごいことになりそうなのだ。今度こそ暴動になるかもしれない。
しかしだからといって軽い罰で済ませると貴族からの抗議がものすごいことになるだろう。所定の手続きをすっ飛ばして貴族を処刑した聖職者が許されてしまえば、貴族は教会という組織を危険視し両者の間に溝が出来る。国家運営においてそれは大いに避けたい事態だ。
それに、ペティロ大司祭がネレウス様や国を思うが故にコレリック家にブチ切れていたことは王家としてもわかっているはず。
おそらくどういう沙汰を下すか悩み中だ。
「会えて安心したよ。疲れたよね二人とも、お茶を出すから音楽室へ……」
「あ、アマデウス様……! シオ……シルシオン・カーセル伯爵令嬢が今どこにいるか、ご存知でしょうか?」
震える声で、縋るような目でセシルが俺に問う。
俺はこの質問を想定していたが、出来れば答えたくないな……なんて日和っていた。
「……シルシオン嬢は、王都の貴族牢に収容されてるはずだよ」
「生きているんですね?! ょ、よかった……」
ホッとして涙ぐんでいるところに水を差すのは心苦しいが、言わなければならない。
「生きてはいるけど……極刑になる可能性はある」
「え!? ど、……どうして……」
「……どうも、王族の暗殺計画に加担してしまったらしい」
シレンツィオで得た彼女の自白内容はジュリ様が手紙で知らせてくれた。
彼女は命令されて動いていた身だし、貴族の暗殺や暗殺未遂への加担だったら最悪でも監獄送りで済んだかもしれない。しかし対象が王族で、彼女自身もそれを知っていたとなると……厳しい。
「……そ、んな……」
血の気が失せた頭がふらりと揺れて、セシルは気を失ってしまった。慌ててノトスが受け止める。
「セシル!!」
「あああぁ、客室に連れてこう、ベル、えーっと」
「はい、治癒師を呼んでまいります」
客室のベッドに寝かせたセシルの顔は真っ白だ。家の女性治癒師が診てくれ、栄養不足に心労が重なったのだろうと告げた。
「……アマデウス様、実は……シルシオン様は、セシルの娘だと言うんです」
「……へっ?」
ノトスはセシルから聞いた話を俺にした。シルシオン嬢はカーセル伯がメイドのセシルに産ませた娘だが、体裁のために第二夫人の子として育った。
しかし本当の母の存在を聞いたシルシオン嬢はセシルに手紙を送り、文通していた。しかしそれがメオリーネ嬢にバレてしまい、言うことを聞かざるを得ない状態に陥った。
「なんとか……なんとかならないでしょうか。シルシオン様は、セシルのために……母親のために、仕方なく……加担していただけで……自ら望んだことでは……」
「………………」
上ずったノトスの声を聞きながら、俺は額に手を当てて数分考えた。
「……そうか、そうだったか……。ごめん、何とかなるとは言ってあげられない」
「そう、ですよね、……すみません」
「でも……駄目元でやれることはやっとこうと思えたよ、それを聞いて」
「え……?」
期待させても悪いので、何をするかは言わない。刑が確定するまではまだわからない、とセシルを励ますようにノトスには頼んだ。
大人達はしばしば小規模なお茶会やらパーティーやらを開いて情報交換をしている。
学院が一ヶ月休みになり自宅学習に勤しむことになった子供達は、婚約者同士だとしても気軽に会うことは出来ないものものしい雰囲気。家の方針で婚約が白紙になる可能性もあるからな……。
幸い俺とジュリ様にはそんな可能性はないが、やり取りは手紙にして外出は控えていた。パシエンテ派と婚約していた中立派は早急にシレンツィオ派に鞍替えしようとアプローチしてきていたりして、ティーレ様やジュリ様はその精査に結構お忙しい筈だ。
しかし早急に会いたいと面会依頼を出して、ジュリ様とティーレ様にやろうとしていることを相談。
ティーレ様は「ネレウス殿下が許すならいいだろう」とだけ言って俺とジュリ様を二人にしてくれた。
「デウス様がそうなさりたいのでしたら、反対しません。……私の気持ちも、汲んでくださったんでしょう?」
ジュリ様は微笑んで自分も一緒に行くと言ってくれた。
ネレウス様にも面会し、相談した。何となく予想はしていたがあっさりと許してくれた。
「君がそれでいいのなら。……僕としても、その通りになれば悪くない」
許可を得てから、父上と姉上に報告。
「最初に相談しろ!! 全くお前は……。まあ、そうは言っても、最初に相談されていたら反対しておったがな……。シレンツィオ家とネレウス殿下に許可を頂いたのならもう何も言わぬ」
「お前はどうせもうすぐ婿入りするのだから、スカルラットからは離れたものとして扱うわ。好きになさい」
父上と姉上は呆れたような顔で許してくれた。
※※※
謁見を申し込んで数日後。重要参考人として王都で取り調べを受けていた治癒師ルシエルを召喚し、俺とジュリ様と三人で国王陛下に対面する。
何故呼ばれたのかまだ知らないルシエルに流れを説明すると目を丸くして暫し固まり、怪訝そうに訊いてきた。
「……な……何故そこまでしてくださるのですか?」
「それは……今から陛下の前で言うよ」
以前ジャルージ伯と父上と一緒に王妃殿下達に謁見した場所ではなく、広い応接室のような部屋に通された。
"黒い箱"に関連する話が出るかもしれないので少しプライベート寄りの場にしたのだろう。謁見の間よりも声を張る必要がなさそうで助かる。
「ジュリエッタ・シレンツィオ様、アマデウス・スカルラット様、ルシエル・カミルーレ様、ご入室です」
扉を開けて王家の侍従がそう言うとジュリ様を先頭に入室。長方形の机の向かって正面に国王陛下、両脇に王妃殿下とユリウス殿下が座っていた。壁際に側近と騎士が数人。俺達は机の少し手前まで行って膝をついて首を垂れて待つ。
「面を上げよ。自由な発言を許す。……アマデウス・スカルラット伯爵令息、無事に帰還したこと喜ばしく思うておる。ジュリエッタも、難儀であったな」
アナトリウス・ウラドリーニ国王陛下は暗緑の瞳に白髪交じりの明るい金髪を持つ美形中年である。ユリウス殿下が順調に歳を取ったらこういう感じだろうなという外見だ。しかしユリウス殿下と似て非なる、じっくりと相手を観察するような眼差しが俺に向く。
「王家のご協力に、誠に感謝しておりますわ」
「私からも改めて御礼申し上げます」
「礼には及ばぬ。それで……本日は、コレリック家の陰謀の被害を抑えたこととネレウスを救ったことへの褒美に関する申し出だと聞いておるが……アマデウス、ジュリエッタはともかく、後ろの者を連れてきた意図は?」
姿勢を正し、目を見ると緊張し過ぎそうだったので陛下の額辺りをじっと見据えて息を吸う。
「畏れながら……――――本日の私は、シルシオン・カーセル嬢の助命を嘆願しに来た者です」




