展望
パシン。
「しつこい!! ……と申し上げています」
六年一組にフォルトナ嬢のそんな声が響き渡った。片手に扇を叩き下ろす音付き。
元気の良い人なので声が大きいことはあるが、その言葉尻がここまで尖っているのは初耳だ。
教室の後ろ側の扉の前、フォルトナ嬢と話をしていたのだろう少女達は怯んでいたが、意思の強そうな目でフォルトナ嬢を見返した。
教師が前の扉から入ってきたのでまもなく授業が始まる。少女達は仕方なしに軽く礼をして去っていった。何事かと皆気になっていたが、授業が始まるので我慢した。
※※※
教師が退室した直後の放課後、フォルトナ嬢が皆に声をかけた。用事がある人は帰ったが、教室の扉を閉めてクラスのほぼ全員が話を聞くことにした。
「あの子達また来るかもしれませんから……皆様にお伝えしておきますわ。少々面倒なことになってますの」
簡単に言うとフォルトナ嬢は周囲から婚約を勧められていた。相手は新一年生のシプレス子爵令息スチュアート殿。金髪に紫の目の美少年である。
「まあ、外見はこれ以上ないのではなくって?」
「噂では成績も人当たりも良いそうですわよ」
スチュアート殿のことは俺の耳にも勿論入っていた。この国ではまず金髪であるというだけでまあまあ有名人になるし。
彼は次男なのだが、数年前に年の離れた彼の兄が急死したことを受けて跡継ぎに繰り上がった。
金髪ではなかったが彼の兄もなかなかの色男で、……複数の女性と結婚の約束をしては気まぐれに反故にし、その中の一人に刺されて命を落とした。最大六人と同時に付き合っていたとかいう噂もあった。本当かどうかはわからんが……。
刺した女性は貴族籍だったため修道院送り。殺されていいとは言えないが自業自得とも言えてしまう所業から被害者なのにあまり同情されず、シプレス子爵家は非常に面目の無い思いをした。
元々モテモテだったスチュアート少年には入学前からファンが多く、跡継ぎになることが決まった頃に『抜け駆け禁止』的な意味合いでファンクラブが出来たそうだ。"スチュアート様を讃える会"という。
学院でファンが徒党を組む例は俺の"信奉する会"が初めてだったらしいので俺以来初である。
徒党を組んで"会"を作るという発想・前例があったから出来たってのはあるかもしれん。
俺を信奉する会の影響はあったかもしれんが……まあ、ファンクラブ持ちと言っても俺は珍獣みたいなところあるけど……。
見世物を企画するならまだしも自分が見世物になることは忌避する人も多いし、通常子供は芸の完成度が低いし、人前で進んで芸を披露する子供、貴族ではあんまり、というか全然いないからな。今のところ俺以外見てない。音楽活動もしてないのにファンクラブが出来る方が普通にすごいと思う。
「あ、でもフォルトナ様は婿に来られる方をお探しですものね。彼は嫡男におなりですし婿には来られない……」
「それもあるのですが……まず、シプレス子爵家はパシエンテ派です。あと、カーリカ侯爵家とお付き合いのある家で、スチュアート殿はルドヴィカ様と幼い頃から親交がおありだったそうで。彼、ルドヴィカ様がアマデウス様に弄ばれて捨てられた――――という噂を真に受けていらっしゃるようなのです」
「あぇっ???」
突然話題の矢が飛んできて変な声出た。クラス皆の視線が数秒俺に向けられる。
そういえば挨拶には来てないな。だから俺はスチュアート殿の顔をまだ見たことが無い。
パシエンテ派の一年生も敵意が無いことを示そうとひとまず俺達に挨拶しに来る子が大半だったようだが。
「そのため、シレンツィオ派に反感があるようなのですね。我がヴィーゾ侯爵家は中立を保とうとしていますから、兄がスカルラットに入ってシレンツィオ派に傾いたなら妹のわたくしがパシエンテ派に嫁ぐというのは、まあアリです。どこかで会った時にスチュアート殿がわたくしをお気に召したらしく、婚約の打診が来たのですが……お断りしましたの」
「あらぁ、もったいない~~~」
「しかし自領でやりたい事業がおありですし仕方がないですかしらね」
フォルトナ様は苦い顔をして小さい声で言う。
「それもありましたし……一度面会したのですが、なんというか……申し訳ないのですが…………子供にしか見えなくて……」
「あー……」
「五つ年下は、確かにねえ」
「え~わたくしだったら喜んでお受けしますわ、数年経てば気にならなくなりますわよ」
理解を示したり違う意見を示したりする令嬢達。
政略結婚としては全然大した歳の差ではないけども、高校三年生から見た中学一年生である。そういう対象に見れずとも無理はない。
「すると難儀なことに、わたくしが断ったのはシレンツィオ派から圧力を受けたからだ、と考えたようなのです」
「な、なんでですか?」
「それはほら、さっき言いましたでしょう。反感があるからですよ。尚且つ……容姿に自信がおありだからそんなことでもないと断られないとお考えなのかしらね、知りませんけれども」
俺をクズ野郎だと思ってるから……ってコト?!
ヴィーゾ侯爵家をシレンツィオ派に寄せておきたいからパシエンテ派との婚約を邪魔していると思われているのか……政治的に考えたらクズでなくても有り得る話か。
それにスチュアート殿にとって俺は、小さい頃から交流のある綺麗なお姉さん(ルドヴィカ嬢)を権力に目が眩んで捨てた男。なるほど……。アスモデウス記事もあったしなぁ。イメージ悪化してそう。
「しかしさきほどの少女達はどういう……?」
気まずそうな顔で俺とジュリ様をちらちら見ながらカリーナ様が聞く。気を遣わせてすんません。
「"スチュアート様を讃える会"の少女達です。曰く、『わたくし達は他でもない貴方様であればスチュアート様に相応しいお方と思って諦めが付きます。このままお断りになったらきっと後悔なさいますわ。どうか圧力に負けずお考え直しになってください』ですって。殊勝ですこと! 圧力などないと言ってるのに聞きやしませんわ、彼女達の耳は耳飾り専用なのでしょう」
ケッ! とでも吐き捨てそうなうんざり顔。割といつも楽しそうな人だからこんなやさぐれた表情は初めて見た。ストレス溜まってそう。
「ま、わたくしほど美しく優秀で自由の身の名家の娘を逃す手はないと思うのはわからなくはないのですがね……。そういう流れですので、もしかするとアマデウス様に抗議のようなことを言いに来るかもしれませんわ。その時は関与を否定して適当にあしらってくださってよろしくてよ」
本人の言う通り、フォルトナ嬢がまだフリーなのは周囲の独身男にとっては神の与えたもうたチャンスと捉えてアタックするのも不思議ではない感じらしい。彼女のお眼鏡に叶う相手がおらず玉砕続きだが。
金髪の美男子にもピンと来ないんだ。考えてみればフォルトナ嬢は王子妃候補になっててもおかしくないのに『自領に籠って研究したい』というスタンスを固く崩さず両親もそれを認めたので候補に上がらなかったという変わり者だった。
アルフレド様ともユリウス殿下とも望めば縁付くことが出来る身分なのに、特に興味がなかったのだ。学者気質のヴィーゾ侯爵家的には外見よりも知性とか他のものに惹かれるのかも。
今度彼女らがフォルトナ嬢を訪ねてきたらそれとなく皆で追い払おう、とクラスの意向を一致させ、解散。
「ふっ、貴様も学院一の好男子の座が奪われるのは面白くないんではないか?」
ハイライン様がにやっとして言う。俺に向かって。俺は驚愕した。
「学院一の……好男子!? 私が!?!?」
「えっ、自覚がない……?!」
エンリークがそう言って俺の横で俺と同じ驚愕顔になった。その隣でリーベルトが「ないよ、デウスは」と半笑いでエンリークに言っていた。
「いやだって、どう考えてもそれはアルフレド様でしょ?!」
「美しいのも優れているのも当然アルフレド様だが、話題性と最も支持を受けているという点ではアマデウスだろう」
ペルーシュ様が淡々とそう言うなら……そうなんだ……。
"信奉する会"が頑張って噂の操作とかしてくれてる効果もあるんだろうな。好かれているんなら嬉しい。嫌われているよりはずっといい。音楽活動を頑張った恩恵と捉えておこう。
その後の馬車の中でジュリ様は少し拗ねて見せた。
「……言い訳してくださらないの?」
なんて言って上目遣いで俺の服を軽く引っ張る。あざとい。ルドヴィカ嬢と俺が何でもなかったことなんてわかってるだろうに、言い訳されたいらしい。
「正直言い訳するほどのことは何も……懐かしい名前でしたね。彼女に絡まれていた時からずっと俺の気持ちは変わりませんよ」
好き……と思いながらじっと見つめてそう言うとお気に召したようで嬉しそうに俺の胸元に頭を寄せた。
「スチュアート殿は、ルドヴィカ様を好きだったのかもしれませんね。小さい頃は年上に憧れるものですし」
それはわかる。俺も覚えがある。もしかしてジュリ様も身近な大人に初恋した時期があったのか。自分のことは棚に上げてなんとなくそれは面白くないな、なんて思った。
「ジュリ様も?」
「騎士団の精鋭に憧れてましたが……それは恋心とは違いましたよ」
「それなら、……まあ」
「あら、……ふふ」
俺が妬いたのがわかったらしく小さく笑われた。見透かされた。俺も拗ねた顔をして見せる。
「騎士でないとダメですか? ……ジュリ」
「あ……いいえ、デ、」
名前を呼ばれる前に唇を塞いでしまった。聞いてからにすればよかった。
※※※
「演説を録音円盤に……ですか?」
「ええ。録音していただけるでしょうか」
俺はペティロ大司祭に招かれ、中央神殿に来ていた。
手紙では『お話したいことがございます』としか書いておらず、(なんだろう……怒られるようなことしてないよな……)と教師に呼び出されたような不安な心地だったが何のことはない、お仕事の依頼だった。
「国を挙げての婚約祝賀パレード……現在の国王陛下が王妃殿下と婚約した時分にも催しましたが、王都にはパレードを一目見ようと民衆が押し寄せた……そうです。私は留守番だったので伝聞ですが。中央神殿への参拝者も数十年に一度の多さだったと記録にあります」
彼の実家は結構王都から遠いらしい。両親と長兄以外は留守番で、大司祭は非常に口惜しく思ったそうだ。
「田舎には、王都に行きたくても遠すぎたり日々の仕事に追われていたり家を離れるわけにもいかなかったりする者達……まさに少年の頃の私のような不満を持つ者達が多くいます。そんな民のために出来ることはないかと思いまして。少し前に音楽家の方々が田舎の教会に録音円盤と再生機を寄付してくださったでしょう? アマデウス様もご協力なさっていましたね。二番煎じですが、私も録音円盤を田舎の教会に届けられないかと」
パレードの日に中央神殿でする神々の恩恵と聖女を讃える演説を、録音して届けてあげようということだ。王都に観光に来て中央神殿に参拝し、大司祭様の説教を聴きたいと希望する人は多い。喜ばれると思う。
パレードをその目で見ることはなくとも特別な日に特別な説教を聴く、それだけでも思い出になるだろう。王都に来られない民にも何かしてあげたいという親切心。俺は二つ返事でOKした。
「感謝致します、アマデウス様。録音を許可いただける者は滅多にいないとお聞きしましたので断られるかと」
「ああ、はい、今大抵の申し出は断っていますが……」
録音円盤を作ってほしいという申し出は発明以来山ほど来ているが、基本的に断っている。
理由はいくつかある。円盤普及初期は利益を独占したいというのが理由の一つ。暫くは俺が出した曲しか円盤にしないことに決めたのだ。具体的に言うと俺が結婚するまで。
俺は結婚したらシレンツィオに移るので、スカルラットでそこまで円盤作りの規模を大きくしてしまっても移動が大変というのも一つ。学生のうちにあんまり大きな仕事を抱えても手に余る。
どこか一つ受けると他が断り辛くなりキリがなくなるというのも一つ。この国で音楽活動が行える集団というのは貴族の後ろ盾があるのが普通。つまりどこか一つの楽団の円盤を作るとそこの後ろ盾の貴族を贔屓したようになってしまい、他の貴族の頼みを断れなくなる、それを避けている。結婚して引越しして環境を整えたら本格的に手広く受けるつもりだ。
『古き良き音楽の普及計画』の円盤は営利目的でない計画だったのでOKした。
舞台『青髭』は特例だった。後ろ盾だったカーセル伯爵家がお取り潰しになってしまい、放り出された劇団。勿論舞台を見て良かったからというのはあったが、後ろ盾と一緒にしがらみがなくなったから円盤作りにGOを出した。
今回の依頼も寄付するものだからほぼボランティアだ。費用も公費などからは出さず全部大司祭様の私財で賄うという申し出。コンスタンツェ嬢が大司祭様、すなわち教会組織全体から支持されているというアピールにもなるし断る理由はない。
「あまり日もないのですが……」
「今はそう忙しく作っていない筈ですから、何とかなるでしょう」
新曲発売前後はガンガン作ってもらっているが、今は不足が出たら追加で作るくらいで落ち着いてる。
最近マドァルドに座ってあげてないし、直接工房に行ってこっちを優先的に作るように頼むか。
「一つお願いがあるのですが……私の演説の後、一曲弾いていただけませんか? そこまで録音をして完成としたく」
「ええ、構いませんが……『神よ人の望みの喜びよ』ですか?」
「いえ、『世界に一輪だけの花』を。聖女様の志を知らしめる歌だったでしょう。国民の気持ちを一つにするのはあれの方が良いかと。花を用いた例え話も少しするつもりです」
「ああ、なるほど」
あまり教会音楽っぽ過ぎる曲より慶事に向いているか。ピアノの演奏と一緒に歌えた方が連帯感も生まれる。
俺はそれも二つ返事でOKした。
――――思い返すと、六年生で平和だったのはこの辺までだったな……と、後に回想することになった。




