呑む
「……それに関しては、」
「兄上、私から……」
「いや、ネレウス、私から説明する。それが筋であろう」
沈黙を破ったのはユリウス殿下の声だった。自分よりも怒りを爆発させた人を目の当たりにして少しクールダウンしたらしい殿下は『自分がコンスタンツェに惚れ込んだから弟ネレウスがジュリエッタとアマデウスに彼女の後援を依頼した』と説明した。元々ネレウス王子の画策だったと。
その後の薬局設立計画や慈善公演は俺と話し合って出たアイデアで、聖女認定が決め手になった、と語った。俺が怪しまれ過ぎないように以前考えた建前だ。
封印の後にはユリウス殿下も本当のこと(ほぼ俺のための俺によるアイデア)を知ったが、黒い箱と予言者・聖女のことを知らない外部に説明せねばならなくなったらこれで通す。
俺が恙なくジュリ様と結婚したいがために正妃の座を逃すことになったと考えると申し訳ない気がしないでもないが……。
ユリウス殿下は王妃様と目を合わせて頷き合った。王妃様の頷きは(任せる)というニュアンスだろう。
「……傍から見れば、アマデウスとコンスタンツェの仲が怪しいのは理解している。ジャルージ伯、ニネミア。今発言を撤回し謝罪すれば、咎めん」
先程不敬罪に言及した時は怒りに任せた声だったが、今回の声には冷静さと威厳が感じられた。
ちょっと甘い対処ともいえるが、王族としても敵を作らないに越したことはない。そもそも不敬罪は王族の尊厳を守って国をまとめるのに功を奏すものであり、人を罰するためにあるわけではないのだし。
二人とも俄には納得できないっぽい顔だったが、一分ほど熟考したジャルージ伯は王族に頭を深く下げた。
「…………撤回し、謝罪致します。申し訳ございません」
ニフリート先生もだったけど、忠誠心は高いから王族の言葉はちゃんと聞くっぽい。
ニネミア嬢は口をきゅっと噤んで俯いている。謝罪したくなさそう。流石に謝らなければ許してもらえない。再び流れた重たい沈黙に耐えられなくなったのは……俺だった。
「畏れながら、……発言をお許しいただけるでしょうか」
「……許します」
片手を上げると王妃様が頷いた。父上からは(お前何言う気だ)と怪訝そうに視線を向けられる。
俺は体を少しジャルージ伯達の方へ向ける。
「私のことをそんなにお疑いなら、是非協力して推進していただきたいことがあるのですが。自白薬の使用条件を緩和する案です」
「……はっ?」
周囲の人達が『自白薬』という単語にぎょっとした顔をする。変わらなかったのはネレウス様くらいか。
「一つ、皆様に知っておいていただきたいのですが――――私は、自白薬を飲みたいんですよ!!」
「ぉまっ、ぐっ、ゲッホゴホ」
父上がむせた。後で怒られるかもしれない。でも俺は続けた。
「飲んで、私の潔白を証明できればとずっと思っているんです。せっかく嘘を吐いていないことを証明できる便利な薬があるっていうのにもっと活用しないともったいないではないですか? 犯罪の摘発ももっと楽になるでしょう。一年以上前にルバート法務大臣にご提案させていただいたのです。条件付きで犯罪者以外にも使えるようにしましょうと」
「なっ……」
ジャルージ伯は俺と王妃様に視線を行ったり来たりさせた。(本当なのか)という気持ちを読み取った王妃様が頷く。
「ええ……法務大臣がその案を進めている旨は報告を受けています。アマデウスの進言があったということも」
目を瞠って絶句したジャルージ伯に畳みかける。
「反対派が多くてまだ通らないようですが、騎士団に強い影響力を持つジャルージ辺境伯が"緩和案に賛成する"という意見を表明してくだされば、もう少し早く実現するかもしれません。実現した折には……私に飲ませていくらでも質問していただいて構いませんよ。女性関係でも、将来の野望に関してでも」
「何を……はっ、知らんのだろうが、自白薬は意志の力や小細工でどうこう出来るような生ぬるい薬ではないぞ、小僧」
戸惑いながらも皮肉げに笑った辺境伯に笑い返す。
「そうでないと意味がないので困ります。浮気を疑われるのにもそろそろうんざりしてますのでね……私が狂ってるのは音楽とジュリエッタ様にだけだと証明しましょう。では、緩和案に賛成していただけますね、辺境伯」
「…………良い度胸だ。いいだろう」
ジャルージ伯はニヒルな笑みを浮かべた。緩和案で悪事が露呈することを恐れてはいないようだし、根は悪い人ではなさそうだ。色々やらかしてるのに無意識なだけかもしれないけど。
「あぁ、あと……緩和案には、『自白内容をその土地の領主又は王族に報告する』こと、『自白の場に容疑者の指名する第三者の同席を認める』ことと……『自白薬の服用が決まった容疑者は、身分を問わず自分以外の誰でも一人指名し自白薬を服用するよう要求できる』……という条件が付く予定です。誰か一人に罪を押し付けて逃れる者が出ないようにする工夫ですね。私が飲む場合――――――――ニネミア嬢! 貴方にも飲んでいただく」
「なっ……!? なんっ……、……」
俺は指し示すように、もしくはダンスに誘うかのように、ニネミア嬢の方に手を差し出した。
「構いませんよね? 一緒に飲みましょう!」
――――シン……としてしまった謁見の間で、笑顔なのはどうやら俺だけである。
ニネミア嬢の顔はみるみるうちに青白くなり今にも倒れそうに見えた。その顔を見たジャルージ伯は驚いた顔をしていた。
コンスタンツェ嬢に何かしら嫌がらせしているだろうと思ってたけど、ジャルージ伯は関与してない感じかな。
「…………ニネミア」
沈んだ声でそう声をかけたのは王妃様だった。
悲しげな王妃様と暫し見つめ合ったニネミア嬢は「……聖女様への、暴言を、撤回し……謝罪致します……」と絞り出して頭を下げた。
王妃様が微かにほっとしたように見える。幼い頃から知っていて目をかけていたから、出来れば罰を与えたくなかったのだろう。
気まず~い雰囲気のまま謁見は終わった。俺の誘いに対するニネミア嬢からの返事はないまま。
1、ジャルージ伯が俺を批判し、スカルラット伯が息子の不祥事を謝罪し、コンスタンツェ嬢の王子妃としての資質が疑わしいとしてもう一度身辺調査を……という話になる、とか。
2、やはりニネミア嬢を正妃、コンスタンツェ嬢は側妃にという話に持っていこうとし、それを俺に認めさせ言質を取ろうと圧をかけてくる、とか。
3、王家の政治的安定を図るため、ユリウス殿下の正妃が無理ならニネミア嬢は第二王子との婚約を……という話が出るとか。
4、どうしても男爵令嬢と婚姻するならユリウス殿下ではなくネレウス様かアナスタシア殿下を王太子とすべき、という話になるとか――――その辺りが俺と父上の予想していた"有り得る展開"だ。
王妃様側もそういう展開を想定して兄弟妹殿下を揃えたんじゃないかと思う。
父上は馬車に乗り込んですぐ俺の頭に拳骨を落とした。そこまで力は入ってなかったからちょっと痛いくらいで済んだが。
「はぁ……ネレウス殿下とニネミア嬢の婚約の話はかなりの確率で出ると思っていたんだが、お前が変なことを言い出すからジャルージ伯も頭から飛んだのかもしれんな」
「へんなこと……打合せしてないことを発言して申し訳ありませんでした……」
「結果的に悪い方向には転がらんかったからいいが、今後はやめるように。私の肝をあまり驚かすな。……宣言してしまったからにはお前は自白薬を飲まねばならん……後ろめたいことはないとはいえ、また妙な噂やジャルージ家派閥との軋轢が生まれんとはいえん」
それもそうだ。解禁直後はまだ自白薬に対するイメージが悪いから、何かやらかしたと思われる可能性が高い。また憶測で悪い噂を流されないように、自白薬で判明した事実を誤解のないように外部に示す方法も考えておかないと。ディネロ先輩を通して王都新知紙の信頼できそうな記者を紹介してもらうのがいいだろうか。
「というか、先にネレウス様を怒らす発言したのジャルージ伯ですし、婚約の話なんて出せないでしょうあそこから」
まあ、話が出たとしてもネレウス様とニネミア嬢の婚約が成ることはまずないだろうけど。外部が思うよりネレウス様の王家の中の立ち位置は高いから彼が拒否すればそれまでだ。
「そうだな……ニェドラー様は剣の腕は素晴らしいのだが、余計なことまで口に出してしまう人でな……腹芸が苦手なのだ、昔から。貴族には受けが悪いが武人からは信頼が厚い面もある。そういうわかりやすいところが付き合いやすいと感じる者もいるものだ」
なるほど、疑り深いタイプなんかは裏表のない人との方が楽だろうしなあ。
ニフリート先生も似たような感じだし、ニネミア嬢も成績は素晴らしいのに社交が残念みたいだし……惜しいというか何というか、もったいない一家だ。
……ニネミア嬢もジャルージ伯のように『いいでしょう』と受けて立ってくれるんじゃないかと、少しだけ期待したんだけど。
悪いことに手を出しているのは彼女の周囲や他の派閥で、彼女自身は正々堂々とした人だったんなら……友達にはなれずともいつかは仕事仲間として協調できるんではと、ちょっと思ってたんだけどな。
自白薬にあそこまで青くなるなら無実とはいくまい。少しだけ残念だ。
後日、アンドレア様と会った時にこの謁見のことを言われた。角度的によく見えなかったがアンドレア様も側近としてあの場にいたらしい。
「ははっ、あんときゃ笑いを堪えるのマジ大変だったんすから……笑顔で『一緒に飲みましょう』の飲むものが酒とかじゃなくて自白薬だったことなんて史上初めてでしょ絶対、しかも王族の前で……めっっちゃくちゃ面白かったっす、傍から見てる分には。言われた方はめっちゃ恐怖でしょ。ほ~んと頭おかしい、あ、良い意味で。クソ寒い中出勤した甲斐があったなって……いや~~~~こんな面白いことルチルに話せないなんて……悔しすぎる……」
と感心してるのか馬鹿にしてるのかわかんないテンションだった。楽しそうだったけど。
派閥争いを激化させないために謁見の細かい内容は口外禁止にされた。ジャルージ辺境伯が王太子の婚約に抗議して王族がそれを退けた、以上のことはジュリ様にも言えない。
まあ結果的にはジャルージ辺境伯家の二人が失言して怒られて謝っただけだったしな……(そう言ったらアンドレア様に「自分がトンデモ発言したこと忘れてません?」と突っ込まれた)。
ジャルージからスカルラットへの謝罪は自白薬解禁までおあずけである。でもジャルージ伯は緩和案に賛成を表明するって王族の前で約束はしたし、そう遠くない気がする。
ーーーー年が明けたら、貴族院最後の一年が始まる。
4月、多忙のため更新が少なくなるかもしれません…m(_ _)m




